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37:物言わぬオルゴール

last update Dernière mise à jour: 2025-09-16 18:38:27

 ここしばらくは大きな事件もなく、時計塔は平穏な時間を過ごしている。

 ミリーは、アレックスの生活改善と称して、部屋の掃除に勤しんでいた。部屋の主であるアレックスは、そんな彼女を意にも介さずに新たな古代遺物のパズルボックスに没頭している。

「アレックスさん、もうお昼です! たまには言葉で『食事がいる』とか『ありがとう』とか言ってくれないと、私の苦労が報われませんよ!」

 アレックスは昼時になっても、作業の手を止めようとしない。ミリーは呆れて言ったが、彼はそっけなく答えた。

「言葉は不正確なデータだ。君が僕の生命維持のために食事を用意するという行動こそが、最も正確なコミュニケーションだろう。真実は常に、構造と行動の中にしかない」

(また始まった、この人の理屈!)

 ミリーはこの天才の付き合い方にも、少しずつ慣れてきていた。

 食事を食べてくれればいいや、と気を取り直す。あまりにも無視するようであれば、またお菓子とコーヒーで釣ってやろう。

 そう考えて、きりの良いところまで掃除を終えることにした。

 その日の午後、ミリーが編集部で記事の見直しと資料整理を行っていると、編集長に呼ばれた。

「おい、ミリー。お前は最近、殺人だのプランクトンの群体だのと物騒な事件ばかり追っていただろう。たまには趣向を変えてみろ」

 彼はミリーに一枚の紙を押し付けた。

「何ですか、これ?」

「魔道具職人地区の古いオルゴールから、誰も聞いたことのない曲が勝手に流れるんだとさ。たまにはそういう、ほのぼのとした記事でも書いてこい」

「へぇー、オルゴールですか! わかりました、行ってきます」

 紙にはオルゴールのある場所の住所と簡単な地図、この話をリークしてくれた住民のコメントが書かれている。

 場所は職人街の広場。ミリーはさっそく向かってみることにした。

 様々な職人たちが工房を開いている職人街は、にぎやかな槌の音が響いている。

 その中でも古い地区の広場で、ミリーは例のオルゴールを発見した。長年放置されて赤錆が浮き、ところどころ塗
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