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第449話

Author: ぽかぽか
「冬城総裁、お急ぎにならず、まずは座って番組をご覧ください」

少し離れた場所から高橋が歩み寄ってきた。彼女の顔には落ち着いた微笑みが浮かんでいた。

冬城は眉をひそめながら言った。「真奈が病気だというのに、なぜ今まで教えてくれなかった?」

「瀬川さんは確かに体調が優れませんが、番組の進行には影響ありません。それに、これも瀬川さんご自身の意向です」

高橋の言葉には、どこか裏の意味が込められていた。中井が横から小声で尋ねた。「総裁、まだお帰りになりますか?」

冬城は無言のまま、じっと考え込んだ。

「冬城総裁、もうすぐ番組が始まります。このくらいの時間ならお待ちいただけますよね」高橋はそっと近づき、声を抑えて続けた。「瀬川さんもすぐに来られますので、ご安心ください」

高橋の言葉を聞いて、冬城の険しかった眉間がようやく少し緩んだ。

その時、ゲストと審査員たちはすでに会場に到着していた。

「冬城総裁、出雲総裁、お会いできて光栄です!」

多くの人々が挨拶に来る中、高橋は冬城が帰る気がないのを見て取ると、ようやく一歩引いて汗を拭った。

真奈の責任転嫁は実に見事だった。なにしろ、さっき目の前にいたのは他ならぬ冬城司本人だったのだ。

もし本当に冬城を怒らせてしまったら、佐藤プロで働き続けることすら危うかっただろう。

「冬城総裁だ、本当に冬城総裁だわ」

バックステージでは、何人もの女性練習生たちが首を伸ばして外の様子を窺っていた。

冬城と出雲が並んで座るその光景は、まるで眩しいほどに際立っていた。

清水は髪を整えると、自信満々な様子で二人のもとへ歩いていった。

「出雲総裁、冬城総裁、私は練習生の清水雅美です。父は佐藤プロの会長で、出雲総裁とは以前お会いしたことがあります」

出雲は外面では常に紳士的に振る舞う。軽く頷くと、穏やかに声をかけた。「頑張ってください」

「かしこまりました」

女性練習生たちは希望を見出し、次々に近寄って出雲と冬城に挨拶した。

「冬城総裁、私たちは真奈と同じチームです。前に総裁が会社まで真奈を迎えに来たとき、私たちも見かけました!」

朝霧は冬城を憧れの眼差しで見つめた。

だが、冬城の表情は淡々としていて、朝霧の存在を特に気にかけている様子はなかった。

軽くあしらわれた形になった朝霧だったが、それでも引き下がらず、必死に
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