Masukビル隣の月極駐車場に車を停め、非常階段から二階に上がる。
警備会社のシステムにキーを通しロックを解除し、非常ドアを開ける。真っ暗な中、バックヤードに足を運ぶ。
夜目が効くから特に明かりは必要無いが、倉庫にまで辿り着くと、長机の上に書き置きがあるのを蓮が手に取る。『私のツテとコネと権力だぞ ! バーカバーカ ! 』
書き殴られたメッセージに蓮が苦笑いを浮かべる。
下の方に申し訳程度のサイン。
『黒岩より』
蓮がこの音ビルのオーナー黒岩 樹里に頼んでいた物が、しっかり届いていた。
「おいで」
蓮が明かりを点け、霧香を呼ぶ。
目の前にあるのは霧香の身長近くある大きな楽器ケースだった。
「一応、来週で人間界一年記念……あと、契約者も二人できた事だし……。誕生日とかの概念無いけど、何かしておきたくて。
おめでとう」「これ、わたしに ? 」
「開けて」
触った事は無いけど、形くらいは知っている。
中身はチェロのはず。
霧香がハードケースを開け、思わず感歎の声を漏らす。
「凄……綺麗………… !! 」
中身はガラス製のチェロだった。
「重量はそれなりに四倍くらいあるかな。でもお前の不審なベース程じゃないよ。十キロくらい。
耐熱ガラスで音も綺麗に鳴る」「さ、触るの怖……」
「大丈夫大丈夫」
とりあえず持ち上げ、そばにあった椅子に座り抱えてみる。
「わぁ〜。
……弾こうと思ったけど、チェロの曲って全然知らないや」そう言って笑う霧香に、蓮も頷く。
「そうか。でも教えてくれる奴がいるだろ。超適任がさ。
最近はバンドで使う事もあるし」「チェ
次の日。 洗って貰ったばかりの洋服は綺麗に乾いていて、柔軟剤のいい香りがした。「困ったら言うのよ ? 」「どうしてもダメな時は一度実家に帰るとか」「はい、ありがとうございました ! 」 霧香と彩、恵也、三人頭を下げる。 ウッドデッキに出て冷たい水を啜る。 まだ朝だが、人が多い。「服、ふわふわだね」「うん」 まだお土産品などの売店は開いていないが、直売所では多くの農家が商品を品出ししていた。 そこへ、一人の女性と鉢合わせる。「「あ ! 」」「えぇ !? キリさんとケイ君……と……」 楽団の真理だ。「……深浦君、待って ! 」 スルーしようとした彩を真理が引き止める。「いえ、あの、ご無沙汰してます。その……」「あ、ごめん ! 蕁麻疹出るんだったわね」 真理が彩の腕を離す。 彩の気が立っている為か、蕁麻疹は出もしない。「楽団とはもう、ご縁がありませんので……」「待って ! ほ、ほら世間話くらいいいでしょ ? ……ここで何してるの ? まだ朝だけど、どこか行くの? 」「俺ら今三人で活動してて〜。行く宛てねぇんすよ」 恵也が言ってしまう。 だが、真理ならという希望。「あぁ〜。そういう事。音楽家あるある !! 」 フランク ! 家も食い物も困ってると言うのに、真理にとっては当たり前のように受け入れられる。「真理さん、余ってる楽器とかあったら〜……出れるステージとか……紹介して貰えませんか ? 」「モノクロで ? 」「あ、ちょっと都合があって三人でなんですけど。 パートはボーカル、チェロ、バイオリン、ギター、ベースですかね」「今日は無いけど……うちは楽団だし……ドラムはなぁ〜 ? キリちゃんはチェロ出来るんだよね ? 歌はどの
「ふーん。ねぇ、楽器さえあればここで弾ける ? 樹里さんになんか借りれないかな ? 余ってる楽器とか」「楽器なんか余らないよ。レンタルはあるだろうけど有料。それにここでもちゃんと許可取らないと勝手に弾いたりとか駄目だし」「許可を取ればいいの ? 」「時間帯とか普段は駄目とか、多分場所によって決まりが違うと思う。イベントとかなら別だろうけど」「イベント……そういえば、夏祭りにここで何かやるよな ? 」「カフェの方にポスターあったね。わたし持って来てみる」「おい、一人で歩き回るなよ ! 」 そう言って霧香と恵也がゴミを持ってカフェの方へ歩いていった。 彩は既にそのポスターはチェック済だった。 イベントでステージが建つ夏祭り。 町内の盆踊り会場とは少し遠いここでは、ステージイベントが開催される。 出演者は地元の中高生吹奏楽部や一般男性のジャズバンド、地方テレビ司会の名産品の紹介コーナーなどだ。 しかし昼の見所は……真理のいる、彩と縁深いあの楽団の演奏会だった。 少人数編成の演奏で、そもそも彩とトラブルを起こした団員など、もう在籍していない。それでも、彩は真理に一言でも声をかけるというのはハードルが高いのでスルーしていた。 そんな事から、カフェでポスターを見た霧香と恵也は、なんだかしっくりと来てしまった。 車から降りて来ない彩。「やっぱ会いたくねぇのかな ? 」「でも、向こうはそうでも無いんじゃない ? 公開配信にも来てくれたし、楽屋の前でも真理さんはわたし達に声掛けて来たし……。 キラの家の通報も何回もしてた人だしさ」「うーん……サイが嫌がってるのに……無理にはなぁ……。 だいたい、これに出た所で、別に収入源になるわけじゃないんだし」「……そうだね。楽器弾くだけなら黒ノ森楽器店のとこの最寄り駅に行けばストリートピアノあるし。 うーん……収入源にならないと意味無いかぁ……」「絶対では無いけどさ。普段なら収益関係なしに活動って……宣伝にもなるし
この二人が呑気に弁当を突く同時刻。 蓮は通話を切られたスマホを投げ捨て、トング片手に鳥の銀細工と格闘している訳である。「くっ…… ! 気持ち悪い ! 」 壁に掛かった銀の鳥がジッと蓮を見つめる……ような気がするのだ。 ガチャン !「ひぃあぁぁああぁあ ! 」 ゴキブリを取る女子大生の如く、パニックを起こしながらトングで挟んだ物を見ずにベランダへ放り出す。霧香になど一番見られたくない、情けない姿だ。「はぁーっ!!!!!!……無理〜っ !!!!!! 」 蓮は何とかヴァンパイア領土と連絡を取りたかった。王政区には第三者機関があり、つまり「ディー · ニグラムがアホなことしたら俺たちが怒るよ」と言う者達がいるのだ。 だが人間界から地獄へ交信するには、この部屋は不向き過ぎる。大掛かりな儀式用具も置くため、外でチャチャッと済ます……というのは難しいのだ。 蓮の方が地獄へ出向くとなれば、更に大掛かりな魔法を使うことになるし、今は交信だけでもと思ったのだ。 しかし、この悪魔避けが邪魔をして魔法が使えないでいた訳である。「ふ〜っふ〜っ ! クソ ! あと……三つ……。だぁぁぁ !! 気がおかしくなりそう…… ! 」 Prrr 着信。 蓮は反射的に手に取ると恫喝する。「無理だよ !! これが取れたらそもそも悪魔避けじゃねぇだろ !! 」『ご……ごめんなさいぃぃぃっ !! 』 声色がおかしい。 蓮が液晶を見直すと藤白 咲の表示。「あ……すみません咲さん。今、ハランと話してて。 って言うか今から俺の部屋に来ません ? ……は ? 違いますよ、誤解です !&
李病院はたちまち老人たちがこぞってかかりつけになった。「あらあら、成程。この辺り痛むでしょう ? 」 ロイの丁寧な診察は勿論、程よく若くない年齢、甘いマスクは中高年層女性に馬鹿売れとなった。 更に、だ。「立てますか ? ご家族のいるところまで、どうぞ僕に掴まって……遠慮なさらず ! 」「この歳になると、どうもなぁ〜」「いえ、しっかりなさってますよ ? 内臓とか綺麗じゃないですか ! 」「まぁ、早めに酒も煙草も辞めたからなぁ〜」 研修医ポジションとして実家に戻ったハランは男性票も獲得。「若先生、診察はしないのかい ? 」「僕は非常勤ですし、お手伝いです。ブランクもあるので、医療行為は父に許可されてないですよ」「お医者も大変だぁ。俺の若い頃もよぉ〜……」 そんなやり取りを毎日繰り返す。 李病院の信頼には勿論立地の良さもあったが、一番は希星の存在だった。 高齢者の情報網はとんでもないスピードで、あらゆる噂を運ぶ。あの病院さんがあの事件の子供を引き取ったらしい。凄くいい子らしい。お医者の腕もいいらしい。事実ではあるが、ヤケに過剰な評価までついて回っている。「あら ! 希星くん ! 今日もお手伝い ? 」「あ、草野さん ! 夏休みの宿題で家のお手伝いがあるんです ! 」 そう言い、病院の窓を拭いていく。元々人タラシの希星は一度見た患者の顔や声を忘れない。「偉いわねぇ」「ほら、飴ちゃんあげるから ! 」「わぁ !! これ、好きな味 !! 佐伯さん、ありがとうございます ! 」 素直なありがとうございますは、中々の破壊力がある。反抗期に入る直前、というこの今の時期の素直さは、子育てを終えた層に絶大な癒し効果を与えていた。 この貰った飴ちゃんをハランに自慢し、ハランがお礼を言う……まで、ワンセット。 治療の他にエンチャントされるものが多い病院である。「キラ、そろそろ休憩しよう」「うん ! 」
「別にやましい事無いですし、寧ろやましい事を見せたいスタンスなんで」『そういえばそうでしたね』『モノクロって変態なんすか ? 』「いえ。恋愛リアリティショーってあるじゃないですか ? あんな感じで私生活を公開してしまうって事と、覗きが単純に好きって変わった趣向の人にもいいかなと」『と、特殊な要求ですね……。 ……うう〜ん、そうなると……。あれかな。 モーションキャプチャーもセンサーレスって出来るんです。要は動画で撮ったものをAIが3D化してくれるんだけど、その方がいいかもね。 ただ、それって家中カメラだらけになる気がするけど……』「問題ないです」 これにはMINAMIもドン引きである。『やっぱ変態じゃないっすか』「メンバーが今どこにいて何をしてるのか、キリが今部屋で何してるのか、誰といるのか…… 。 ユーザーが家の中に侵入して見れる様にするんです」『怖すぎっすっ !!!! な、何も出来なくないですか ? 』「見られてまずい人いる ? 」 彩が二人に聞くが即答。「着替えとか見えないなら別にいいかな」「俺も。別に筋トレとか漫画読んだりしかしないんだけど……面白いのかな ? ハランは意識高い系だから問題なさそうだし。蓮も趣味は紅茶 ? 不祥事的なものは問題ねぇよな ? 」『そういう問題っすか ? プライバシー0ノ助じゃん』「スタジオも解放して、練習風景も見れるようにすればいいよね」「サイがどれだけ不眠か気になるから、俺真っ先にお前の部屋見に行くぜ ! 」「わたしも ! 」『ここまで来ると、逆に潔いッスね』『アバターもoffに出来ますから。 なかなか奇抜な案かもしれませんね。』『いや…&hel
「四歳で画家デビューして、その後も油絵、水彩、鉛筆、彫刻……とにかく万能な人で、高校生の時に広告デザイン企業でアルバイトで高収入学生って話題になって、大学は何故か音大に来たって言う……」「音大 !? なんでそこで音大 !? 」『ぎゃはは〜 ! ウケるっしょ !? いや、うち、絵はやってたけどピアノもやってて〜、なんかピアノは全然駄目で〜ムカついたから音楽大学行ったんすよ』「やば〜」「あれ ? でも、専門学校は……服飾専門学校だったんですよね ? 俺、それで知ったんです。服飾に興味があって」『マジ ? 嬉しい〜。SAIの服、好きっすよー。動画観てきました』「あ、ありがとうございます」『そん後〜、やっぱ絵もいんじゃね ? って思ってデザインの専門行って、やっぱ勉強とか合わねぇわって今はフリーランスに近いかな。なんでもやる屋みたいな。 んで、テレビ局の美術さんとこで手伝いしながら絵描いてて、最近個展終わったんで暇になったとこ、ここに声掛けられたっす』「え ? 服飾の後そんな活動でした ? 幅広いですね。テレビでお見かけしましたけど、スタイルも抜群で人気でしたよね」『照れるっす〜。絵描き始めるとつい飲まず食わずになっちゃうんで〜肉付かねぇんすよねぇ。 うち、SAIがめっちゃ女嫌いって聞いてたんで、やべぇなって思ってたんすけど、全然大丈夫っすね。まぁ、うち咲さんより歳イッちゃってますもんね〜』「いや、えーと」 これには咲が一番驚いた。 まさか凛が歳上だとはプロフィールを見るまで考えてもいなかったのだ。 確かに女性の年齢は現代の美容では、外見で判別が付かないほど進歩したとは言え、だ。 この軽い調子で歳上とは……呆れが一割で、憧れが九割。才能で伸び伸びと生きる凛の個性的な姿には、美しい生き様にも思えた。 咲は自身の仕事は好きだが、あくまで才能ある者同士の縁結びだ。自分が特殊な才能を持っている訳では無いと、自己評価は割と低めなのだ。オマケにケアレスミスも多い。 周囲から見れば咲は、紹介も適材適所、人を選ばず営業先でも接す







