LOGIN《警告:演算残時間、あと2分30秒》
ゼロの声は冷静だったが、その意味は重い。 このままでは、戦い切る前に演算が尽きる── 「くっ……」 クロ・アーカディアは、わずかに汗ばむ額に手をやった。 だがその手は震えていない。むしろ静かで、冷えていた。 (焦るな。俺はもう、一人じゃない) 演習フィールドの岩場に、重圧が満ちていく。紅牙、翠嵐、白鋼――各チームの動きが明確になった。 「完全に……狙われてるな、俺たち」 「注目されるのは実力の証ってな」 カイが肩を鳴らす。 「構わない。包囲は、裏返せば殲滅の機会」 フィアの指示が即座に飛ぶ。 「カイ、前方でプレッシャーを。レインは中央で支援固定。サクラ、風読みに集中して。ミナ、左から圧を。クロ、あなたは──」 一拍、間を置いてから。 「私と一緒に前衛突破。」 クロは無言で頷いた。右腕に雷の気が走る。ブレイサーに力を通すと、雷紋が脈動し始めた。 「雷式・斬撃変換──雷刃!」 雷が、形を持った。地を這う音を残し、蒼い稲妻が刃を形作る。刃渡りは実体ではなく、雷の粒子の集束だ。だがその鋭さは、鋼を超える。 切る。貫く。ただ、それだけの演算。 クロの意識は静かに集中していく。 先手は、紅牙だった。 「熱式・咆焔突(ほうえんとつ)!」 筋肉が膨れ、腕が変形する。リーダー格の術士が、まさに獣のごとく地を蹴った。 「任せろ!」 カイが地面を踏み砕く勢いで飛び出す。岩が砕ける音が戦場に響き、拳と拳が衝突する。 「おらあああッ!」 レインがすかさず地面を押し上げた。 「土式・地嵐壁!」 突進の勢いを受け流し、カイが跳ねるように頭上から獣術士を叩きつけた。 「ナメんなよ、うちのパワー系!」 「風が……動く!」 サクラが叫ぶ。翠嵐の風術士たちが、縦横無尽にフィールドを舞っていた。 「風式・層翔刃(そうしょうじん)!」 真空の刃が複数飛来。風圧で命中を逸らすような計算された投擲。 「俺に任せろ!」 クロが手を振る。 「雷式・鎖撃!」 稲妻の鎖が空を裂くように走り、風の刃を中空で叩き落とす。さらに一撃、足元へ。翠嵐の一人の動きが止まる。 そこに氷の矢が突き刺さる。 「氷式・断晶矢」 フィアが狙い澄ました一矢で、術士の腕を撃ち抜いた。 「……連携、成功」 サクラが息を整える。 「さっきより風の流れが見えます。前より、戦える……」 「その意識、すごくいい。次、構えるわよ」 だが、その時。白鋼のリーダーが、重盾を振りかざし、堂々と前進してきた。 「防式・鋼展陣(こうてんじん)」 金属術の陣が、彼の周囲に展開される。 その存在感はまるで戦車。どれだけ魔術を打ち込んでも、その装甲はびくともしない。 「レイン、止められるか?」 「……まだ試してない技、ある」 「よし、いけ」 「土式・断岩杭!」 尖った岩柱が白鋼の足元から突き上がる。が──「甘い」 白鋼の男が片足で杭を砕き、前に進む。 「クソッ、物理ごり押しかよ……!」 クロが一歩、前に出た。視界がゆれる。呼吸が浅くなる。 《警告:残演算時間、あと80秒》 ゼロの声が、かすかに沈む。 (……ここで終わるわけにはいかない) 「フィア、俺が行く」 「了解。援護は任せて」 クロが構える。雷が集中し、右腕に蒼い刀が生まれる。刃は空気を焼き、視界を白く染めた。 「──閃雷刃」 突撃。クロが地を蹴った瞬間、時間が遅れたように感じられる。白鋼のリーダーが盾を構えるが──雷が貫通する。 「っ……なに……!?」 厚い防御陣が、クロの一閃で裂かれる。彼の背後には、雷が残した光の線が浮かんでいた。 「これが……クロくんの、本気……」 サクラがぽつりとつぶやいた。 「ミナ、左翼から!」 「燃やすよ!」 紅牙の残り兵が火焔弾を構えるが、ミナが真横から飛び込み、火炎をまとう蹴りで焼き尽くす。 「一撃で、終わらせるよ……!」 「みんな、連携! 包囲が崩れてる!」 フィアが叫び、カイが殴り抜く。レインが土をせり上げる。サクラが風で体勢を補正。 「今よ、クロ!」 フィアの声に、クロは刀を再び握り直した。 (ここで終わらせる……俺たちの力で) 「ゼロ。制御、頼む」 《了解。演算安定率52%、収束展開可能》 「──閃雷刃・最大収束ッ!」 雷の刀身が光を凝縮し、音をなくした。空気が爆ぜる。振り抜いたその瞬間、雷鳴が戦場に轟いた。 白鋼、紅牙、翠嵐――残存兵力が一瞬にして吹き飛ぶ。 「勝った……のか?」 息を切らすクロの問いに── 「クロ・アーカディアのチームが勝利!」 アナウンスが応えた。 その場に静寂が降りた。 その様子を、誰かが見ていた。 観覧席の奥、透明な結界で隔てられた上層管理席。そこに立つのは、一人の男。黒いコートを羽織った壮年の人物だった。 学園長・オルヴェイン・シグレ 彼は腕を組み、無言で戦場を見下ろしていた。 その左腕は義手――魔導演算補助機構《演算義肢(アウギリア)》が組み込まれている。 かつて“演算の鬼”と呼ばれたが、前線を退き、この学園の長に収まった男。 彼の目が、《閃雷刃》の残光が焼いた地面を見つめる。 「ならば──次の選抜試験に呼ぶ価値があるな」 静かに、だが確かな声音で言葉を落とす。 「お前は、この程度で終わらせん。……せっかくの原石だからな」 少年が振るった雷の刃。それは、既存の理を壊す兆しだった。 学園長はゆっくりと背を向け、消えていく光の残滓に目を伏せた。 「雷は、制御されてこそ術となる……だが、稀にそれを理に変える者が現れる」 ──同時刻、別の場所。観戦室の隅。 モニターを斜めに眺めていた男が、ポテチをつまみながら肩を竦めた。 「……やるじゃねぇか、クロ」 トウヤ。クロたちの担任であり、無精髭にだらけた姿勢が定番の男だ。 彼はモニターに映るチームの勝利を見て、小さく鼻で笑った。 「でも、調子乗るなよ。……お前の演算、まだ途中だ」 そう言って、ポテチを口に放り込んだ。けれど──その表情は、どこか嬉しそうだった。 雷のように、確かに駆け上がっている。少年たちの戦いは、次なる舞台へと続いていく。それから五年が経った。《ニューエラ・アカデミー》は、世界中に20の分校を持つまでに成長していた。卒業生は5000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。異常演算者への差別は完全に消え、共存が当たり前の世界になっていた。そして――クロとサクラには、4歳になる娘がいた。名前は、アイリ。風属性の魔術を使える、元気な女の子だった。「パパ、見て!」アイリが小さな風の渦を作る。「おお、すごいな」クロが褒める。「上手になったな」「ママが教えてくれたの」アイリが誇らしげに言う。サクラが微笑む。「この子、才能あるわ」「そうだな」クロも嬉しそうだ。二人の家は、アカデミーの近くにあった。毎日、教師として働き、夜は家族と過ごす。そんな平和な日々が続いていた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ある休日、12人全員が集まることになった。場所は、最初に約束の海に来たビーチ。「久しぶりだな、みんな」クロが仲間たちに声をかける。「ああ、久しぶり」カイが笑う。ジンも微笑んでいる。「みんな、元気そうだな」ミナとフィアは、親友同士で話している。「最近、忙しくてさ」「わかるわ。私も」レイン、レオ、リア、マルクも談笑している。「久しぶりの休みだ」「楽しもうぜ」アイリは、他の子供たちと遊んでいた。そう、他の仲間たちにも子供ができていたのだ。ジンとフィアの息子。
《ニューエラ・アカデミー》開校から三年が経った。学院は今や、世界中から注目される存在となっていた。卒業生は1000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。「信じられないな」クロが校長室で書類を見ながら呟く。「三年で、ここまで大きくなるなんて」「君たちの努力の賜物だ」ルーク司令官が訪問し、そう言った。「いや、みんなのおかげです」クロが謙遜する。「先生方、生徒たち、支援者の皆さん」「すべての人の協力があったから」ルークが微笑む。「謙虚だな、相変わらず」「それで、今日はどうされたんですか?」「実は――」ルークが真剣な表情になる。「君たちに、新たな提案がある」「提案?」「世界各地に、《ニューエラ・アカデミー》の分校を作らないか」その言葉に、クロは驚いた。「分校……ですか?」「ああ。ヨーロッパ、アジア、アメリカ」「世界中に、この教育を広めたい」「でも、俺たちだけでは……」「大丈夫だ」ルークが安心させる。「各地のWAU支部が協力してくれる」「そして、君たちの卒業生が教師になる」クロが考え込む。確かに、素晴らしい提案だった。しかし、責任も大きい。「みんなに相談してみます」クロが答える。「わかった。返事を待っている」ルークが去った後、クロは仲間たちを集めた。「分校か……」ジンが考え込む。「やりがいはあるな」「でも、大変だぞ」カイが心配する。「俺たち、各地
《ニューエラ・アカデミー》開校から一年が経った。 初期の生徒たち300人は、今や立派な異常演算者に成長していた。 そして、新たに400人の新入生を迎えることになった。 「すごい人数だな」 カイが新入生の名簿を見ながら言う。 「400人も」 「需要が高まってるんだ」 ジンが説明する。 「異常演算者への理解が深まり、正しい教育を受けたいという人が増えた」 「いいことだな」 クロが微笑む。 「俺たちの活動が、実を結んでる」 新入生歓迎式が開かれた。 壇上には、12人の教師だけでなく―― 1期生の代表として、ユウキとアカネも立っていた。 「新入生の皆さん、ようこそ」 ユウキがマイクを手に取る。 「僕は、1期生のユウキです」 「一年前、僕もここに入学しました」 ユウキが自分の経験を語る。 「最初は不安でした。本当に、異常演算を使いこなせるのかって」 「でも、先生方の丁寧な指導のおかげで、今ではこんなに成長できました」 ユウキが風の魔術を披露する。 美しい風の渦が、会場を包む。 新入生たちが感嘆の声を上げる。 「すごい……」 「僕たちも、あんなふうになれるのかな……」 アカネも続ける。 「私も、最初は自信がありませんでした」 「でも、仲間と一緒に頑張ることで、強くなれました」
《ニューエラ・アカデミー》が開校してから半年が経った。生徒たちは、目覚ましい成長を遂げていた。「すごい……」クロが訓練場で生徒たちの模擬戦を見ながら呟く。「半年前とは、別人みたいだ」ジンも頷く。「基礎がしっかりしてきた」「このまま成長すれば、立派な異常演算者になるだろう」訓練場では、二人の生徒が戦っていた。一人は、風属性のユウキという少年。もう一人は、炎属性のアカネという少女。「《風刃・連撃》!」ユウキが風の刃を連続で放つ。アカネが炎の壁で防御する。「《炎壁》!」しかし、風刃が炎壁を突破しそうになる。「まずい……」アカネが焦る。その時、アカネは授業で習ったことを思い出した。(ミナ先生が言ってた。防御が破られそうな時は、攻撃に転じろって)「《爆炎弾》!」アカネが攻撃に切り替える。炎の弾丸が、ユウキに向かって飛ぶ。「うわっ!」ユウキが慌てて回避する。その隙に、アカネが距離を詰める。「《炎拳》!」炎を纏った拳が、ユウキに命中した。「勝負あり!」審判役のカイが宣言する。「アカネの勝ちだ」「やった!」アカネが喜ぶ。「ありがとうございます、ミナ先生!」ミナが笑顔で親指を立てる。「よくやった」「でも、ユウキも悪くなかったぞ」カイがユウキに声をかける。「攻撃は完璧だった。ただ、相手の反撃を予想できなかった」「はい……」ユウキが悔しそうに言う。「次は、勝ちます」
開校式の朝。《ニューエラ・アカデミー》の校門前には、300人を超える新入生が集まっていた。年齢も経歴も様々。10代の若者から、30代の大人まで。すべてが、異常演算者として正しい教育を受けるために集まった。「すごい人数……」サクラが緊張した顔で言う。「みんな、私たちを見てる」「大丈夫だ」クロが励ます。「俺たちは、彼らの先輩だ」「胸を張っていこう」12人が壇上に上がると、大きな拍手が起こった。「ようこそ、《ニューエラ・アカデミー》へ」クロがマイクを手に取る。「僕の名前は、クロ・アーカディア」「この学院の教師の一人です」300人の視線が、一斉にクロに注がれる。「皆さんは、今日からここで学びます」「異常演算の使い方、制御の仕方、そして――」クロが一呼吸置く。「どう生きるべきか」「異常演算者として、社会とどう関わるべきか」「それを、僕たちが教えます」次に、ジンがマイクを受け取る。「僕は、ジン・カグラ」「クロと共に、この学院を運営しています」ジンが冷静に続ける。「この学院には、ルールが一つだけあります」「それは――仲間を大切にすること」「異常演算者は、一人では生きていけません」「仲間と助け合い、支え合う」「それが、僕たちの信念です」その言葉に、生徒たちが深く頷く。他のメンバーも、次々と自己紹介をしていく。カイの熱い挨拶。ミナの親しみやすい言葉。サクラの優しい笑顔。フィアの冷静な分析。レインの短いが
休暇から戻った12人を、オブシディアン基地で盛大な歓迎が待っていた。「お帰りなさい!」ルーク司令官とエリス・ノヴァが出迎える。「ただいま戻りました」クロが笑顔で答える。「休暇は、どうだった?」「最高でした」サクラが嬉しそうに言う。「みんなで、たくさん思い出を作りました」ルークが満足そうに頷く。「それは良かった。では、早速だが――」「育成機関の件、どうするか決めたか?」「はい」クロが前に出る。「12人全員で、やらせていただきます」その言葉に、ルークが嬉しそうに微笑む。「そうか。嬉しいな」「では、さっそく準備を始めよう」会議室に移動し、詳細な打ち合わせが始まった。「まず、機関の名称だが――」ルークが資料を開く。「政府からの提案は《異常演算者育成アカデミー》だ」「うーん……」カイが首を傾げる。「堅苦しくないか?」「確かに」ミナも同意する。「もっと親しみやすい名前がいいわね」「なら……」ジンが提案する。「《ニューエラ・アカデミー》はどうだ?」「新時代の学院、という意味だ」「いいね!」サクラが目を輝かせる。「前向きで、希望がある感じ」全員が賛成し、名称が決定した。「次に、場所だが――」エリスが地図を表示する。「政府が用意した候補地が、3つある」画面に映し出されたのは、どれも広大な土地だった。「海沿いの土地、山間部の土地、都市部の土地」「どれがいいかな?」