黒いワンボックスが静かに遠ざかっていく。……夜は墨を流したように濃く、レンジローバーの脇に黒衣の男が佇んでいた。富と権勢は生まれながらのもの。若き日の彼にとって、女とは退屈を紛らわせる道具でしかなかった。だが今——すべてが逆転している。輝は指先の煙草を投げ捨て、小牛革の靴でぐっと踏み潰す。そして女を見やったその瞳には、沈んだ色が混じっていた。一生「大切にする」という感覚など知らずに生きてきた男。だが茉莉が生まれてから、彼は家庭を渇望するようになった。誰かに頭を下げたことなど一度もない。暴れるだけの人生だった。だが今は、かつてないほど冷静に理解している——これが最後の、そして唯一の機会だと。彼女に心を翻してほしい。輝は横に身をずらし、車から一つの封筒を取り出した。瑠璃へ差し出す。「これは俺がサインした株式譲渡だ。栄光グループの10%——数千億円の価値がある。こっちは俺個人の資産だ。現金二千六百億円と十数件の不動産、全部お前にやる」……これが彼のすべて。それでも足りないのなら、残るはこの胸の真心だけ。彼は茉莉を愛し、瑠璃を愛している。だからこそ、すべてを投げ出してでも求める。もし彼女が岸本と関係を持っていたとしても——それでも構わない。自分が惨めな役回りになるとしても、ただ彼女が戻ってくるなら、妻になってくれるなら——声が震えた。「瑠璃……俺たち、もう十二年の付き合いだ。岸本と過ごした数か月より、劣るのか?」瑠璃は淡く笑う。「自分でもわかってるでしょう、十二年よ。あの頃、どれだけあなたに嫁ぎたかったか……でもあなたの頭の中には権力と、京介に勝つことしかなかった。落ちぶれて、ようやく私を思い出して、やっと愛する気になった……でも——それが、私の望むもの?」輝は突然問いかけた。「まだ俺を愛してるか?岸本を愛してるのか?」瑠璃は答えられなかった。輝はまっすぐに彼女を射抜き、怒りを滲ませる。「もしお前が心から愛せる男を見つけたなら——たとえそいつがただの平社員でも、俺は受け入れる!だが岸本は何者だ?見かけは紳士でも、裏じゃ女を物としてしか見ない。そんな火の中に飛び込むのか?」瑠璃は冷ややかに笑う。「私が欲しいのは名声と地位よ」「それなら、俺
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