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#奇跡の猫 がバズったので、婚約破棄してきた彼のことは忘れて幸せになります
#奇跡の猫 がバズったので、婚約破棄してきた彼のことは忘れて幸せになります
Penulis: 灰猫さんきち

01

last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-01 07:31:11

 都心を見下ろす、タワーマンションの最上階。

 そこが今の私の家だった。

 ……ううん、家っていうより職場かな。

 白とガラスで統一されたリビングは、モデルルームみたいに無機質で、人の暮らす温かみみたいなものはどこにもない。

「ん……よし、きれいになったね」

 その生活感のない空間の片隅で、私は膝の上に乗せた愛しい存在に声をかけた。

 腕の中にいるのは、婚約者である拓也の愛犬、トイプードルのマロン。

 スリッカーブラシを優しく動かすたびに、白色のふわふわな毛が、空気をふくんでまぁるくなっていく。

 マロンはうっとりしたように目を細めて、私の手に頭をこてんと預けてきた。

(今日もマロンは天使だなぁ……)

 この子の世話をしている時間だけが、今の私の唯一の癒やしだ。

 人気トリマーだった頃の腕を、こんな形で発揮することになるとは思わなかったけど。

「はい、マロン。今日のごはんは特別だよ」

 ブラッシングを終えた私は、マロンのために用意したドックフードに、茹でたササミと細かく刻んだ野菜を彩りよく乗せてあげる。

 マロンは嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振って、小さな口で夢中になって食べ始めた。

(本当は、もっとトリマーの仕事、したいんだけどな)

 昔からの常連さんからの予約も、ほとんど断ってしまっている。

「俺のサポートとマロンの世話に集中してほしい」

 ――それが、婚約者である彼の望みだから。

「おはよ。みのり」

リビングのドアが開いて、あくびをしながら拓也が出てきた。

今年で27歳になる彼は、人気インフルエンサー。今日も髪は完璧にセットされていて、ハイブランドの部屋着姿ですら、雑誌の切り抜きみたいだ。

「……あ、マロン、いい感じじゃん。今日の動画、映えそう」

「おはよう、拓也。マロン、今日は特に毛艶がいいのよ」

 私はにっこり笑って返す。

(はいはい、マロンへの挨拶はそれだけね)

 心のなかで、そっと毒づく。

(おはようのついでに『今日の撮影道具』のコンディション確認、ご苦労様です)

 拓也はマロンを撫でようともせず、スマホをチェックし始めた。

 私との会話も、視線は画面に落としたままだ。

「あ、今日のランチだけどさ。俺のイメージに合う、オーガニック系のデリ、予約しといて。あとでストーリーに上げるから」

「うん、もう手配してあるよ」

(知ってますー。どうせ食べるのはこってりした出前のカツ丼のくせに。ほんと、SNSのためだけに生きてる男……)

 いつからだろう。

 彼との会話が、こんな業務連絡みたいになったのは。

(なんでこうなっちゃったかな。昔は拓也も優しくて、一緒にいると楽しかったのに……)

 インフルエンサーになる前、小さなアパートで一緒に笑い合った日々が、遠い昔のことみたいだ。

 再生数とか『いいね』の数が、拓也を変えてしまったのだろうか。

「みんな、おはよう! 今日は愛犬のマロンと一緒に、最高の朝の過ごし方を紹介するね!」

 リビングの一角にセッティングされた撮影スペースで、拓也の明るい声が響く。

 私はカメラを回しながら、彼の「理想の俺」劇場を静かに見守っていた。

 拓也はぎこちない手つきでマロンを抱き上げる。

 カメラの前では完璧な愛犬家を演じているけど、マロンの体が少し強張っているのが、私には分かった。

(マロン、固まってる。がんばれ! OK出たらすぐ、高級おやつあげるからね!)

 心の中でマロンにだけエールを送る。

 撮影が終わり、拓也は満足そうに息をついた。

 カメラが止まった途端、彼はマロンを乱暴に床に下ろすと、すぐにスマホでコメントのチェックを始める。マロンが足にじゃれついても、邪魔そうに振り払うだけだ。

 その態度の豹変ぶりに、私の心はすっかり冷めていった。

「んー、今日も完璧な動画撮れたわ。コメントもいい感じだし」

 ソファにふんぞり返った拓也が、私を見上げて言う。

 その顔には、一点の曇りもない、無邪気な笑顔が浮かんでいた。

「やっぱみのりのおかげだわ。家事も撮影の手伝いも、マロンの世話も完璧。みのりがいるから、俺の生活が完璧に見える」

 ――きゅう、と。

 心臓が、冷たくなるのを感じた。

 彼は感謝なんてしていない。

 ただ自分の生活を彩る便利なパーツの性能を、評価しているだけ。

 私はにっこりと、完璧な笑顔を作って返事をする。

「そう? 拓也が輝いて見えるなら、私も嬉しいな」

(……知ってたけど)

 心の奥で、もう一人の私が呟く。

(私やマロンは、あなたの『完璧な生活』を演出するための、ただのアクセサリーなんだね)

「じゃ、ジム行ってくるわ」

 拓也が軽やかに出ていったあと、私は一人で撮影機材を片付け始めた。

 広すぎるリビングに、マロンと二人きり。しん、とした静寂がやけに心に染みた。

 気分転換にテレビをつける。

 すると画面には、気泡予報士の深刻そうな表情が映し出された。思わず手を止める。

『――観測史上最大級の大型台風が、今夜半、関東地方に最も接近する見込みです。暴風や大雨に厳重な警戒が必要です――』

 窓の外に目をやれば、タワーマンションの高層階から見える空は、不気味なほどの厚い灰色に覆われていた。

 風が強まってきたのか、窓がカタカタと小さく音を立てる。

(なんだろう、この胸騒ぎ……)

 これから訪れる嵐が、私の『完璧』に見えた日常を、根こそぎひっくり返してしまうことなんて。

 この時の私は、まだ知る由もなかった。

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