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03

last update Terakhir Diperbarui: 2025-08-25 12:35:46

 ミリーの燃えるような視線を、アレックスは温度のない灰色の瞳で受け止めた。彼の目に感情らしきものは見えない。

 足元で騒ぐ虫けらを一瞥するかのような、完璧な無関心。その様子が、ミリーの怒りにさらに油を注いだ。

 彼はミリーに一言も返すことなく、衛兵隊長に向き直った。肩越しにミリーを親指で指す。

「邪魔だ。排除しろ」

「なっ……!」

 抗議の声を上げる間もなく、衛兵たちが彼女の両腕をがっしりと掴んだ。先ほどとは比べ物にならない力で、ミリーは現場から引きずり出されていく。

(なんなのよ。私のこと、道端の石ころでも見るような目で見て!)

 悔しさに唇を噛み締める。最後までアレックスは、ミリーを振り返りすらしなかった。

 規制線の外に放り出されて、ミリーは雨に濡れた石畳の上に膝をついた。石畳が冷たくて、怒りが治まらなくて、彼女は身を震わせた。

(覚えてなさい、アレックスとやら!)

 ジャーナリストとしての矜持が、あの男に踏みにじられた。このまま終わらせるわけにはいかない。

 悔しさを胸に、ミリーはデイリー・ピープルの編集部へと帰った。

 デイリー・ピープルの編集部に戻ってきたミリーは、編集長にこってりと叱られた。

「ミリー、お前なぁ、いきなり衛兵と喧嘩してどうすんだ。マードックがどれだけ苦労してパイプを作ったのか、わかってんのか」

「……すみませんでした」

 ミリーがうつむくと、編集長はため息をついた。

 とりなしたのは当のマードックである。

「まあまあ、編集長。俺は気にしていませんよ。若い頃は勢いがあってこそです。……で? アレックスに会ったのか?」

「知っているんですか?」

「まあな。あの男は『アレックス・グレイ』。衛兵隊の民間協力者だ。今までにいくつもの難事件を解決している」

「…………」

 ミリーが不満そうに押し黙ったので、マードックは苦笑した。

「お前さんの言いたいことは、わかる。アレックスは相当な変人だからな。だが彼が自殺だと言ったなら、そうなんだろう。なにせ彼の推理力と解決力は、誰もが認めている」

「でも! 人が亡くなったというのに、ひどい言い草でした。ろくに調べもしないで自殺と決めつけて、もし違ったらどうするんですか!」

「よし。それじゃあミリー、アレックスに会ってこいよ」

「えっ?」

 急に話の風向きが変わって、ミリーは目を丸くした。

「この業界でやっていくなら、今後も彼に会う機会は増えるだろう。そのたびに突っかかっていちゃあ、仕事にならん。一度しっかり会って、どういう人間かお前さんの目で見極めるんだ」

 マードックはそう言って、アレックスの住所を教えてくれた。

 旧市街の中心に聳える巨大な時計塔。そこが彼の住処であるらしい。

「わかりました。行ってきます。ありがとうございます、先輩」

「おう。気を付けてな」

 力強く頷くミリーに、マードックはひらひらと手を振った。

 デイリー・ピープルの編集部を出たミリーは、時計塔の住所をメモした紙を片手に、町を歩いていく。

(あんな男が、本当に衛兵隊の顧問だなんて。でも、あの自信は本物だった。何かを知っている。私が知らない何かを)

 時計塔が近づくにつれて、腹の底に響くような巨大な歯車が軋む音が聞こえてくる。そびえ立つ建物は、見上げるほどの高さ。町の時を刻むという役割以上に、何か巨大で異質な存在感を放っていた。

 重厚な扉の前で一度立ち止まる。本当にこの中に入っていいのだろうか。だが事件の真相に近づくには、彼と話すしかない。ミリーは意を決して、冷たい真鍮のノッカーを叩いた。

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