紗音は呆然とした。そんな質問——これまで考えたこともなかった。九郎と結婚してからというもの、彼を愛することは呼吸のように当たり前のことだった。彼を中心に、自分の世界を回してきた。けれど。彼をいまも「愛している」のか?そんな問いに、答えが出せなかった。……一週間。紗音はずっと悩み続けていた。本当に会社を辞めて、海外へ行くべきなのか?金曜日、午後二時。ホテルでのビジネスランチの席。紗音は白のドレスを身にまとい、上司・時枝尋美(ときえひろみ)の隣で応対していた。途中、彼女はスマートフォンをこっそり開いた。九郎からのメッセージが届いていた。【真緒と空港で待ってる】……その一文に、彼女の心は揺れた。時枝は彼女の様子に気づき、柔らかく微笑んだ。「何か急ぎの用でも?」「いえ、大丈夫です」「このプロジェクトは、ほぼ合意を取りつけました。来週の朝会で、あなたを副責任者に推薦するつもりです。しっかり頼みますよ、紗音」シャンパングラスを軽く合わせた。時枝は彼女のことを心から評価していた——紗音は美しくて若くしかも才能もある。ただ一つ残念なのは、その若さで早々に結婚してしまったことだ。社内でもすでに噂は広がっており、同僚たちが次々と祝福に来た。その場は華やかで、まさに彼女にとっての成功の瞬間だったはずだった。けれど、彼女は落ち着かなかった。ガラス窓に映る自分の姿をじっと見つめる。——これが、私の「選んだ人生」なの?キャリアを選び、九郎との海外行きを断れば、結婚生活を失うかもしれない。迷いの中、ふと大きなガラス窓に見覚えのある男の姿が現れた。京介。紗音が驚いて振り返った「京介お兄ちゃん?」彼はビジネススーツをまとい、場の空気を静かに見渡していた。「ちょうど近くを通ってね」彼は微笑みながら言い、すぐに視線を紗音へ戻した。「……いまごろ、九郎は空港にいるはずだ。お前は……残ることを選ぶのか?」紗音の目に、迷いが浮かんだ。「……会社を辞めるべきなんでしょうか?次にこのポジションに戻れる保証なんて、どこにもないのに」京介は淡く笑った。まるで、かつての舞を思い出すような顔で——「……紗音。俺が人生で一番後悔してること、わかるか?
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