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黒契の魔導と帝国の狗

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-29 17:13:49

「……本当に、その名を?」

帝国中央庁の最高機密会議室。

音声のみの魔導通信が静かに流れ、場の空気を氷のように凍らせていた。

クラウスの報告──「黒契王リリス=ネクタリア、生存確認」──その一言が、帝国の中枢を揺るがせたのだ。

「記録では、十年前に抹消処理が完了していたはずだ」

「彼女は魔力の特性上、復活も転生も不可能と判断されていた」

「では、現れた“リリス”は何者か? 同名の模倣か?」

否。

通信越しに届いたクラウスの声は、淡々と、しかし決然としていた。

「姿形、魔力波形、契約反応……すべて一致。

あれは、間違いなく“リリス=ネクタリア”本人です」

会議室の片隅で、誰かが喉を鳴らす音がした。

「──ならば、対処法は一つだ」

帝国魔導参謀長、ヴィルヘルム・ドライエが静かに言った。

白髪混じりの顎に手を当て、鋭い眼差しで魔導陣のスクリーンを睨みつける。

「クラウスには、新たな命令を。

対象“リリス”は生け捕りではなく、即時処分とする。

理由は不要、感情も排せ。命令に従え」

その瞬間、クラウスの目が一瞬だけ揺れた。

だが、声に迷いはなかった。

「……了解。命令通りに。

ただし、俺の手で殺す──それが俺の罪の償いだからだ」

静かに通信が切れた。

その場に残された者たちは、誰も言葉を発せず、

ただ“黒契王”という禁忌の名が再び歴史に刻まれた事実に、怯えていた──

「ここなら……少しは落ち着けそうね」

森の奥、誰にも使われなくなった廃村の一角。

草木に覆われた屋根、崩れかけた小屋。そのひとつに、カインとリリスは身を潜めていた。

月明かりが隙間から差し込むなか、リリスはゆっくりとマントを脱いだ。

「見せて、契約痕──もっと深く刻まれてるはずよ」

カインの胸元に手を伸ばし、シャツをはだける。

浮かび上がるのは、脈動する紫の魔紋。

先の戦闘で力を振るった影響か、文様は淫靡に、そして妖しく肥大していた。

「……これが、お前の力の源なのか?」

「ええ。あなたが“感じる”ほど、私の魔力も満たされていくのよ。

快楽と苦痛、その混濁が──私たちを強くするの」

そう囁くリリスは、カインの背後に回り、首筋へそっと唇を這わせる。

その一瞬、びくりと肩を震わせるカイン。

「ちょ、ちょっと……!」

「黙って。これは“調律”よ」

リリスの指が、魔紋をなぞるたびに熱が走る。

腰が抜けそうになるのを、カ
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