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第246話

作者: 小春日和
真奈の顔には少しも動揺の色が見られなかった。

逆に、男は真奈から発せられる無言の圧力を感じ、息が詰まるほどだった。

「これが2億円の小切手だ」

冬城は手に持った小切手を見せた。男はその小切手に目を奪われ、冬城の前に飛び出して小切手を奪い取ると、何も言わずに走り去った。

真奈と冬城は追う気配もなかった。

今回の誘拐は、まるで子供の遊びのようなものだった。

冬城の視線は真奈の首元に注がれた。先ほど男が緊張しすぎて、ナイフが真奈の首をかすめ、小さな傷がついていた。

冬城は眉をひそめながら近づいた。「ちょっと見せてくれ」

「まず小林さんのところに行きましょう。彼女が苦しんでいるかもしれない」

真奈は作業場に歩み寄り、鉄の箱を開けた。中には小林が縛られており、慌てふためき、涙ぐんでいる姿があった。

真奈は小林の口のテープを剥がした。小林は真奈が来るとは思っていなかったようで、一瞬驚いた表情を見せた。しかし、冬城が近づくと、彼女はすぐに冬城の胸に飛び込み、泣きながら言った。「司お兄ちゃん、やっと来てくれました……もう会えないかと思ってましたよ」

小林は激しく泣いていた。

冬城は冷静に小林を押しのけ、彼女の哀れな様子には目もくれなかった。

中井が到着し、冬城は小林をほとんど見もせず、横にいる中井に言った。「彼女を送り返してくれ」

「かしこまりました」

中井も小林を深く見つめた。

小林は何が起こったのか理解できず、ただ冬城の態度が以前よりも冷たくなったと感じただけだった。

真奈は小林が振り返りながら去っていく様子を見て、少し可笑しく思った。

どうやら彼女は小林を高く評価しすぎていたようだ。

最初は小林が高レベルの相手だと思っていたが、実際は浅井よりも未熟な子供だった。

こんなつまらない誘拐を考えるとは、本当に幼稚だ。

冬城の視線は再び真奈の首元に戻った。「家に帰ったら傷の手当てをする」

「ただの軽い傷よ」

真奈は冬城を見上げて言った。「あの2億円を取り戻してね。私たち夫婦の共有財産なんだから」

「わかっている」

真奈は冬城の車に乗り、冬城家に戻った。

家に着くと、小林は冬城おばあさんの前で泣きじゃくっていた。しかし、おばあさんの表情は少し苛立っているようで、どうやら誘拐事件の真相を知っているようだった。

「おばあさま、戻りました
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