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黒き覚醒と帝国の追手

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-29 17:11:40

帝都の魔導庁──その最深部に位置する制圧指令室には、緊張と沈黙が満ちていた。

巨大な魔痕探知機の魔導盤に赤い光点が浮かび上がっている。北東の外縁、帝国から25キロ。周囲に村も拠点もない森の中で、かつて“黒契王”と呼ばれた魔女の魔力反応が検出された。

「確定しました。リリス=ネクタリア……およそ十年ぶりの大反応です」

若い魔契官の声に、室内の空気がぴんと張り詰める。だが、中央に立つひときわ鋭い眼差しの男は、一切動じることなく短く命じた。

「即時出撃。第五制圧部隊に魔封結界装備を持たせろ。戦闘ではない。これは“拘束”だ」

クラウス・イェーガー。かつてリリスと共に戦場を駆けた男。今は魔導庁直属の“狩人”として、魔女封殺の先鋒に立つ。

クラウスは地図を睨んだまま、懐から一枚の古びた写真を取り出す。

そこには戦時中の仲間たちと──その中心で薄く笑う、黒髪の女の姿があった。

「……生きていたなら、それでいい。だが次は、逃がさん」

その呟きは、かつての情ではなく、任務の刃として吐き出された。

「十年も姿を見せなかった理由はなんだ? 今更姿を現すとは……」

隣にいた副官が問うた。クラウスは答えなかった。ただ、机の上に並べられた戦闘記録の束を指で弾いた。

「力を蓄えていたのか、あるいは……次の契約者を選んだのかもしれん」

「まさか、再び“魔契”を?」

「可能性はある。相手が男ならなお悪い。あの女は“支配”と“快楽”で心を壊す魔女だ。理性を砕き、魂に呪印を刻む」

副官が息をのんだ。

「……では、その者もろとも……?」

「ああ。全てを、潰す」

クラウスの眼光が一瞬、深い哀しみを湛えたのは──誰にも気づかれなかった。

森の奥。朝靄が立ちこめ、木々の隙間から差す光が肌を撫でるように柔らかい。

その中でリリスは、木の根に腰を下ろし、カインの膝を枕に横たわっていた。昨夜の淫靡な契約の余韻は、まだ肌に残っている。彼女の唇がそっと動いた。

「……優しくしてくれて、ありがとう。痛くなかったわよ」

「おい、やめろ。そういうことは……」

「ふふ、照れるの? でも“契約”なんだから、遠慮はいらないでしょ?」

リリスの指がカインの腿をなぞる。布越しに感じる体温と、女の吐息。彼女の髪が揺れ、唇が少しずつ、彼の太腿に近づいていく。

「おまっ……おいっ!?」

「ねぇ、感じてるの、ここ……♡」

リリスの舌が、布越し
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