เข้าสู่ระบบ渡と共にS国の療養地へ向かう専用機に乗り込む前、景凪は深雲に電話をかけ、二人の子供の世話を頼んだ。「しばらく海外へ行くことになったの。戻るのは、少し先になると思うわ」「海外?」電話の向こうの深雲は、意外そうに声を上げた。「急にどうしたんだ。いったい何をしに……」そこで踏み込みすぎたことに気づいたのか、深雲はわずかに口を閉ざし、すぐに言葉を継いだ。「いや、言いたくないことなら無理にとは言わないが……」「渡の治療に付き添うの」景凪は静かな声で、あまりにも大きすぎる事実を告げた。「…………っ」受話器の向こうで、深雲が息を呑む音がした。驚愕のあまり、すぐには言葉が出てこないらしい。「わ……渡、だと……?」あの男は、死んだはずではなかったのか。「ええ。説明すると長くなるけれど、彼は生きているわ。ただ、決して楽観できる状態じゃないから、私がそばにいてあげたいの。しばらくの間、辰希と清音のことをお願いできる?」「……ああ、分かった」深雲はそれ以上、何も詮索しなかった。「俺に手伝えることがあれば、遠慮なくいつでも言ってくれ」それは、偽りのない彼の本心だった。「二人のことは心配するな。寂しがらないよう、定期的にテレビ電話をさせるようにする」「ええ、ありがとう」短く礼を言って通話を切ると、景凪は振り返り、少し離れた場所で待っていた渡のもとへと歩み寄った。その痩せた手をそっと引き、二人でタラップを上って機内へと足を踏み入れる。ふと、渡が音もなく唇の端を緩め、親指で景凪の手の甲を優しく撫でた。「何を笑っているの?」景凪が不思議そうに尋ねると、渡は静かに答えた。「ここへ来た時は一人きりだったのに、去る時は『俺たち』二人だな、と思って」景凪はそっと彼の肩に頭を預けた。「これからはもう、あなたを一人にはしないわ。絶対に」ウィル医師が提携する先端医療研究所は、鏡のように澄み切った美しい湖のほとりにあった。市街地の喧騒から遠く離れた閑静なその場所は、長期の療養にはうってつけの環境だった。景凪は十分に覚悟をしてきたつもりだったが、実際に始まった治療の過酷さは、彼女の想像を遥かに絶するものだった。渡の身体は、過去に幾度も繰り返された細胞の再構築と劇薬の侵食によって、免疫システムが限
その返事を聞いた瞬間、極限まで張り詰めていた糸がぷつりと切れ、景凪は彼の腕の中へと崩れ落ちるように意識を手放した。その様子を見ていた景舟は、なんとも言えない表情で口元を歪めた。「あそこまで彼女を追い詰めておいて……本当に苦しんでいるのは彼女なのかお前なのか、分かったものじゃないな」「黙れ」渡の顔から、先ほどまでの温度が嘘のように消え失せた。「医者と看護師を呼べ」景凪に向けていたあの甘いほどの優しさは、一瞬にして影も形もなくなっている。景舟は慣れた様子で肩をすくめ、すぐにスマートフォンを取り出して手配を済ませた。彼が移動する際は、常に最寄りの病院に専属の医療チームが待機している。二十分も経たないうちに、最新設備を携えた専門の医療スタッフたちが空き家へと駆けつけた。処置の邪魔にならないよう、渡は部屋を空けて雨上がりの庭へと出た。その後ろから、景舟が静かに歩み寄る。「何の用だ」渡は単刀直入に切り出した。一日を四十八時間にしてでも働きたいような多忙を極めるこの男が、何の理由もなくこんな辺鄙な町まで足を運ぶはずがない。「古い友人が恋しくてね。まだ息があるか、ちょっと顔を拝みに来ただけさ」渡の目はもう何も映していなかったが、その顔にはっきりと呆れの色が浮かんだ。景舟はそんな友人の痛々しいほど痩せこけた横顔を見つめ、わずかに喉仏を上下させると、声を潜めて本題を切り出した。「ウィル医師が、S国の特別研究チームと共同で新しい治療法を見つけた。まだ治験段階ではあるが……賭けてみる価値はある」「…………」押し黙る渡の肩を、景舟はぽんと軽く叩いた。「お前が首を縦に振らないなら、景凪さんに直接相談するまでだ」渡は、苦虫を噛み潰したように黙り込むしかなかった。……景凪が意識を取り戻した時、最初に鼻腔をくすぐったのは薬の匂いだった。解熱剤と消毒用アルコールが混ざり合った、独特な匂い。重い瞼をゆっくりと持ち上げると、ぼやけていた視界が次第に鮮明になり、頭上に古びた灰色の梁が見えた。「渡……っ!」ハッと意識が覚醒し、飛び起きようとしたその瞬間――胸の奥に焦燥が広がるよりも早く、自分の手が誰かに包まれていることに気づいた。そっと首を巡らせると、ベッドのすぐ脇に座り込む渡の姿があった。壁に
景凪はもう扉を叩くのをやめた。ただその場に根を下ろしたように立ち尽くし、ぴくりとも動かない。嵐の前の暴風に吹かれ、今にも折れそうなほど華奢な身体が頼りなく揺れる。それでも決して飛ばされまいと必死に大地にしがみつく、ちぎれかけた凧のようだった。ぽつり、と冷たい雫が頬を打った。雨が降り始めたのだ。雨粒はみるみるうちに激しさを増し、滝のように叩きつけてきた。あと二歩前へ進めば軒下に入れるというのに、景凪は雨の中を一歩も動かず、あっという間に頭から爪先までずぶ濡れになった。空がすっかり闇に呑み込まれ、路地の入り口にある古い街灯がぽつりと灯る。そのぼんやりとした黄色い光すら、激しい雨の幕にズタズタに切り裂かれていた。その豪雨の向こうに、一台の黒い高級車が静かに滑り込んで止まった。ドアが開き、黒い傘を差した景舟が降り立つ。開け放たれたままの門をくぐり、庭の奥で雨に打たれ続ける景凪の後ろ姿を捉えると、彼はわずかに片眉を上げた。だが、そこに驚きはなかった。彼女が真相に辿り着くのは、どうせ時間の問題だと思っていたからだ。――まったく、似た者同士だよ。どいつもこいつも、救いようのない意地っ張りだ。景凪の唇は冷え切って紫色に変わり、視界がぐらりと暗く歪んだ。足元がおぼつかなくなり、そのまま泥水の中へ倒れ込みそうになったその瞬間――横から伸びてきた手が、彼女の肩をぐっと支え留めた。景凪は鈍くなった頭で目を細め、そちらを見やった。流れ落ちる雨雫で視界が滲み、相手の輪郭しか見えない。けれど、そのシルエットを一目見ただけで、誰なのかはすぐに分かった。「……景舟、さん……」渡の数少ない友人の一人。これまでに何度か顔を合わせたことがあった。「ええ。お久しぶりですね、景凪さん」景舟が差し出した黒い傘が彼女の頭上を覆い、滝のように降り注ぐ雨を遮った。彼女がどうにか自分の足で立ったのを確認すると、景舟は手を引っ込め、鼻梁の眼鏡をくいと押し上げた。「あなた、最初から知っていたのね……」景凪は射殺すような目で彼を睨みつけた。さすがの景舟も珍しく後ろめたさを覚えたように視線を逸らすと、不意に身をかがめ、彼女の耳元で低く囁いた。「彼を引っ張り出したいなら、強行突破じゃ逆効果ですよ」景凪が小さ
――パサッ。景凪の手から、薬の袋が抜け落ちて床に転がった。ガラス窓に映り込んだ自分の顔から、一瞬にしてすべての血の気が引いていく。景凪はよろめきながら薬局を飛び出した。背後から老薬剤師が驚いて叫ぶ声も、今の彼女には届かない。「お嬢さん!薬が!おーい、危ないから足元に気をつけて……!」転ぶように駆け出していった背中を見送り、老薬剤師は狐につままれたような顔で頭を掻いた。さっきまでの凛として穏やかだった姿とは、まるで別人のようだったからだ。「いったい何があったってんだ、あんなに血相を変えて……」老薬剤師の呟きは、春の風に消えた。景凪はただ夢中で、裏通りのあの古い空き家へと走り続けた。道すがら顔見知りの町民が声をかけてきても、視界にすら入らない。額には玉のような汗が浮き出し、冷たい風が気管に流れ込んで、喉の奥が焼けるようにひりついた。視界が熱い涙で歪む。どうして泣いているのか、自分でも分からなかった。頭の中には、ただ一つの考えしかない。いや――ただ一人の名前だけが、狂おしいほどに反響していた。渡。彼は、生きている。あの痩せこけた黒い人影も、焼け爛れたように掠れた声も。自分が必死に面影を重ねながら、それでも彼だと認めることを恐れたあの男は――本当に、渡だったのだ。その手には、さっきの女の子から無理を言って譲り受けた一粒のミントキャンディが握りしめられていた。あまりに強く握りしめるせいで、硬い包み紙の角が手のひらに食い込み、鋭い痛みを放っている。古い空き家が視界に飛び込んできた途端、胸が締めつけられるように軋んだ。門の前で立ち止まり、荒い息を二度吐き出す。そして小刻みに震える手で、わずかに開いたままの木戸を乱暴に押し開け、中へと駆け込んだ。庭は昨日自分がここを去った時のまま、がらんとして寒々しい静寂に包まれていた。母屋の扉は固く閉ざされ、窓の向こうは真っ暗に沈んでいる。一歩、また一歩と扉へ近づく。唇を開いたが、喉がひりついて引き攣り、最初の一声は音にすらならなかった。もう一度、息を吸い込む。「……渡」返事はない。景凪はさらに前へと踏み出した。声は次第に大きく、激しく震え、魂そのものが泣き叫んでいるかのようだった。「渡っ、あなたなんでしょう!?
「お嬢さん、いったいどこの名医に師事されたんだね?」景凪は柔らかく微笑んで答えた。「実家も医療関係で、小さい頃から見様見真似で学んだだけです」老薬剤師は由緒ある医者の家系なのだと納得し、感嘆の言葉をいくつも並べてから、再び慌ただしく調合へと戻っていった。店の片隅の椅子に腰掛けたまま、潤一は患者たちに囲まれる景凪の姿を静かに見つめていた。窓から差し込む柔らかな陽光が彼女の輪郭を縁取り、そこだけ時間が止まっているかのようにさえ見える。潤一は、一瞬たりとも彼女から目を逸らさなかった。厳格な家で育った彼の教養や礼儀からすれば、異性をこれほどぶしつけに凝視するなど本来ならあり得ない振る舞いだ。けれど今日ばかりは、そんな建前はどうでもよかった。どれほどの時間が過ぎただろうか。手元の湯呑みに入ったお茶は、もうすっかり冷めきっていた。潤一はその冷たい茶を一息に飲み干す。舌の上に、渋くほろ苦い後味が広がった。自嘲するように口の端をわずかに引き上げ、掠れた声でぽつりと呟く。「景凪。……さよならだ」その声すら、苦渋に満ちていた。彼女の心の奥へ踏み込むことなど、自分には到底できそうになかった。そして、無理強いするつもりもない。自分には、渡のような真似はできない。何の見返りも求めず、想いを受け止めてもらうことすら望まず、ただ気の遠くなるような歳月をかけて一人の女を愛し抜くことなど。同時に、景凪のようにもなれない。彼女はこの先も生きていくはずだ。後を追って死ぬような真似はしないだろう。けれど、残りの人生で他の男を愛することも、きっと二度とない。――どうやって競えと言うんだ。この世の誰が、あんな「死人」に勝てるというのか。俺には、俺の人生がある。一通りの手伝いを終えた景凪がふと振り返ると、片隅の席はすでに空っぽになっていた。ただ飲み干された湯呑みだけが、テーブルの上にぽつんと静かに置かれている。景凪は小さく瞬きをし、ポケットからスマートフォンを取り出した。そこには十分前に届いていた潤一からのメッセージが残されていた。【先に行く。あんたの願いが叶うよう祈ってるよ。――時には自分の目じゃなく、自分の心を信じてみろ】最後の一文の意味が、景凪にはよく分からなかった。けれど、潤一という男
彼女がこれ以上この話題に踏み込まれたくないのは、誰の目にも明らかだった。潤一はそれ以上追及せず、からかうような笑みをすっと引っ込めた。「医者を呼んでこよう。一度診てもらった方がいい」「ううん、手を煩わせないで。なんともないから」景凪は彼を呼び止めた。この小さな町の病院は、いつも人手不足で患者が溢れかえっている。そもそも、自分自身が誰よりも腕の立つ医者なのだ。他の患者の診察を遅らせるような真似はしたくなかった。視線を落として自らの手首に指を添え、脈を診る。数秒で体の状態は把握できた。「帰ってから自分で生薬を調合すれば十分よ。ちょっとした擦り傷と打撲だけだから、大したことはないわ」潤一は数秒間じっと彼女を見つめたが、無理強いはしなかった。「分かった。なら、家まで送る」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼のスマートフォンが着信を告げた。電話の向こうから何かが伝えられ、潤一の眉間に深い皺が刻まれる。「……ああ、分かった」短く応じて通話を切る。潤一が口を開くより早く、景凪が先手を打った。「仕事があるなら行って。私は本当に大丈夫だから、一人で帰れるわ」潤一は何も答えず、ただ無言で彼女を見据えたまま、不意に一歩前へと踏み出した。景凪の体が、反射的にびくりと後ろへ引く。ほんのわずかな距離。けれどその小さな仕草には、無意識の警戒と拒絶が痛いほど表れていた。潤一の胸の奥に、自嘲が込み上げる。――まったく、笑わせる。あの男は本気で、俺がこの女の心に入り込めるとでも思ったのか。だがそれ以上に滑稽なのは、あいつの言葉を真に受けて、一瞬でも期待を抱いてしまった俺自身だ。「送ると言ったら送る」声は静かだったが、有無を言わせぬ響きがあった。普段はどこか気怠げで掴みどころのない男だが、ひとたび表情を引き締めれば、長年裏社会の頂点に君臨してきた支配者特有の威圧感が滲み出る。景凪も、それ以上は拒まなかった。なんだかんだ言っても、彼は大切な友人の一人なのだから。潤一が手配した軽い食事を摂り、少し休んでから退院の手続きを済ませた。病院を出る際、景凪はくれぐれもこの件を他の誰にも――特に二人の子供たち、辰希と清音の耳には入れないでほしいと潤一に頼み込んだ。潤一はふっと口の端を上げ、助手
虎風島。景凪は全身に銀針を打ち終わると、『変な人』のベッドの傍らで様子を見守っていた。ふと、心臓を鋭く突き刺すような激痛が走り、思わず前かがみに呻き声を漏らす。その時、ベッドから衣擦れの音がした。顔を上げると、白濁した男の瞳と真正面から視線がぶつかった。「……気がついたの?気分はどう?」景凪は声を潜めて尋ねた。「私が言ってること、分かる?」男は何も答えない。ただ景凪の顔を穴が開くほど見つめると、突然、その目に異様な光を宿し、枯れ枝のような手で彼女の腕を激しく鷲掴みにした。骨ばった指が肉に食い込む。「っ……離して!」景凪は悲鳴を上げて身を引いた。『変な人』が口を開
渡のメッセージアプリには、たった一人だけピン留めされた相手がいた。登録名は「お姫様」。何気なく開いたチャット画面の上部に、【入力中……】の表示が現れたのを目ざとく見つけていたのだ。しばらく待ったが、表示は消えてしまった。だが、渡がそれを見過ごすはずがない。再び【入力中……】が現れ、今度こそメッセージが届いた。お姫様:【起きてた?昨夜はよく眠れた?今日の具合はどう?】渡は並んだ疑問符を眺め、音もなく唇の端を吊り上げた。渡:【ああ。まあまあだ。昨日よりはマシかな】彼女の問いかけ一つ一つに、律儀に答えていく。景凪は画面を見つめ、唇を真一文字に結んだ。考えて
景凪は、これ以上見ていたら我慢できず、あのクズ男女にビンタを食らわせに突入してしまいそうで、サングラスを直し、そっとその場を離れた。個室の隅では、研時が顔を赤くした姿月をチラリと見て、なんとも言えない気持ちで手元のグラスを一気に飲み干す。空になったグラスを置いた時、研時はふとした視線の端で、ドアの外を一瞬横切る人影を捉えた。どこか見覚えのある後ろ姿に、彼は小さく息を呑む。「清音、もうやめなさい」深雲は自分の手を姿月の手の上からそっと引き離し、軽く肩をすくめて娘を抱き下ろした。「中でお兄ちゃんと遊んでおいで」清音は少し不満げだ。姿月はしゃがんで優しく宥める。「清音、姿月マ…」
景凪は、あの日のことを今でも鮮明に覚えている。あれは、深雲の誕生日だった。ふたりが付き合い始めて間もない頃だ。深雲は一緒に食事をすると約束してくれた。だから彼女は、三時間も前から念入りに身支度を整えて、胸を躍らせながらレストランで彼を待っていた。けれど、どれだけ待っても深雲は現れなかった。夜も更け、レストランは閉店時間を迎える。彼に電話してみても、電源が切れている。もしかして事故でもと心配になった景凪は、彼の通う大学まで足を運んだ。男子寮の下で朝まで膝を抱えながら待ってみたが、深雲の姿はついに現れず、代わりに姿を見せたのは彼の友人、暮翔だった。暮翔は、景凪を見てなぜか複雑な表情







