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第798話

Author: 小春日和
次の瞬間、周囲の驚きの声が上がる中、楠木静香は手にしていたシャンパンを真奈の顔めがけてぶちまけた。

「静香!」

立花の表情は険しく、すぐに真奈を自分の背後に引き寄せ、冷たく言い放った。「部屋へ戻れ!」

だが楠木静香は立花を無視し、その背後に隠れる真奈を見据えて言った。

「聞いたわよ。あなた海城の出身で、この前家が没落して破産したんですって?」

鶯のように澄んだ声でありながら、その言葉には皮肉がたっぷりと込められていた。

周囲の人々は面白そうに成り行きを見守り、真奈が何者なのか知りたがっていた。

楠木静香がまったく言うことを聞かないのを見て、立花の顔色はさらに暗くなり、楠木達朗に向ける視線も冷えきった。楠木達朗は全身を震わせ、娘の様子を見てますます歯がゆさを覚えた。

あの時、楠木静香に楠木家の令嬢という立場を与えるべきではなかった。結果、立花家に取り入ることもできず、代わりにこんな狂気じみた女を育ててしまったのだから。

もともと楠木達朗は、楠木静香をホテルに放り込み、そのまま口実を作って家から追い出すつもりだった。だがここまで大事になってしまっては、このあとどう収拾をつければいいのか見当もつかない。

張り詰めた空気の中、楠木達朗はやむなく楠木静香の前へ駆け寄り、その腕をつかんだ。「傷がまだ癒えてないのに、ここで何を騒いでいるんだ。早く上へ行きなさい!」

「行かないわ!」

楠木静香は楠木達朗の手を振り払い、面白そうに顔を寄せて耳元で囁いた。「父さん、もし私がここであなたたち二人の秘密をばらしたら、孝則は怒って私を殺したくなるかしら?階段から突き落としたことを後悔するかしら?」

「何をするつもりだ、ふざけるな!」

楠木達朗は一気に慌てた。これまで楠木静香を甘やかしてきたのは、彼女があまりにも多くの秘密を握っていたからだ。

立花家と楠木家が今の地位を築けたのは、少なからず楠木静香の「寝技」のおかげでもあった。

もし楠木静香が両家のスキャンダルを口にし、この薄い膜を破ってしまえば、楠木家も立花家もただでは済まないのだ。

楠木静香は楠木達朗を無視し、立花と真奈に視線を向け、唇をわずかに上げて艶やかに微笑んだ。「瀬川さん、気にしないでね。ただの冗談よ。孝則はいつも目が高い人だから、落ちぶれたシンデレラなんか好きになるはずないわ。みなさん、そう思わ
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