LOGIN「ダメですよ、絶対に。ボク以外と添い遂げて、“呪い”を解くだなんて。そんな事をされて“呪い”から解放されても、ちっとも嬉しくないです」 「そう言われても……。今の段階で貴方達の“呪い”を解ける“魔女”は私だけなのだし、頼られたら応じる他ないじゃない」「あぁーもう!そんな事言われたらもう、『ならボクがやります』って……言うしかないじゃないですか」 腕で目元を隠し、はぁと息を吐き出す。 正直……決意なんか全く全然出来ていない。だが、華さんを誰かに渡すなんて到底無理だし、この流れから考えても、きっと華さんは出来ればこの呪いを解きたいのだろうなと思うと、『ボクはこのままでもいい』だなんて言える雰囲気じゃなかった。 ——そうだ、このままでいい。 だって、こんなに美味しそうな華さんを前にして、生涯純潔のままでいるなんて、“インキュバス”であるボクが耐えられるわけがないじゃないか。無垢のまま寄り添って、心だけで添い遂げるとなると、魂的な婚姻関係にすらなれる訳じゃないから、華さんと共に死す事だって出来ないのだ。 華さんの側にさえ居れば魔力で困る事も無いし、“呪い”のおかげもあってか他の存在をも喰らいたい欲求も無いから、『呪いから解放されたい』なんて気持ちが全く刺激されない。なのに、それでも、この“呪い”を僕らが解呪するべきなのだろうなと少しでも思えるのは、彼女を愛しているからなのだろうな……。「優しいわね、カシュは。……やっぱり妹さんのため?」 華さんに言われて、やっとウルカの存在を意識した。ずっと今まで自分視点でのみ“呪い”の事を考えていたが——(そうだ、ボクには愛おしい相手がもう一人いるじゃないか) 華さんに言われるまで頭の隅にすら浮かばなかったとか、完全に兄失格だ。穴があったら入りたい、違う意味でそう思うことは数多あれども、正しい意味でそう感じたのはコレが初めてだった。「ボクが“呪い”を解かないと、このままじゃ妹は、瀬田の野郎と心中することになるんですもんね」「瀬田先生、でしょ?黒鳥君」 「スミマセン、華先生」 片言で謝り、苦笑いを浮かべる。 とてもじゃないが重大な決断をせねばならない空気感では無いが、決めないと……いけないのだろうなぁ。「……華さん」 「んー?」「ボクと一緒にこの呪い、解いちゃいましょうか」 ニッと笑
「……気が付いた?」 柔らかな感触を後頭部に感じる。鼻先を少し動かすと、室内を満たす、御馳走の美味しそうな匂いに混じって心地よい香りをすごく近くに感じて、ボクは慌てて目蓋を開けた。 こちらを間近から見下ろす華さんの姿が視界を占有しているので、どうやらボクは華さんに膝枕をしてもらえているみたいだ。そんな彼女の横髪が一束こちらの方へ垂れていて、ラクそうな室内着を着ているだけなのに妙に色っぽく見えてしまうのは、きっと華さん自身が持つ色香のせいだろう。「すみません……暴走してしまって」 “そう”であった自覚があるので、素直に謝る。なのに腕は無意識に彼女の方へ伸び、華さんの後頭部を自分の方へと引き寄せてしまった。 物欲し気に口が軽く開き、華さんの唇をじっと見詰める。このまま勢いよく互いの唇が重なってしまえば良いのにと期待していたのだが、「——ダメだと言っているでしょうが」と言いながら、華さんに手で口元を覆われてしまった。「……くゆひいれふ、はにゃしゃん(苦しいです、華さん)」「あら、ごめんなさいね。ちょっと強かったかしら……って、自業自得でしょ?」 パッと手を離し、謝り、そしてボクの額をぺしりと叩く。唇に触れた手の平をどさくさで舐めてしまえば良かったと後悔したが、もう遅かったのが残念だ。「もしかして、ボクって、長い事気絶していましたか?」 「いいえ、五分程度ね。気絶する程の力で蹴ったとか……本当にごめんなさい」 「あー……アレは“魔女の力”も加味されての事なんで、お気になさらず。人間の女性の蹴り程度、本来ならただのご褒美にしかなりませんから」「貴方って……たまに変な事を言うわね。まさか……マゾなの?」「気持ちいい事が好きなだけですよ。もっとも、プレイだろうが蹴られたり叩かれたり、鞭で打ってもらえた経験なんか、もちろん一度もありませんけどねぇ」 華さんに惚れた時点で、この先も経験する事すら出来ないだろう。そう思うと、残念な気持ちがどうしても消えなかった。「ところで、どうするの?……呪いの件は」 柔い太腿で膝枕をしてもらえて折角気持ちがいいのに、嫌な事を即座に思い出させる発言をされてしまった。二人のこの先を決める大事な事なので早く決断しないといけないと分かってはいるが……だがしかし、『この呪いも、いつかは解呪出来るかもしれない』なんて一度も考え
「で?その方法は?」 カシュが視線だけを私へと向けて問いかける。少し睨んでいる様にも受け取れる瞳と目が合い、私は初めて、彼に対して恐れを感じた。“私”への苛立ちでは無い事は読み取れるけど、それでも……やっぱり、『“悪魔”に睨まれる』という状況は背中に寒気が走ってしまう。「“純潔のまま想いを突き通せ。伴侶となった魔女の遺体にその血を捧げよ”……と、メモ書きにはあったわ」「……純潔の、まま?」 意味がよくわからない、とカシュの顔に書いてある。メモそのものを見せた方が良かっただろうか?とも思ったが、あんなミミズが這ったみたいな文字では、見せた所でもっとこんがらがる気しかしない。「私が彼女の文面を読み解いた限りだと、要はその……『淫魔と魔女が、一度も肉体関係を持たないまま、生涯を添い遂げろ』って意味だと思うわ」「え?そんなの……無理ですよ。“|淫魔《ボク》”を何だと思っているんですか?“魔女”って生き物は」 「私が決めた解呪方法では無いから、文句を言われても困るわ」 言葉遣いが酷くはないが、非難する声色をぶつけられてはたじろいでしまう。「それに、それにですよ、ボクの知る“魔女”は“華さん”だけです。ボクがもし、どうしてもこの“呪い”を解くんだと選んだ場合、華さんも一生“処女”のまま死ぬ事になるんですよ?貴女だけが他の男に抱かれるとか確実に許せないし、絶対に相手を殺す確信が有ります。それでもいいんですか?華さんは」「ダメよそれは。そもそも……そんな事はしないから安心して」 「……いいんですか?それでも」 「いいのかと言われても、『別に』としか言えないわね。一度も経験のない事を知らずに終わる事に対して、抵抗は無いもの」「“好きな人”に快楽を教えずに死なせるとか……“淫魔”としては失格ですね」 「だけど、私が結婚をしたい理由は『苗字を変えたい』だけだから、子供を望めない事を受け入れる事は容易いわよ?」「でも……前提からして、この“解呪方法”には無理がありますよ。だって……華さんはボクを愛してはくれないでしょう?ならもう、一生童貞のままでいようが、華さんの遺体に血を捧げようが、“解呪”は出来ませんよね。ならもう、解呪は諦めて、ボクは無理矢理にでも貴女を貪りたい……」「あー……そ、それね……えっと、その……案外、そうでも、無いわよ?」 視線をそっと
「……えっと、食事の後にする?」 「いいえ。ボクが焦ってでも食べたいと思うのはあくまでも“華さんの料理”であって、自分が作った物は……まぁ、貴女の胃袋を満たせたら嬉しいな程度の物なので。——あ、でも、華さんはすぐに食べなくても平気ですか?時間も時間ですし、お腹が空いているのでは?」 「話した後でも問題ないくらいの腹具合だから、大丈夫よ」 “魔女の部屋”に籠る時はどうしたって時間が長くなるから、パンやおにぎりを摘むおかげで空腹だと嘆く程ではない。だけどカシュは本当に大丈夫なのかしら?「でももし、カシュのお腹が減っているんだったら何か私も作りましょうか?」 「大丈夫ですよ、魔力は充分ありますから」と、微笑む笑顔には無理がある。頑張って、悪い考えに呑まれてしまわないように必死になっている事が見て取れた。(うん、やっぱり早く教えてあげた方が、お互いの為ね)「……あのね、カシュ」 「はい」 背をスッと正して、座っているクッションの上に正座をしている。正座なんてやり慣れていないだろうに、脚は痛くないのかしら?と、今は気にすべき事ではないことが気になった。「“魔女の呪い”を解く方法を私が見付けたかもしれないと話したら、貴方はどうしたい?」 「…………えっと」 カシュの凛々しい瞳が軽く見開かれ、口元がくっと引き絞られる。私の言葉を頭で処理しきれないといった感じだ。「解ける、ものなんですか?コレって」 恐る恐るといった声で、カシュに訊かれた。 彼が生まれる前にはもう“淫魔”達は呪われた後だった事を考えると、“解呪”など有り得ない事だと思い込んでいても仕方がないだろう。“呪い”をかけた張本人である、“ハンナ・アダムス”が既に死去した後では尚更だと思う。私だって、“解呪”に繋がるかもしれない文章を見付ける事が出来る直前までは、内心……多分無理だろうなと思っていたくらいなのだから。「解けは、するみたいなの。だけど……」 「あぁ、その様子だと『無理難題をこなせ』といった感じ、なんですか?ははは……やっぱり、“魔女”って奴は、どこまでもボクらには手厳しいみたいですね」 額を押さえ、はぁ……と長い息を吐く。どこにもぶつけられない感情が胸の中に渦巻き、“魔女っぽい者”である“私”相手ではそれを吐露する事も出来ず、カシュは胸元を掻き毟った。
「ご飯とお風呂、どちらを先にしますか?——それとも……だなんて、夫婦っぽい質問、今日ならしても許されたりします?」 「食事を先に、と答えてはおくけど、“夫婦っぽい行為”は、当然、私相手には期待しないでね」 「ははっ。こんな日でも、やっぱり華さんは鉄壁だなぁ」 当然だ。 だってそうしないと、彼は絶対に呪いを解けなくなってしまうんだから。「……だって、私達はそもそも“夫婦”でも何でもないでしょう?」 「手厳しいなぁ。全くもってその通りだから、何にも言い返せなくなるじゃないですか」 苦笑いを交わしながら居間に入り、私だけ、スーツから室内着に着替えるべく用意を始めた。カシュは私の鞄を部屋の隅に置いて、テーブルに料理を並べてくれる。すっかり主夫っぽさが板についてしまっているが……(こんなによくしてもらってるのに、“主夫”どころか、“彼氏”ですらないのよね) 楽な格好に着替えを済ませて居間に戻ると、テーブルにはクリスマスっぽいメニューが並んでいた。存在に気が付いてくれていたみたいで、帰りがけに買ってきた赤ワインも出してある。生花で作った小さなブーケが飾ってあったり、丸い形をしたキャンドルが灯されていたりもして、普段とは違う、とても良い雰囲気の室内になっていた。 こんな日なのに、ただのパジャマに近い格好になってしまった事を悔いるレベルだ。 せめて外出着に着替えるべきだったかと私が悩んでいると、カシュに座るよう促される。『今からまた着替えるのも不自然よね』と割り切って、私は定位置に座った。「ありがとう。ワインの存在に気が付いてくれたのね」 グラスを並べながら「もちろんですよ」とカシュが言う。言わなくても気が付いてくれるとか、楽過ぎてホント、『苗字を変えるための婚活』を再開する意思をまた大幅に削がれてしまった。「お疲れっぽいけど、お酒は飲めます?——あ、乾杯とかよりも先に、何か摘んでしまえば平気かな?」 「そうね。確かにちょっと疲れてはいるけれど、このサラダを先に食べればお酒もいけるかも」 「じゃあもう早速食事を頂きましょうか」 「あぁでも、乾杯だけでもしましょうか。じゃないとカシュが飲みにくいでしょう?」「ふふっ……ボクを酔わせて、どうする気ですか?」 綺麗なシトリン色の瞳が、すっと細くなる。その表情がとても蠱惑的で、ボタンを二つ三つ
とぼとぼとした足取りで図書館から出て、帰路につく。念願であった“魔女の呪い”の解除の方法を見付けはしたが、正直あまりテンションは上がっていない。クリスマス・イブだなんて大イベントのタイミングでの発見だったので『すごいわ!コレがクリスマスの奇跡ってやつね?』だなんて思った気持ちは、ものの数行で打ち砕かれた。 “魔女の呪いの解除は出来ない” ——というオチではなかった事だけが救いだが、カシュにとっては、それに等しいのではないだろうか。そう思うと……“この方法”を伝えるべきか否か、どうしても迷ってしまう。(でも、言わないと。解除する為に必要な条件を、彼が知らぬうちに失ってしまっては困るわよね……) 『方法を知った身』としてはそう考えるが、『受け止める側』としてはどう思うのだろうか? 解除の方法は……“淫魔”にとっては無理難題に等しい方法だった。なら、むしろ知らぬまま終わった方が幸せなのか、そもそも彼らは“呪い”を解除したいのか、それ以前に、そもそも“前提”となるその“条件”はちゃんと満たせているのだろうか?——など、色々と考えがぐるぐると頭の中で回ってしまう。 このタイミングで知った事が、果たして『クリスマスの奇跡』と言えるのか、『サンタクロースの悪戯』か。 たとえカシュがどんなにいい子にしていようとも、悪魔には優しく無さそうな日なだけに、気分は複雑だ。「まぁ……とにかく、今は帰りましょうか」 仕事用の鞄と共に、赤ワインの入った袋を持って歩みを早める。早く帰って会いたいような、考えがまとまるまでは会いたくないような……本当に困ったわ。 ◇「おかえりなさい、華さん」 バタバタと足音を鳴らしながら、玄関までカシュが私を出迎えに来てくれた。鍵を開ける音を聞きつけて来たのだろうが、エプロンを着けたままの姿から、慌てて玄関まで来たのを窺い知ることが出来る。「ただいま。いい匂いね、ご飯を作ってくれていたの?」 前に『学生寮が空いたらそちらに引っ越す』と、そんな話を何となくしていたような気がするのに、いつの間にかすっかりなあなあになっている。だが、今の生活があまりに楽で、楽しくて、『あれはどうなったの?』と突っ込む気にもなれない。「だって、今日はクリスマス・イブでしょう?きっと華さんはお祝いをしたいんじゃないかな?と思ったんで」「あら、優







