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02:出来損ないの令嬢

last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-01 08:27:54

 あれはいつのことだったかしら。

 確か、私が十二歳になった年の夕食でのこと。

 豪奢なだけの、冷たい食卓。

 きらびやかな食器の上には、一流の料理人が腕を振るった料理が並んでいる。

 けれどそこに家族の温かさなんてものは、ひとかけらもなかった。

「さすがは我が娘だ。ミリアの魔力は、まさに国宝級だな!」

 父である侯爵が、満面の笑みでミリアを褒めそやす。

 継母も「本当に、あなたのような娘を持てて誇らしいわ」と、うっとりと相槌を打った。

「まあ、お父様、お母様!」

 幼いミリアは嬉しそうに声を弾ませて、小さな指先をキャンドルにかざした。ぽっ、と指先に小さな光の蝶が生まれる。

 ひらひらと食卓の上を舞う蝶に、家族の視線が釘付けになった。

(始まったわ、いつもの茶番が)

 私は完璧なマナーで、静かにスープを口に運ぶ。

 彼らは私に興味がないくせに、少しでも難癖をつける隙があれば折檻してくる。屈辱的な扱いはスルーするが、痛いのはさすがに嫌。

 魔力、魔力、魔力……。この家では、それだけが価値のすべて。

 まぁ文化人類学の観察対象としては興味深いけれど、当事者になるのはごめんだわ。

 誰も私を見ていない。私がここにいることに、気づいてすらいないのかもしれない。

 食事が終わると、私は音もなく席を立った。

 もちろん誰も引き止めない。

 私が部屋からいなくなったことに、最後まで誰も気づかなかった。

 私が向かうのは、自室ではない。屋敷の西棟の一番奥。

 埃っぽい書庫の片隅こそが、私の聖域だった。

(ああ、落ち着くわ)

 インクと古い紙の匂い。これこそが私の帰る場所。

 この世界の人々は、魔力のない過去の記録をただの御伽噺だと切り捨てる。

 なんてもったいない!

 伝説や神話にこそ、その土地の人々の価値観や、忘れられた歴史の真実が隠されているというのに。

 これだから研究はやめられない。本当はフィールドワークに出たいけれど、私は『出来損ない』。家の恥だとか言って、あまり外に出してもらえないのだ。

 出来損ないというのなら、どうして王子と婚約させたのやら。

 大方、魔力の有無がわからないほど幼い頃に政略婚約をねじ込んで、その後に私の無魔力が判明したんだろうけど。知らんがな。

 慣れた手つきで、棚の奥からひときわ古びた本を取り出す。

『フラグラーレ王国建国神話異聞』

 異端の学者によって記された、いわくつきの古文書だ。

 この国に伝わる竜王ヴァルフレイドの伝説は、あまりに単純で、ご都合主義な悪の権化だった。

 ゲームのラスボスとしては分かりやすいけれど、一つの伝承として見るには、あまりに稚拙すぎる。

(ただの破壊者なら、なぜ自ら封印されているの? 何万年も、ただ眠っているだけ? 目的は何? 矛盾だらけだわ)

 私は蝋燭の灯りを頼りに、食い入るようにページをめくった。

 そして、古代語で書かれた難解な一文にたどり着く。

 指先で、慎重に文字をなぞっていく。今世で学んだ知識と前世の知識を駆使して、忘れられた言葉の意味を紐解いていく。

 待って。

 この一文は……!

 息を呑み、何度もその文章を読み返した。

 心臓が、興奮で早鐘を打つ。

 そこに書かれていたのは、私の仮説を裏付ける衝撃的な一文だった。

 ――竜王は世界の終焉ではなく、世界の始まりを待っている。

(……そういうことだったのね!)

 ヴァルフレイドは悪じゃない。

 彼は汚染されきったこの世界の終わりと、その先の再生を待つ、神に等しい存在だ。

 孤独な、孤独な観測者。

 会いたい。

 彼に会って、直接話を聞いてみたい。

 数万年の時を生きた存在は、一体どんな知見を持っているのかしら。

 私の歴史学者としての魂が、歓喜に打ち震えていた。

 あの日の発見が、すべての始まりだった。

 そして今、私の目の前にその扉が開かれようとしている。

 風が、私の褐色の髪を揺らす。この髪は亡きお母様の色。侯爵家の色彩ではないからと、冷遇の原因になった。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 追放された令嬢の悲壮感は、もうどこにもない。

 赤紫の瞳に宿るのは、純粋な知的好奇心の輝きだけ。

(イグニスやミリアも、もし本物の試練――竜王という絶対の存在に対峙すれば、英雄として目覚めるかもしれない。そうなれば国も安泰ね。まあ、それは彼ら自身の問題だけれど)

 私には、私のやるべきことがある。

 古文書には、祭壇に至る道にはいくつかの洗礼があると書かれていた。

 不気味なほど静かな森を前にして、私は微笑んだ。

「まずは、この森からの洗礼を受けないとね」

 その言葉に応えるかのように。森の奥深くから、空腹を訴える魔獣の低いうなり声が遠く響いていた。

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