Alle Kapitel von 魔法のルージュ〜婚約者を奪われて始まる真実の愛〜: Kapitel 1 – Kapitel 10

14 Kapitel

1話

 とある結婚式場の新婦控室では、ヒカリが今から着るウエディングドレスをじっと見つめている。「やっと、私も幸せになれるのね……」 大きな瞳から涙が零れそうになり、慌てて目頭にハンカチを押し当てて涙を吸収させる。これからメイクをするのに、涙を流しては台無しになってしまう。 四葉ヒカリは芸能一家の長女で、父、継母、腹違いの妹の4人家族だ。カメラの前では仲良く振る舞っているため、幸せの四葉一家と世間で言われているが、実際は幸せの欠片すらない。 実母が生きていた頃は幸せだったが、父の拓也が継母の結花と結婚してからは地獄のような日々が続いていた。常に妹の舞花が優先される。それだけでも耐え難いのに、彼らは事あるごとにヒカリを馬鹿にし、時には暴力を振るうこともあった。 ひとり暮らしをするようになってからは、暴言と暴力からある程度離れられたが、狭い芸能界にいて、世間で仲良し家族として認知されているせいで、完全には逃れられなかった。 監督の父のドラマや映画に出演し、ヒカリと同じく女優をしている結花と舞花と共演する。バラエティに家族で呼ばれれば、仲良し家族を演じさせられる。 そんな地獄のような日々でも、香坂蒼斗はヒカリだけを見つめ、愛してくれた。 甘いルックスと抜群の演技力で、若い女性を中心に人気のある蒼斗は、舞花に何度も恋人を奪われ続けたヒカリにとっては高嶺の花だった。だからこそ、恋愛対象外だったが、彼はヒカリの人柄を見て褒め、愛し、何度も真摯に向き合ってくれた。きっと蒼斗なら、舞花に惑わされずにヒカリを愛し続けてくれる。そう確信し、彼からのプロポーズを受けることにしたのだ。「お祝いしてくれる人は、ちょっと少ないけど……。でも、蒼斗さんとなら……」 蒼斗はお互いの仕事に影響を与えたくないからと、交際も婚約も世間に隠すことを選んだ。ヒカリとしては堂々と交際したかったが、彼の言うことも一理ある。それに、不特定多数の人に交際を知られるのは抵抗があった。 彼の言う通り、内密にしていてよかったと、本当に思う。女優仲間は婚約発表した後に、パートナーに女性が群がり、大変だったという。 美人芸能人と結婚した男性芸能人がモテるのは、本人の魅力というより、結婚した女性より自分が上だと思いたい女性が多いからだとどこかで聞いたことがある。 ただでさえルックスがいい人気俳優なのに、結
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-06
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2話

 ヒカリは数人のスタッフが準備を進める式場に連れてこられ、式の流れを確認した。確認が終わると、スタッフはにっこり笑いかける。「ご確認ありがとうございます。きっと素敵な式になるでしょう。もう少ししたら着付けやメイクのスタッフが控室に伺いますので、お待ち下さい」「はい、分かりました」 スタッフに軽く一礼してから戻るために廊下を歩いていると、控室から楽しそうな声が聞こえてきた。「まさか……!」 嫌な予感がして控室に入ると、舞花がウエディングドレスを着て様々なポーズを取り、父が写真を撮り、母がにこにこして見守っていた。「どうして……」 絶望に打ちひしがれて座り込むと、気付いた舞花が満面の笑みで手を振ってくる。「あ、お姉ちゃん! ね、見て見て! 絶対に舞花の方が可愛いでしょ? お姉ちゃんみたいなパッとしない地味顔より、舞花の方がいいって」「そうね、舞花は何を着ても似合うわ」「いい絵になるよ」 あれだけ着るなと言ったのにウエディングドレスを着た舞花にも、止めるどころか写真を撮ったり褒めたりしている両親にも、怒りを通り越して憎悪がふつふつと沸いてくる。(どこまで私を侮辱すれば気が済むの……!) ヒカリは立ち上がり、舞花の前にずんずん進んで肩を掴む。「ふざけないで! 私の結婚式だって言ったじゃない! なんでいつも私のものを取るの!? いい加減にして!」「お姉ちゃんこわーい」「舞花、大丈夫? なんてことするの!」 舞花はわざとらしく怖がり、結花は舞花をかばうように抱き寄せ、ヒカリを睨みつける。 拓也はヒカリに平手打ちをする。成人男性の力は凄まじく、ヒカリはその場に倒れてしまう。「え……?」 何があったか分からなかった。頬の熱が痛みに変わり、父に頬を叩かれたと遅れて理解する。「いい加減にするのはお前だ! なんで舞花に優しくできないんだ!? ドレスだって、レンタルだろ!? 誰かが何回も着てるんだから、舞花が着たって変わらないだろ! お前はどうしてそんなに心が醜いんだ!」 父の罵詈雑言にショックで言葉を失う。怒りや悔しさで体が震え、頭が真っ白で動けない。 ドアが大きな音を立てて開けられ、蒼斗が入ってくる。蒼斗は4人の顔を一通り見て、口を開いた。「どうしたんですか? 廊下まで声が響いてましたよ」「蒼斗さん、私のウエディングドレスが……!」
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3話

「綺麗だ……」 蒼斗の言葉に、鈍器で頭を殴られたような衝撃が走る。「な、なにを……、言ってるの……?」「でしょー? ね、蒼斗くん。地味で不幸顔なお姉ちゃんとじゃなくて、私と結婚しない?」 舞花はにっこり笑い、ドレスの裾をつまんでくるりと回って見せる。「それがいい。まだマスコミには、ふたりが結婚すると言ってない。招待客には、印字ミスだと言えばいい」「そうね、そうしましょう」「えぇ、そうですね。僕としても、舞花ちゃんのほうが」 トントン拍子に話が進む。言葉は理解できるが、意味が理解できない。彼らが話しているのは、本当に日本語なのだろうか? 同じ日本人なのだろうか? 常識があまりにも違いすぎて、思考が追いつかない。「待って! これは私と蒼斗さんの……」「うるせぇ、ブス」「え……?」 蔑む目と刃のような言葉が、ヒカリに突き刺さる。「お前なんかよりも、舞花ちゃんを選ぶに決まってんだろ」 ショックで言葉も出ない。今まで舞花に恋人を奪われたことは、何度もある。だが、よりによってこのタイミングで奪われるなんて……。「何被害者ぶってんだよ。夢を見せてやったんだ、感謝してほしいくらいだね」「ホントよね。お姉ちゃんみたいなのが、蒼斗くんと結婚できるわけないじゃーん」(どうして、いつもこうなの……?) あまりにも惨めで、涙が零れる。ここで泣いたら負けだと頭では分かっているのに、涙が溢れて止まらない。『舞花ちゃんは確かに派手で可愛いけど、俺はヒカリさんのような、素朴な美人のほうが好きだな。それに、ヒカリさんは優しいし』 告白された時、舞花の方がいいんじゃないかと聞き返したら、蒼斗はそう言ってくれた。それが嬉しくて、彼との交際を始め、結婚しようと思ったのだ。『一生大事にする。ふたりで幸せになろう』 緊張で顔を真っ赤にしながら、プロポーズをしてくれた蒼斗の姿が脳裏に浮かぶ。あの照れや緊張は、演技じゃなかった。だから嬉しかったし、彼と結婚しても大丈夫だと思えた。それなのに……。(あの言葉は、嘘だったの……?)「お姉ちゃん、ここでドレスでもレンタルしたら? 私が着てきたドレス着られても、不幸移りそうだし、キモいし」「悲劇のヒロインが着たドレスなんか、誰が着たがるんだよ。そう考えると、このウエディングドレスも舞花ちゃんに着てもらって幸せかもな」 蒼
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4話

 悔しくて涙が流れると、拓也は汚物を見るような目でヒカリを見て、手を離した。「汚いから泣くな、めんどくさい」 拓也に肩を押され、倒れてしまう。テーブルに頭を打ち付けたが、誰も心配しない。「さっさとドレスのレンタルして、メイクでそのきったない顔どうにかしてよね」「アンタも母親と一緒に死ねばよかったのよ、気持ち悪い」「この恥さらしが」「お前と結婚したがる男なんか、この世にいねーよ」 4人はヒカリに暴言を吐き、控室から出ていった。残されたヒカリは、声を上げて泣いた。 実母がいた頃は幸せだった。父もヒカリを溺愛していたし、母も優しくて、ふたり共ヒカリが上手く演じられた時は褒めてくれたし、上手くいかない時はアドバイスして、励まして、ヒカリが上手に演じられるまで付き合ってくれた。 だからヒカリは、天才子役と言われるまでに成長できたし、今も成功し続けられている。 だが、結花と再婚してからすべて壊れてしまった。 母が亡くなった時はショックではあったが、父は母の分までヒカリを愛そうとしてくれたから、まだ救いはあった。 泣きたくなったらヒカリを抱きしめ、一緒に泣いてくれて、その後は決まって思い出のレストランに連れて行ってくれた。 結花が来てからは、ヒカリは嫌がらせをされるようになった。まだ子供のヒカリに家事を押し付けたり、練習してれば邪険に扱うか下手だと笑うかだった。すれ違えば足を踏まれたり、背中を押されたりしたし、視界にヒカリが入れば「醜いから視界に入らないで」と言われた。 父に相談しても、「母さんはベテラン女優で忙しい」とか、「大ベテランのアドバイスをそんなふうに受け取るな」とか言われるだけで、ヒカリを助けてはくれなかった。 舞花が産まれると、更に追い込まれた。私物は盗まれたり壊されたりするし、怒ったら「お姉ちゃんだから我慢しろ」と言われ、助けを求めても知らん顔するか、舞花の肩を持つか。 服もお小遣いも、いつも舞花が優先で、新品の服を買ってもらえたのなんて数える程度で、舞花のお下がりを押し付けられることが多かった。 ヒカリの方が年上で体が大きいから、舞花の服が小さいのは当然なのに「デブのお前が悪い」と言われた。 舞花は毎月5千円のお小遣いを貰える上に、友達と出かける度に数千円もらえるのに対し、ヒカリは毎月千円で、友達と出かける時にはもらえない。
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5話

「ずっと泣いてるわけにはいかない……。私だって、女優なんだから……!」 ひとしきり泣いて感情の区切りがつくと、ヒカリはスタッフに声をかけてホテルの1室を取ってそこに向かう。スタッフは新婦が夫婦で取っていた部屋とは別に部屋を取ることを、怪訝そうな目で見ていたが、気にしている余裕などない。「さて、と……」 部屋に入ると、ヒカリはまず、タオルを濡らして備え付けの冷蔵庫を開ける。小さな冷凍スペースにタオルを入れてから顔を水で洗い、化粧水と保湿クリームを塗る。 それから冷やしたタオルでしばらく目を覆うと、泣いて腫れぼったくなった目元もすっきり元通り。これで誰もヒカリが泣いていたなんて気づかないだろう。 次にパーティードレスをレンタルし、メイクをする。「あなたは世界一綺麗」 鏡に向かって微笑むと、式場に向かった。 式場に入ると、結花とスタッフが話し込んでいる。結花は強気に出て、スタッフは困惑した様子。きっと、新婦の変更を告げられたのだろう。 結花はヒカリに気づくとスタスタと近づき、出入り口を指差す。「あなたは受付をしなさい。ご祝儀の猫ババしたら、タダじゃおかないから。それと、余計なことは言わないでちょうだい」「分かりました」 ヒカリは感情を殺してにっこり微笑んで言うと、受付に座った。しばらくすると招待客がまばらに入ってくる。新郎側の招待客はヒカリを見て小首をかしげ、ヒカリの友人は何故彼女が受付をしているのか聞いてくる。「招待状は、印字ミスなの」 そう言って苦笑するヒカリに、新婦側の招待客として呼ばれた仲の良い女優やモデルは、訝しげな顔をする。それもそうだ、ヒカリは「今度結婚するけど、誰にも言わないで」と言いながら、手渡しで招待状を配っていたのだから。 ヒカリの友人達は同情の目でヒカリを見てから式場に入っていく。中には何かを察し、帰る者もいた。できればヒカリも一緒に帰って、居酒屋にでも行って彼女達に何があったか打ち明け、忘れるまで飲んでしまいたい。だが、そうするわけにもいかない。 受付が終わって会場に入ると、拓也が意地の悪い笑みを浮かべ、ヒカリに近寄る。「お前の席はそこだ」 拓也が指さした先は、会場の隅に置かれているパイプ椅子。(私は身内じゃないって言いたいのね) 唯一血縁のある父に、暗にそう告げられた気がした。悲しみよりも、呆れが勝る。
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6話

 結婚式は順調に進む。ヒカリはつまらない映画を流し見する感覚で、目の前で繰り広げられる茶番のような式を見ていた。(きっと、蒼斗さんはずっと前から舞花とできてたんだ……) 冷静になってきた頭でそう思う。蒼斗はヒカリとの関係を知られることを、極端に嫌がった。だから買い物や外食のような、普通のデートなんてしたことがなかった。 いつもホテルの個室で食事や会話をしていたし、同じ作品に出演した時も、最低限しか話さなかった。蒼斗は打ち上げでヒカリが隣に来ることさえ嫌がっていた。 ホテルで会う時でさえ、時間をずらして入る。しかも、それぞれ部屋を取って、あとからどちらかの部屋に行くという徹底ぶりだった。 万が一バレたら困るからと言っていたが、ヒカリとは遊びだったからだと思うと辻褄が合うような気がした。部屋が違うなら、舞花を呼んでもヒカリが気づくことなどないのだから。「それでは、お姉さんのヒカリさんから、ご挨拶です」 司会に言われ、我に返る。高砂では舞花と蒼斗がニヤニヤしていた。両親も、小馬鹿にするような目でヒカリを見ている。ここまで来ると、悔しさや悲しみよりも、彼らの幼稚さに呆れ返る。(本当に、どこまでも救いようのない人達ね) 軽蔑しながらも司会の元へ行き、マイクを受け取る。(不倫ドラマなら、ここで暴露するところね) ドラマの世界なら、スクリーンにふたりの不倫現場が映し出され、誰もがヒカリの味方になるだろう。だがこれはどこまでも冷たく残酷な現実。ヒカリは不倫の証拠なんて持ってないし、誰も味方になってくれない。 ヒカリは小さく息を吐き、会場の人々を見てから高砂にいるふたりを見る。「舞花、蒼斗さん、この度はご結婚おめでとう。ふたりは美男美女で似たもの夫婦だと思うので、きっと幸せになると思います」それだけ言ってマイクを司会に手渡し、最後に舞花と蒼斗に笑顔を向け、パイプ椅子に戻る。〝似た者夫婦〟というのは、ヒカリなりの皮肉だった。彼らが気づくとは思えないが、どうでもいい。 式が終わり、2次会が始まるタイミングで部屋に戻り、ドレスを脱いでシャワーを浴びる。 変装をしてからカラオケに行った。大声で歌い、食べたいものを注文して食べる。今はカロリーなんて気にしてられない。ヒカリは叫ぶように歌い、マナーも気にせず大口を開けて脂っこい安物のポテトや唐揚げを頬張った。 
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-07
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7話

「はぁ、ダメ……」恋人に捨てられて泣くシーンがあるのだが、その前にどうしても涙が溢れてしまう。このままでは、また目が腫れぼったくなってしまう。 台本を閉じてベッドに仰向けになっていると、マネージャーの金田から電話がかかってきた。「はい」「ヒカリさん、おやすみの最中にすいません」 金田はヒカリが蒼斗と婚約していたことなど知らない。蒼斗がマネージャーには言うなと言ったからだ。(私、全部あの人の言う通りにしてたなぁ……) 自分が言いなりになっていたことに気づき、ひっそり自嘲する。「大丈夫よ、予定なくなったし、お仕事入れてくれてもいいわ」「そう言ってくれると助かります。実は、CMのオファーが来まして。flocon de neigeの、新作ルージュのCMです」「flocon de neigeって、あの!?」 ヒカリは目を丸くする。flocon de neigeは、3年前に出来た比較的新しい化粧品会社だ。天然素材にこだわりながら、発色もいい。値段はかなりいいが、肌が弱い人でもメイクや染髪を楽しめると評判のブランドだ。 ヒカリも肌のために愛用しているが、flocon de neigeの化粧品に切り替えてからは肌トラブルも激減した。 親しい友人への誕生日プレゼントはflocon de neigeの商品にするほど気に入っている。それは金田も知っていた。「はい、ヒカリさんが好きなあのflocon de neigeです」「もちろん、お受けするわ!」「分かりました。では、詳細が決まったら改めて連絡します」「えぇ、お願いね」 電話を切ると、ヒカリは小さくガッツポーズをした。自分の人生を変えたと言っても過言ではない化粧品会社のCMに出演できるなんて、夢のようだ。CMということは、きっと新商品だろう。それだけで胸が躍る。「お出かけしよう」 いつまでもあんなクズ共のことなど気にしてられない。ヒカリはお気に入りのワンピースに着替え、メイクで印象を変えると、つばの広い帽子をかぶり、街に出る。 向かうのはflocon de neigeの専門店。都内に3店舗の専門店があり、専門店限定の商品も存在する。 店に入ると、華やかながらも清潔感のあるかおりがふわりと漂う。新作の香水やアイシャドウパレットを次々にかごに入れていく。 特にプリンセスシリーズがお気に入りで、
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-07
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8話

 ヒカリが選んだのは、紺色に雪の結晶や白い花が散りばめられたワンピース。flocon de neigeは、フランス語で雪の花。だからこのワンピースが1番しっくり来る。「けど、媚びすぎかしら?」 そう思うが、これ以上いい服はないように思えた。 翌日、メールで教えてもらった個室のレストランに、金田とふたりで向かった。「先方はまだ到着していないようなので、先に待ってましょう」 金田は店の前でスマホを見て言う。「萩本の名前で予約をした者です」「萩本様ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」 金田がウエイターに名前を伝えると、個室に案内された。4人掛けのテーブルが中心に置いてあり、荷物置き用の棚が窓際の両角にひとつずつ置いてある。内装は洗練されながらも、圧迫感や緊張感を与えてこない。「コース料理のご予約となっておりますので、お連れ様がご到着し次第、お作りいたしますね」「はい」 ウエイターは一礼して立ち去る。「それにしても、企業さんとごはんなんて、初めてじゃない?」 今更ながら、疑問に思う。CMを作る際、まずは企業や制作会社の人間が話し合い、企画を作成し、絵コンテなどを作る。キャストが決まるのはそれからだ。もちろん、企業側が「是非この人にお願いしたい」と言うこともあるが、食事に呼ばれたことは今までない。 まだ絵コンテすら届いていないのに呼ばれるとは、思いもしなかった。「どうしても、ヒカリさんに商品を使ってからCMに出演してほしいとのことでして」「なんだか責任重大な気がしてきた……」 CMに出るということは、その商品の顔になるということなのだから、他のCMでも責任重大ではあるが、ここまで気合の入った企業のCMは初めてだ。 10分ほど待つと、ドアがノックされる。「はい」「失礼します、お連れ様が来られました」 ドアが開き、三七分けに眼鏡をかけた、絵に描いたようなサラリーマンのような男が入ってくる。梅雨が近づき、蒸し暑くなってきたというのに、汗ひとつかかずにスーツを着こなしている。 少し遅れてもうひとり入ってきた。「綺麗……」 その人物を見て、ヒカリの口から無意識に言葉が零れる。 高身長の青年は、髪も肌も雪のように白く美しい上に、整った顔立ちをしている。瞳の色はほんのり赤く、全体的に儚い雰囲気だ。きっとアルビノなのだろう。彼も、
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-08
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9話

「お初にお目にかかります。私はflocon de neigeの社長をしている、海原壮介と申します」「秘書の荻原です」 ふたりはヒカリと金田に名刺を差し出す。「ご丁寧にありがとうございます。四葉ヒカリと申します」「マネージャーの金田です」 ヒカリ達も名刺を手渡し、挨拶を交わすと、前菜が運ばれてきた。「まずは食事を楽しみましょう。今日は仕事というより、お食事がメインだと思ってください」「はい」 壮介は社交的で明るく、話しやすい。食事をしながらよく聴く音楽や、好きな映画の話をすると、驚くほど好きなものが一致する。 デザートを食べ終える頃には緊張感もなくなり、すっかり打ち解けていた。「いやぁ、嬉しいなぁ。ヒカリさんとここまで好きなものが同じだなんて。もちろん、ヒカリさんが以前テレビで好きだと言っていたから、試しに観たり聴いたりしたものもあるんですけどね」「ふふ、そうなんですね。嬉しいです」「社長、お食事も終わりましたし、そろそろお渡ししては?」「あぁ、そうだった。いつもはここまで抜けてないのに、楽しくてつい」 壮介は恥ずかしそうに言いながら、flocon de neigeのロゴが入った紙袋をテーブルの上に置く。「ヒカリさんには、今年の冬に出す新作のCMに出演していただきたいんです。新作のコンセプトは、魔法なんですけど、まずはご覧いただきましょう」 壮介は箱をいくつか並べる。サイズからして、リップの類だろう。「まずは、魔法のルージュから」 壮介は箱からルージュを取り出す。黒と金の洗練されたデザインで、持ち手にはピンク色の薔薇が描かれている。「まず見てほしいのは、ルージュの色です」 そう言ってキャップを外してひねると、透明のルージュが出てくる。「透明?」「ふふ、そう見えるでしょう? 手をお借りしても?」「はい」 ヒカリが手を差し出すと、壮介はヒカリの手を優しく掴んで手の甲に塗った。最初は透明だったが、数秒後に綺麗なピンク色になってきた。「すごい……!」「熱で色が出るんですよ。まさに魔法でしょう?」 壮介は得意げに言いながら、ルージュをもとに戻す。「はい、本当に魔法みたいです」「今作は、世間では奇抜と言われる青や白もご用意しました。色が分かるように、ルージュと同じ色の薔薇をスティックにプリントしてあるんです」 他のルー
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-08
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10話

「すごいですね。そういう方って少ないのに、寄り添うなんて」「様々なものに目を向けるのは大事ですから。ルージュの他にも、色々用意したんですよ」 壮介は照れくさそうに言うと、アイシャドウパレットを出した。横長のアイシャドウパレットを開けると、蓋の裏が鏡になっている。アイシャドウは2列になっていて、それぞれ5種類ずつある。こちらもルージュ同様に透明だ。「アイシャドウの色は、上にあるスワロフスキーと同じ色なんです」 彼の言う通り、アイシャドウの上にはそれぞれスワロフスキーがある。左から順に色が濃くなっている。「どれもすごく可愛いです」「気に入ってもらえたようでよかった」 壮介は胸を撫で下ろす。魔法のアイシャドウパレットは、賛否が分かれそうな商品だ。じっくり化粧をする人にはいいかもしれないが、通勤前などに急いで化粧をする人には合わないかもしれない。「今はルージュとアイシャドウだけですが、チークやノーズシャドウなども開発中なんですよ。こちらはすべて、ヒカリさんに差し上げます。ですので、よければあとで感想を聞かせてもらえますか?」 壮介は名刺の裏に電話番号を書いて、ヒカリに差し出す。「これはプライベート用のスマホの番号です。名刺に書いてある仕事用のスマホは、サイレントモードにしてる時間が長くて気づきにくいので、こっちに連絡してもらえると助かります」「分かりました、ありがとうございます」「ところで、ヒカリさんは……」「社長、お時間です」 荻原がぴしゃりと言葉を遮る。おかげで和やかな雰囲気が消えてしまった。「ひとつだけ質問しておきたいんだけど」「もうギリギリです。これ以上あなたのワガママに付き合うわけにはいきません」「うちの秘書は頑固で困るよ」 肩をすくめて苦笑いする。「おふたりは、もう少しゆっくりしていてもかまいません。失礼します」「はい。今日はありがとうございました」 部屋から出ていくふたりを見送ると、ヒカリは目を輝かせて化粧品を見る。「はぁ、どれも可愛い……! こんなに可愛いコスメをもらえるなんて、夢みたい……」 ヒカリはうっとりしながらアイシャドウパレットを手に取る。蓋にはアイシャドウの色を基調としたステンドグラス風のイラストが描かれていて、見てるだけで胸がときめく。「よかったですね、ヒカリさん」「うん、嬉しい……!」 芸
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-08-08
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