All Chapters of (改訂版)夜勤族の妄想物語: Chapter 381 - Chapter 390

482 Chapters

5. 「あの日の僕ら」59

-59 涙の理由- 恋人が涙を流す中、折角の朝食が冷めると勿体ないと思った裕孝は香奈子にティッシュを数枚渡した。 正直言うと自分の気持ちをそのまま打ち明けただけだった為に動揺していたのでどうすれば良いか分からなかったのだ。 香奈子が裕孝の膝で泣き崩れると裕孝は人生で初めてだと言う位に焦った。裕孝「どうして泣くの?」香奈子「こんなに嬉しくなったの初めてなの、大好きなの!!とにかく裕孝が大好きなの!!」 香奈子は裕孝に跨りながらボタボタと大粒の涙を流していた、裕孝は恋人の涙を顔全体で受け止めていた。 裕孝はどうすれば良いか分からなかった、目の前の女の子を泣かせてしまった事に罪悪感を感じていた。香奈子「ごめん・・・、ずっと泣いてる女なんて嫌だよね。」裕孝「嫌じゃないよ、嫌だったらプロポーズなんてしないよ。」香奈子「ありがとう・・・、嬉しい・・・。」 香奈子が涙を流しながら唇を近づけると裕孝が応える様に唇を重ねた、2人はお互いの体温を感じ合っていた。裕孝「ねぇ、俺も今以上に香奈子の事を好きになって良いか?愛しても良いか?」香奈子「嬉しい、一生その台詞を聞く事が無いと思って無かった。」 裕孝は香奈子の言葉に深い意味がある様に思った、ただ思い出したくない位辛い過去なのかも知れないと思い深く掘り下げるのはやめた。 しかし、意外にも香奈子の方から過去を語り始めた。香奈子「私ね、小学生の時いじめが理由でずっと不登校だったんだ。学校に行くのが怖かったの、両親からはしつこく行く様に言われていたけど行ったら行ったで恐怖が待ってると思うと足が動かなくてね。家の中だけが、いや自分の部屋だけが安心できる世界に思えた。罪悪感を感じながら両親にずっと仮病で休むって嘘を言ってたけど、自分を守る為には仕方なかったのよね。 それからは本が唯一の相手だと思って本の世界に没頭した、本を読んでいると嫌な事を忘れることが出来ていた。 ただそれまでは本が私にとっての唯一の救世主だったけど裕孝と出逢ってからは自分の中で裕孝が一番の救世主になってた、ずっと裕孝に会いたくて仕方がなかった。 その裕孝と一生歩んで行ける、そう思うと本当に嬉しくなっちゃって。裕孝の為なら何でもしようって決めたの、私裕孝と一緒に歩んで行きたい!!本当に・・・、大好き!!」 長々とした台詞を言った後に香奈
last updateLast Updated : 2025-10-06
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5. 「あの日の僕ら」60

-60 衝撃と冷静さ- 香奈子を見送った後の裕孝がコンビニで軽食を買って自宅へ戻ろうとしたら、駅で2人を見かけた先日の店長が慌てて裏から出て来た。店長「良かった、無事だったんですね。」裕孝「どういう事ですか?」 何も知らない様子の裕孝をテレビのあるバックヤードへと連れて行った。店長「ほら、御覧なさい。」 画面を見て裕孝は驚いた、先程香奈子が乗った列車が大破して煙を上げていたのだ。テレビによると先日秀斗を轢き殺した殺人犯の仲間である爆弾魔が先程駅で会った車掌に扮していたらしく、丁度線路沿いにある警察署の真横で列車に積んでいた時限爆弾を爆発させるために駅で2人を急かしたのだ。 目的は勿論、警察に捕まっている仲間の奪還だった。 裕孝は映像の続きを見てより一層驚愕した。裕孝「香奈子!!」 そう、頭に包帯を巻いた香奈子が救急車に運ばれていたのだ。裕孝は慌てて駆けだそうとした。店長「お待ちなさい!!何処に運ばれたか分かるのですか?!兎に角今は落ち着いて!!」 確かにそうだ、闇雲に探しても時間が過ぎるだけだ。店長「私に伝手があります、信じて頂かなくて結構です!!ただ、お役に立ちたいのです!!」 そう言うと香奈子の服装等の特徴を聞いた店長は何処かへと電話をかけた、電話から漏れて来る声からするとどうやら相手は女性らしい。店長「もしもし、忙しい所すまない。先程の爆弾魔のニュースを見て電話したんだ、すまないが女の子を探して欲しい。救急車で搬送されたそうで、その子の彼氏が心配しているんだ。頼んで良いか?」 数分後、偶然居合わせた副店長に店を任せた店長が息を切らせて戻って来た。店長「香奈子さんの搬送先が分かりました、お送りしますので私の車に乗って下さい。」 偶然の事なのだが、香奈子はコンビニから車で15分の所にある美麗の通う大学の医学部付属病院に運ばれていた。店長「文香!!」文香「お父さん、こっち!!」  そう、コンビニの店長である吉馬隆彦(よしまたかひこ)が連絡したのは刑事課に所属する娘の文香だった。 裕孝と店長が到着した時、病室の前には友人から連絡を受けた美麗が到着していた。 2人が到着した直後、病院の入り口から好美が慌てた様子で走って来た。好美「叔母さんから連絡があって。」 香奈子が好美の友人であると知っていた美恵からの電話を受けた好
last updateLast Updated : 2025-10-06
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5. 「あの日の僕ら」61

-61 再来した辛さ- 美麗と香奈子はテレビを直視することが出来なかった、前を向くと決めた美麗に未だ残る恐怖と、記憶を失っているにも関わらずつい先ほどの事が走馬灯の様に香奈子の脳裏を走り続けているが故に生まれている恐怖は周りの者の想像をはるかに超えていた。 気を遣った文香は美麗を病室の外へと連れ出し、出てすぐの長椅子に一緒に座った。文香「大丈夫、我慢しなくても良いから。」 文香の言葉に安心した美麗はその場で堰が崩れた様に泣き出した。美麗「刑事さん、私強くなれそうにない。今すぐにでも秀斗に会いたい、こんな人生無理!!」 文香は何も言わずに美麗の肩をずっと抱いていた。美麗「秀斗が死んだあの交差点を通るのが怖い、1人の夜が来るのが怖い・・・。」文香「秀斗君は今貴女の一部として生きてるでしょ、ずっと一緒なのよ。それに、私も付いてるから安心して。」 暫くした後、2人が病室に戻ると香奈子はベッドの上で震えていた。テレビには爆弾魔が逮捕されるシーンが映し出されていたのだが、それだけならまだマシだった。テレビの向こうで警察官に腕を掴まれパトカーに乗り込む犯人はうっすらと笑っていたのだ、まるで「してやったり」と言わんばかりに。 ニュースキャスターによると爆弾魔は「これは復讐だ」と供述しているらしい。 皮肉にもこのニュースは良い影響をも与えた。香奈子「裕孝、私火が怖いの。それとあの人は何で平気で笑っているの?多くの人達を傷つけてどうして笑っているの?」 そう、香奈子の記憶が戻ったのだ。裕孝「香奈子を含めた多くの死傷者が浮かばれなくなるから理由は聞かない方が良いと思うんだ、それより今は何も気にせずゆっくりと休んだ方が良いよ。」 今回の事件は香奈子を含めた列車の利用客、乗務員、また線路沿いにある警察署の署員や周囲にある住宅の住民を含めておおよそ200人の死傷者が出たという。 事件を思い出した香奈子はその辛さからトイレで吐いてしまった、好美がずっと背中をさすっていた。香奈子「好美・・・、私死ぬのかな・・・。」好美「馬鹿な事言わないの、それよりあんたにはするべき事があるでしょ。あんたにしか出来ない事があるはずよ。」 香奈子はその場で泣き崩れた。香奈子「私、裕孝と離れたくない。」好美「だったら尚更生きなきゃダメじゃない、体治して裕孝君の所に戻るの。戻っ
last updateLast Updated : 2025-10-12
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5. 「あの日の僕ら」62

-62 警察官も人間- 美麗と香奈子を宥めた文香は2人に自分の携帯番号を渡した。文香「いつでもいいから、何でも言ってね。どんな事でも聞くから。」 2人を安心させると1人で病室を出ようとしたので美恵が後ろから止めた。美恵「私も一緒に行って良い?ケーキ、あんたの分もあるんだけど。」文香「ううん、1人で行く。先輩は好美ちゃんと2人を見てあげてて。まだ何があってもおかしくないから、ケーキは後で貰うね。」美恵「そっか、分かったわ。」好美「文香さん、本当にありがとう。お陰で2人共安心してるみたい。」文香「良いの、私も2人の気持ち、分からなくもないから。」 好美は首を傾げながら病室を後にする文香を見送り、3人の女子大生達とケーキの箱を開けた。好美「これ、最近オープンした人気店じゃないの?」美恵「30分並んだんだから、3人共有難いと思いなさい。」 箱の中では数種類ある色とりどりのケーキが並んでいた、女子大生達は目を輝かせながら見入っていた。 その頃文香は病院から覆面パトカーで爆破の被害を受けた警察署へと向かった、現場では未だに捜査と被害者たちの救護が行われていた。傍らでその光景を見た文香は再び覆面パトカーに乗り込み、隣町の署へと向かった。 隣町の警察署では被害を受けた署に所属する署員達が一時的に所属するという形で避難して来ていた、刑事課のオフィスに入って来た文香を呼び出した上司である三木谷(みきたに)警部補は誰もいない給湯室で珈琲を淹れて手渡した。三木谷「お帰りなさい、お疲れ様です。どうぞ、飲んで下さい。」文香「只今戻りました、頂きます。倉下さんももうすぐ戻る予定です。」三木谷「分かりました、本当に大変そうですね。」 物腰の柔らかさで地域住民にも人気の上司は美恵や文香から事件の被害を受けた学生達の事情を聞いていたので、優しく文香を出迎えた。三木谷「差し支えなければ、状況をお話しして頂けませんか?」文香「松戸さんと山板さんの2人は事件の記憶による衝撃が未だに強く、まだ立ち直れそうにない様です。」三木谷「もしかして・・・、山板さんの記憶が戻ったんですか?!」文香「はい、テレビのニュースに映った犯人の顔を見た時に戻った様です。恋人の貢君に会いたいとずっと言ってました。」 その頃、同じ警察署に戻って来た美恵は鼻歌交じりで給湯室へと向かった。
last updateLast Updated : 2025-10-12
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5. 「あの日の僕ら」63

-63 最低男と前を向く女達- 給湯室は修羅場と化した、健は2人との関係を上手く説明が出来なかった。健「いや・・・、えっと・・・。」 美恵と文香は純粋な気持ちで健の事を愛していた、好きになった理由も本当に純粋で濁りなど一切無かった。 美恵が新人巡査として配属された頃、指導係となったのが当時巡査長の健だった。上司として、そして先輩として警察官の仕事を手取り足取り教えていた時の真摯的な姿に美恵は惚れたという。 文香も同様だった、本人にとってまさに「憧れの、そして理想の上司」と言える存在だった。 裏切られた2人の怒りは相当だった、健は2人からかなり強めのビンタをくらった。美恵「最低!!」文香「私、本気だったのに!!」 しかし事態はそれ所ではなかった、文香が目を凝らして見てみると健の左手の薬指で指輪が光っていた。文香は自分の目を疑った。文香「結婚してたの・・・?」健「ああ・・・、子供も2人いる。」 ただ決して夫婦仲は良い物では無かったらしく、妻に突き付けられた三行半により離婚が成立しかけていた。 2人の子供の親権も裁判所命令で妻が独占する事になりそうで独り身になる事になった健の下に美恵がやって来たので、これはチャンスだと踏んでわざと指輪を外して独身を演じていたのだ。 最初から裏切られていた事を知った2人はその場で泣き崩れた、それから2人を宥める為に近付いた数名の女性警官達も同様に健に裏切られていた事を知った瞬間、全員で泣き叫んだという。 そう、健がかけていたのは二股どころではなかったのだ。 美恵と文香の2人は溜まりに溜まっていた有給休暇を利用して健の事を忘れる為の旅行へと向かう事にした、相手からすれば不倫や浮気だったと言っても同じ男を愛していた事には変わりないので2人は仲違いしなかったどころか絆がより一層深まったのだと言う。署長「丁度今、署を建て直しているからその間にゆっくりして来ると良いよ。ただ、お土産は「いらない」からね。」文香「それ、フリですか?」美恵「署長ったらもう・・・。」署長「ははは・・・、バレちゃったか。」文香「もう署長、人が悪いんですから。」 「有給休暇届」を受け取った署長は笑顔で快諾した、2人の気を少しでも楽にする為にジョークを交えて会話する様にしていた。 旅立つ前に2人は香奈子の様子を伺う為に病院へと向かっ
last updateLast Updated : 2025-10-12
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5. 「あの日の僕ら」64

-64 大好物の力- 好美は2人の為に何をすべきか分からなかった、ただ自分がとった行動により2人に迷惑を掛けてしまうのではないかという考えがあったからだ。守(電話)「そっとしておくのが一番じゃないかな。」 電話の向こうで守は冷静だった、しかし好美は決して放ってはおけなかった。それもそうだ、2人を襲った出来事があまりにも残酷過ぎたのだ。守(電話)「今は様子を見よう、勿論事件を思い出させない様に気を遣いながらね。」 同刻、美麗は秀斗が死んだ事を後悔する位に綺麗になってやろうとジム通いを始めた、と言うより事件の事を忘れていたいという気持ちが強く、体を動かしていると無心でいることが出来た。 一方、香奈子は快方に向かっており、週末には退院出来るだろうと医者に告げられていた。看護師「良かったわね、ここのご飯くそ不味いから嫌だったでしょ。」香奈子「そんな事は無いですよ、意外と私好みで良かったです。」看護師「あら、珍しい事を言う人もいるのね。では、もう少しの間だけゆっくりして行ってね。」 香奈子は窓を開けて風で揺れる木の葉や樹木をじっと見つめていた、太く大きく育った大木に生命力を感じていた。香奈子「私も強くなれるかな。」 香奈子が黄昏ていると裕孝が病室に入って来た。裕孝「おはよう、調子はどう?」香奈子「大分マシかな、先生も週末には退院出来るだろうって言ってた。ねぇ、それってもしかして・・・。」 香奈子は裕孝が持っていた紙袋を指差した、大好物の入った袋に興奮する様子の恋人を見て裕孝は安心していた。裕孝「ああ、香奈子が好きだって言ってたから買って来た。案外するのな。」 裕孝は頭を掻きながら笑っていた、きっと照れくさかったのだろう。香奈子「ねぇ、食べて良い?」裕孝「勿論。」 香奈子は紙袋の中身を取り出して笑みをこぼした、カラフルな砂糖やクリームで彩られたドーナツが2人を迎えていた。裕孝「人気の店なんだな、周りは女の人ばっかりで戸惑っちゃったよ。」 しかし香奈子の為ならと思うとすぐにどうでも良くなってしまったそうだ、彼氏が買って来た大好物に早速舌鼓を打った。香奈子「ふーん、ふはーい(うーん、美味ーい)、ひひへへほはっはー(生きてて良かったー)。」裕孝「いくら何でも大袈裟過ぎないか?」 ドーナツの美味さもそうなのだが、自分の為に裕孝が買って
last updateLast Updated : 2025-10-12
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5. 「あの日の僕ら」65

-65 幸せ溢れる病室- 裕孝の両親は裕孝が小学校4年生の時、互いの仕事によるすれ違いを理由に離婚をしていた。その時裕孝の親権は家庭裁判所の判断で父親が持つことになり、光江は裕孝と会う事が殆ど無かったので2人が再会するのは久方振りであった。 親子同士で会わなくなってから携帯電話の契約をしたので当人同士の連絡が無かったが故に裕孝は光江が今いる大学病院で働いている事を知らなかった(ここからこの看護師の事は光江と表記します)。光江「裕孝・・・、元気だったかい?」裕孝「母ちゃん、会いたかったよ。」光江「あんた、彼女が出来たなんて言って無かったじゃないか。」裕孝「父ちゃんにも言ってない、今は一人暮らししているから。」 久方ぶりの再会に抱き合いながら涙を流す2人、そんな中香奈子が申し訳なさそうに申告した。香奈子「あの・・・、いつになったら針抜いてくれるんですかね。」 光江は血液検査の為の注射を刺しっぱなしにしていた事を忘れてしまっていた、注射器いっぱいに香奈子の血液が吸い出されていた。光江「あらかなちゃん、ごめんね。忘れてたよ。」裕孝「母ちゃん頼むよ、香奈子を殺さないでくれ。」光江「こんな事で死ぬ人なんかいないよ、あんたは心配性だね。」裕孝「仕方ないだろ、やっと出来た彼女なんだからよ・・・。」 注射器をやっと抜かれた香奈子はベッドの上で笑っていた、2人の掛け合いが漫才の様に思えたからだ。香奈子「2人は仲が良いんですね、羨ましいです。私両親と全然仲良くなかったので、今回だってお見舞いなんて来なかったでしょ。私実家ではずっと無視されてたから辛くなって親元を離れたのよ、その時も両親はずっと知らんぷりで平然としてたって聞いたの。」 光江は香奈子の過去の話を聞くとベッドで座っている本人の元へと近づいていった、そして何かを予測したかの様にハンカチを渡して香奈子を抱きしめた。光江「かなちゃんも辛かったんだね、これからは私の事を義母ちゃん(かあちゃん)って呼びな。」 1人暮らしをしている部屋で裕孝がプロポーズをした事を知ったかの様な台詞を言う光江、これで結婚しないとなると話が成立しない。光江「裕孝、あんたかなちゃんの事を愛しているんだろ?この子を泣かせたら絶対許さないからね。」 まだ結婚している訳でも無いのにすっかり親子になった気でいる光江、これで結婚
last updateLast Updated : 2025-10-12
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5. 「あの日の僕ら」66

-66 新たな修羅場- 2人が激しい大人のキスを交わしてからしばらく経った後、コンビニの仕事が休みだった隆彦が病室に入って来た。隆彦「おはよう御座います、もしかしてお邪魔でしたか?」裕孝「いえ、決してそんな事は。店長さん、お越しくださってありがとうございます。」隆彦「いえいえ、大したことではありません。個人的に香奈子・・・、さんの事が心配でしたので。」香奈子「あの・・・、私店長さんに名乗った事ありましたか?」 香奈子の質問を聞いて慌てふためいた様子で辺りを見廻していた隆彦。隆彦「ほら、そこにお名前が書かれているじゃないですか。枕元にある札です。」 隆彦は入院患者や担当医師、そして担当看護師の名前が記載されている名札を指差した。 慌てながら隆彦が名札を指差した数秒後に忘れ物に気付いた光江が病室に入って来た。光江「ごめんなさい、私ティッシュ忘れちゃって。この部屋に無かった・・・、か・・・、な・・・。」 隆彦の姿を見た瞬間、光江は思わず首にかけていた聴診器を落としてしまった。光江「隆彦さん、どうしてここにいるんだい!!あんたは決して香奈子ちゃんと会っちゃいけないって事になっていただろう!!」隆彦「待ってくれ光江さん、私は正体を明かしていない!!決して明かさずにただのコンビニの店長のままでここから立ち去るつもりだったんだ!!」光江「そんな問題じゃないだろう、佳代子に見つかったらどうするつもりだい?!」 香奈子は目の前で繰り広げられる会話の意味が一切分からなかった、まず自分についての情報を訂正する必要があったからだ。香奈子「待ってください!!一切話が見えてきません!!ちゃんと分かる様に説明して下さい!!」光江「それもそうだろうね、隆彦さん、そろそろかなちゃんに本当の事を話す時が来たんじゃないのかい?」隆彦「そうだな・・・、山板香奈子さん、いや香奈子!!君の本当の名前は吉馬香奈子というんだよ!!」香奈子「何が何だか分かりません、順を追って説明して下さい!!」 香奈子がこの様な反応をするのは当然の事だ、突然自分の本当の父親だと言われても誰だって動揺するに決まっている。光江「私から説明するよ、あんたはここにいる隆彦と私の古い友人である倉下佳代子(くらしたかよこ)の間に生まれたんだ。しかし双方の両親が2人の結婚に反対して結ばれる事は無かった
last updateLast Updated : 2025-10-13
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5. 「あの日の僕ら」67

-67 朝の一杯をきっかけに- 突然の事だが、時は20年以上前に遡る。当時多方から借りた多額の借金を抱えながら街の小さな工場で働いていた隆彦は当時巷で流行り出したコンビニのオーナー兼経営者に自分もなろうとしていた。 店の内装や商品の配送ルートはコンビニ会社が決めた通りに従ったが、海の見える場所に出したいと言う唯一のこだわりは通して貰える事になった。 ただ問題が1つ発生していた、「予算」、そう金だ。コンビニ会社から提示された予算額を見た隆彦は途方に暮れていた。 一瞬儚い夢だと諦めかけていた隆彦に声を掛けたのが、後々香奈子の育ての親となる友人の山板信三(やまいたしんぞう)夫婦だった。2人は夫婦共に大規模な投資ファンドを立ち上げた企業家で、莫大な総資産は5兆円を軽く超えていた。信三「半分出してやるから、共同オーナーになっても良いか?」 前妻に先立たれ、共に遺された当時幼少だった文香にろくに食べ物を与える事も出来なかった事を悔やみながら当時の安月給から生活費を削って費用を搾り出していた隆彦にとっては願ってもいない話だった。 これが世の中で言う「渡りに船」という奴だったのだろうか、ただこの事が全ての始まりになるとは隆彦は想像も付かなかった。 その頃、隆彦には密かに想いを寄せる女性がいた。そう、同じ工場で事務員として働く佳代子であった。佳代子「おはようございます、吉馬さん。」 佳代子は水出しをしたばかりで冷えた緑茶を隆彦に手渡した、これは隆彦にとって朝一の楽しみになっていた。隆彦「おはようございます、いつもすみませんね。」佳代子「これ位構いませんよ、自分のお茶を淹れるついでにしている事ですから。1杯も2杯も大して変わらないじゃないですか、でもこの事は内緒にしておいて下さいね。」隆彦「えっ・・・、それって・・・。」佳代子「ごめんなさい、気にしないで下さい。」 佳代子は少し顔を赤らめていた、実はこの朝一のお茶は決して工場長含む他の工場員には出す事は無かったそうだ。本人は「出勤時間が殆ど一緒だから」と胡麻化していたのだが、この事は数年前に佳代子がこの工場で働く様になってからずっと続いているので「いくら何でも出勤時間が被る事が何年も続く事」が不自然に感じていた人間もちらほらといたという。 しかし、佳代子の顔を見れば一目瞭然だった。そう、2人は互いに両想
last updateLast Updated : 2025-10-13
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5. 「あの日の僕ら」68

-68 運命か、それとも必然か- 隆彦は動揺した、まさか自分が公衆の面前でプロポーズされるとは思わなかったからだ。佳代子は隆彦以上に動揺していた、いくら酒の力を借りていたからとは言え、あんな無理矢理な言い方は無いだろうと反省した。ただ伝えたのは紛れもない本心だ、佳代子はそのまま勢いを貫く事にした。 比較的呑んだ量が少なく、素面に近かった隆彦が急遽介抱する事になった。隆彦「佳代・・・、倉下さん!!ほら、呑み過ぎですよ。タクシー呼ぶから帰りましょう。」佳代子「何よ、女にプロポーズさせといてそれがあんたの返答って訳?!」 どうやら佳代子はかなり泥酔している様だ。佳代子「どうなのよ、私と結婚するの?!」隆彦「分かった、結婚するから一先ず水飲んで!!ね!!」 きっと次の日になれば忘れているだろうと思った隆彦は佳代子をタクシーの後部座席に押し込み、眠ったままの文香を抱いて乗り込んだ。佳代子「ねぇ・・・、あんたん家行くんでしょ。」隆彦「えっ・・・、ああ・・・、寝言か・・・。」 女性工場員の1人に頼んで佳代子の家の場所をドライバーに伝えて貰うと、タクシーはゆっくりと走り出した。 街灯と店から漏れる明かりが照らす夜、隆彦は窓の外を眺めながら考えた。隆彦「結婚か・・・。」 隆彦はぐっすりと眠る文香の顔を見た。 十数分後、タクシーが隣町にある佳代子の住むアパートに着いたので隆彦は佳代子の部屋のある2階へと連れて行った。1階で偶然会った大家に鍵を開けて貰い、部屋の中に入って佳代子をベッドへ寝かせてすぐに帰ろうとすると佳代子が隆彦の袖を強く掴んだ。佳代子「帰っちゃうの・・・?」隆彦「はい、帰ります・・・。いつまでもここにいてはまずいでしょう。」佳代子「やだ・・・、離れたくない。私と結婚するって言ったじゃない、行かないでよ。」 佳代子は袖を掴む手をより一層強めた。 翌朝、結局佳代子の部屋で1晩を過ごした隆彦は未だ起きていない文香を背負うと歩いて帰った。 自分の家が近所で本当に助かったと思った、帰りのタクシー代を佳代子の部屋に向かう車代で使ってしまったからだ。ただ、眩しい日光に照らされた帰り道の空気は昨夜以上に美味く感じた。 数か月後、遂に予算の支払いを終えた隆彦は自らが店長を務める事になったコンビニの開店を数日後に控えて辞表を提出していた。工場長
last updateLast Updated : 2025-10-13
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