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第4話

Author: 几時
静乃はひとりで街中を歩いていた。冷たい風が吹き、思わず両腕をさすって身を縮めた。

ふと、律真と付き合い始めたばかりの頃のことを思い出した。彼はいつも、自分のコートをかけて「俺のものだ」と言わんばかりに示してくれた。でも今、そのコートはきっと、もう別の誰かのものになっているのだろう。

「静乃!」

後ろから自分の名前を呼ぶ声に、彼女が振り向くと、律真が追いかけてきていた。

彼の身体には酒の匂いがまとわりついていて、寒風のなか、真っすぐ彼女を見つめながら言った。「最近、なんで全然嫉妬してくれないの?お前、昔はそんなふうじゃなかったよな」

「もう、俺のこと……愛してないんだろ?」

その言葉に、静乃は思わず笑いそうになった。

一番この質問を口にする資格がないのは律真だというのに。

「じゃあ、どうすれば信じるの?どうすれば、私があなたを愛してるって思えるの?律真……私が死ななきゃ、あなたは納得しないの?そうなんでしょ?」声を荒げる静乃の瞳には、涙が溢れていた。

律真は一瞬息を呑み、黙り込んだあと、そっと答えた。「……そうだ」

次の瞬間、静乃は何の迷いもなく車道へと駆け出した。ブレーキ音が響き、間に合わず突っ込んできた車が彼女をはね飛ばした。意識が遠のく直前、律真の顔が見えた。驚き、戸惑い、どうしようもなく動揺している――そんな顔だった。

目を覚ますと、病院にいた。

静乃が薄く目を開けると、病室の傍らで律真がお粥をかき混ぜていた。落ち着いた表情で、丁寧にスプーンを動かしている。まるで恋人同士だった頃のように。

あの頃、自分が体調を崩すたびに律真は側を離れず、赤い目で言ってくれた。「静乃、一生そばにいさせてくれ」

自分が苦しいとき、律真はそれ以上に苦しんでくれた。

そんな記憶がよみがえり、静乃は思わず鼻の奥がつんと痛くなった。

「律真……」

名前を呼ぶと、その瞬間、律真の目が冷たく光った。「静乃、お前って……死んでも『愛してる』の一言すら言ってくれないのか?」

言葉を失ったまま、静乃は凍りついた。

そうか――彼の中では、自分が命を賭けても、まだ「愛」とは呼べないらしい。

「そうね」静乃は静かに口を開いた。律真は眉間にしわを寄せたが、静乃は続けた。「私はあなたを愛してない。律真、あなたは狂ってる。そんなあなたを、誰が愛せるの?」命をかけても信じてもらえない。そんな関係、そんな結婚――もう耐えられない。

もう、愛する力すら残っていない。

律真は不気味に笑った。目は狂気に満ち、声には棘があった。「信じないよ。静乃、お前は俺が何をしても、絶対に俺を愛してるはずなんだ」

その言葉に、静乃は危機感を覚え、身を引きながら警戒の目を向けた。「何をするつもり?」

「詩織に謝ってくれ。お前が無理をさせたせいで、彼女はアルコール中毒になって、胃洗浄までしたんだぞ。お前なんか、ちょっと擦り傷を負ったくらいで……よくも平然とベッドに寝ていられるな?」

「私が……謝る?」

静乃は呆れて、乾いた笑いがこぼれた。

だが、反論する間もなく、彼女は律真にベッドから引きずり下ろされ、そのまま詩織の病室へと連れて行かれた。

そこにいた詩織を目にした途端、律真の態度はがらりと変わった。ベッドの傍にひざまずき、優しい声で語りかけた。「詩織、静乃がちゃんと謝りに来たよ。さっき胃洗浄したばかりだろ?これ、お粥。冷ましておいたから、ちょっとだけでも食べて」

――そのお粥は、自分のためのものではなかった。律真が丁寧に詩織におかゆを食べさせる様子を見て、静乃はようやくすべてを理解した。

自分は、またしても一瞬、勘違いをして感動していたのだ。

立ち尽くす彼女の傷口は、じんじんと痛んでいた。足元もおぼつかない。一方、さっきまで「胃洗浄をしたばかり」と言われていた詩織は、血色もよく、元気そのものだった。

「謝って」

律真が低く命じた。

静乃はかたくなにその場を動かなかった。もう一度、律真がその言葉を繰り返したそのとき、詩織がそっと彼の手を握り、優しく微笑んだ。

「律真、今日のことは私が軽率だったの。彼女を責めるつもりはないわ。だって彼女はあなたの奥さんなんでしょう?祝福の一言が欲しかっただけなの」

「奥さん?」律真は冷笑する。「彼女の祝福と謝罪がそこまで貴重だというのなら――同じくらいの代償を払ってもらわないとな」

そう言って、律真は部屋に大量の酒瓶を運び込ませた。

静乃は怯えたように、半歩後ずさった。「私は飲めない。知ってるでしょ?」

昔、律真の仕事に付き合って酒の席に出たとき、無理に飲まされて胃に穴があいた。医者からは、これから一滴も酒を口にしてはいけないと強く言われた。

――それを、律真は知っているはずだった。

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