翔雅は一瞬たじろぎ、本能的に真琴を突き放した。女はよろめき、危うく倒れそうになる。篠宮が薄笑いを浮かべる。「一ノ瀬社長、もう少し女性に優しくして差し上げてもいいんじゃないの?」翔雅が口を開く前に、真琴が無垢な顔つきで口を挟んだ。「篠宮さん、誤解です。ただ、助けていただいたお礼に……抱きしめたかっただけなんです」篠宮は容赦なく切り返す。「あなたを助けたのは葉山社長よ。葉山社長が一億円を持って、あの畜生と交渉したの。相沢さん、感謝を間違えないでね」さすが場数を踏んだ女、言葉には一切の情けがない——相当に手練れだ。真琴はすぐに身を低くし、慌てて取り繕った。「本当に……誤解なんです」そのとき「相沢強志」の名を耳にして、翔雅の胸に鋭い痛みが走る。篠宮の言葉は真琴だけでなく、自分にとっても深く刻まれた過去を抉るものだった。声を低くして告げる。「あのクズは、雪崩に巻き込まれて死んだ」篠宮が手を叩く。「それは良かったわ。これで相沢さんの秘密は、永遠に埋もれたままね」「篠宮、そこまで言わなくてもいいだろう」「まあ、一ノ瀬社長が庇うのね」篠宮は皮肉げに笑い、踵を返した。残された翔雅は、誤解を深めたくなくて追いかけようとしたが、真琴に腕を取られた。「翔雅……私、汚れた女よ。何も悪くないのに、皆、色眼鏡で私を見るの。外では葉山さんもにこやかに接してくれるけど、裏では篠宮さんみたいに冷たい態度。あなたも見たでしょう?」翔雅は短く言った。「澄佳は、お前を救ったんだ」真琴の目に激情が宿る。「それは、私に利用価値があるからよ。用が済めば捨てられる。私が死のうが生きようが、彼女にとってどうでもいいの。あの人は常に利益優先の商売人でしょ?」その言葉は、かつて澄佳自身が口にしたことでもあった。だが翔雅には、澄佳がそんな人間だとは思えない。彼女の心の奥には、清流のような澄明さがあるはずだ。……夜八時。澄佳はソファに身を預け、ニュースを眺めながらスマホを弄っていた。そこに真琴の投稿が流れてくる。【ディナー】画面には高級な仕出し膳の写真。清都でも屈指の料亭の器と料理で、真琴の日常にそぐわない代物だった。供給主はただ一人——翔雅しかいない。澄佳はじっと写真を見つめ、胸に重苦しいものを抱えた。
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