All Chapters of 契約終了、霜村様に手放して欲しい: Chapter 1341 - Chapter 1350

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第1341話

大野皐月は彼の視線を辿り、ベッドでぐっすり眠っている和泉夕子へと目を向け、静かに声を落とした。「彼女に何の用だ?」大野皐月の警戒する視線の中、如月雅也は長い脚で一歩踏み出し、病室に入ってきた。「彼女には以前、祖父のプロジェクトを担当してもらったんですが、送られてきたデザイン図に少し問題があったので、修正をお願いしに来たんです」説明を終えると、如月雅也は澄んだ神秘的な瞳を、大野皐月から横向きに眠る和泉夕子へと、さりげなく移した。「ちょうど、隣の病室に見舞いに来てたのですが、彼女がここにいるのを見つけて、失礼を承知で訪ねてきたんです。彼女はどうされたのですか?」和泉夕子が建築デザイナーであることは大野皐月も知っていたので、如月雅也の言葉にそこまで疑いを持つことはなかったが、それでも少し警戒心を解かなかった。「妊娠していて、少し体調を崩したから、念の為入院しているんだ」如月雅也は一瞬呆気にとられた。和泉夕子の妊娠を予想していなかったようで、思わず点滴のボトルに目をやった。「そうですか......」大野皐月は軽く頷くと、やんわりと退出を促した。「今は仕事を引き受ける余裕はない。如月さん、今日のところはとりあえず帰ってくれ」如月雅也は、和泉夕子の傍を動かない大野皐月を見つめ、深い湖のような瞳の奥に陰鬱な感情を湛えた。「分かりました。では、彼女が起きたらまた来ます」如月雅也は振り返り、ドアの方へと歩いて行った。まるで、本当にたまたまここに居合わせただけのようだ。和泉夕子は点滴の効き目で深く眠り込んでおり、誰かが来たことにはほとんど気づかなかった。ただ、悪夢にうなされ、冷や汗でびっしょりになり、額や背中にも汗が滲んでいた。霜村冷司に何度も突き飛ばされ、床に倒れ、起き上がれない夢を見ていた。必死に起き上がると、今度は藤原優子と藤原晴成、そして霜村冷司に海に突き落とされるのだ。助けを求めて手を伸ばすが、霜村冷司は振り返りもせず泳ぎ去っていく......彼女はただ絶望的に、彼の冷淡な背中を見つめながら、徐々に海水に飲み込まれていく......「痛い......」和泉夕子は胸を押さえ、布団の中で小さく丸くなった。傍で見守っていた大野皐月は、少し迷った後、彼女の手を掴み、掌の中に包み込んだ。「夕
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第1342話

彼女は高熱を出して冷や汗をかき、長く豊かな黒髪はびっしょりと濡れ、まるで海から引き揚げられたばかりのようだった。そんな和泉夕子の姿を見て、白石沙耶香はたまらなく胸が痛んだ。額に張り付いた髪をかきあげると、タオルで和泉夕子の額の汗を拭いてやった。二ヶ月以上も経った。和泉夕子は手紙を残して、夜逃げ同然に姿を消した。約束も守らずに。白石沙耶香は腹立たしさと心配でいっぱいだった。妊娠中の彼女は、不安や心配で腹痛を起こし、この二ヶ月間は病院のベッドの上にいるか、涙にくれる日々を送っていた。最悪の事態も覚悟していた白石沙耶香だが、どうしても信じられなかった。一度死んだ和泉夕子が、またそんな目に遭うはずがない、と心のどこかで思っていた。ありがたいことに大野皐月が戻ってきて、和泉夕子も霜村冷司も生きていると教えてくれた。少し危険な状態ではあるが、ようやく白石沙耶香は安眠することができた。大野皐月の言葉には何か隠されていると感じていたが、待ちわびていた白石沙耶香にとっては十分だった。とにかく和泉夕子が生きていればそれでよかった。白石沙耶香は優しく、和泉夕子の額、小さな顔、首筋、手のひらを何度も拭いた。熱い体温が徐々に下がっていくのを感じ、ようやく息をついた。和泉夕子はまだ悪夢の中にいた。ただ今回は、優しい手が自分の腰を支え、海の中から引き上げてくれた。ぎゅっと寄せられていた眉間が、ゆっくりとほどけていく。ひんやりとした手の感触に包まれながら、彼女はしばらく眠り、やがてまた、そっと目を開けた。今回目に入ったのは、大野皐月ではなく、白石沙耶香の華やかな顔だった。「夕子、起きた?」和泉夕子が目を開けるのを見て、白石沙耶香は慌てて持っていたタオルを置いて、彼女に近寄った。「どこか具合悪いところはある?」和泉夕子は小さく首を横に振ると、乾いた唇を少し動かした。「沙耶香、ごめんね。心配かけて」彼女の最初の言葉が謝罪だったため、白石沙耶香の怒りは半分以上消えてしまった。彼女は手を上げて、わざと和泉夕子の肩を軽く押した。「もう、妊娠してるのにあんな危ないところに行くなんて!自分の安全も、私たちの心配も、全く考えてないでしょ!」白石沙耶香に姉のように叱られて、和泉夕子は静かで穏やかな笑みを浮かべた。「沙耶香、会いたかっ
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第1343話

和泉夕子は小さく頷き、しばらく沈黙した後、闇の場で起こった出来事を白石沙耶香に話した。白石沙耶香は話を聞き終えると、しばらく呆然としていたが、それから手を上げて、和泉夕子の痩せこけた小さな顔を優しく撫でた。「つらかったわね」彼女はこの一言しか言わなかった。和泉夕子を慰めようとも、霜村冷司の肩を持とうともしなかったが、それで全てを物語っていた。和泉夕子は首を横に振って大丈夫と言おうとしたが、白石沙耶香の慰めの言葉に、心の痛みがあふれ出てしまった。「沙耶香」「どうしたの?」和泉夕子は白石沙耶香の顔に当てられていた手を掴み、ぎゅっと抱きしめて自分の胸に押し当てた。「本当はすごく辛いんだ」白石沙耶香は彼女が辛いことをもちろん分かっていた。危険を冒して夫に会いに行ったのに、再会した途端に離婚を突きつけられるなんて、誰が耐えられるだろうか。白石沙耶香は和泉夕子がかわいそうでたまらず、もう片方の手を伸ばして、この2ヶ月で青筋が浮き出るほど痩せ細ってしまった和泉夕子の手の甲に重ねた。「もし話したいなら、心のつらさを全部私に話して」和泉夕子はゆっくりとまつげを伏せた。「辛いことなんてない。慣れてる」霜村冷司の冷たい態度にも、突き放されることにも、もう慣れてしまっていた。ただ、そのあとにいつも、胸がちくりと痛むだけ。「慣れてる」という言葉が和泉夕子の口から出たことは、白石沙耶香にとってはとてつもない苦痛だった。彼女は和泉夕子の手の甲を何度も優しく撫でずにはいられなかった。そうすれば和泉夕子を慰められるような気がしたのだ。和泉夕子は白石沙耶香まで悲しませたくないと思ったのだろう、それ以上は話さずに、こう言った。「沙耶香、退院したら、私はブルーベイには戻らない。その時は穂果ちゃんを私の別荘に連れてきてくれる?」結婚した家にも帰りたくないってこと?白石沙耶香は少し間を置いてから、承諾した。「分かった」承諾した後、白石沙耶香はもう一度彼女に声をかけた。「夕子」和泉夕子は顔を上げ、何か言いたげな白石沙耶香を見た。「沙耶香、何か言いたいことがあるなら言って」白石沙耶香は彼女の手を握り、手の甲を軽く叩いた。「どんな決断をしても、私は夕子を応援する。でも、あなたの姉のような存在として、一つだけ言
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第1344話

そのうっすらと残っていた痕を、和泉夕子は見逃さなかった。「二人にも心配をかけてしまって、ごめんなさい」「俺たちは心配してませんよ。けど、新井さんがすっかり老け込んでしまったのが心配です」相川泰は和泉夕子を安心させようとしたのだが、相川涼介が不意に口を挟んだ。「もともと老けてるだろ」相川涼介がわざと邪魔をしたので、相川泰はまた拳を握りしめ、彼を睨みつけた。しかし和泉夕子の前では、二人は再び喧嘩をするはずもなく、せいぜいお互いに顔を背けるだけだ。和泉夕子は、二人が何を揉めているのか分からず、ただ改めて謝罪の言葉を繰り返した。二人は慌てて同時に手を振り、彼女の気持ちを理解していると言った。彼らが挨拶を交わした後、霜村涼平が本題に入った。「夕子さん、冷司兄さんは?怪我はないのか?」霜村涼平は先ほど大野皐月に尋ねたのだが、彼は口を縫い合わせたように、何も話そうとしなかった。霜村涼平は何度も殴りたくなったが、彼が和泉夕子と一緒に霜村冷司を探しに行ったことを考慮し、なんとか我慢した。和泉夕子は皆が霜村冷司を心配していることを知っていたので、白石沙耶香の前で見せたような悲しげな表情は見せず、霜村涼平の質問に真剣に答えた。「彼は傷ひとつ負わず、むしろ闇の場の黒幕のひとりになっていた」数人はこの言葉を聞いて、数日来張り詰めていた神経を緩めた。「冷司兄さん、やるじゃないか」霜村涼平の目は誇りでいっぱいだった。まるで霜村冷司の成功が、最も自慢できることであるかのように。和泉夕子もそれを認め、静かにまつげを伏せた。それを見た相川涼介は、和泉夕子が何かを隠していると思い、緊張した。「奥様、俺たちに嘘をついていないでしょうね?」和泉夕子は落胆から我に返った。「嘘をつく理由なんてないわ。彼は本当に無事よ」彼は怪我もなく、全身健康そうで、大丈夫だった。「大野さんが言ってたんですが、優子って女も闇の場にいたのに、霜村社長の正体を明かさなかったそうですね。何か企んでるんじゃないのでしょうか?」和泉夕子は、溢れるような思いが宿る藤原優子の霜村冷司を見つめるあの眼差しを思い出し、無意識に首を横に振った。「彼女はまだ冷司を愛しているから、正体を明かさなかったのよ」霜村冷司が闇の場の招待者になれたのは
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第1345話

和泉夕子は、如月雅也を見てハッとした。なぜ彼が自分のことを知っているのか、なぜここに来たのか、全く分からなかった。まさか、以前春日春奈のふりをして如月家へプロジェクトの話をしに行ったことがバレたのか?「今さっき、彼女は体調が優れず、プロジェクトを受ける余裕がないと言ったばかりだろう。どうしてまた来たんだ?如月さん」大野皐月は不機嫌そうに、キザな格好をした如月雅也をちらりと見た。大野皐月の傲慢な態度を気にも留めず、如月雅也は和泉夕子に微笑みかけた。「夕子さん、お話しても大丈夫でしょうか?」和泉夕子は気持ちを落ち着け、彼に頷いた。「大丈夫です」如月雅也の視線は、他の人々に移った。「二人きりで話したいのですが」大野皐月が口を開こうとした瞬間、和泉夕子の声が聞こえた。「涼平、沙耶香を休憩室へ連れて行ってあげて」霜村涼平は如月雅也のことが不思議で仕方なかった。和泉夕子とは面識がないはずなのに、どうしてわざわざ二人きりで話したがっているんだろう?疑問に思いつつも、霜村涼平は素直に白石沙耶香を立たせ、片手で彼女の腕を支え、もう片方の手で腰を支えた。振り返った時、大野皐月をちらりと見た。「行かないのか?」こいつも変だよな。和泉夕子が寝込んでいる間、毎日ベッドのそばを離れずに見守っていた。事情を知らない人が見たら、まるで夫みたいだった。霜村涼平が泥棒を見るような目つきで自分を見つめ、何とも気持ち悪そうな顔をしていたので、大野皐月は気分を害し、席を立って出て行った。彼らが去った後、如月雅也は優雅な足取で和泉夕子の前まで歩き、先ほど白石沙耶香が座っていた場所に座った。「夕子さん、体調が優れないのに、押しかけてしまって申し訳ありません」如月雅也は上品な雰囲気をまとっており、端正な顔立にはいつも穏やかな笑みを湛えているため、誰が見ても教養のある名家の出身だと感じるだろう。「大丈夫ですよ」和泉夕子は彼に好印象を持っていたので、優しく対応した。「他の人たちは出て行きました。何かお話があるならどうぞおっしゃってください」如月雅也は早速本題に入った。「以前、夕子さんが春日さんとして、祖父のところにプロジェクトの話をしに来たことがバレてしまったんです。祖父は人を遣って調査させ、あなたが春日さんのふり
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第1346話

如月雅也が去った後、大野皐月と霜村涼平は和泉夕子の病室に戻り、如月雅也が彼女に何を話に来たのか尋ねた。和泉夕子は、彼が血縁鑑定を依頼しに来たのだと答えた。この話を聞いて、病室にいた全員が驚いた。大野皐月は一体どうやって彼女を見つけたのかと尋ね、白石沙耶香は喜び、前に出て和泉夕子の手を握った。「夕子、よかったわ!やっと家族が見つかったのね!」孤児にとって、このような親族との再会は非常に感動的な出来事だ。白石沙耶香は涙を流し、まるで自分の親族が見つかったかのように喜んでいた。「まだ結果が出ていないんだから、そんなに興奮しないで」世の中には似た人が結構いるから、必ずしも血縁関係があるとは限らない。「じゃあ、結果が出てから興奮する」白石沙耶香は妊娠中で、体も顔も少し丸みを帯びており、話すときに少し可愛らしい感じだった。和泉夕子は、彼女のふっくらとした小さな手を思わずつついて、「涼平は沙耶香をよくお世話しているのね。こんなにふっくらしちゃって」褒められた霜村涼平は、誇らしげにあごを上げた。「当たり前だろ。自分の妻が妊娠しているんだから、夫としてしっかり面倒を見なきゃ」霜村涼平のこの言葉に、白石沙耶香は彼を軽く押した。霜村涼平は最初は状況を理解できなかったが、痩せてか細い和泉夕子の姿を見て、ようやく気が付いた。彼は、よく考えずに話してしまったことを後悔し、慌ててフォローした。「夕子さん、これから沙耶香と同じように、僕が夕子さんの面倒を見るよ」和泉夕子は妊娠中、夫が側にいないため、顔はやつれ、体は紙のように薄く、風が吹けば飛んでいきそうだった。霜村涼平は見ていて胸が痛んだ。霜村冷司がいつ戻ってくるのか分からなかったが、和泉夕子の妊娠期間中ずっと不在ということがないよう願っていた。和泉夕子はそれほど深く考えていなかった。「私の面倒を見る必要はないわ。沙耶香の面倒だけ見ていればいいよ。私は自分でできるから」「自分でできる」という言葉は、「慣れてる」という言葉と似ており、白石沙耶香は再び涙をこらえきれなくなった。彼女がまた泣き出しそうなのを見て、和泉夕子は彼女に部屋に戻って休むように言ったが、白石沙耶香は行こうとしなかった。ちょうどその時、大野皐月が注文した食事が届いた。和泉夕子は白石沙耶香と一緒に食事をするように
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第1347話

この時、如月尭は既に落ち着きを取り戻し、再び報告書を手に取って如月雅也に渡した。「この報告書を持って、夕子を家に連れて帰るんだ。彼女が戻ってきたら、名前を如月夕子に変える。それと、俺の娘、望の遺骨を春日家から引き取るんだ」如月尭は指示を終えると、さらに如月雅也に命じた。「春奈の遺骨は柴田家に葬られていると分かった。それも引き取って、改名させるんだ」如月家の子供たちは、如月の苗字に戻り、一族の墓に帰り、家系図に載らなければならない。報告書を受け取った如月雅也は、視線を落とし報告書に目を通すと、如月尭の方を見た。「おじい様、僕たちが霜村さんにあんな仕打ちをした以上、夕子さんは家に帰ることを拒むのではないでしょうか」如月尭は白いシャツのネクタイを外し、全身の力を抜いて革張りの椅子に深く腰掛けた。「Aceのことは、夕子には黙っておけ」和泉夕子に真実を告げないのは賢明な判断だ。霜村冷司の頭蓋骨を開けたことを知ったら、自ら如月家に戻って家系に名を連ねようとは思わないだろう。如月尭が生き別れになった血縁を見つけたばかりで、こんな事態は絶対に避けたい。如月雅也は如月尭の気持ちを理解し、了承した。「では、霜村さんはどうしますか?」霜村冷司は和泉夕子の夫であり、Sのリーダーでもある。親戚でありながら仇敵でもある。彼をどうするべきか......如月尭の目に一瞬の迷いが浮かんだが、すぐに消え、断固とした決意に変わった。「夕子が生きていることは、冷司さんに知らせるな。時の方にも人を付けて、人体実験室へのアクセス権限を取られないように監視させろ」如月雅也は一瞬たじろいだ。霜村冷司に知らせないということは、彼を解放するつもりはないのだろうか?如月雅也がそう推測していると、如月尭が再び口を開いた。「医者に冷司さんの治療をさせろ。だが、人体実験室からは出すな」霜村冷司は和泉夕子の夫であり、Sのリーダーだ。彼を殺さずに生かしておくのは、和泉夕子のためでもある。同時に霜村冷司を閉じ込めておけば、闇の場の秘密が明るみに出ることはない。「それから、優子は生かしておけ。殺すな」霜村冷司がまだ生きているのは、藤原優子をまだ殺していないからだ。この憎しみが消えない限り、彼は生き続けるだろう。彼が生きていれば、如月尭
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第1348話

春日時は藤原親子を連れ戻した後、和泉夕子が死んでいないことを知り、霜村冷司に知らせようとしたが、人体実験室に入る許可を持っていなかった。人体実験室は彼の管轄外であり、彼の利益にも関係ない。普段から人員を配置していなかったため、今は何もできないでいる状態だ。春日時はこの時、他の黒服たちから、霜村冷司がSのリーダーだと聞いた。Aceの他のオペレーターは皆、如月尭が霜村冷司を殺すことを望んでいる。しかし、如月尭はなかなか霜村冷司を殺さず、ただ人体実験室に閉じ込めているだけだ。如月雅也に至っては医師に連絡し、霜村冷司を治療させろと指示した。霜村冷司を生かしておいて、彼からSの創設者を聞き出せと言うのだ。この理由は他のオペレーターを納得させることはできるが、春日時を納得させることはできない。道理で言えば、霜村冷司から創設者を聞き出すには、拷問するのが最も合理的だ。なぜ逆に医師を派遣して治療させるんだ?春日時には、これは如月尭らしくないと思った。普段はSのメンバーを捕まえたら、自ら罰を与えに行くのに、ましてやSのリーダーに対して何もしないなんて。春日時には、如月尭が霜村冷司を生かしておくのには、他に理由があるはずだと感じた。しかし、それが何かは分からない。春日時が考えを整理していると、また如月雅也から電話がかかってきて、如月尭に会うように言われた。電話を切ると、彼は頭の中は疑問符だらけになった。普段は秘密保持のため、個人的に会うことはなく、闇の場で仕事の話をするだけだ。今回はどうしたというんだ、A市まで呼び出すとは。春日時には理解できなかったが、それでも目の前の仕事を置いて、A市へ向かった。如月雅也に教えられた方法で、こっそりと如月家の裏庭に入り、如月尭の書斎へと向かった。この時、如月尭はコーヒーを淹れていた。春日時が入ってくると、彼に手を振ってソファに座らせ、コーヒーを注いだ。「呼んだのは、少し聞きたいことがあってね」春日時は座ると、如月尭から渡されたコーヒーを受け取った。「一号様、何を聞きたいんだ?」如月尭は言った。「ここは闇の場ではない。そう呼ぶ必要はない」春日時はすぐに言い直した。「分かった、尭さん」実際のところ、如月尭は闇の場でも、プライベートでも、どこか圧を感じさせる人物だった。面と向かってふたりきりで話す
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第1349話

如月尭は何も答えず、ただ鋭い視線で彼を見つめていた。それはまるで命令のようで、余計なことを言わずに、ただ従えばいい、と言わんばかりだった。春日時年配の人相手にムキになるのもどうかと思って、ひとまず携帯を取り出し、彼の目の前で老執事に電話をかけた。電話に出た老執事は、本当に高齢なので、電話を取ったのは彼の孫だった。春日時が老執事に春日望のことを尋ねると、老執事は要領を得ない話を長々と続け、如月尭は聞いていてうんざりした。如月尭が怒り出すのを恐れ、春日時は最後に大声で叫んだ。「もしもし!黒田さん......聞こえてる?聞こえてるなら教えてくれよ、祖父が望を養子にした理由を!」黒田の声は震えていて、不明瞭だった。「あ......何だって......よく聞こえない......」「......」春日時は唖然とした。彼は如月尭を見上げて言った。「もういいんじゃないか?」如月尭は電話を奪い、冷たく言った。「今すぐ言わないと、一族全員皆殺しにするぞ!」相手は少し沈黙した後、徐々にしっかりとした声になった。「あなたは誰ですか?」如月尭は言った。「望の父親だ!」黒田は言った。「あなたでしたか。旦那様は、もしあなたが来たら話していいと言っていました」「......」春日時は唖然とした。さっきの黒田はわざとボケてたのか?如月尭は冷たく言った。「話せ!」黒田もまた、春日時の祖父から春日望の出生について誰に聞かれても答えるな、春日望の実の父親が尋ねてきた時だけ話せと命じられていたのだ。春日時たちがよく尋ねてくるので、黒田は認知症のふりをすることにした。そうすれば、うっかり口を滑らせる心配もない。いまや春日望の実の父親が現れたのだから、彼は春日時の祖父の指示通り、全てを如月尭に伝えた。春日時の祖父は、桑原優香の親友の友達だった。桑原優香は当時、子供を親友に預けていた。しかしその後、親友が病気になり、子供の世話ができなくなったため、春日時の祖父に子供を預けると同時に、桑原優香が残した金も一緒に渡したのだ。桑原優香の親友は如月尭をひどく恨んでいた。彼は桑原優香を手に入れるため、桑原優香に内緒で彼女の初恋の人を殺し、初恋の人が彼女を捨てたように見せかけ、彼女に初恋を諦めさせたのだ。当時の桑原優香は何も知らず、本当に初恋
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第1350話

春日時も分からなかった。ただ、今の自分の気持ちが落ち着いていて、冷静に如月尭を説得できることだけは分かっていた。「今はSが冷司の指揮下で、無実の人を殺したり、私怨で復讐したりはしない。せいぜい商業界の悪者を排除するくらいだ。俺たちも時々、そういう悪者たちに招待状を送って、わざと困らせたりするだろ?だから、もういいんじゃないか?」「ありえない!」如月尭のSに対する憎しみは、春日時よりもずっと大きかった。当時、自分の目で見ていたのだから、簡単に諦められるはずがない。「尭さん......」「これ以上説得しようとするなら、容赦しないぞ」春日時はもう口を開かなかった。闇の場のルールでは、闇の場に入った後、Sのメンバーに会ったら、決して彼らの肩を持ってはいけない。そうでなければ、人体実験室送りになるのだ。「じゃあ、彼を解放するように説得するのはやめる。他のことを説得するよ」如月尭が鋭い視線を向けてきたので、春日時は「夕子がまだ生きていることを冷司に教えろ」という言葉をすぐに飲み込んだ。春日時は彼の目から殺気を感じた。今日は一人で来た上に、彼にはもともと勝てないんだ。ここは一つ、賢く立ち回ろう。それに、彼は長年如月尭に従ってきて、彼を本当の兄貴のように思っているから、霜村冷司のために彼と衝突する気はない。「それじゃあ、俺は帰る。まだ片付いていない仕事があるから」春日時が立ち上がると、如月尭が彼を呼び止めた。「これから、俺は夕子を如月家に連れ戻す。Aceのこと、それに冷司さんが開頭手術を受けたことは、夕子に言うなよ」春日時は理解した。和泉夕子は闇の場に行ったことがある。もし彼女が、如月尭が闇の場の創設者で、霜村冷司にあんなことをしたのを知ったら、自分たちへの印象は最悪になり、恨みを持つだろう。春日時も和泉夕子の叔父でいたいと思っていたので、如月尭の言うことを聞くことにした。「分かった。俺は口を閉ざす。何も知らないふりをする。尭さんたちの好きにしてくれ」春日時はこの言葉を言い残して書斎を後にした。如月尭は春日時の後ろ姿にちらりと目をやった。森下進也が死んだ今、春日時を1-2にして、彼に闇の場の管理権限を与えるべきだろうか?いやしかし、春日時は冷酷ではあるが、まだ十分ではない。如月尭は彼に任せたら、かえって事態
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