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原石たちの戦場

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-13 22:53:02

《警告:演算残時間、あと2分30秒》

ゼロの声は冷静だったが、その意味は重い。

このままでは、戦い切る前に演算が尽きる──

「くっ……」

クロ・アーカディアは、わずかに汗ばむ額に手をやった。

だがその手は震えていない。むしろ静かで、冷えていた。

(焦るな。俺はもう、一人じゃない)

演習フィールドの岩場に、重圧が満ちていく。紅牙、翠嵐、白鋼――各チームの動きが明確になった。

「完全に……狙われてるな、俺たち」

「注目されるのは実力の証ってな」

カイが肩を鳴らす。

「構わない。包囲は、裏返せば殲滅の機会」

フィアの指示が即座に飛ぶ。

「カイ、前方でプレッシャーを。レインは中央で支援固定。サクラ、風読みに集中して。ミナ、左から圧を。クロ、あなたは──」

一拍、間を置いてから。

「私と一緒に前衛突破。」

クロは無言で頷いた。右腕に雷の気が走る。ブレイサーに力を通すと、雷紋が脈動し始めた。

「雷式・斬撃変換──雷刃!」

雷が、形を持った。地を這う音を残し、蒼い稲妻が刃を形作る。刃渡りは実体ではなく、雷の粒子の集束だ。だがその鋭さは、鋼を超える。

切る。貫く。ただ、それだけの演算。

クロの意識は静かに集中していく。

先手は、紅牙だった。

「熱式・咆焔突(ほうえんとつ)!」

筋肉が膨れ、腕が変形する。リーダー格の術士が、まさに獣のごとく地を蹴った。

「任せろ!」

カイが地面を踏み砕く勢いで飛び出す。岩が砕ける音が戦場に響き、拳と拳が衝突する。

「おらあああッ!」

レインがすかさず地面を押し上げた。

「土式・地嵐壁!」

突進の勢いを受け流し、カイが跳ねるように頭上から獣術士を叩きつけた。

「ナメんなよ、うちのパワー系!」

「風が……動く!」

サクラが叫ぶ。翠嵐の風術士たちが、縦横無尽にフィールドを舞っていた。

「風式・層翔刃(そうしょうじん)!」

真空の刃が複数飛来。風圧で命中を逸らすような計算された投擲。

「俺に任せろ!」

クロが手を振る。

「雷式・鎖撃!」

稲妻の鎖が空を裂くように走り、風の刃を中空で叩き落とす。さらに一撃、足元へ。翠嵐の一人の動きが止まる。

そこに氷の矢が突き刺さる。

「氷式・断晶矢」

フィアが狙い澄ました一矢で、術士の腕を撃ち抜いた。

「……連携、成功」

サクラが息を整える。

「さっきより風の流れが見えます。前より、戦える……」

「その意識、すごくいい。次、構えるわよ」

だが、その時。白鋼のリーダーが、重盾を振りかざし、堂々と前進してきた。

「防式・鋼展陣(こうてんじん)」

金属術の陣が、彼の周囲に展開される。

その存在感はまるで戦車。どれだけ魔術を打ち込んでも、その装甲はびくともしない。

「レイン、止められるか?」

「……まだ試してない技、ある」

「よし、いけ」

「土式・断岩杭!」

尖った岩柱が白鋼の足元から突き上がる。が──「甘い」

白鋼の男が片足で杭を砕き、前に進む。

「クソッ、物理ごり押しかよ……!」

クロが一歩、前に出た。視界がゆれる。呼吸が浅くなる。

《警告:残演算時間、あと80秒》

ゼロの声が、かすかに沈む。

(……ここで終わるわけにはいかない)

「フィア、俺が行く」

「了解。援護は任せて」

クロが構える。雷が集中し、右腕に蒼い刀が生まれる。刃は空気を焼き、視界を白く染めた。

「──閃雷刃」

突撃。クロが地を蹴った瞬間、時間が遅れたように感じられる。白鋼のリーダーが盾を構えるが──雷が貫通する。

「っ……なに……!?」

厚い防御陣が、クロの一閃で裂かれる。彼の背後には、雷が残した光の線が浮かんでいた。

「これが……クロくんの、本気……」

サクラがぽつりとつぶやいた。

「ミナ、左翼から!」

「燃やすよ!」

紅牙の残り兵が火焔弾を構えるが、ミナが真横から飛び込み、火炎をまとう蹴りで焼き尽くす。

「一撃で、終わらせるよ……!」

「みんな、連携! 包囲が崩れてる!」

フィアが叫び、カイが殴り抜く。レインが土をせり上げる。サクラが風で体勢を補正。

「今よ、クロ!」

フィアの声に、クロは刀を再び握り直した。

(ここで終わらせる……俺たちの力で)

「ゼロ。制御、頼む」

《了解。演算安定率52%、収束展開可能》

「──閃雷刃・最大収束ッ!」

雷の刀身が光を凝縮し、音をなくした。空気が爆ぜる。振り抜いたその瞬間、雷鳴が戦場に轟いた。

白鋼、紅牙、翠嵐――残存兵力が一瞬にして吹き飛ぶ。

「勝った……のか?」

息を切らすクロの問いに──

「クロ・アーカディアのチームが勝利!」

アナウンスが応えた。

その場に静寂が降りた。

その様子を、誰かが見ていた。

観覧席の奥、透明な結界で隔てられた上層管理席。そこに立つのは、一人の男。黒いコートを羽織った壮年の人物だった。

学園長・オルヴェイン・シグレ

彼は腕を組み、無言で戦場を見下ろしていた。

その左腕は義手――魔導演算補助機構《演算義肢(アウギリア)》が組み込まれている。

かつて“演算の鬼”と呼ばれたが、前線を退き、この学園の長に収まった男。

彼の目が、《閃雷刃》の残光が焼いた地面を見つめる。

「ならば──次の選抜試験に呼ぶ価値があるな」

静かに、だが確かな声音で言葉を落とす。

「お前は、この程度で終わらせん。……せっかくの原石だからな」

少年が振るった雷の刃。それは、既存の理を壊す兆しだった。

学園長はゆっくりと背を向け、消えていく光の残滓に目を伏せた。

「雷は、制御されてこそ術となる……だが、稀にそれを理に変える者が現れる」

──同時刻、別の場所。観戦室の隅。

モニターを斜めに眺めていた男が、ポテチをつまみながら肩を竦めた。

「……やるじゃねぇか、クロ」

トウヤ。クロたちの担任であり、無精髭にだらけた姿勢が定番の男だ。

彼はモニターに映るチームの勝利を見て、小さく鼻で笑った。

「でも、調子乗るなよ。……お前の演算、まだ途中だ」

そう言って、ポテチを口に放り込んだ。けれど──その表情は、どこか嬉しそうだった。

雷のように、確かに駆け上がっている。少年たちの戦いは、次なる舞台へと続いていく。

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