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第3話

Penulis: 大儲け堂
玲司の顔には穏やかな笑みが浮かんでいたが、その視線は初芽の方に向けられていた。

初芽は表情ひとつ変えずに、そっと視線を逸らす。

その場の空気が微妙に緊張したのを感じた誰かが、慌てて話題を変える。「ああ、遅刻だな!さあ、罰として三杯一気だ!」

紗耶香は初芽に挑発的な視線を送りながら、ワイングラスをくるりと回し、玲司のグラスと軽く当てて一気に飲み干した。

けれど、その細い脚は、そっと玲司のスーツ越しの長い脚に絡めるように擦り寄せていた。

この一幕を目の当たりにして、初芽の胃はきゅっと痛み、思わず吐き気を覚えた。

二人の視線が交わる。紗耶香の目はどこか意味ありげで、玲司はただ鋭く彼女を睨みつけた。その視線には、密かなメッセージが込められていた。

紗耶香はしぶしぶ足を引っ込める。

玲司は再び初芽に目を向け、紗耶香からさりげなく距離を取りつつ、優しく彼女の髪を撫でた。「初芽、みんな友達なんだ。そんなに怒らないでくれよ」

「ええ、わかってる。『友達』でしょ」

初芽はその二文字に力を込めて言うが、玲司には届かない。

「ちょっとトイレ行ってくる。なんだか目がしみるから」

玲司は「わかった。待ってるよ」とだけ答えた。

初芽がドアを押し開けたとき、その顔には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。以前なら、彼女が「具合が悪い」と一言でも口にすれば、玲司は誰よりも心配してくれたのに、今では男の返事はただの「待ってるよ」という、冷たいひと言だけだった。

本気の愛がそこにあれば、こんなに冷たくなることなんてないはずなのに。

数分ほど、廊下で深呼吸をしてから、そっと個室に戻ろうとしたその時、中から冗談めいた声が聞こえてきた。

「玲司、そろそろ紗耶香のこと、公表しないのか?」

「そうだよ。紗耶香ちゃんみたいにいい子、玲司とお似合いだよ。大事にしなきゃ」

開けかけのドアの隙間から、初芽は玲司の顔を見た。

玲司の笑顔がぴたりと止まり、真剣な表情に変わる。「冗談はよせよ。俺は初芽を心から愛してる。紗耶香には、必要なものは全部与える。でも、妻にはできない」

「やっぱり遊び上手だな、玲司は」

「いやいや、そんなふうに言うなよ。玲司みたいな立場なら、女のひとりやふたり遊んだって当たり前だろ?家の奥さんさえ安泰なら、外でどれだけ女を抱えてようが問題なしってやつさ」男たちはそれぞれ腕の中の女を抱き寄せながら、馬鹿みたいに笑い合った。

「ははは……それもそうだな。さあ、もう一杯いこうぜ」

玲司は低い声で「とにかく、このことは絶対初芽には言うな」と釘を刺す。

初芽の胸の奥に、鋭い針が突き刺さる。

玲司は、このままずっと自分を騙し続けるつもりなのか。

その時、紗耶香が玲司の腕に体を寄せ、甘えるように背中をさすった。「みんな、そんなに玲司さんを責めないであげて。

私、玲司さんのこと一番分かってるつもりなの。今は全部を捨てろって言ったって無理だよね。

玲司さんと一緒にいられるだけで幸せ。欲張ったりしない」

玲司と紗耶香。身体はすでに全部、彼女のもの。心だって、きっと時間の問題。

紗耶香の微笑みはあまりにも優しく、その優しさに心を揺さぶられるかのように、彼女の髪をそっと撫でる。

その仕草は、さっきまで初芽だけにしていたものと同じだった。

男たちの笑い声が一層大きくなり、空気は熱を帯びていく。

ドアの外で立ち尽くす初芽の体は、冷たい氷水の中に沈められたように、痺れて動けなくなった。

裏切りは分かっていたはずなのに。けれど、こうして現場を見せつけられる痛みは、想像以上だった。

玲司は「愛してる」と言いながら、平気で彼女を裏切る。

口では誠実さを装いながら、やっていることは裏切りばかり。こんなに分かりやすくクズな真似をして、家の中では彼女を都合よく利用し、家の外では自分の欲望を好きなだけ満たして――

私のことを何だと思ってるんだろう。本当に馬鹿みたい。

昔は、そんな彼に何も気づかなかった自分が愚かだった。

今は、とにかく一刻も早くここを離れたい、それだけだった。

初芽は深く息を吸い、ドアを押し開ける。その瞬間、部屋の中の笑い声はぴたりと止んだ。

玲司は一瞬だけ顔を強張らせ、慌てて紗耶香を自分から離し、元の距離に戻る。

「おかえり」

玲司はすぐさま初芽の肩を抱こうとしたが、初芽はさりげなくその手を払いのけ、バッグを取ると立ち上がった。「少し体調が悪いから、今日は先に帰る」

玲司は心配そうに覗き込む。「どうした?病院まで送ろうか?」

「いいの。あなたは友達と楽しんで」

初芽は微笑みを崩さずにそう言い、玲司の手を再び振り払った。「みんなとゆっくりしてて。本当に平気だから」

その笑顔に玲司も安心したようで、「わかった。気をつけて帰るんだよ」とだけ言った。

外に出ると、真夏なのに、初芽の肌には鳥肌が立ったままだった。

さっきの光景が脳裏に焼き付いて離れない。

思い返せば、昔はどんなに小さな怪我でも、玲司は必ず心配して病院まで連れて行ってくれた。

大雨の日も、雪の日も、どんな時もそばにいてくれた。

あの頃、玲司にはほとんどお金なんてなかったのに、それでも持っているわずかな現金を全部使って、タクシーで自分を病院まで連れていってくれた。

けれど、今の彼には、もうその面影はどこにもない。

本当に、人の心は変わるものなんだ。

車が走り去り、窓の外の景色が流れていく。

初芽の目には、そのすべてが色褪せて映った。

……

この世界から離脱するまで、あと一日。

最後に、親友に別れを告げておこうと思った。

彼女の家を出て、帰り道を歩いていると、前方に見覚えのある黒いベンツが停まっている。

それは玲司のベンツだった。かつて「お前へのプレゼントだ」と言ってくれた車だ。

「私、運転あまり好きじゃないから、この車もらうのはもったいないよ」と笑ったとき、「だったら、これからはどこへ行くにも俺が連れていくよ。この助手席は、ずっとお前のために空けておくから」そう言ってくれたことを思い出す。

その車が大きく揺れている。まるで車の中で何か見てはいけないことが起きているかのようだった。

初芽は息を詰まらせ、体が硬直したまま、ゆっくり車のそばへ近づいた。そして、耳に飛び込んできたのは、信じたくもない卑猥な声だった。
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