共有

第3話

作者: 飛べないライスヌードル
一日一夜、柚葉は頑なに一文字も書かなかった。

このことが朝陽の耳に入ると、彼は怒り狂って柚葉の食事をすべて停止した。

柚葉はこのまま餓死するかもしれないと覚悟したが、ある日、地下室の扉が開いた。

現れたのはボディーガードで、彼は少しばかり同情を含んだ声で、柚葉の心に重くのしかかった言葉を言った。

「奥様、旦那様からの命令です。ご祖父母の葬儀へご案内いたします」

……

葬儀へ向かう車の中で、柚葉は祖父母の死因を知った。

彼らはもともと年老いていたうえに、長時間にわたる高所での吊り下げによって、脳への血流が著しく不足した。

救急搬送されてから二日間、ついに、二人とも亡くなった。

すべてを知った瞬間、柚葉の胸は大きな手に掴まれたような痛みで、呼吸さえできなかった。

彼女は後部座席で身を縮め、肩を抱きながら、ついに声をあげて泣き出した。

「ごめんなさい、おじいさん、おばあさん、私、間違ってた。藤村朝陽なんかと結婚しなければよかった……」

柚葉が喪服に身を包み、葬儀会場に足を踏み入れた瞬間、周囲のひそひそ話が耳に飛び込んできた。

「聞いた?高橋さんの祖父母が亡くなったのって、藤村さんが追いかけてるあの女子大生のせいらしいよ。まったく、あの高橋さんってホント役立たずよね。夫ひとりまともに手綱握れないなんてさ」

「えっ、マジで?藤村さんの愛人、面の皮厚すぎでしょ。つーか、金持ちの愛って本当信用ならないよね。一秒前はお姫様扱い、次の瞬間に親の命が奪われるんだもん」

「まあ、自業自得でしょ?玉の輿に乗ったときから、こうなる運命だったのよ」

そんな言葉の数々が、柚葉の心に鋭く突き刺さった。無視して通り過ぎようとしたそのとき、背後から朝陽の鋭い声が響き渡った。

「奈々の悪口を言う奴がいたら、その口を引き裂いてやるぞ!」

柚葉が振り返ると、彼の隣には真っ赤なドレスを着た奈々の姿があった。

その手はしっかりと朝陽の裾を掴み、子猫のように寄り添っていた。

それを見ると、柚葉の口元に皮肉げな笑みが浮かんだ。

彼女も笑われているのに、彼は見向きもせず、奈々だけを庇った。

柚葉は冷たい目で朝陽に言った。「これは私の祖父母の葬儀よ。他人に来てほしくないの」

「他人」という言葉に強く力を込めた。

だが朝陽は眉をひそめ、奈々を背に庇いながら言った。「柚葉、奈々は本気で参加したくて来たんだ。君の気持ちは分かるけど、彼女に八つ当たりするのは違うだろう」

「本気で?葬儀会場に真っ赤なドレスで現れるのが、本気なの?」

柚葉は思わず笑ってしまった。

朝陽がすぐ庇うように口を開いた。「柚葉、それは言い過ぎだ。どうして彼女の真心をそこまで踏みにじれるんだ?

奈々は純粋なんだよ。赤は祝福の色ってだけで、君は考えすぎだ」

柚葉はその言葉を聞くと、ふっと自嘲気味に笑った。その瞳に残っていたのは、ただ深い失望だけだった。

今の自分がどれだけ言葉を尽くしたとしても、奈々の一言には到底敵わなかった。その現実を思い知らされ、柚葉は黙るしかなかった。

ふと、周囲を見渡してみると、両親の姿がどこにも見えなかった。柚葉は眉をひそめて口を開いた。

「朝陽、私の両親は?」

彼の顔に一瞬の不自然が浮かんだ。「療養院にいる」

柚葉は目を大きく見開いた。「朝陽、あんた分かってるの?ここは祖父母の葬儀だよ?なんで両親が出られないの?祖父母は、彼らの両親なのに!」

朝陽は眉をひそめて言った。「柚葉、感情的になるな。移植が終わったら、ちゃんと会わせてあげるよ」

柚葉はその場に固まった。彼が両親を心臓移植の交換条件に使うつもりだとは予想していたが、葬式すら参加させないなんて、ここまで狂っているとは、思いもしなかった。

しかし彼女は、必死に感情を抑えながら言った。「逃げるつもりなんてない。彼らを解放して、せめて葬儀には参加させてあげて」

彼女の目に希望が満ちたが、次の瞬間、その全てが容赦なく断たれた。

「ダメだ。

俺が安心できない」

そう言うと、朝陽は電話を受けて会場を去った。

残された柚葉は、会場でぼんやりと立ち尽くしていた。

今すぐ泣き叫びたい気持ちだった。だが理性が囁いた。今は泣くわけにはいかないと。

ここは祖父母の葬式だった。ここには彼女の失態を待ち構える目がいくつもあった。だから、泣くわけにはいかなかった。

彼女は気持ちを整え、導師が棺を開いて祖父母を済度するのを見て、みんなと同じように目を閉じて祈りを捧げた。

だが次の瞬間、奈々の悲鳴が響いた。

彼女の足が火鉢を蹴り倒し、炎が棺へ広がっていった。

柚葉は目を見開き、何も考えずに素手で燃え上がる木材を取り払って炎を消し止めようとした。

だが炎は強く、消し止めた頃には彼女の手はひどく焼け爛れ、祖父母の顔も黒く焦げてしまっていた。

それを見た導師が、奈々を指差して厳しく言った。「遺体を冒涜するとは、失敬千万。この場で跪き、謝罪をしていただきます。それができなければ、儀式は進められません」

奈々は唇を尖らせて言った。「どのみち火葬するのに、そんな大騒ぎするほど?」

柚葉の目が血のように赤くなった。彼女は声を震わせながら、一語一語をかみしめるように言った。「小林さん、私のおじいさんとおばあさんに、跪いて謝罪してください」

周囲の参列者も声を上げた。「早く謝罪しろよ!済度が遅れたら、あんたが責任取れるの?」

奈々は涙目で朝陽を探したが、彼の姿はなかった。

仕方なく、彼女は人々の催促に屈服して、しぶしぶと跪いて地面に額を打ちつけた。

そのとき、朝陽が戻ってきた。奈々は泣きながら彼の胸に飛び込んで訴えた。

「藤村さん、葬儀に来いって言ったのはあなたでしょ?でも、どうしてみんながあたしを責めるの?

赤い服を着ただけで、死人に跪くなんて、ひどすぎるよ!」

朝陽は腕の中の奈々を見つめ、心が張り裂けそうになった。

彼は首の青筋が浮かび上がり、恐ろしい声で叫んだ。「誰だ!奈々に土下座なんてさせたのは誰だ!」
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード

最新チャプター

  • 霜深く、雁は帰らず   第18話

    朝陽は何も言わず、ただ背を丸めたまま霊屋の方へ歩いて行き、そのまま門口で真っ直ぐに跪いた。一時間経っても、彼は態度を変えなかった。二時間経っても、彼の態度も変えなかった。三時間、四時間……やがて空から雨が降り始めた。それでも朝陽はぐらぐらと跪いたまま、立ち上がらなかった。激しい雨が彼の白いシャツを濡らし、背中に滲んだ血の跡を赤く浮かび上がらせた。その姿はあまりにも痛々しく、そして目を引いた。ついに、彼の身体は限界を迎え、その場に倒れ込んだ。彼は病院で十五日間入院して、ようやく回復した。それ以来、朝陽の父はもう二度と再婚の話を朝陽に持ち出すことはなかった。なぜなら、朝陽が本当に生きる気力すら失っていると、朝陽の父も心配していた。その心配は間違っていなかった。柚葉が亡くなったあの日から、朝陽は生きるつもりがなかった。一ヶ月後、朝陽は重度のうつ病と診断された。そして、ある平凡な日に、彼は死亡を決めた。彼はネットで「一番苦しくて、一番痛い死に方」を検索し、出てきた方法をそのまま実行した。彼は二人の部屋で、自らの大動脈を何度も、何度も刃で切り裂いた。最後に、彼は結婚写真を抱きしめながら、静かに自分の死亡を待っていた。そして、意識が遠のくそのとき、彼は静かに呟いた。「柚葉……迎えに来たよ……」朝陽は死んだ。柚葉を最も愛していたその年に。死んだ後、彼は思い焦がれていた柚葉と再会した。彼女はもう霊魂になっていたが、朝陽は急いで追いかけた。やがて、二人は輪廻の分かれ道で向き合った。朝陽は彼女から目を離せず、何か言いたいが、言葉に詰まった。やっと、朝陽は口を開いた。「柚葉、まだ俺のこと……恨んでる?」柚葉の目には、何の感情もなかった。彼女は無表情のままで言った。「ううん、もう……もう恨んでない。藤村朝陽、もうあなたを恨んでない」柚葉は、もう朝陽との関わりを持ちたくないから、恨むことすら面倒くさく感じていた。朝陽は、ずっと待ち続けた答えをようやく得たが、予想していたほどの喜びは感じなかった。むしろ、彼の顔に浮かんだ笑みは、泣き顔と同じくらい苦しげだった。彼の柚葉は、もう彼を恨むことすらしてくれなかった。でも、それでいい。彼は、彼女に少しでも未練を留めても

  • 霜深く、雁は帰らず   第17話

    奈々がそう言い終えると、完全に息を引き取り、血だまりの中へ崩れ落ちた。その光景を目にした朝陽は瞳孔が大きく開き、恐怖に満ちた声でボディーガードに叫んだ。「早く、救急車を呼べ!早く!」柚葉が残したのはこの心臓だけだった。それを失うわけにはいかなかった。だが、午前0時30分、医師から無情な宣告があった。「小林さん、救命処置の甲斐なく、死亡を確認しました」その言葉を聞いた朝陽は、まるで崩れるように地面にしゃがみ込み、肩に顔を埋めた。彼の体は震え、まるで子供のように泣きじゃくっていた。幼い頃、父からこう言われて育った。「男は泣くな、特に藤村家の男は」だから朝陽は、成人してから一度も涙を流したことがなかった。父にとって「涙」は弱さの象徴だったからだ。成長した彼は、父の関心を引くためにわざとたくさんの女性と付き合った。しかし返ってきたのは、軽蔑に満ちた冷たい目つきだけだった。その目つきを、彼は一生忘れなかった。まるで欠陥品の商品を見るかのような目つきだった。だから彼はどんどん荒れていった。酒を飲むとか、タバコを吸うとか、異なる女と付き合うなど、すべてをやった。すべての人は彼を「帝都のプレイボーイの御曹司」と見なしたが、柚葉だけは、彼を「藤村朝陽」として見てくれていた。だから、彼は柚葉を選んだ。七年もの間、彼は彼女以外の女に一切触れなかった。だが今回だけで……今回だけで、彼は最愛の人を失った。……それ以来、朝陽は柚葉の両親に必死に頼み込んだ。「お願い。柚葉がどこに埋葬されたのか教えてください。葬儀も、俺に参加させてください……」だがどんなに懇願しても、柚葉の両親は一言も答えなかった。柚葉の父は冷たく言い放った。「娘は生前、お前に安らぎすら与えてもらえなかった。せめて死後は静かに眠らせてやりたい。お前は娘の葬儀に出る資格などない。どこに埋めたかも教えるつもりはない。俺の人生で一番後悔するのは、娘がお前と結婚するのを止めなかったことだ。もう二度と、娘に近づかせはしない」朝陽は説明したかった。自分がそんな人間ではない、柚葉のことを愛していて、愛し足りないくらいだったのに、どうして彼女を傷つけるなんてことができただろうかと。だが言葉にならなかった。彼には、説明する資格すらなかった。なぜなら、最

  • 霜深く、雁は帰らず   第16話

    朝陽がどうやって別荘に戻ってきたのか、自分もわからなかった。彼は魂が抜けたかのような感じがあった。今が昼なのか夜なのかもわからないまま、茫然とした状態が続いた。そんな中、アシスタントの電話が彼を現実に引き戻した。「藤村社長、調査が終わりました。高橋さんは無実です。すべての元凶は小林さんでした」アシスタントがそう言った後、詳細な調査資料を朝陽に送ってきた。震える手でパソコンを開いた朝陽の目の前に、全ての事実が突きつけられた。奈々は最初から目的を持って朝陽に近づいていた。彼の好みを調べ上げ、普通の女に興味を示さないことを知ると、奈々は彼の理想通りの姿を作り上げた。彼女はわざと気を引きながら、時には拒み、彼の興味を煽り続けた。そして、その裏では何度も柚葉を陥れた。別荘でガスが漏れていたのは彼女の仕業だった。わざと柚葉に怒らせて自分を罵らせ、朝陽の同情を誘った。葬儀でわざと火鉢を倒して遺体の顔を焼いて、最後には涙を見せて哀れを演じたのも、朝陽に「守ってあげたい」と思わせるためだった。赤い服を着ていたのも柚葉を刺激するためであり、死者への冒涜だった。そして、結婚式の映像すらも彼女の仕掛けだった。映像設備に触れるチャンスがあったのは彼女だけだった。それなのに朝陽は、柚葉の言い分を一切聞かず、奈々の言葉だけを信じていた。本当のあくどい人は、ずっと自分の隣にいた。だが、彼は何も気づかなかった。すべての真実を読み終えた朝陽は、怒りで胸が大きく起伏した。立ち上がって別荘に残る奈々の物を見ると、彼はすぐにメイドに命じた。「誰か来い。小林奈々の物は全部捨てろ、一つ残らずだ!」メイドが戸惑いながら言った。「でも、藤村社長、小林さんの服やバッグもここにあります」朝陽の声は氷のように冷たかった。「全部捨てろ」奈々が戻ってきた時、真っ先に目に飛び込んできたのは、自分の物がすべて門の外に投げ出されている光景だった。彼女は信じられないように叫んだ。「藤村朝陽!何様のつもりわよ!どうしてあたしにこんなことするの?」次の瞬間、朝陽は奈々の前へ駆け寄り、彼女の首を掴み、力いっぱい締め上げた。「小林奈々、お前のやったこと、全部知ってるぞ。どうして死んだのがお前じゃないんだ?」その目は凶暴そのもので、今にも殺しにかか

  • 霜深く、雁は帰らず   第15話

    職員がそう言うと、離婚受理証明書を朝陽に差し出した。証明書のタイトルが目に入った瞬間、彼は慌てた。彼は証明書を受け取り、その場で固まった。きっと職員の手違いだと思ったが、証明書を開いてみると、そこには確かに自分の名前が記されていた。この印鑑の真実性を確認するように、彼は印鑑を何度も撫でた。しかし、それは本物だと気づいた後、彼は信じられないように首を振った。「ありえない。こんなの、ありえない!」朝陽は怒りに震えながら、職員に向かって怒鳴りつけた。「俺はわざわざ『審査を止めておけ』と指示しておいただろう?お前らは俺の言葉を無視したのか?どうしてこんなふうに勝手に進めた?責任者を呼べ!」朝陽が怒っていたのを見ると、職員はおそるおそる答えた。「藤村社長、この離婚届は高橋さんが直々にご来局され、『急ぎで審査してほしい』と仰ったんです。彼女は藤村社長の奥様なので、私たちはてっきり藤村社長のご指示だと思いました」それを聞くと、朝陽は目を見開いた。「何だって?柚葉が自ら離婚を望んだって言うのか?ありえない、柚葉は俺のことをあんなに愛してたのに、そんなことありえない!」その時、責任者が駆けつけ、頭を下げながら言った。「藤村社長、私も確認しました。間違いなく高橋さんご本人でした。何度もお見かけしていますので、見間違いではありません」そう言って、彼は当日の監視カメラ映像を呼び出した。映像の中で、柚葉が職員に近づき、冷ややかな声で言った。「離婚届の審査、もう止めなくていいです。急ぎで審査してください」彼女の声は小さかったが、モニター越しに朝陽の心を深くえぐった。七年という歳月を共にした。彼女の声を、彼が聞き間違えるはずがなかった。間違いなく、これは柚葉の声だった。事実を理解した瞬間、彼の口はぽかんと開いたまま、脳内には「バンッ」と音が鳴り響いて、頭が真っ白になった。彼は立ち上がろうとしたが足が力を失い、その場に倒れた。職員が慌てて支えようとしたが、彼はよろよろと立ち上がった。彼の目は虚ろで、空気は凍りつくように重かった。目の前の世界が一瞬で崩れ落ちそうだった。廃墟のような視界で、すべての色が消え、太陽も月も輝きを失ったかのように感じた。彼は初めて生きる意味を失うという感情を味

  • 霜深く、雁は帰らず   第14話

    奈々は、朝陽の様子を見て思わず瞳を見開いた。目の前の取り乱し、崩れ落ちそうな朝陽は、今まで彼女が一度も見たことがなかった。こんな狂っている朝陽を見たのは初めてだった。彼女の胸の奥が慌てて、恐怖感がじわじわと押し寄せてきた。泣きながら笑う朝陽を見て、奈々はおそるおそる声をかけた。「朝陽、どうしたの?」だが朝陽は、まるで彼女の声が聞こえていないかのように、点滴の針を乱暴に引き抜いた。そして、彼は靴を履いて病室から飛び出そうとした。それを見ると、奈々が叫んで彼を止めた。「ちょっと、朝陽!まだ点滴終わってないよ!どこ行くの?!」朝陽は冷たい表情で言った。「どけ。俺は離婚届を取り下げに行く。柚葉とずっと一緒にいる!」その言葉に奈々は口をぽかんと開けた。「藤村朝陽、冗談はよせよ!離婚したって言ったじゃん!離婚しなかったら、あの結婚式は?高橋柚葉まで現れたじゃん!まさか全部嘘だったの?」朝陽は、彼女を見下ろすようにして冷たく事実を告げた。「そう、全部嘘だ。柚葉と離婚する気なんて最初からなかった。あの結婚式も偽物だ。お前に向けた愛も偽物だ。お前はただの暇つぶしだよ。それだけのことだ。今俺は飽きたから捨てる。空気を読め。自分で消えろ」奈々はその場で固まった。そして、泣きそうな声で叫び出した。「藤村朝陽……最低っ!ちょっと待ってよ、ちゃんと説明してわよ!あなたがあたしを追い求めたのに、都合よく手を引けると思ってるの?そんなの許せないわ!」だが朝陽は、背後で泣き叫ぶ奈々の叫びを無視して、タクシーに飛び乗った。「運転手さん、区役所まで頼む」これは、絶対に自らやらなければならないことだった。柚葉が亡くなった今、彼が夫という立場を正式に持っていなければ、遺体の引き取り手としての権利も与えられなかった。その時、彼女は火葬され、たった一握りの灰になってしまった。そんなこと、絶対に許せなかった!彼の柚葉は必ず完璧なままで、死んだとしても彼と一緒に埋葬されるべきなんだ。そう思うと、朝陽は財布から札束を取り出して運転手に渡した。「十分で着いてくれ。間に合わないと困る」運転手は喜んでお金を受け入れた。「任せてください!」そして、朝陽は何かを思い出したように、スマホを取り出してアシスタントに電話をかけ

  • 霜深く、雁は帰らず   第13話

    朝陽が目を覚ましたとき、自分が病院のベッドに横たわっていることに気づいた。視界に入った見慣れた背中に、彼は反射的に柚葉の名前を呼びかけた。だが振り返ったのは、柚葉ではなく、奈々だった。奈々の顔色が一瞬で青ざめた。彼女は朝陽を見つめ、声を荒げて叫んだ。「朝陽、誰の名前を呼んだの?あなた、高橋柚葉とはもう離婚したのよ?なのになぜ彼女のことを想ってるの?まだ、彼女を愛してるの?じゃああんたにとってあたしは何だったのよ!」朝陽は険しい表情で、冷たく言った。「小林奈々、調子に乗るな。藤村奥様はひとりしかいない。それは柚葉だけだ。お前じゃない。俺にとってお前は何だ?はっきり言ってやる。お前なんか、せいぜい俺の気まぐれの暇つぶしだ!俺が好きだったときは、お前はいくら出しても手に入らない宝だった。でも俺が好きじゃなかったとき、お前は道ばたの犬にも劣る!」彼の声は激しくて、その言葉は冷酷でひどかった。奈々は言葉を失い、その場で立ち尽くした。朝陽がきっと、前みたいに何度でも優しく自分をなだめてくれるはずだと、奈々は思った。だが、今の彼が吐いたのは、あまりにも冷酷でひどい言葉だった。以前の朝陽は、決して自分にきつい口調なんて使わなかった。一体何が起こったの?どうして彼は、自分をこんなに傷つけられるようになったの?奈々は悔しくて、その目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。「朝陽……あたし、何か悪いことしたの?どうしてそんなこと言うの?まさか高橋さんが、あたしの悪口を言ったの?ねえ、あたしたちは夫婦なのよ?他人の言葉、信じちゃだめ……」この方法は、今まで朝陽には何度でも通用してきた。でも今回、朝陽は怒りに満ちた声で彼女に怒鳴りつけた。「出ていけ。柚葉の名前を俺の前で口にするな、お前なんかにその資格はない!柚葉がこんな卑劣なことをするわけない。こんな汚いやり方をするのはお前だけだ。さっき言っただろ、柚葉だけが俺の妻で、俺は柚葉だけを愛してる。お前こそが他人なんだ!」その瞬間、奈々は目の前の怒ってる朝陽が、まるで別人に見えた。あの優しい朝陽は、もうどこにもいなかった。朝陽が本気だと気づいたとき、奈々は声が震え、必死に問いかけた。「朝陽、嘘でしょ?あたしへの優しさは全部真実だよ。あたしのために柚葉の家族

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status