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疼きの残火と魔女の指先

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-25 19:32:34

リリスの案内で辿り着いたのは、帝都の外れにひっそりと佇む廃礼拝堂だった。

石造りの古い建物は外見こそ荒れていたが、中に一歩足を踏み入れた瞬間、空気の密度が変わる。

「ここが今の“私の城”よ。かつては神を祀った場所、今は魔女の寝床」

リリスが笑う。

床に刻まれた魔術陣、天井の梁に吊るされた黒い燭台、香のような妖しい匂い──全てが異質だった。

カインが振り返ろうとした瞬間、背後から細い指が背中をなぞる。

「あ……っ」

緊張と反射で身体が跳ねる。

リリスはくすりと笑って、そのまま彼の胸元を押した。

ふらつく足取りのまま、カインは部屋の奥にあるベッドへと倒れ込む。

「身体、まだ疼いてるでしょ? 魔契の余燼は、簡単には抜けないのよ」

ベッドに膝をついたリリスが、彼の上に馬乗りになるようにしてゆっくりとしゃがむ。

ぴたりと密着したその体温に、またぞくりと背骨が震える。

「……おい、何を……っ」

言葉を遮るように、彼女の指先が胸の紋章をそっとなぞった。

甘い刺激が神経を這い、魔力が再び脈動する。

薄い吐息と共に、リリスが囁く。

「制御訓練よ。いまのあなた、触れられるだけで魔力が暴れるでしょう?

だから、教えてあげる。快楽に溺れず、魔力を鎮める方法を──私の身体で」

リリスの指が、ゆっくりと胸の紋章をなぞる。

魔力が反応し、皮膚の下で紫の光がじくじくと明滅を始めた。

「ほら……抑えて。暴れたいって疼いてるでしょ?」

吐息交じりの声が耳元をくすぐるたびに、理性が削られていく。

リリスはまるで、カインの身体の“弱いところ”をすべて知っているかのように──

指や爪、吐息を使って、的確に快感の波を与えてきた。

「魔契者の魔力はね、精神状態に影響されやすいの。

特に、快楽との親和性が高いのよ」

言葉とは裏腹に、彼女の指先は胸から腹部、腰骨のラインをなぞるように滑る。

ぞわぞわとした魔力が皮膚を這い、熱が身体を内側から突き上げてくる。

快感に呑まれそうになるたび、魔力が暴れかける。

だが、そのたびにリリスが「はい、我慢」と囁き、

カインはなんとかそれを“押し戻す”。

この拷問にも似た制御訓練は、甘く、熱く、息苦しい。

額に汗がにじみ、身体のあちこちが微細に震えていた。

「うまくなってきたじゃない……すぐイきそうな顔してたのに、よく耐えたわ」

リリスが顔を近づけ、唇を舐めるようにかすめる。

魔力がまた反応し、疼くように身体が波打った。

「……ッ、ふざけるな……」

吐き捨てた声すら、震えていた。

だが、その内奥では──確かに、何かが変わり始めていた。

魔力を、ほんの少しだけ“自分で扱えている”という実感が、確かにあった。

訓練が終わると、リリスはカインの身体から離れ、ゆっくりとベッドの端に腰を下ろした。

「ふぅ……ちゃんと耐えたわね。えらいえらい」

からかうように微笑みながら、彼女は頬杖をついてカインを見つめる。

カインは荒い息を整えつつ、濡れた額を手で拭った。

「あんな方法で……訓練って言えるのかよ……」

「快楽と魔力は密接よ。自分の限界を知るには、一番効く方法なの」

その声には、妙な実感と、どこか遠くを見ているような響きがあった。

「……なあ。お前の目的って、なんなんだ。復讐だけじゃないだろ」

問いかけに、リリスはほんの一拍だけ沈黙する。

やがて、ゆっくりと唇が開かれる。

「そうね……私が欲しいのは、王座よ。

“魔女の王座”──全ての契約魔術を束ねる、唯一無二の権能の座」

その言葉には、熱と執着がにじんでいた。

リリスは指を伸ばし、空中に紫の魔紋を描く。

「かつて、私はそこにいた。けれど、裏切られた。奪われた。

……だから取り戻す。どんな汚い手を使ってでも」

紫炎が魔紋に沿って灯る。

カインは、その言葉にどこか自分を重ねていた。

奪われたもの。失った誓い。

そこにあるのは、ただの復讐ではない。

失った尊厳を、力で取り戻す意志──それは、彼の胸にも確かにあった。

帝国中央監視棟。

無機質な白の魔術壁に囲まれた作戦室では、淡々と魔力異常の解析が行われていた。

「紫炎、強度ランクS──魔女由来の魔力である可能性、高」

報告を受けた男は、椅子に深く腰を沈めていた。

クラウス・ハルデン。帝国軍上層部に名を連ねる、冷徹な戦術家にして、カインを売った張本人。

「本当に戻ってきたのか……あの忌々しい“魔女”どもが」

クラウスは指を鳴らすと、傍らの部下へ命じた。

「討魔部隊を出せ。生き残りの魔女をすぐに抑えろ。例の“魔契の痕跡”……それも追え」

部下は頷き、通信魔導盤を操作する。

既に何かが“始まってしまった”ことを、誰もが理解していた──。

夜が更ける頃。再びリリスの隠れ家。

カインが床で服を直していると、背後からぴたりと柔らかな身体が密着する。

「……また、疼いてきてるんじゃない?」

甘く艶やかな声。振り向けば、リリスがすぐ耳元にいた。

「さっきの訓練で慣れたでしょ? ねえ、カイン……もっと気持ちよくなって、もっと強くなりたいんでしょ?」

耳朶を噛まれる。息が詰まる。

指先が腹筋を這い、ゆっくりと下腹部に触れかけ──熱が、また身体の奥で再燃する。

「我慢なんて、もういらないわ。次は……本能のままに、私に溺れてみて?」

振り返る間もなく、唇が重なる寸前で場面は暗転する──。

紫炎の契約は、まだ始まったばかりだった。

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