あまりにも多すぎる——この店には、思い出が詰まりすぎていた。そのグランドピアノも、かつて彼が何度も弾いたものだった。京介は静かに蓋を開け、椅子に腰を下ろすと、片手で馴染みの旋律を奏で始めた。柔らかな旋律が回転レストランの空間を満たしていく。過去の記憶が、波のように押し寄せてくる。音の余韻のなかで、彼の目尻にはうっすらと涙の光が滲んでいた。舞は——彼にとって、拭いきれぬ悔恨であり、心に残る深紅のほくろであり、命より大切な存在だった。一生、忘れられない女だった。テーブルに座っていた夕月は、黙ってその姿を見ていた。彼に恋をしていた。本気で好きだった。だから、努力した。心を尽くして尽くして、少しでも好かれたくて、何度も自分を磨いた。だけど——目の前の男は、自分には目もくれず、過去に囚われている。演じようとすらしない。隠す気配すらない。——滑稽だった。夕月は手元のナプキンで涙に滲んだアイラインを拭い、震える声で言った。「……周防京介、もういいわ。私、あなたと結婚するつもりはない。私はたしかに大した家の出じゃないけど、だからって自分を押し殺してまで我慢する必要はない。継母役まで引き受けて、それでいて感動の茶番劇まで見せられて……誰に向けてやってんの、それ?ふざけんなっての。少しは私のこと、尊重しなさいよ!取り繕うフリすらしないの!?……ほんっと、最低!このレストラン、六百万円の貸切料——自分で払いなさい!」……怒りに任せて、手にしたジュースを彼の顔にぶちまけた。京介は、黙って目を閉じた。その数秒後。夕月は後悔の色を浮かべ、ハンドバッグを掴んで逃げるように去って行った。夜の静けさが戻ってきた。顔に残るジュースをぬぐいながら、彼は苦笑する。——また、お見合いからやり直しか。……この一件、すぐに両家に伝わった。周防夫人は電話をかけてきて、息子を慰めつつもそれとなく探りを入れる。本音では、やはり舞をもう一度追ってほしいと思っていた。家族四人が再び一緒に暮らすことを、心の底では願っていたのだ。しかし、京介の返事は淡々としていた。「……母さん、俺に彼女を幸せにする力なんて、あると思うか?」その一言に、周防夫人は黙り込んだ。…
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