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第7話

Author: 水無月ねこ
「……わかった」真澄は、ほんのわずかに頷いた。

その瞬間、心羽の顔はぱっと明るくなり、目尻に残っていた涙を指でぬぐいながら駆け出した。

テーブルの上から招待状を一枚取り出し、彼に差し出す。

「時間も場所も、ここに書いてあるよ。叔父さん、ぜったいに遅れないでね?」

その一言一言に、希望と願いが詰まっていた。

真澄は無言で招待状を受け取り、何も言わず玄関のドアを開けて立ち去った。

「ママ、叔父さん来てくれるって!」

跳ねるように戻ってきた心羽に、柚希はやさしく微笑みかけた。

「うん、聞こえてたよ」

柚希には知っていた。心羽がどれほどこの言葉を待ち望んでいたかを。

その夜、心羽は一度捨てたぬいぐるみのクマを再び部屋に持ち帰り、レゴの小さな車の隣に、そっと並べて置いた。

まるで、そこに「家族」がいるかのように。

柚希は、娘の静かな後ろ姿を見つめながら、不安を胸に押し込んだ。

来られないのなら、せめて最初からそう言ってほしい。希望の灯が何度も踏み躙られるくらいなら。

一方、真澄が持っていた招待状を、大翔が見つけた。

「うわああああん!」

突如、泣き出す声に、玲奈と真澄が同時に振り向く。

「どうしたの、大翔?」

「心羽、クラスの子みんな呼んでいるのに、ぼくは呼ばれてない!」

招待状を握りしめながら肩を震わせ、涙をぽろぽろとこぼす。

「泣かないで。きっと、大翔が意地悪したからよ。謝れば、次はきっと誘ってくれるわ」

玲奈はそっと大翔を抱きしめ、真澄に意味ありげな視線を送った。

「やだ……やだよ、ぼくもみんなと遊びたい!ぼくもパーティーする!ぜったいやる!」

大翔は玲奈の胸にしがみつき、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら叫んだ。

「でも、その日はあなたの誕生日じゃないでしょ?」

「もう誕生日なんてどうでもいい!ママお願い、みんなと遊びたいの!」

「大翔……お願い、泣かないで……」

涙が止まらない息子に、玲奈の目にも、涙が浮かぶ。

そのとき——

「……いい。やらせてやる」

真澄が無言で大翔を抱き上げ、低く声で告げた。

「同じ日にパーティーをやろう。クラス全員呼べばいい」

「ほんとに?真澄パパ!」

大翔は顔を上げ、涙をぬぐって笑顔を取り戻す。

「真澄パパ、だいすき!」

そう言って真澄の首にぎゅっと抱きついた。

その頃、柚希と心羽は、そんなことを知らぬまま、誕生日会の準備を進めていた。

誕生日の前日に退園手続きを終え、旅立ちの準備をしようとしていた。

家に戻ると、心羽は時計を見つめながら呟いた。

「時間、もっと早く進めばいいのに……」

その無邪気な言葉が、柚希の胸を締めつけた。

今度こそ、約束を守ってくれますように——

当日の朝、柚希は真澄にメッセージを送った。

【誕生日会は17時からです。どうか遅れないでください】

数分後、【うん】という短い返事が返ってきた。

柚希は、そばでタブレットをいじっている心羽を見つめながら、ほんの少しだけ安心した。

もし本当に、真澄が来てくれるなら——自分は、それでもこの家を去る気は変わらないのか。

昼食を終えた後、ふたりはホテルへ向かい、最後の飾り付けに取りかかった。

「ママ……叔父さん、本当に来てくれるよね?」

風船を抱えながら、心羽が不安げに聞いた。

「きっと来るよ。ほら、朝にこんなメッセージが届いたから」

スマホの画面を見せると、心羽はほっとしたように微笑んだ。

準備が整ったころ、柚希の携帯が鳴った。

「すみません、急用ができて……今日は行けなくなってしまって……」

次々と届く、参加辞退の連絡。電話が鳴るたびに、柚希の胸がざわついた。

「ママ……みんな、来ないの?」

心羽の声は、今にも泣き出しそうに震えていた。

「大丈夫。叔父さんが来てくれるでしょ?ママと叔父さんがいれば、それでいいの」

その笑顔が、あまりに健気で、あまりに切なかった。

言葉にならないまま、柚希は再び真澄にメッセージを送った——だが、返事はなかった。

やがて、約束の時間が過ぎても、誰一人現れなかった。

ふとした拍子に柚希がスマホを確認すると、玲奈のSNSの投稿が目に飛び込んできた。

【大翔 入学お祝いパーティー 〜 クラス全員集合!】

楽しそうに笑う子どもたち。見守る保護者たち。

そしてその中心にいるのは、真澄だった。

【真澄パパ、ありがとう。大翔、とっても幸せそうでした♡】

手が震え、スマホがカーペットに落ちた。

彼は知っているのに——今日は、心羽の誕生日なのだと。

「ママ、これ……」

心羽がスマホを拾い上げ、画面をじっと見つめる。

それでも、泣かなかった。

「……ごはんにしよう」

小さな体はスマホをテーブルに置き、ケーキをそっと前へ引き寄せる。

「ママ、ろうそく、つけて」

柚希は、震える指で火を灯し、部屋の灯りを落とした。

「叔父さんが、ずっと幸せでいられますように。あと、ママと、ずっといられますように」

その祈りの言葉に、柚希の目から、ぽろりと涙がこぼれた。

急いでぬぐい、笑顔を作る。

「……さあ、食べようか」

「ママ、わたし、もうママとだけでいい。ごはん食べたら、あの家から出よう?」

そう言って一口ケーキを食べたあと、心羽は、声を上げて泣き始めた。

柚希は、そっと彼女を抱きしめる。

「……もう大丈夫。ママが、ずっとそばにいるよ」

「最後のチャンス」は、静かに、終わった。

その夜、ふたりは荷物をまとめて、家を出た。

そして翌朝一番の便で、A国へと旅立った。

搭乗直前、柚希は真澄に最後のメッセージを送った。

【どうか、幸せな人生を】

スマホの電源を切り、心羽の手をしっかりと握って歩き出す。

もう、彼との間には、何ひとつ残っていなかった。
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