All Chapters of 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた: Chapter 1101 - Chapter 1110

1113 Chapters

第1101話

奏は彼女に驚かされ、背中に冷や汗がじわりと浮かんだ。もともとベッドの端に腰掛け、痛みに耐えながらアイスを食べると同時にスマホを眺めていたのだが、背後から突然悲鳴が響いたら、誰だって心臓が飛び出しそうになる。彼は半分ほど食べたアイスを差し出した。「そんなに早く起きてどうした?」むっとした顔を見つめながら、彼はなだめるように言う。「溶けそうだったから、少しだけ食べておいたんだ」「なんで起こしてくれなかったの?」とわこはアイスを受け取り、勢いよく頬張る。「暑いって言ったでしょ?それなのに食べるなんて。執事にもう一つ持って来させればいいじゃない」「冷たい物は控えろ」そう言って彼は彼女の額に手を当てる。「まだ頭はくらくらするか?」「するに決まってるじゃない」眉をわずかに寄せ、とわこは答える。「でも冷たいもの食べたほうが楽になるの」「迎え酒ならぬ、迎え汁があるけど、飲むか?」「後で飲む」彼女は保温ポットを見やり、可愛らしいピンク色に目を留める。「何のスープ?」「開けてみる」彼はポットを手に取り、ふたをひねった。「トマトと豆腐のスープみたいだ」「飲みたい」とわこは酸味のあるものが無性に欲しかった。彼はすぐに小さな椀とスプーンを出し、一杯よそって渡した。とわこはアイスを平らげ、スープを二杯飲み干すと、満足して再び横になる。もうゆっくり眠れる――そう思った矢先、吐き気が一気に襲ってきた。「うっ」裸足でカーペットを踏みしめ、ゴミ箱へ駆け寄る。さっきのアイスもスープも、すべて戻してしまった。奏はは慌てて駆け寄り、片手で彼女を支え、もう一方の手でティッシュを取って口元を拭った。「もう二度と酒を飲むなよ」奏は眉間にしわを寄せ、ため息をつく。とわこは奏を押しのけ、そのまま洗面所へ大股で向かう。奏はすぐに執事へ電話をし、片付けを頼んだ。とわこは胃の中を空にすると、水道をひねって冷たい水で顔を洗った。吐き終えると、胸のむかつきはかなり治まり、体内の熱も引いて、今度は少し肌寒く感じる。部屋へ戻ると、執事がもう寝室をきれいにしていた。「酔いは覚めたか?」奏は彼女の澄んだ瞳を見つめる。「最初から酔ってなんかない。全部覚えてる」とわこはベッドに横たわりながら言う。「私たちには三人の子供がいる。上はもうすぐ八
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第1102話

昼の十一時。とわこは空腹で目を覚ました。目を開けると、がらんとした部屋が視界に入り、一瞬ぼんやりする。こめかみが鈍く痛み、昨夜の出来事を思い出そうとしたが、頭痛がひどくて何も浮かばない。ベッドを降り、部屋から出る。リビングでは三浦が蒼にミルクを飲ませていた。彼女に気づいた三浦は、すぐに声を掛けた。「とわこ、起きたの?頭は痛くない?鎮痛剤、飲む?」とわこは首を振る。痛みはあるが、我慢できる程度だ。「奏は?見かけないけど」周りを見回すが、昨日のように、少し姿が見えないだけで慌てふためくことはなかった。結婚式も終わり、警備も強化された。もう彼が何かに巻き込まれることはないはずだ。「朝早く出て行ったよ。警察に行くって」三浦が答える。「心配なら電話してみてもいいけど、お腹空いてるでしょ?まずは何か食べて?」その瞬間、とわこのお腹がぐぅと鳴った。「昨夜、何度も吐いてたからね。お腹ぺこぺこ」三浦は蒼にミルクを飲ませ終えると、抱っこしたまま執事を探しに行った。「消化にいいものにしよう」「私、昨日そんなに吐いたの?」覚えているのは一度目の嘔吐だけだ。「そうよ。もう、お酒は控えてね。昨夜は四時まで起きてたのよ」三浦は苦笑する。「旦那様がずっと看病してたけど、私が手伝おうにも、とわこ、変なお願いばかりして」とわこはぱちっと目を見開いた。「変なお願いって?」「覚えてないの?」彼女は頬を赤らめ、首を横に振る。「アイスを食べて、そのあと吐いたことしか」「アイスの件は知らないけど、夜中の一時過ぎ、部屋から大きな物音がしたから覗いたら……泳ぎたいって騒いでた。人は生きてても意味がない、だからやりたいことはすぐやるべきだって。自分だけじゃなく、旦那様も一緒に泳ぎに行けって」とわこ「......」「夜はまだ冷えるから、旦那様がお風呂を用意してくれて。そしたら今度はお腹がすいたって言い出して、焼き肉を食べたいと。用意してもらったら少し食べてまた吐いて、そのあと旦那様と人生哲学の語り合いを......」とわこ「......」言われてもまったく覚えていない。むしろ覚えていないほうが、恥をかかずに済む。「もう二度とお酒は飲まない」と、彼女は誓った。「昨日はちょっと気分が高ぶって、少しだけ」「少しじゃなくて、
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第1103話

低く響く奏の声が耳に届き、とわこの胸のざわめきがすっと静まった。「私は大丈夫、でも、朝から警察に行ったって聞いたわ。何があったの?」「和夫が、清を自分が殺したと言った」彼は一語一語を噛みしめるように続けた。「今朝、自首しに警察へ行った。だから様子を見に行ったんだ」とわこは言葉を失った。清を和夫が殺した?どうしてそんなことに?「もうすぐ家に戻る。帰ったら詳しく話す」そう言って、彼は電話を切った。とわこはスマホを握ったまま、呆然と部屋を出る。もし清が本当に和夫に殺されていたのなら、この件は奏には一切関係がない。奏を罵っていた連中も、黙るしかないはずだ。奏にとっては間違いなく大きな朗報。ただ、和夫がなぜ急に自首する気になったのか?彼は奏の苦しむ姿を見て、良心の呵責に耐えられなくなったの?首を横に振る。あんな厄介者に、良心なんてあるはずがない。ほどなくして、奏が別荘に戻ってきた。とわこは出迎えるなり問い詰める。「どういうこと?和夫が自首なんて、信じられない。誰がそうさせたの?あなた、何を条件に出したの?」奏は伏し目がちに、彼女の焦りを帯びた顔を見つめた。「この件で俺の仕事が影響を受けるのを恐れたんだ。もしそうなれば、今後、俺から一切の恩恵は受けられない」「やっぱり金のためね!いくら要求されたの?」「息子と娘が一生食うに困らないようにしてくれ、と」奏は喉仏をわずかに動かしながら続けた。「人間としては屑だが、あの二人の子供には精一杯の愛情を注いでいた」「でも、あなたに対しては利用しかしてないじゃない」とわこは不満を隠さない。「必ずしもそうじゃない」奏はシャツの襟元をゆるめ、皮肉めいた笑みを浮かべる。「俺の事を白鳥家の誇りだ、と彼は言った。だから俺が潰されるのは見たくなかったらしい。この件で俺が潰れると思い込んで、自分を犠牲にしてでも白鳥家の誇りを守ろうとした」「じゃあつまり、あなたの罪をかぶったってこと?本当は清の死に彼は関わってないの?」「いや、彼は本当にやったと言っていた。あの夜、たまたま常盤家の前を通りかかったらしい。俺と清が揉み合っていて、俺が重傷を負わせたあと、助けるふりをして病院に運ぶ途中、まだ息のあった清を殺した、と」とわこはまるで奇妙な小説を聞いているように、息を詰めて聞き入
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第1104話

「とわこ、昨夜酔っ払ったあと、何をしたか覚えてるか?」奏はふっと軽い話題に切り替えた。とわこの頬が瞬く間に赤く染まる。「わざわざあなたに言われなくても、もう三浦さんから全部聞いたわ」「昨夜、子どもが三人じゃ足りない、三十人生むって言ったんだぞ」奏は彼女の赤くなった頬を見て、くすりと笑う。「年を取っても産み続けるんだって。だから俺が、それじゃ豚じゃないかって言ったら......」あまりの荒唐無稽な話に、とわこは頭皮がぞわっとした。「そしたら、急に豚の鳴きまねを始めて、『似てる?』って聞いてきた」そこまで言うと、奏はこらえきれず笑い声を漏らす。「次に酔ったら、最初から最後まで録画してやる」「私が何も覚えてないのをいいことに、作り話してるだけでしょ?三十人なんて、絶対言わない!酔っててもそんな馬鹿なこと言うはずない!」とわこは断言した。「で、新婚旅行はどうする?」奏は余裕の笑みを浮かべて尋ねる。「真からまた別の国からハガキが届いたらしいな?」「うん。私たちからすごく遠い小さな国。ネットで調べたら、とても閉鎖的で発展してない国だった。観光地なんかじゃないのに、あの人、何しに行ってるのかしら」「行ってみよう」奏は即決した。「もしかしたら、まだそこにいるかもしれない」「本気で行くの?調べたけど、うちの国から直行便はないのよ。途中で二回乗り換えて、最後は船で行かなきゃならない。明日出発しても着くのに二日かかるわ」とわこは体調がまだ戻らず、今日は家で休むしかなかった。「本気であいつを見つけたいと思わないのか?」奏の眼差しが冷たく鋭くなる。「結菜が生きていようといまいと、あいつに会って、どこに葬ったのかはっきりと確かめたい!本当に海に散骨したなんて信じない!必ずはっきり答えを聞き出す」彼の激しい感情を感じ取り、とわこはその大きな手をぎゅっと握った。「奏、たとえ血のつながりがなくても、そんなに結菜を大事に思ってるのね」「血縁がなくても、何十年もの情は本物だ。犬だって数年一緒に暮らせば情がわく。人間ならなおさらだ」「わかったわ。私も一緒に真を探しに行く」彼女の言葉に、奏は胸の奥を打ち明ける。「とわこ、俺は結菜がまだ生きてる気がしてならない。夢で何度も見た。彼女が夢に出てきて、俺に『迎えに来て』って言うんだ」「あなたが彼女
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第1105話

桜の目は泣き腫らして真っ赤だった。「お兄ちゃんが行っちゃったの。ここには一秒たりともいたくないって。でも私は一緒に行きたくなかった。あの人、私のことなんて全然気にしないから。ここに残ったほうがまだマシ。昨日の夜、父さんが言ってたの。奏さんが私の面倒を見てくれるって」一郎は話を聞いても、やはり腑に落ちなかった。「出て行かないのに、なんでスーツケースを持ってきた?」桜は詰まりながら答える。「お兄ちゃんが家を売っちゃったの。もう住むところがないの。お金は少しくれたけど、一人じゃ怖い。奏さんに会わせて。私、連絡先知らないの」一郎「......」奏からこの件を任された以上、桜を直接奏のところに連れて行くつもりはなかった。奏は白鳥家の兄妹に対してまったく情がない。和夫との約束どおり、毎月決まった額を送るだけで済ませるつもりだ。「奏は結婚したばかりで、すごく忙しい。今何か必要なことがあれば、僕に言え」一郎は眉をひそめ、重い口調で言った。桜は一応、奏の実の妹。放っておくわけにもいかない。「でも今、住むところがないの」「じゃあホテルに連れて行く」「私、一人でホテルに泊まったことないの。一人は怖い」桜は要求を出す。「奏さんのところに連れて行けないなら、一郎さんの家に泊めて」一郎は彼女をじっと見た。背が高くて細身、整った顔立ち。大人っぽい雰囲気だが、実年齢はわからない。「今年いくつだ?」「二十歳」「じゃあ大学に通ってるのか?」「いいえ。成績が悪すぎて、高校卒業後は学校に行ってない」「じゃあ毎日何してたんだ?」「お父さんに、黒介の面倒を見るよう言われてた」「そうか。じゃあ後で奏と相談して、学校を探そう。ちゃんと通え」「でも今夜はどこに泊まるの?あなたの家に泊めてくれないなら、奏さんの家に送ってよ」「冗談じゃない!あいつの邪魔したら、今後毎月の生活費はなくなるぞ」一郎は冷や水を浴びせた。「とりあえず僕の家に泊まれ、僕が......」「わかった!あなたが泊めてくれるなら、絶対奏さんのとこには行かない。あの人、気性が荒いんでしょ?死にに行く気はないわ」そして翌日。奏ととわこは二人の子どもを館山エリアの別荘に送り届けたあと、旅行の支度を始めた。今日はP国へ飛び、そこから乗り継ぎ、さらに船でR国へ向
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第1106話

「本当に病院で検査を受けなくていいの?」とわこは心配そうに彼を見つめた。「大丈夫だ」奏は自分の身体の状態をよく分かっている。所詮は皮膚の傷に過ぎない。昨夜思わず声を上げたのは、とわこが「軽く触れた」どころではなく、しっかりと引っかいたからだ。「本当に大丈夫じゃないと困るよ。R国に着いてから何かあったら、つらいのはあなただからね。あそこは医療環境がかなり悪いんだから」そう言いながらも、とわこは薬をスーツケースに詰め続けた。「いくら貧しい国でも、金持ちは必ずいる。金持ちがいれば、それ相応の医療施設もある。私立病院でも、小さな怪我くらいは治せるさ」そう言って、奏はスーツケースの中の救急医薬箱を取り出した。「こんなに薬を持って行くなんて、俺に病気になってほしいのか?」彼の言葉に、とわこは言い返せなかった。「もっときれいなワンピースを持って行け。あそこの海はとても美しい」奏はクローゼットに歩み寄り、とわこに服を選ばせた。「そのときは俺が専属カメラマンだ」「本当に新婚旅行みたいだね」とわこは思わず笑みをこぼした。「もし真を探すだけなら、人を派遣すれば済む話だ。俺も彼を見つけたいが、同時に見つけるのが怖くもある。見つからなければ、結菜がまだ生きていると自分をだませる。だが見つけてしまえば、もう自分をだませなくなる。まあ、今回は養生の旅だと思ってくれ。今のこの姿じゃ、たとえ殺人犯じゃなくても、人に撮られたくない」彼はここで誰もが知る大富豪だ。このところ、結婚式、財閥スキャンダル、殺人事件と続き、連日新聞の一面を飾っていた。和夫が自首したことで「殺人犯」の汚名は晴れたが、依然として世間の話題の中心人物であることに変わりはない。すり替え話、財産争奪、そして暴行騒ぎ、どれを取っても人々の酒の肴になる。「そうだね。和夫の判決が出るまでは、まだあんたが清を殺したと思ってる人も多いだろうし。悟がホテルで開いたあの記者会見の映像だって、まだ見返せるし」「昨日警察署で奴を見たが、もう俺の顔をまともに見られなくなってた」「でも配信は消してないじゃない。たとえ彼の父親を殺したのがあなただじゃなくても、きっとまだお金を取るつもりだよ」とわこはクローゼットから何枚かのロングドレスを取り出した。「あの二人、今は無職だし、弥も稼ぎはない。それに黒介まで養
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第1107話

奏の眉間には深い皺が刻まれ、その胸中も穏やかではないことが見て取れた。空港へ向かう車中、二人はこの件について話し合った。「これからは、涼太と娘をあまり頻繁に接触させない方がいい。もし奴がレラに変な気を起こしたらどうする?」奏は険しい顔でそう言った。「奏、あの二人の年の差、知ってる?ほぼ二十歳差だよ」とわこは呆れたように言う。「十五歳しか違わない」奏は真顔で答えた。「前にニュースで見たが、ある男女が結婚登録したとき、年齢差が五十一歳だった。十五歳差なんて、涼太がレラに変な気を起こすのを止められる理由にならないだろう?」「......」「涼太を信頼しているのは分かってる。でもあいつも男だし、うちの娘はあんなに可愛い......」「もし涼太が本気で私たちの家族になりたいなら、私は構わないよ。ただし、レラが成人してからの話ね。その時になっても二人が仲良くて、一生一緒にいたいと思うなら、私は祝福する」とわこは笑いをこらえてそう言った。奏の拳は固く握られ、全身が緊張でこわばった。「冗談だよ!ちゃんとボディーガードをつけてるでしょ?もし涼太がレラに変なことをしたら、ボディーガードが報告するはずだし、レラだって黙ってやられる子じゃない」とわこは宥めた。「それでも、会う回数は減らす」「いいよ。じゃあ新婚旅行から戻ったら、あなたからレラに言ってね」とわこはその面倒を彼に丸投げした。奏はすぐに唇を引き結んだ。二日後、二人はR国に到着した。R国は世界で最も小さい沿岸国家のひとつで、その国土面積はA市の半分しかない。到着したのはちょうど昼時だった。予約していたホテルにチェックインしたあと、昼食を取り、時差ぼけだったので休息をとることにした。柔らかなベッドに横たわるも、奏はどうしても眠れない。とわこが眠りに落ちたあと、彼はそっとベッドを抜け出し、彼女のバッグから真が送ってきた絵葉書を取り出した。その葉書には、R国の消印が押されている。奏はそれを手に、部屋を出ていった。約一時間後。とわこが目を覚ますと、奏はバルコニーで風に吹かれていた。すぐにベッドから降りて彼のもとへ歩み寄る。「眠れなかったの?」とわこは外の陽射しに目を細めた。「今日は天気がいいし、外に出てみない?」「いいな」二人はホテルを出て、
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第1108話

彼女は薬局に入ると、その見覚えのある背中がすばやく薬局奥の洗面所へと消えるのを見た。思わず後ろを振り返り、奏が気づいたかどうかを確かめる。奏はもともと薬局の入口で待っていたが、彼女が振り返ったのを見て、すぐに足を踏み出し薬局の中へ入ってきた。胸の鼓動が早まり、不安が押し寄せる。けれど表面上は冷静を装わなければならない。なぜだか分からない。彼女は奏に真を会わせることが怖かった。奏が口では「会いたい」と言いながらも、実際は会うのを恐れていると自分で言っていたこともある。それ以上に、二人が顔を合わせたら、きっと激しい衝突は避けられないと感じていた。「鎮痛の薬をいくつか。それからヨード液を一本ください」奏が隣に来たので、彼女は店員にそう告げた。奏は眉を上げた。「またこんなに薬を買うのか?」「こっちの薬の効き目を試してみたいの」とわこは笑みを浮かべながらも、視線の端ではずっと洗面所の様子を窺っている。「もしかしたら、意外と効くかもしれないじゃない?」「俺をモルモットにする気か」「食べさせるわけじゃないでしょ、何を怖がってるの」とわこは軽口を叩きながらも、心は落ち着かない。「お会計、お願い」奏が財布を取り出し、レジへ向かった。その時、彼女のバッグの中でスマホが震えた。音は鳴らない設定で、バイブだけ。慌てて取り出すと、見知らぬ番号からメッセージが届いていた。「とわこ、まだどう向き合えばいいのか分からない。もう少し時間をくれ」画面を見た瞬間、平静が崩れ落ちる。名前は書かれてないが、分かっている。真だ。さっき見かけた、あの懐かしい後ろ姿、間違いなく彼だった。今、彼は薬局の洗面所の中にいる。二人の距離は、たった一枚の壁だけ。もし彼女が真の気持ちを無視できる人間なら、今すぐ奏を引っ張って洗面所に突入し、強引に引きずり出して問い詰めただろう。だが、それはできなかった。真はかつて彼女のために、命を落としかけた。その恩を忘れたことはない。結菜の血を抜いたのも、蒼を救うためだった。もし蒼が自分の息子でなければ、真がそんな危険を冒すことはなかっただろう。彼のことを思い出すたび、鼻の奥がつんとする。「隠れて。奏に見つかったら、私、止められない」とわこは短くそう返信を送った。ちょうどその
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第1109話

とわこは真から返信が来ていないかを確認した。先ほど我慢できずに、結菜がまだ生きているのかと尋ねるメッセージを送ってしまったのだ。どうしても、その答えを彼から聞きたかった。一方、奏は一郎から届いたメッセージを見て眉をひそめていた。一郎は「無事にR国に着いたか?」と尋ねてきた。もちろん、それだけで彼が眉を寄せたわけではない。問題は、その後に続いた長文だった。「正直に言う!妹さんの桜、今うちに住んでる!哲也は戻ったけど、彼女は一緒に行かないと言うし、君のところに行かせるわけにもいかない!でも正直、困ってる!言うことを全然聞かないんだ」そのメッセージを見た瞬間、奏の食欲は消え失せた。あの兄妹に生活費を渡すことは約束したが、私生活まで面倒を見るつもりはなかった。一郎「奏、妹さん、本当に勉強が大嫌いだ。学校を探して通わせるって言ったのに、断固拒否だぞ。まだ二十歳なのに、勉強しなかったら何ができる?帰ってきたら君からもきつく言ってくれ」奏「二十歳は二歳じゃない。父親ヅラするな」一郎「おい!そんなに年じゃないだろ?これは兄としての心配だ!父親目線じゃない」奏「じゃあ放っとけ」一郎「本当に放っておいていいんだな?」奏「いい」一郎「じゃあ本当に何も言わないぞ?本人は働きたいって言ってるが、それでもいいか?」奏「いっそお前の養女にでもしたらどうだ」一郎「分かった!じゃあ働かせる!度胸がついたら外で部屋を借りさせる。ずっと家にいさせるわけにもいかない」奏はスマホをテーブルに置いた。とわこは彼の冷たい表情に気づき、自分のスマホを置きながら尋ねた。「何かあった?誰とメッセージしてたの?」「一郎だ」奏はコーヒーをひと口飲み、冷ややかに答えた。「和夫の娘を匿ってるらしい」「あなたの妹ってこと?」「妹としては見られない。名前で呼べ」「じゃあ、その子の名前は?」「知らん」とわこはケーキを取って、彼の口元へ差し出した。「そんなに怒らないで。匿ってるのは一郎で、あなたじゃないんだから」「一郎は俺の顔を立ててそうしてる」「じゃあ、もしその子が一郎の生活に支障をきたすなら、関わらないようにってはっきり言えばいい。もう成人してるんだし、子ども扱いする必要はないでしょ」「もう言った」奏はケーキを一口食べ、コ
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第1110話

彼の顔には笑みが浮かんでいたものの、その声色には少しの切なさと不満が混じっているのが分かった。もし真にメッセージを送っていなければ、彼女は迷わずスマホを渡していただろう。「瞳とおしゃべりしてただけよ」とわこはもっともらしい理由を口にする。「到着したかって聞かれて、それからちょっとデリケートな話題になっちゃって」「デリケートな話題?」彼はその理由を信じたが、やはり中身が気になる。「女同士の話よ」とわこは覚悟を決めて言う。「妊活のこと。私が三人も産んでるから、そういう経験が豊富だと思ったみたいで、だから、あなたには見せたくないの。万一また踏み込んだ質問されたら、気まずいでしょ」奏はうなずき、理解を示した。自分のスマホを手に取り、カメラを開いて「ちょっと俺の撮影技術を見せてやる」と構える。彼女はすかさず片手を上げ、ピースサインした。奏はシャッターを切ると、そのまま画面を差し出した。スマホを受け取った彼女は写真を見て、唇をきゅっと結び、あきれた表情を浮かべる。「どうした?気に入らない?」奏は首をかしげる。「悪くない出来だと思うけど」撮った後、自分でもチェックして問題ないと判断したはずだった。「なんでこんなに顔がでかく写ってるの?私の顔ってこんな大きかった?」とわこはそう言って写真を突きつける。「ほら、ぱっと見、画面いっぱい全部私の顔じゃない」奏はうなずいた。「それの何が悪いんだ?こんなに可愛い顔なんだし、壁紙にしようと思って」とわこは頭を打たれたような衝撃を覚える。年齢差という溝は、やはり無視できない。「やめて」とわこは写真を即座に削除し、奏にスマホを返す。「立って、もう少し離れて撮ってみて!顔をドアップにしないで。いくら美人でも、こんな至近距離じゃ魅力半減よ!あなた建築家でしょ?プロの審美眼を発揮してよ」彼は苦笑しながら立ち上がり、距離を取って再びシャッターを押す。「奏、わざとでしょ?」出来上がりを見たとわこはやはり不満顔。「今度は顔は小さく見えるけど、目が!私の目、こんなに小さくないわよ」奏は困ったように言う。「笑ってる時って、目がちょっと細くなるだろ?たしかに小さく見えるかもしれないけど、俺の腕じゃなくて、スマホのせいだな」「じゃあカメラを買いに行こう」もともと写真はそこまで好きじゃなかったが
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