All Chapters of 私が去った後のクズ男の末路: Chapter 321 - Chapter 324

324 Chapters

第321話

栄光グループの中堅・上層部は、周防社長が大病を患い記憶を失ったことを皆知っていた。古参株主の中には、内心でこう毒づく者もいる。——京介は、もう役に立たん。だが当の本人は、春風のような笑みを浮かべた。「ずいぶん驚いた顔をしているな……ああ、葉山社長から聞いてないのか?俺はすでに、彼女の専属アシスタントに任命された。どこの部署にも属さず、直接葉山社長に報告する」そして中川へ視線を向ける。「佳楠、椅子を持ってきてくれ」佳楠は一瞬きょとんとしたが、すぐに目頭が熱くなった。——周防社長が自分を名前で呼んだ。それは、記憶が戻った証だ。心腹の部下として、彼の本当の状態を口に出すことはしない。椅子を運び、舞の隣へ置いた。高層や株主たちは一斉にざわめく。「葉山社長、そこは公私をお分けにならないと……」「今は栄光の正念場です。不穏な噂が立てば、株価にも響きます」「周防社長が記憶喪失なのは、誰でも知っています」「記憶を失った人間に、どうやって経営が務まるんですか」……京介は何も言わず、ただ舞を見つめた。彼女は一瞥をくれ、手にしていた書類を置くと、冷ややかに言い放った。「私には、アシスタント一人を決める権限もないの?アシスタント一人で株価が揺らぐなら、あなたたち全員が無能ということよ」室内が水を打ったように静まり返る。そんな中、石川が茶化すように口を開いた。「周防社長は本当に人材ですね。どこへ行っても大活躍じゃないですか。石川としても嬉しい限りで……いや、正しくは『周防アシスタント』でしたね」それをきっかけに、一同が手を叩き始める。「周防アシスタント、ようこそ!」京介は相変わらず春風の笑みを浮かべた。「これから、どうぞよろしく」佳楠は、心の中で名前リストに一つ印をつけた。会議後、人々が散っていく。黙って成り行きを見ていた輝が、ゆっくりと京介に近づき、世間話のように言う。「今朝な、母さんがクルミ汁を作って、お前の頭の回転が良くなるようにって持たせようとしたんだ。でも……いらないみたいだな。もう十分働いてるじゃないか」——ヒモ生活ってのは癖になるもんなんだな。京介は相変わらず上品ぶった口調で返す。「兄貴が頼りになるなら、俺が人に陰口叩かれながらヒモなんてやって、わ
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第322話

しばらくして、京介が姿を現した。オフィスの扉口に立ち、舞が自分のかつての執務机で仕事をしている様子を眺める。胸の奥に、懐かしさと同時に切なさが込み上げる。——たった一人で、総資産二兆円規模のグループと三人の子どもを抱えているのだ。想像するだけで、その重さがわかる。本気を出せば——つまり、記憶を取り戻したことを明かせば、状況は一変する。だが、以前に栄光が発表した広報文を考えれば、ここで正体を明かすのは軽率だ。株主の不安を煽り、舞の立場まで揺らぎかねない。ましてや、あのAIロボットの入札案件は、京介にとって絶対に落とせない仕事だ。翔和産業の岸本雅彦(かたぎりまさひこ)——あの男とは、一度腹を割って会ってみたい。「こっちに来ないの?」舞が目を向け、淡く笑う。「ソファに座って。あなたにいくつか仕事の話をしておきたいの」京介は立ち上がり、陽光差し込む大きな窓辺へ。六月の強い日差しが顔に陰影を与え、その姿は目に心地よいほど映える。——悪くない眺めだ、と舞は思う。「これからの——」「俺たち、いつ復縁する?」……開口一番、しっかりと栄華を守る男の一手。舞はあきれたように眉を寄せる。「仕事の話をするって言ってるの」彼が黙るのを待って、舞は淡々と続けた。「私はこれまで専属のアシスタントを置いたことがなかったけど、あなたのために仕事を組んでおいたわ。会社には基本的に打刻だけして、あとは自由。私が夜会や商談に出る時は、佳楠と一緒に同行して」京介は頷いて言った。「葉山社長のために、酒は全部引き受けるよ」舞は思わず吹き出した。「そんなに飲む場面はないわ。挨拶がてら、少しずつ人を紹介していくつもり。いつまでも私のアシスタントのままじゃ困るでしょ」返事をせず、ただ彼女を見つめ続ける京介。そこへ財務部の部長が業務報告に入ってきた。舞は佳楠に指示を飛ばした。「後方部に頼んで、私のオフィスにデスクを一つ用意してもらって、周防アシスタントの席にして」「葉山社長って、ほんとに甘やかしますね」軽口を返す佳楠に、舞は柔らかく笑みを見せ、そのまま財務部長と業務の話に戻った。京介はソファに腰かけたまま、雑誌をめくっている。時おり、舞のことをじっと見つめ、しばらく視線を外そうとし
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第323話

舞はふっと微笑み、手にしたシャンパンを掲げた。「岸本社長」そして横を向き、京介に紹介する。「翔和産業の岸本社長は、立都市でも屈指の実力者よ」「葉山社長、買いかぶりですな」岸本は豪快に笑い、ちらりと京介を眺める。容姿は昔と変わらぬ端正さだが、気迫は薄れた。——牙を抜かれた虎など、恐れるに足らず。舞がこの男を権力の檜舞台に連れてきたのは、無謀としか思えなかった。内心で侮りながら、わざと京介の挨拶を無視し、皮肉を口にする。「周防アシスタントは今日就任されたばかりとか。今夜は正式な晩餐会ですから、男性にも服装規定がある。せめてスカーフぐらいは必須ですよ。その格好では、少々ラフすぎますな」舞が口を開く前に——「岸本社長の仰る通りです。私の配慮不足、お恥ずかしい」京介は春風のような笑みで応じた。その殊勝さに、岸本はわずかに得意げになる。——これがあの周防京介か?いつこんなに腰を低くした?だが、次の瞬間。京介はワイングラスを軽く揺らし、唇に笑みを浮かべたまま続けた。「新たに伴侶を亡くされた岸本社長ですから、私などよりも華やかに装って当然でしょう。まるで雄孔雀が、雌の気を引くために尻の羽根を広げるように……さて今夜は、目ぼしい相手は見つかりましたか?」その毒舌ぶり、健在。舞は別に気にも留めず、さっきまでの胸の痛みがふっと笑いに変わった。——何とか、こらえることができた。佳楠は声を押し殺しきれず、つい岸本に会釈した。「岸本社長、失礼しました」内心煮えくり返るも、岸本は笑みを崩さず返す。「記憶を失っても、舌は衰えていないようだ。では入札会で腕を拝見しよう。互いに実力勝負といきましょう」舞はシャンパンを軽く掲げ、上品に応じた。岸本が去ると、笑みを消し、何やら考え込む舞。佳楠が耳打ちする。「最近、岸本社長は栄光の幹部たちと頻繁に接触していて、特に開発部の技術者数名と水面下で会っているようです。手を打ちますか?」「まだ動かない」舞の涼やかな切れ長の目に、鋭い光が宿る。やがて、舞は横顔を向けて京介を見た。「岸本社長は今、波に乗っているの。気にしないで」ややして、京介が口を開く。「葉山社長、俺のこと……心配してくれてる?」会社に入れてからというもの、舞は
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第324話

夜十時。黒塗りの車が、香川通り八番地で静かに停まった。運転手が下りて後部ドアを開け、反対側からは佳楠も降り立つ。舞は車を出て森川の店へ向かおうとしたが、視界の端に見慣れた人影が映った。——さきほどの宴で顔を合わせた、あの岸本社長だ。彼の車は道向かいに停まり、助手席には整った顔立ちの女。親しげではあるが、恋人同士ほど密着しているわけではない。何やら深刻な話をしている様子だ。舞の視線が、その女の顔を捉えた。——あの女は……ガラス戸が引かれ、森川の娘・森川清香(もりかわさやか)が出迎えた。「葉山社長、父がお待ちしております」この時間ならとっくに店は閉まっているはずだ。だが今夜は六着、総額四千万円超えの注文。森川にとっても大仕事であり、残業など造作もない。一行が中へ入ると、上等な玉露の香りが八十平米の店内に満ちる。「いい香り」舞が微笑む。やがて奥から、首に柔らかな巻尺をかけた森川が現れた。「周防社長は昔からのお得意様ですな」舞はただ静かに笑い、説明はしなかった。軽い世間話の後、京介は奥の採寸室へ。舞は中川に視線を向けた。「佳楠、あなたも採寸してもらって。森川さんのビーズ刺繍ドレスはとても仕立てがいいわ。二着作っておきなさい。普段の付き合いにも役立つから」中川は、立場にそぐわないと遠慮がちに言った。舞は彼女の腕を軽く叩き、笑みを浮かべる。「そぐうもそぐわないもないわ。手元の仕事が片付いたら、あなたを昇進させるつもりよ」中川は目を輝かせた。「ありがとうございます、葉山社長」「さあ、行って」寸法は清香が二人のために測った。森川も商売人であり、客との縁を大切にするため、そのまま舞と茶を飲みながら語らうことにした。森川は日頃から経済ニュースを欠かさず見ており、真剣な口調で切り出した。「葉山社長の会社が、家事全般をこなすAIロボットの開発を進めていると聞きましてね。ふと思ったんですよ。もし将来、このロボットが感情の寄り添いまでできるようになったら……例えば、亡くなった妻をもう一度そばに感じられたら、と」そう言って、ふっとため息をついた。「二十年になりますが……本当に、会いたいんです」森川の瞳が潤み、そっと目元をぬぐった。「お見苦しいところを……笑わ
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