All Chapters of 植物人間の社長がパパになった: Chapter 901 - Chapter 910

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第901話

「おまえが死んでも、彼女は元気に生きている。今回の一件は俺が仕組んだ罠だ。あの男は実際には手を出していないから、けが人も出ていない」雅彦は冷たく告げた。「そして今回は絶対に許さない。保釈で逃げられると思うな。うちの弁護士がきちんと裁きを受けさせる」そう言うと、雅彦はくるりと背を向けた。まともな判断を失った女と、これ以上話す気はない。だが、ジュリーのあの激しすぎる憎しみには、雅彦も少し引っかかるものがあった。ジュリーが失脚したあと、雅彦は彼女の持つ人脈や資産をいくつか押さえ、会社にも大打撃を与えたが、家族にまで手を出すほど暇ではない。愛人をけしかけて父親の立場を奪う?そんなくだらないことはしていない。それなのに、ジュリーの言葉は自分たちを本気で恨んでいるように聞こえた――まるで事実かのように。雅彦が考え込んでいると、莉子がうなだれて近づき、「私がやったの」と謝った。雅彦は眉をひそめた。「なぜ勝手な真似を?」「だって、あの女が前に雅彦にひどいことしようとしたの、思い出しちゃって……それに、今までのやり方も汚かったし、同じ目に遭わせてやろうと思っただけ。でも、逆に怒らせちゃって、桃に手を出すなんて……私が甘かった」莉子は目を潤ませて頭を下げた。「もし桃に何かあったら、私、一生許されない……叱りたいなら叱って」その言葉に雅彦は怒りを収めた。確かに、莉子には悪意があったわけじゃない。ジュリーへの仕返しと、自分のためを思っての行動だった。少し黙ってから、雅彦はため息をついた。「気持ちはわかるが、追い詰めすぎれば何をするかわからない。ジュリーはもともと手段を選ばない。これ以上は何もするなよ」「……わかった。もう二度としない」莉子は頭を垂れながら、内心では少し嬉しかった。莉子はよく知っている。雅彦は外見こそ冷たく見えるが、身内にはとても甘い人だ。自分を味方と見なしている相手の失敗なら、よほどの大問題でないかぎり大目に見る。今回、彼女は少し焦ってジュリーを追い詰めすぎた。結果として桃を危険にさらしたものの、動機は雅彦を守るため。大事には至らなかったので、雅彦は軽く注意しただけだった。つまり、以前の出来事で雅彦が自分を遠ざけたわけではなく、今も身内として扱っているということだ。そう悟った莉子の胸はすっと軽くなった。
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第902話

雅彦は警察署を出たあと、桃の家へ向かった。ここ数日、芝居のために忙しくしていたので、二人の子どもたちにも会えず、寂しさが募っていた。到着すると、翔吾が桃の手を引きながら、得意げに顔を上げて報告している場面に出くわした。「ママ、ママがいない間、僕、すっごく悲しんでるふりしたんだよ!学校でも毎日しかめっ面してたから、先生もクラスメートも心配して、毎日声をかけてきたんだ!」それを聞いた太郎は、呆れたようにため息をついた。今回、香蘭に「家でちょっとしたトラブルがあったふりをして、誰にも怪しまれないように」と言われていたけれど、翔吾のあまりに大げさな演技は、さすがにクラス中を震え上がらせてしまったようだ。桃は思わず苦笑してしまった。まさか翔吾にこんな演技の才能があるとは、思いもしなかった。「よく頑張ったね。今回うまくいったのは、あなたたちのおかげでもあるわ。今度の日曜日、時間ができたら、みんなでお出かけして、ご褒美にプレゼントを買ってあげるね」プレゼントの話を聞いた瞬間、翔吾と太郎は顔を見合わせ、パッと明るく笑って「やった!」と声をそろえた。雅彦も歩み寄り、二人の無邪気な笑顔に心が和んだ。ただ、注意することも忘れなかった。「今回のことはよくやった。でも、学校に戻ったら、ちゃんと先生たちに説明して、これ以上心配させないようにするんだよ」「うん、わかった!」翔吾は元気よく返事をした。香蘭は少し離れた場所からこの温かい光景を見守っていたが、何も言わずにキッチンへ戻り、夕食の準備に取りかかった。夕食を済ませた後、雅彦はそのまま家に留まり、桃は彼にお茶を淹れてあげた。二人は庭に出て、夕焼けを眺めながらゆっくりとした時間を過ごした。「そうだ、警察のほうはどうなったの?もう立件されたの?」桃が思い出したように尋ねた。「もちろんだ。今回の件は証拠も十分揃ってる。ジュリーの家族も内部から崩壊してて、今は誰も彼女のことに構っていない。捨てられた存在になってるから、これ以上騒ぎを起こす力もないだろう」ジュリーが法の裁きを受けると聞き、桃はほっと胸をなで下ろした。ジュリーは家族のために必死に働いたにもかかわらず、今や見捨てられた。その非情さに胸が痛まないわけではなかったが、彼女が自らの行いで招いた結果だ。「それと、最近、莉子と接
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第903話

「私はそこまでしなくてもいいと思うわ。ちょっとしたミスで彼女をがっかりさせてしまったら、あなたたちの長年の絆まで壊れてしまうかもしれないし、かえって損だもの」桃は考えた末、そう答えた。雅彦はにこりと笑った。「ずいぶん寛大になったね。前は莉子のことで、ぼくに何度も注意してきたじゃないか」桃は少し顔を赤らめた。確かに以前は、莉子の態度に不安を感じていたのだ。でも今は、彼女にも新しい恋人ができたという話も聞いたし、いつまでも気にしていたら、自分が小さく見えてしまう。「昔は昔、今は今。それに、元同級生と付き合い始めたばかりでしょ?この時期に異動させたらかわいそうよ」桃のそんな思いやりに、雅彦も素直に頷いた。「わかった。奥さん夫人の言うとおりにしよう」冗談めかして言う雅彦に、桃は呆れたように白い目を向けた。どうしてこの人は、暇さえあれば茶化してくるのか。そんな彼に構うのも面倒で、桃は立ち上がってお茶を淹れに行った。だが雅彦は、その後も考え込んでいた。今のままでは、莉子がまた余計な敵を作ってしまいかねない。表立った敵ならまだしも、陰で何をされるかわからない相手は危険だ。自分と桃の関係をは隠していない以上、莉子の不用意な行動が二人に災いをもたらす可能性もある。そこで雅彦はすぐさま海に電話をかけた。「これからは、莉子はお前がついて見てろ。単独で動くのは禁止だ。まだまだ経験が浅いから、じっくり鍛えないとな」「承知了解しました、雅彦様」海も同じように、最近の莉子の行動が軽率すぎると感じていたので、異論はなかった。「今後、彼女が何か行動を起こすときは、必ずお前が確認してからだ」雅彦は海なら安心できると確信判断していた。彼は長年傍に仕えてきた部下で、冷静で慎重、無駄なトラブルを招くような真似は絶対にしない。……一方、ジュリーの事件については、世間の注目を集めたこともあり、警察も迅速に動いた。調査が完了し、すでに訴訟手続きに入っている。雅彦の予想通り、家族からも見捨てられたジュリーには、もう助け舟を出す者はいなかった。このまま進めば、彼女はきっちりと法の裁きを受けることになるだろう。その結果に、雅彦はひとまず満足していた。……一方その頃、海は莉子に「これからしばらく自分の指導に入る」旨を伝えていた。話を聞いた莉子
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第904話

だが莉子は、表向きには何も感じていないふりをして、無理に笑顔を作った。「これからは色々教えてね、頼りにしてるわ」「心配するな。私たちの仲で、足を引っぱるわけないだろ?」海は莉子の肩を軽く叩き、気にするなと励ました。莉子が書類を抱えて廊下に出ると、ちょうど桃が雅彦のオフィスから出てきて、晴れやかな笑顔を浮かべていた。その眩しい笑みが莉子には棘のように映り、目を合わせずに俯いたまま足早に通り過ぎた。桃は声をかけようとしたが、莉子が急いでいる様子だったので、仕事が立て込んでいるのだろうと思い深く考えなかった。きっと、何か急ぎの用事があるんだろう……そう自分に言い聞かせ、桃もあまり気にしないことにした。一方、オフィスに戻った莉子は、書類をデスクに乱暴に置き、ソファに崩れ落ちた。そのとき、彼女のスマートフォンが鳴った。莉子がイライラした顔で画面を見ると、以前、彼女に色々と助言してきた謎の人物からだった。「今回の計画は失敗したみたいだけど、君ならまた同じような混乱を起こすのも簡単だろう?」「ふん、私を買いかぶりすぎね。今や私は菊池グループの中心から外された身、そんなこと簡単にできるわけないでしょ」メッセージを見た相手は、しばらく黙った後、再び送ってきた。「そうか……やはり、あの女は簡単には倒せないか。ところで、そろそろ顔を合わせて話してみないか?」莉子は迷った。しかし、もうどうすればいいかわからない今、頼れる者は少なかった。最終的に、彼女は会うことを決めた。場所を指定し、仕事が終わると急いで向かった。指定されたカフェに着き、しばらく待っていると、帽子にマスク、サングラスという完全武装の人物が入ってきた。身長と体格からして、どうやら女性らしい。「私がここまで顔を出したのに、あなたは顔も見せないってわけ?それで信用しろって言うの?」莉子は冷たく言った。すると、その女性は軽く笑い、マスクやサングラスを外して顔を見せた。その顔を見た瞬間、莉子の瞳が大きく見開かれた。「あなた……」目の前に立っていたのは、かつて何度も彼女を侮辱し、劣等感を植え付けた女————麗子だった。かつて、麗子は雅彦に近づくたび、莉子を見下し、「釣り合わない」と嘲笑していた。まさか、あの謎の助言者が彼女だったとは……莉子の
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第905話

莉子の表情は何度も変わり、最終的に、再びその場に座り直した。佐和の死が桃と関係していることは、以前美穂からも聞かされていたし、麗子がかつて桃の顔を潰そうとしたことも耳にしていた。残念ながら、桃は完全に顔を潰されたわけではなく、今では手術も済み、以前とほとんど変わらない姿に戻っている。しかも雅彦は、そんな彼女の過去も、顔の傷もまったく気にしていない様子だった。一人の男性が、女性の外見も、過去の恋愛歴も気にしない。しかもその女性が、自分の甥と五年間も同棲していたというのに—、そんな深い愛情を、外から壊すことなど、到底できるものではない。莉子はそう思うと、どうしようもない絶望感に包まれた。その様子を見て取った麗子が、絶妙なタイミングで口を開いた。「雅彦を本気で振り向かせたいなら、私にいい方法があるわ。ただし……あなたにその覚悟があるかどうかだけどね」「どんな方法なの?」莉子は好奇心を抑えきれず、問いかけた。麗子は顔を近づけ、耳元でそっとささやいた。莉子は話を聞くうちに、血の気が引いていくのを感じたが、それでも最後まで聞いた。「今のあなたは、ただの他人よ。少しぐらい荒療治をしなきゃ、状況は変わらない。やるかやらないかは、あなた次第だけど」麗子はそう言い切ったあと、さらに続けた。「もちろん、無理にとは言わないわ。よく考えて。やるかやらないかは、あなたが決めることよ」心をかき乱された莉子は、慌てて席を立ち、出口へと向かった。その途中で、うっかり携帯を置き忘れそうになったが、麗子に声をかけられ、ようやく思い出して手に取った。携帯を握りしめながら外に出る莉子を、麗子はじっと見送った。その目は、確信に満ちていた。莉子の雅彦への想いは、彼女がまだ幼かった頃からずっと変わっていない。そんなにも長い年月をかけて生まれた感情は、そう簡単に消えるものではない。たとえ今、愛が少し冷めていようと、それはもはや心の習慣になっている。失ったときには、自分の一部を失ったかのような、痛みに襲われるだろう。だから、莉子はいずれ自分の提案を受け入れる……麗子は、そう確信していた。彼女さえ動けば、自分にとって最も都合のいい駒となる。……莉子は帰宅後も、麗子の提案について考え続けた。どうにも決心がつかず、一旦考えるのをやめることにした。眠れぬ
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第906話

車を降りた直後、桃はコンビニで買う物があることを思い出し、雅彦には先に行ってもらった。まさか、彼がここでずっと待っているとは思わなかった。「俺も急いでないから」と、雅彦は淡々と答えた。桃がエレベーターに乗り込んだのを見届けてから、莉子に目を向けた。「じゃあ、行こうか」莉子はさっき自分が抱いていた期待がすべて独りよがりだったと気づき、なんだか胸が痛んだ。桃は莉子の姿を見ると、軽く会釈して挨拶した。「ごめんなさい、時間取らせちゃって」莉子はこれまでの経験を教訓に、不満があっても決して表に出さず、黙って首を振った。「気にしないでください」雅彦は桃の手にある袋を見て、「何を買ったんだ?」と尋ねた。桃は袋を軽く振った。中にはお菓子やポテトチップスなどのスナックが入っている。「ちょっとしたお菓子。休憩中に食べようと思って」「へえ、美味しいのか?」雅彦は袋の中を覗き、普段自分が口にしないものばかりなのを見て、桃の好みが思ったよりも子どもっぽいことに少し驚いた。彼は、こういうのは子どもしか食べないものだと思っていた。「まあまあだよ。試してみる?」桃は口元を上げて笑った。たぶん雅彦は、こういうジャンクフードを今まで食べたことがないのだろう。「今度、時間があるときに君のところでもらうよ」雅彦は頷いた。それを口実に彼女を訪ねることができるからだ。桃は彼を横目で見ながら、その下心を見抜いていたが、わざわざ指摘するのも面倒で黙っていた。莉子は横でじっと立っていた。自分がまるでお邪魔な存在で、ここにいる意味すらないように思えてくる。そして、桃への嫉妬心がさらに強くなった。彼女と雅彦が一緒に過ごせる時間なんてほんのわずかなのに、やっとの思いで得た貴重な時間すら、目の前であんなに親しげに奪われていく。エレベーターがゆっくりと上昇する中、莉子はその光景に耐えきれず、話題を無理に作って割り込んだ。「雅彦、私の仕事の内容って、最近何か変わるの?それとも今まで通り?」」「それは海と相談して」雅彦はそれ以上話す気もなかった。そういった事務的なことは海が手配する。雅彦の態度から、自分と話す気が全くないのを察し、莉子は視線を落として気まずさを感じたが、それでも口では「うん、分かった」と言うしかなかった。「ただ……ちょっと気になっただけで。前のやり方
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第907話

莉子は普段の冷静さを失い、思わず「きゃっ!」と叫んだ。突然のトラブルに、桃も驚いた。一歩下がってエレベーターの壁に背をつけようとしたとき、雅彦の手がすっと伸びてきて、彼女の手をしっかりと握った。「桃、大丈夫か?怖がらないで」雅彦は修羅場にも慣れているため、動揺など一切なかった。一瞬で真っ暗な状況に慣れると、すぐに桃の様子を尋ねた。「私は大丈夫。何ともないわ」桃は、雅彦の手のひらのぬくもりを感じた瞬間、さっきまで感じていたかすかな恐怖が、すっと消えていった。この人がそばにいてくれるなら、どんな危険な状況だって乗り越えられる。エレベーターがちょっと止まったくらい、どうってことはない。桃が無事だと分かって、雅彦もほっとしたように息をついた。彼はスマホを取り出し、懐中電灯を点けてから、エレベーターの通話ボタンを押して修理の連絡をした。莉子は二人の会話を聞きながら、雅彦が自分を完全に無視していることに気づいた。彼女はぎゅっと拳を握りしめた。桃が女性だから怖がるのは分かるが、自分だって同じ女性なのに、なぜ雅彦は少しも心配してくれないの?そんな思いを巡らせていると、桃が莉子のことを思い出し、声をかけてきた。「莉子さん、大丈夫ですか?」桃の心遣いも、莉子には偽善的にしか映らず、むしろ嫌悪が増すばかりだった。「……大丈夫です」莉子はそっけなく答えた。声の調子がおかしいと感じた桃は、驚かせてしまったと思い、優しく続けた。「心配しないでください、きっと大した問題じゃないから。すぐ直りますよ」莉子は思わず鼻で笑いそうになった。この女、こんなに頼りないくせに、人の心配をするとは……それ以上言葉を交わす間もなく、雅彦が呼んだ修理スタッフが電話に出た。社長がエレベーターに閉じ込められていると知り、すぐに修理すると約束した。約5分後、修理スタッフ達が工具を持って駆けつけた。大物が関わっている以上、手抜きは許されない。万一機嫌を損ねれば、クビになるかもしれないからだ。だから彼らは必死で作業し、すぐにエレベーターの扉をこじ開けた。「社長、まずは外へ出てください。詳しい故障の原因を突き止めるにはさらに点検が必要です」雅彦が頷くと、エレベーターがちょうど階と階の間に止まっていることに気づいた。外に出るには這い上がる必要がある。
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第908話

「きゃあっ!」莉子が声を上げた。彼女は雅彦が自分を抱き上げてくれると期待していたが、雅彦は一瞬、無意識に後ずさりした。気づいてから慌てて手を伸ばしたが、もう遅かった。莉子の足は床に強くぶつかり、足首を捻挫した。激しい痛みが走り、彼女の顔は一気に青ざめた。外にいた桃は中の様子がよく見えず、心配そうに声をかけた。「どうしたの? 大丈夫?」しかし、莉子は痛みで声も出せなかった。体の痛みよりも、むしろ心の失望が彼女を苦しめていた。倒れ込んだ瞬間、雅彦の本能的な反応は「避ける」ことだった。以前の彼ならきっと自分を受け止めてくれたはずなのに……雅彦は桃が心配するのを察し、「大丈夫だ。ちょっと転んだだけだ」と答えた。桃がさらに何か言おうとしたその時、エレベーターが衝撃でわずかに滑り、階と階の間に挟まっていた状態から脱した。さらに落下する危険を感じた桃と修理スタッフ達は急いで近づいた。桃は莉子の腫れ上がった足首を見て、思わず顔をしかめた。自ら進んで莉子を支え、外へと導いた。莉子は内心で抵抗していた。桃の助けなど受け入れたくない。彼女の「親切」は、単に自分が雅彦に近づくのを妨げるための策略に過ぎないと思っていた。しかし今の状態で桃を振り払えば、さらに転ぶのは目に見えている。莉子は我慢するしかなかった。雅彦が口を開こうとした時、電話が鳴った。朝の会議の時間だ。「早く行って。ここは私が面倒見るから」桃は多くの社員が雅彦を待っていることを知っており、彼を先に行かせた。莉子のことは自分がケアすれば問題ないと思った。「ああ、頼む」雅彦は迷うことなく頷き、その場を離れた。桃は莉子を休ませる場所に連れて行き、腫れを抑える薬を買いに行った。しかし、莉子は桃の姿すら見たくないと思っていた。彼女が離れた隙に、すぐに海に電話をかけ、自分をオフィスまで運ばせた。オフィスに着くと、莉子は椅子に座り、力いっぱいアームレストを握りしめた。手の甲には血管が浮き出ている。この間起きた出来事が一つ一つ頭をよぎり、彼女は無力感に襲われた。どうすれば、雅彦の心を引き戻せるの?どうすれば、ずっと彼を守ってきた自分に目を向けてくれるのだろうか?もしかしたら……麗子の言う通りに動くしか、道はないの?長い考えの末、莉子はついに電話を手に取り
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第909話

桃はドアの外で聞き耳を立てながら、どこか不穏なものを感じていた。莉子の話している内容は、どうも単純なことではなさそうだ。しかし、さらに聞き込む間もなく、振り返った莉子がドアの隙間から人影に気づき、急に話を切り上げた。「……詳細はまた後で」電話を切り、チャットの履歴まで削除すると、不機嫌そうにドアを開けた。「私の電話を盗み聞きしてました?」桃はきまり悪そうにした。本当にそんなつもりではなかったのだ。「ごめんなさい、薬を届けに来たんだけど、話し声が聞こえて……わざとじゃないです」確かに彼女の会話を聞いてしまった以上、莉子の態度に対して反論する気にはなれなかった。「わざとじゃないですか? 桃さん、社長夫人とはいえ、社員にもプライバシーはあります。私的なことまで報告する義務はないでしょう? 薬も結構です。持って帰ってください」そう言うと、莉子はドアを勢いよく閉めた。もう桃と話すつもりはないようだ。桃は間一髪で鼻を挟まれそうになり、思わず後ずさった。何とも言えない違和感が残る。莉子が話していた内容……いったい何だったのだろう?単純な用事ではなさそうだが、聞いても教えてくれそうにない。むしろプライバシーを侵したと逆に怒られかねない。少し迷った末、桃は、結局薬の袋をドアノブに掛けると、その場を離れた。桃の姿が見えなくなると、莉子はドアを開け、かけられた薬を見てかっと怒り、すぐさまゴミ箱に投げ捨てた。もう桃の偽善には我慢ならない。スマホを取り出すと、麗子にメッセージを送った。「条件、受け入れます。代わりに私がやることは……」……オフィスに戻った桃はパソコンを開いて仕事を始めようとしたが、なぜか心が乱れ、まったく集中できなかった。気づけば時間が過ぎ、ランチに誘いに来た雅彦がノックしても返事がない。ドアを開けて中を覗くと、桃はぼんやりと虚ろな目をしていた。「桃?」雅彦が手を振ると、ようやく我に返った桃は「あっ」と声を上げた。「どうしたの?」「ランチの時間だ。何してる?」雅彦は呆れたように言った。桃は「もうそんな時間……」と呟きながら立ち上がった。「さっき、何をそんなに考え込んでた?」廊下を歩きながら、雅彦は気になって聞いた。「……」桃は迷った。今朝聞いた莉子の会話は、どうも裏がありそうで気にかかっていた
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第910話

しかし、もし誰かが戻ってきたら、きっと見つかってしまう。桃は雅彦の胸を押し、ふざけるのをやめて離れるよう促した。「社長なんだから、もう少し体裁を考えてよ」だが彼は微動だにせず、むしろゆっくりと近づいてきた。「早く、さっき何を考えてたんだ?言わないと、俺は……」雅彦が桃の耳元に息を吹きかけると、もともと敏感な場所だった上に、こんな場所でそんなことをされて、桃は飛び上がりそうになった。「私……」しばらくして桃は折れた。「莉子さんのことが気になってただけ」「あの女がどうかしたのか?」雅彦は眉をひそめた。最近は大人しくしているんじゃなかったのか?「別に……ただ、彼女の交際相手のことがちょっと気になって」桃は考えた。他人のプライバシーを暴露するような真似はできない。だが、もし莉子の彼氏に会って、莉子の様子をもっと気にかけてくれるよう伝えられれば、何か役に立つかもしれない。「なんでそんなことまで気にするんだ?」雅彦は呆れた様子で、「俺がいるのに、他の男に興味を持つなんて、本末転倒じゃないか」「何言ってるのよ」桃は呆れたように雅彦を見た。「ただ、彼女がケガをして落ち込んでるみたいだから、彼氏にちゃんと慰めてもらいたいと思っただけ」「……まあ、それもそうだな」雅彦はそう言うと、姿勢を正した。莉子は交際していると言っていたが、その男を誰も見たことがない。会ってみれば、彼女を任せられる人物かどうか判断できるかもしれない。「時間がある時に聞いてみる」雅彦はそう心に決めた。「あまり露骨に聞かないでね。食事に誘うとか、そういう感じで……」「そんなこと、わかってるよ」雅彦は桃の頭を撫でると、彼女の手を取って食事に出かけた。桃は会社でこんなに親密に振る舞うのにまだ慣れていなかった。手を離そうとしたが、雅彦は強く握ったまま放そうとしない。「社員はみんなお前の立場を知ってるんだ。遠慮することはない」雅彦は周りの目など気にせず、桃の手を引いて社員食堂へと向かった。……午後になった。莉子は書類の束を抱え、足を引きずりながら雅彦のオフィスに入った。「雅彦、これ見てほしい書類があって……」雅彦は彼女の姿を見て眉をひそめた。「お前、どうして自分で来た?足を痛めてるんだろう。誰か他の者に持ってこさせればよかったのに」雅彦
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