LOGIN最後にウィッグと帽子をかぶれば、少し小柄なチャラ男の完成だ。「もうちょっとまともなウィッグと服はなかったの?」 ヒカリは鏡を見てため息をつく。ウィッグは派手な金髪で、服もヴィジュアル系バンドが好んで着てそうなものだ。「私、こういう彼氏ほしいんですよね」「あなたの趣味なのね……」 非常事態に自分の趣味をねじ込む金田に呆れ返るが、今は彼女に説教をしている場合ではない。ヒカリは着替えや化粧品などをキャリーバッグに押し込んで、厚底ブーツを履いて外に出る。「待って、ダーリン♡」 金田はヒカリの腕にしがみつく。法律がなかったら平手打ちでもしていただろう。施錠してから外に出ると、マスコミに囲まれた。「このマンションの住人の方ですか? よければお話聞かせてください!」「もー、私達旅行行くんで! 自分達が独身非モテだからって、邪魔しないでくれます? ねぇダーリン♡」 金田の言葉に笑いそうになるのをぐっとこらえ、前に進もうとするが、マスコミの壁は厚く、なかなか前に進めない。「もう、邪魔! 晒されたいの!?」 金田はスマホで動画を撮りながら、ヒカリの腕をぐいぐい引っ張って行く。自分達は散々他人を晒しているくせに、晒されるのが怖いのか、道を開ける。その光景はまるでモーゼのよう。 金田にイラつくことも多々あるが、こういう時は頼もしい。 ホテルに着くと、ヒカリの代わりに金田が受付をしてくれる。一緒に部屋に入ると、ヒカリは真っ先にウィッグと帽子を取った。ただでさえ梅雨で蒸し暑いのに、ふたつも被り物をしていたせいで、頭皮がむず痒い。「はぁ、暑かった……。それにしても、すごい数のマスコミだったわね……」 思い出しただけでゾッとする。きっとヒカリひとりでは、外に出ることさえ出来なかっただろう。「ヒカリさんの部屋に向かいながら、警察に通報したんですけどね。まったく、仕事が遅いんだから」「金田ちゃんって、変なところタフよね。心強いわ」「ふふん、歴は浅くてもマネージャーですから」 胸を張る金田に吹き出す。金田にイラつくことは数え切れないほどあったが、こういうところが憎めない。「そうだ、壮介さんと連絡取らないと」 ヒカリはスマホの電源を入れる。「あ、今はあんまり見ないほうが……」「そんなことも言ってられないでしょ」 電源が入ると、通知の嵐だった。通知欄で文
ラインを開くと、大勢の芸能人から祝福のメッセージが来ている。そして、例のグループトークからは……。『蒼斗くんの次は社長? 無節操ね』『恥を知れ』『お姉ちゃんってビッチなんだね。マジキモい』 他にも色々書いてあったが、既読スルーした。この手の馬鹿には、反応しないに限る。否定でも肯定でも、反応をすれば調子に乗ってつけあがるのだから。 通知がやかましくてスマホの電源を切り、タブレット端末でサブスクを利用して映画を観て過ごす。普通に作品を楽しみたいのに、役者として観てしまうのは困った職業病だ。 気持ちを切り替えるために、気になっていたアニメを一気見する。アニメはいい。絵がフィルターとなり、演技のことを考えながら観ずに済む。 時々軽い筋トレをしながらアニメを消化していると、あっという間に夜になった。気づくと19時過ぎ。「もうこんな時間……。通りでお腹空いてるわけだ……」 お腹をさすりながら、キッチンに行く。ヒカリが冷蔵庫を覗き込んでいると、インターホンが鳴った。「えー……。こんな時間に誰……?」 元々人付き合いが好きではない。オフの日に、それも夜に誰かの相手をするのは億劫だった。居留守を使いたいところだが、部屋の明かりでバレているだろう。 訪問者が帰ることを祈りながらゆっくり玄関へ行き、ドアスコープを覗いてみると、金田だった。 周囲を見回しながら、焦っているように見える。ドアを開けると、金田はヒカリを押しのけて部屋に入り、鍵を閉めた。唐突のことに、ヒカリはあっけにとられる。「ちょ、ちょっと! なにしてんの!? こんな時間に非常識でしょ!」「ヒカリさん、そんなこと言ってる場合じゃないですって! ニュースとか見てないんですか!?」「ニュース? なんのこと?」「スマホは? どうしてるんですか?」「通知がうるさいから切ってたけど……。というか、さっきからなんなの? いくらマネージャーでも、いきなり押しかけてくるなんて、許されないでしょ」 ヒカリの声が徐々に荒くなる。オフを邪魔された上に、急に押しかけ、謝罪もしない金田に苛立っていた。「ですから、そんなこと言ってる場合じゃないですって。これ見てくださいよ!」 金田はスマホを操作してヒカリに見せた。「ちょっと、なによこれ……」 ヒカリは自分の目を疑う。金田のスマホに表示されているのは、芸能
「そんな、壮介さんは悪くない。こそこそ撮ったマスコミが悪いの。それに私達、やましいことなんてないし。堂々としてればいいのよ」『そっか、そうだよね。僕にできることがあったら、何でも言って』 壮介の声に明るさが戻り、安堵する。どんな時でも、愛する人には笑顔でいてほしいものだ。「ありがとう。でも私もさっき知ったばかりで、状況把握できてないの。だから、もう少し待ってて」『分かった。余計なことしないで待ってるよ。それじゃ』「えぇ、また」 電話を終わらせて画面を見ると、たくさんのチャットやメッセージ、メールが届いていた。大半がお祝いメールだった。「まぁ、変なスキャンダルじゃないだけマシか……」 送られてきたメッセージのほとんどがお祝いということは、不倫に仕立て上げられたりしているわけではないようだ。自分の名前を検索バーに入力すると「四葉ヒカリ 熱愛」と予測された。その予測をタップして検索すると、ニュースサイトが並ぶ。 1番上のニュースサイトををタップすると、壮介に頬にキスをされている写真が視界に飛び込む。見出しは「薄幸のヒロイン、ついに幸せに!?」という、失礼極まりないものだった。 記事の内容は、某パーティの中庭で、ヒカリがflocon de neigeの社長と密会しているというもの。ふたりの会話内容や、馴れ初めについては書いていない。「これなら、なんとか……」 壮介との交際がバレてしまったことは想定外だったが、幸い悪い書かれ方はされていない。だったら、壮介に相談してから、真実を公表すればいい。やましいことなど何もないのだから。 他にもいくつかニュースサイトやメッセージなどを確認しても、同じような言葉が微妙なニュアンスの違いで書かれているだけだった。 ヒカリは事務所に壮介との交際は事実であること、あの写真が撮られた日から交際スタートしたこと。そして、これから壮介と相談してからSNSで正式に発表しようと思っていることを報告した。 事務所からの返事は「スキャンダルではないし、大人だから任せる。一応公表前に文書を確認させてほしい」といったものでだった。 ヒカリは壮介にメールをし、状況を簡潔に伝えた。壮介は『ヒカリさんが公表してから、僕個人のアカウントで公表するよ。僕は荻原に文書のチェックをしてもらおうかな』と返信が来た。「腹が減っては戦はできぬし、
「こんなに買ってくれてたんですね。ヒカリさんのイチオシってどれですか?」「そうですね、私は……」 写真を見ながら話をしているうちに敬語が取れ、気づけば距離も近くなっていた。「こんなに楽しくおしゃべりしたの、いつ以来かしら」「あはは、僕もだよ。ヒカリさんに会えてよかった」「こちらにいましたか」 荻原が神経質そうな顔をして出てくる。壮介は荻原の顔を見ると、しまったという顔をし、指先でこめかみを掻く。「あ、そうだ……。会議あるの忘れてた。ヒカリさん、またあとで」「待って、壮介さん」 ヒカリは咄嗟に壮介の手を掴む。今言わなかったら、チャンスを逃してしまう気がした。「あの、交際の件だけど、よろしく願いします」「それって、OKってこと?」 うなずくと、抱きしめられた。ふわりと爽やかで甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。「嬉しいよ、ヒカリさん。君のこと、何よりも大事にする。今度、一緒に食事しよう」 壮介はヒカリの頬にキスを落とすと、荻原と一緒に消えてしまった。ヒカリはキスをされた頬に触れ、呆然としていた。 撮られているとも知らずに……。 数日後の朝、しつこいくらい鳴る呼び出し音で起こされる。「もう、なんなの……。今日はオフなのに……」 スマホを見ると、金田からの着信だった。右上の時間を見ると、まだ早朝だ。「なによ、もう……」『ヒカリさん、大変です!』 ぶつぶつ言いながら耳に当てると、金田の大声で鼓膜が割れるかと思った。「ちょ、うるさい……。どうしたの?」『週刊誌に撮られてますよ!』「週刊誌ぃ? なんのこと?」 眠たい頭で考えるが、思い当たる節はない。壮介と飲んだ時は変装をしていたし、その件だとしたら、もっと早くに出てるはずだ。その人にとって大事な時期にスキャンダルを出すこともあるが、特に大事な時期というわけでもない。『海原さんとの写真ですよ!』「え? なんでまた……」『それはこっちが聞きたいです。キスしてるところ、ばっちりでしたよ!』「ええぇっ!?」 驚きのあまり飛び起きる。壮介とのキスなど、一度しかない。あのパーティでの東屋。何を言おうか迷っていると、誰かがヒカリのスマホに電話をかけているらしく、キャッチホンが鳴った。「ごめん、誰かから電話かかってきたみたい。一旦切るね」『え? ちょ、』 金田との電話を終わらせ、誰
「その小説ってもしかして……」 壮介の口から出たのは、まさにヒカリが読んでいた小説のタイトルだった。「そうです」「ヒカリさんもそれ読んでたなんて、嬉しいなぁ」 壮介の子供っぽい笑顔が可愛くて、頬が緩む。壮介は気取ったところがなく、接しやすい。きっと、そういうところに惹かれたのだろう。壮介の笑顔を見ながら、ヒカリはそう考えた。「僕、こんな見た目だから、厨二病だとか、気味悪いだとか言われてたけど、初めて会った時に、ヒカリさんが綺麗って言ってくれて、すごく嬉しかったんです」 壮介の話を聞いて胸が痛む。状況などは違うが、似たような経験はした。 学生の頃、天才子役と言われ、注目されていたが、仕事で早退したり、遅刻したりしていた。極めつけはスマホだろう。小中学校はスマホの持ち込みが禁止されていたが、ヒカリだけは特例でOKが出ていた。 だからクラスメイトに、ズルいとか調子に乗ってるとか言われて、ハブられていた。「理由は違いますけど、私も学生時代はズルいとか調子に乗るなとか言われて、仲間はずれにされてたので、少しは分かります」「やっぱり、芸能人にもそういうのあるんですね」「遅刻や早退はしょっちゅうでしたし、私だけスマホを持ってたから……」「子供って事情なんて考えずに、思ったことを口にしますからね。お互い、大変な学生生活を送ってたようで」「そうですね。あの、海原さんって……」「できれば、壮介とお呼びください」「では、壮介さんで」「はい」 壮介は嬉しそうに返事をする。人懐っこい大型犬を連想した。「壮介さんは、この前子供の頃からファンだって言ってましたけど、いつから私のファンなんですか?」「その、引かないでくださいね? 魔法少女リップルージュの頃から、ファンでした」 壮介は恥ずかしそうに言う。魔法少女リップルージュは、少し珍しい実写ドラマで、小学生の女の子がなりたい自分をイメージしながら魔法のリップを塗ると、イメージした大人になるのだ。 大人になったリップルージュが様々な困難に打ち勝つ話で、当時の女児は皆夢中だった。ヒカリは変身前の小学生を演じていたのだ。「リップルージュ! 懐かしい。そんな前からだったんですね」「はい。なりたい自分になれるのが羨ましくて、よく見てました。新作も、リップルージュをイメージして作ったんです。多くの女性が、なりたい
「そうですか、よかった」 安堵すると壮介が笑う。「海原さん?」「ヒカリさんはお優しいですね。だから惹かれるんだろうな」「え?」 惹かれるという言葉に、思わず胸がときめく。「さっき、咄嗟に恋人だって嘘をついてしまいましたけど、本当にしませんか」「それって……」 ヒカリは無意識で胸に手を添える。蒼斗と恋愛ごっこをしていた時とは比べ物にならないほど、ドキドキしている。 壮介は真顔で向き直り、決心を固めるために息を吸う。「ヒカリさん。僕は女優としてではなく、ひとりの女性として、あなたが好きです。まだお互いのことよく知りませんし、すぐに交際なんて考えなくてもかまいません。ですから、友人から始めてみませんか?」 壮介の白い肌が、林檎のように赤く染まっていく。「はい、是非」 ドラマの中では数え切れないほどの恋をしてきたが、現実での恋は数える程度だ。ヒカリは友人としてではなく、恋人として受け入れるつもりだったが、緊張してそれしか言えなかった。(たぶん、友人としてって思われたかも……)「断られなくてよかった……。ヒカリさんは挨拶は済みましたか?」 どう切り出そうか悩んでいると、壮介が聞いてきた。「いえ、まだです」「でしたら、挨拶が終わったら、ふたりで中庭でお話しませんか? お互いのことを知るために」 ヒカリはちらりと外を見る。梅雨時にしては珍しく、晴天だ。外でお茶をするのにいい天気ではあるが、相手が壮介だとそうも言ってられない。「外に行って大丈夫なんですか?」「え?」「その、間違ってたらすいません。海原さんって、アルビノですよね? アルビノって、あまり日光が得意ではないと思って」 ヒカリは恐る恐る聞いてみる。もし壮介の髪がオシャレのためで、肌の白さもただの生まれつきだったら、失礼になってしまうだろう。「ふふ、お優しいですね。確かに僕はアルビノで、日光は苦手です。ですが、ここには東屋があるそうですから」 東屋なら、陽の光を遮ってくれるだろう。それに、何も1日中外にいるつもりではない。1時間程度なら、きっと問題もないし、何かあったら本人が言うはずだ。「そういうことでしたら、是非」「先に東屋に行ってますね」「分かりました。けど、日差しなどがつらくなったら、無理しないで室内で待っていてください」「その時は連絡しますね」「はい。では







