LOGIN結婚式は順調に進む。ヒカリはつまらない映画を流し見する感覚で、目の前で繰り広げられる茶番のような式を見ていた。
(きっと、蒼斗さんはずっと前から舞花とできてたんだ……)
冷静になってきた頭でそう思う。蒼斗はヒカリとの関係を知られることを、極端に嫌がった。だから買い物や外食のような、普通のデートなんてしたことがなかった。
いつもホテルの個室で食事や会話をしていたし、同じ作品に出演した時も、最低限しか話さなかった。蒼斗は打ち上げでヒカリが隣に来ることさえ嫌がっていた。
ホテルで会う時でさえ、時間をずらして入る。しかも、それぞれ部屋を取って、あとからどちらかの部屋に行くという徹底ぶりだった。
万が一バレたら困るからと言っていたが、ヒカリとは遊びだったからだと思うと辻褄が合うような気がした。部屋が違うなら、舞花を呼んでもヒカリが気づくことなどないのだから。
「それでは、お姉さんのヒカリさんから、ご挨拶です」
司会に言われ、我に返る。高砂では舞花と蒼斗がニヤニヤしていた。両親も、小馬鹿にするような目でヒカリを見ている。ここまで来ると、悔しさや悲しみよりも、彼らの幼稚さに呆れ返る。
(本当に、どこまでも救いようのない人達ね)
軽蔑しながらも司会の元へ行き、マイクを受け取る。
(不倫ドラマなら、ここで暴露するところね)
ドラマの世界なら、スクリーンにふたりの不倫現場が映し出され、誰もがヒカリの味方になるだろう。だがこれはどこまでも冷たく残酷な現実。ヒカリは不倫の証拠なんて持ってないし、誰も味方になってくれない。
ヒカリは小さく息を吐き、会場の人々を見てから高砂にいるふたりを見る。
「舞花、蒼斗さん、この度はご結婚おめでとう。ふたりは美男美女で似たもの夫婦だと思うので、きっと幸せになると思います」
それだけ言ってマイクを司会に手渡し、最後に舞花と蒼斗に笑顔を向け、パイプ椅子に戻る。〝似た者夫婦〟というのは、ヒカリなりの皮肉だった。彼らが気づくとは思えないが、どうでもいい。
式が終わり、2次会が始まるタイミングで部屋に戻り、ドレスを脱いでシャワーを浴びる。
変装をしてからカラオケに行った。大声で歌い、食べたいものを注文して食べる。今はカロリーなんて気にしてられない。ヒカリは叫ぶように歌い、マナーも気にせず大口を開けて脂っこい安物のポテトや唐揚げを頬張った。
明日からまた、女優として生きる。これはそのための活力だ。
蒼斗はハリウッド映画への出演が打診されていた。そのまま舞花と一緒に、新婚旅行がてら海外に行き、ひどい目に遭えばいいと思う。
(こんな気持じゃダメ。ふたりを忘れるの)
ヒカリは喉が痛くなっても声を出し続けた。蒼斗も家族も、これまでの人生も、すべて忘れたかった。
日付が変わる前にホテルに戻ると、入浴後に軽くストレッチをしたり、スキンケアをしてからベッドに潜り込む。カラオケで発散したおかげか、自分でも驚くくらいすんなり眠れた。
翌日、ヒカリはベッドから起き上がる。心にはぽっかり穴が空いたまま。ついでにスケジュールも、新婚旅行がなくなったことでぽっかり空いている。
「はぁ……。こんなオフ、いらない……」
ヒカリは少しでも気を紛らわせようと、来週撮影するドラマの台本を開いて読んでいた。だが、ヒカリの役は婚約者を別の女性に奪われる役だ。しかも、恋人役は蒼斗だった。できることなら今すぐ降板したいが、もう3話も収録しているし、私情で降板なんてしたくなかった。
「やれることをやるだけ」
自分にそう言い聞かせてみるが、台本を読んでいる途中で、自分と役が重なって、涙が出てしまう。
「ノンアル!? わ、私、ノンアルで、よ、酔って……!?」 ヒカリは思わず目を丸くして壮介を見る。彼が嘘をついているようには見えない。「最初の2杯はアルコール入でしたし、プラシーボ効果っていうんですか? お酒だと思って飲んだら酔うことがあるそうですよ」「そ、そうなんですね……」 そう言われても、恥ずかしいものは恥ずかしい。たった2杯のカクテルと、ノンアルコールカクテルで記憶がなくなるくらい酔うだなんて、黒歴史確定だ。「あの、私なんか言ってましたか?」「色々言ってましたね。とりあえず、ごはんにしません? お仕事あるんでしょう?」 壮介は電気ポットでしじみ汁にお湯を入れながら言う。「そうだ、撮影……!」 時計を見ると7時半前。この時間に目が覚めているのは、ヒカリにとって奇跡だ。「何食べますか? サラダも一応買ってありますけど。あ、それとも女優さんはコンビニのごはんなんて食べませんかね?」「いえ、食べますよ。ありがとうございます。そうだ、お金……」 バッグから財布を出そうとすると、壮介が制止した。「気にしないでください」「でも……。バーもホテルも払ってないですし……」「僕としては、憧れのヒカリさんと一緒にお酒を飲めただけで幸せですし、一緒に朝食食べれるんですから、むしろ払い足りないくらいですよ」「払い足りないって……」 壮介の発言に苦笑する。くすぐったいが、ファンの熱量を直接感じることができるのは嬉しい。「だって、子供の頃から大好きな女優さんと、こんなに長い時間過ごせるんですから。ファンとしてはもう、死んでもいいくらい幸せですよ」「ふふ、それを言うなら、私もですよ」「え?」 壮介は目を丸くする。「私、正直言うと、化粧好きじゃなかったんですよね。敏感肌で、すぐに荒れちゃうから……。化粧で荒れて、それを化粧で隠して、また荒れてって……。皮膚科で相談しても、化粧は極力しないようにって言われて……。けど、仕事上そういうわけにもいかないでしょ? でも、電車でflocon de neigeの広告を見て、試してみたら肌トラブルから解放されて、それからすっかりflocon de neigeのファンなんですよ」「嬉しいです……! こんな軌跡があるだなんて……! っと、ヒカリさんはお仕事なんでしたっけね。どうぞ、好きなものを選んでください」
朝7時、スマホのけたたましいアラームで目が覚める。「うぅ……」 ヒカリは音のする方へ手を伸ばし、アラームを切ると布団をかぶる。 寝起きはあまりいいとは言えない。今日の撮影も、10時過ぎに現場入りすればいいので、家から出るのは余裕を持って9時前だ。常人ならもう少し寝ても余裕ができるが、アラームを3回は聞かないと起きられないヒカリは、2分刻みでアラームをセットしている。「起きないの?」「んー……」「起きなってば。撮影あるんですよね?」「さつ、えい……。撮影!」 撮影という言葉で飛び起きた。「起こしてくれてありがとう、って、ええっ!?」 自分を起こしたのは、海原壮介だった。彼は昨日と同じ服を着て、ヒカリの顔を覗き込んでいる。「な、な……。これは、いったい……」 ヒカリは必死に記憶を手繰り寄せる。昨晩彼と偶然会い、一緒に飲んだことまでは覚えている。「昨日酔いつぶれてたから送ろうと思ったんですけど、ヒカリさんの住所知らなかったので、ホテルに連れてきました」「ほ、ホテ……!?」 彼は自分のファンだと言っていた。それに男女でホテルといったら、そういう想像をしてしまうもので……。(私、まさか酔った勢いで海原さんと!?)「あ、安心してください! 僕がしたことと言えば、靴を脱がせたことと、メイク落としくらいで、その、えっちなこととか、全然してないので! それに僕、隣の部屋で寝てたので……!」 壮介は赤くなっていくヒカリを見て、慌てて言う。「そ、そうなんですね、なんか、色々ごめんなさい」 今度は別の意味で赤くなる頬を抑えながら、曖昧に微笑む。「いえ……。あ、朝ごはん、一応コンビニで買ってあるんですけど、何がいいですか? 適当に色々買ってみたんですけど。あ、オレンジジュースとしじみ汁は念の為飲んでくださいね。二日酔いしてないといいんですけど」 壮介は大きなコンビニ袋を出しながら言う。「なにからなにまで、ありがとうございます……」「いえいえ、シャワーでも浴びてきたらどうですか? 目が覚めると思いますよ」「はい、そうします」 室内を見回すと、かなり広い。1番近くのドアを開けると、もうひとつ部屋がある。きっと壮介はこちらで寝たのだろう。 脱衣所で鏡を見ると、肌の調子は思ったよりいい。メイク落としだけでなく、保湿もしてくれたのかもしれない。
「元気ないですね、どうしたんですか?」「明日、仕事で会いたくない人がいて……」 ぽつりと言うと、カシスソーダを飲み干した。思い出しただけで悲しくなって、飲んで忘れたくなった。酒に強くないせいか、はやくも頬が熱くなってくる。「もう1杯……」「分かりました」 壮介はタブレット端末を操作する。お通しのナッツをつまんでいると、カシスソーダが運ばれてきた。それも一気に飲み干す。「飲み過ぎですよ。顔赤いですし、お酒、得意ではないんじゃないですか?」「そう、ですけど……。飲まないと、やってられないといいますか……」「僕でよかったら、話してください。口外しません」「うぅ、海原さん……」 酒で涙腺がもろくなり、涙が溢れてくる。「わた、私、幸せの四葉家族なんて言われてますけど、本当は家族とうまくいってなくて……。特に舞花のこと、本当は昔から嫌いで」「どうして嫌いなんですか?」「だってぇ! 私のもの、ぜーんぶ取るんです……! お菓子も、おもちゃも、彼氏も、ぜーんぶ」 酔いが回ってきた。ダメだと分かっているのに、涙と言葉が止まらない。「私、婚約者いたんです。今度こそ幸せになれると思ったら、結婚式当日に、舞花に、舞花に取られて……! しかも、明日、その元婚約者とドラマの撮影で会うんですよ……。私がその人の恋人で、尽くして尽くしてひたすら尽くすのに、捨てられる役で、もう、現実とほぼ一緒じゃないですか。なんで私ばっかりこんな……。う、うぅ……」「よしよし、大変でしたね」 壮介はヒカリの隣に移動し、頭を撫でてくれる。今のヒカリには、ちょっとした優しさも、涙の元になってしまう。「う、うぅ……! 海原さん……。もう1杯」「分かりました」 それからしばらく飲んでいた。何杯飲んだか覚えていないくらいに。「もう帰りましょう」「うぅ……」 1時間もすると、ヒカリは泣き疲れてうとうとしていた。酔いも回り、意識が朦朧としている。「仕方ないお姫様だ」 壮介はスマホを操作したあと、タブレット端末でクレジットカード決済を選択する。しばらくすると支払い用の端末を持った従業員が入ってくる。「すいません、タクシー呼んだので、ここで待たせてもらっていいですか?」「はい、構いませんよ」「ありがとうございます」 10分もすると、壮介のスマホにタクシーが来たと通知が来る。
浮かれていると、メールを知らせる通知音が鳴った。件名には「荻原です」と書いてある。「あ、荻原さんだ。どうしたんだろ?」 メールを開くと、『先ほど差し上げたものはすべて未発表ですので、SNSに載せたり、口外したりしないでください』と書かれていた。ヒカリは『了解です』と返信する。「どんなメールでした?」「未発表だから誰にも知られるなって」「そうでしたか。時々いますからね、浮かれてSNSとかにあげちゃう人……」 金田の言うように、口外するなと言われているのに、SNSに上げて炎上してしまう芸能人が極稀にいる。もちろんヒカリはそんなことしたこともなければ、する気もないが。 ふたりで一緒に化粧品を見ていると、ドアがノックされる。金田と顔を見合わせてから返事をすると、スタッフが飲み物を持ってきた。「こちら、ノンアルコールカクテルです。お連れ様がお支払いを済ませましたので、どうぞごゆっくり」「至れり尽くせりね」「そうですね」 乾杯してからカクテルを飲む。もう蒼斗と舞花のことなど、頭から抜け落ちていた。 3日後、オフ最終日。ヒカリは友人と食事を済ませ、梅雨特有の湿った風に吹かれていた。「どうしようかな……」 女性芸能人がひとりで歩いていたら、節度のないマスコミや、違法薬物の売人に付け回されるかもしれない。ついこの前、免許取り立てのモデルが夜に運転をしていたら、マスコミが車で尾行して騒ぎになったばかりだ。 幸い、ヒカリはまだ遭遇したことないが、夜にひとりで歩いていたら、違法薬物の売人に声をかけられたと、先輩女優が言っていた。 それらを考えるとはやく帰ったほうがいいのだろうが、なんとなく、まだ帰りたくなかった。「ヒカリさん?」 名前を呼ばれ、振り返る。声をかけてきたのは海原壮介だった。「海原社長、こんばんは」「社長なんてやめてくださいよ。もしかして、おひとりですか?」「はい、そうです。友達とごはん食べてたんですけど、まだ帰りたくなくて……」「よかったら、一緒に飲みませんか? 人目が気になるなら、個室もありますよ」 壮介はお猪口を傾ける仕草をしながら言う。「でしたら、個室で」「分かりました、行きましょうか」 連れられたのはジャズが流れるバー。壮介が個室希望だと言うと、個室に案内された。「何飲みますか? このバーは、メニューにないカク
「すごいですね。そういう方って少ないのに、寄り添うなんて」「様々なものに目を向けるのは大事ですから。ルージュの他にも、色々用意したんですよ」 壮介は照れくさそうに言うと、アイシャドウパレットを出した。横長のアイシャドウパレットを開けると、蓋の裏が鏡になっている。アイシャドウは2列になっていて、それぞれ5種類ずつある。こちらもルージュ同様に透明だ。「アイシャドウの色は、上にあるスワロフスキーと同じ色なんです」 彼の言う通り、アイシャドウの上にはそれぞれスワロフスキーがある。左から順に色が濃くなっている。「どれもすごく可愛いです」「気に入ってもらえたようでよかった」 壮介は胸を撫で下ろす。魔法のアイシャドウパレットは、賛否が分かれそうな商品だ。じっくり化粧をする人にはいいかもしれないが、通勤前などに急いで化粧をする人には合わないかもしれない。「今はルージュとアイシャドウだけですが、チークやノーズシャドウなども開発中なんですよ。こちらはすべて、ヒカリさんに差し上げます。ですので、よければあとで感想を聞かせてもらえますか?」 壮介は名刺の裏に電話番号を書いて、ヒカリに差し出す。「これはプライベート用のスマホの番号です。名刺に書いてある仕事用のスマホは、サイレントモードにしてる時間が長くて気づきにくいので、こっちに連絡してもらえると助かります」「分かりました、ありがとうございます」「ところで、ヒカリさんは……」「社長、お時間です」 荻原がぴしゃりと言葉を遮る。おかげで和やかな雰囲気が消えてしまった。「ひとつだけ質問しておきたいんだけど」「もうギリギリです。これ以上あなたのワガママに付き合うわけにはいきません」「うちの秘書は頑固で困るよ」 肩をすくめて苦笑いする。「おふたりは、もう少しゆっくりしていてもかまいません。失礼します」「はい。今日はありがとうございました」 部屋から出ていくふたりを見送ると、ヒカリは目を輝かせて化粧品を見る。「はぁ、どれも可愛い……! こんなに可愛いコスメをもらえるなんて、夢みたい……」 ヒカリはうっとりしながらアイシャドウパレットを手に取る。蓋にはアイシャドウの色を基調としたステンドグラス風のイラストが描かれていて、見てるだけで胸がときめく。「よかったですね、ヒカリさん」「うん、嬉しい……!」 芸
「お初にお目にかかります。私はflocon de neigeの社長をしている、海原壮介と申します」「秘書の荻原です」 ふたりはヒカリと金田に名刺を差し出す。「ご丁寧にありがとうございます。四葉ヒカリと申します」「マネージャーの金田です」 ヒカリ達も名刺を手渡し、挨拶を交わすと、前菜が運ばれてきた。「まずは食事を楽しみましょう。今日は仕事というより、お食事がメインだと思ってください」「はい」 壮介は社交的で明るく、話しやすい。食事をしながらよく聴く音楽や、好きな映画の話をすると、驚くほど好きなものが一致する。 デザートを食べ終える頃には緊張感もなくなり、すっかり打ち解けていた。「いやぁ、嬉しいなぁ。ヒカリさんとここまで好きなものが同じだなんて。もちろん、ヒカリさんが以前テレビで好きだと言っていたから、試しに観たり聴いたりしたものもあるんですけどね」「ふふ、そうなんですね。嬉しいです」「社長、お食事も終わりましたし、そろそろお渡ししては?」「あぁ、そうだった。いつもはここまで抜けてないのに、楽しくてつい」 壮介は恥ずかしそうに言いながら、flocon de neigeのロゴが入った紙袋をテーブルの上に置く。「ヒカリさんには、今年の冬に出す新作のCMに出演していただきたいんです。新作のコンセプトは、魔法なんですけど、まずはご覧いただきましょう」 壮介は箱をいくつか並べる。サイズからして、リップの類だろう。「まずは、魔法のルージュから」 壮介は箱からルージュを取り出す。黒と金の洗練されたデザインで、持ち手にはピンク色の薔薇が描かれている。「まず見てほしいのは、ルージュの色です」 そう言ってキャップを外してひねると、透明のルージュが出てくる。「透明?」「ふふ、そう見えるでしょう? 手をお借りしても?」「はい」 ヒカリが手を差し出すと、壮介はヒカリの手を優しく掴んで手の甲に塗った。最初は透明だったが、数秒後に綺麗なピンク色になってきた。「すごい……!」「熱で色が出るんですよ。まさに魔法でしょう?」 壮介は得意げに言いながら、ルージュをもとに戻す。「はい、本当に魔法みたいです」「今作は、世間では奇抜と言われる青や白もご用意しました。色が分かるように、ルージュと同じ色の薔薇をスティックにプリントしてあるんです」 他のルー