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私が去った後のクズ男の末路 のすべてのチャプター: チャプター 801 - チャプター 804

804 チャプター

第801話

宴会の件は、結局そのまま立ち消えになった。澪安は相変わらず多忙で、慕美も仕事が軌道に乗り始め、ようやく社会人らしい毎日が回っていくようになった。彼女はまるで乾いた海綿のように、知識をぐんぐん吸収した。栄光グループにいた頃とは違い、こぢんまりした会社の空気が意外と肌に合う。同僚も気さくで、特に詩は本当に優しい。定時で帰れる日は、二人でタピオカミルクティーを飲みに行った。四月。日差しは柔らかく、空気は澄んでいて、春そのものの匂いがした。慕美の心も、ふんわり晴れやかだった。同僚へのお礼の食事のことは、特に澪安には言っていなかった。だが、彼女がレストランを予約しているのを聞いた澪安は、軽く訊ねただけで事情を悟り、珍しく時間ができたのか、ソファで新聞をめくりながら穏やかに言った。「時間が決まったら教えて。都合つけられるかもしれない」慕美は、その言葉が素直に嬉しかった。彼が、彼女の生活に参加しようとしてくれていることが。けれど、つい意地を張って聞いてしまう。「ほんとに、大丈夫なの?」澪安は彼女の後ろ髪をそっとつかみ、ぐいと引き寄せ、鼻先に軽く噛みついた。「多分、大丈夫だよ」慕美はすぐに予約を確定した。「じゃあ、火曜の18時半。三福レストランね」その名を聞いた瞬間、澪安にはどうせ有名店じゃないのだろうと察しがついたのか、わざとスマホでナビを開きながら言う。「どこのミシュランだろう。シェフ、俺の知り合いかな?九条さんになら割引してくれるかも」慕美は背中にしがみつき、彼の耳を引っ張った。澪安は声をあげて笑った。その笑い声は階下のリビングまで響き、家事をしていた使用人たちは澪安様と慕美様、本当に仲睦まじいわね……と微笑み合った。……火曜日。出社した慕美に、詩がすぐ駆け寄ってきて、小声で囁いた。「本当は例の魔女が残業って言いだしたんだけどさ、全員で全力拒否したよ。うちは『脱・無駄な頑張り』が社是だからね、最下位を守り抜くの!」慕美は思わず笑い、小声で聞き返した。「その最下位って、誰のこと?」「慕美に決まってるじゃん!今やうちの期待の星だよ!!」「えっ……」慕美は気まずそうに席についた。詩はまたひょいと近づいてきて、にっこり笑う。「最下位はね、年末にみんなからご馳
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第802話

慕美は落ち込んではいたが、同僚たちの楽しい空気まで壊すつもりはなかった。個室へ戻ると、できるだけ明るく笑ってみせた。「彼氏、残業になっちゃって……今日は来られないって」「え~~」同僚たちが一斉に残念そうな声を上げる。すかさず詩が肩をすくめて助け船を出した。「働く大人って大変だよね~。うちみたいに『脱・無駄な頑張り』の会社じゃないんだから。うちは江原さんが甘やかしてくれてるんだよ」軽くフォローしながら、しっかり玲子へのヨイショも忘れない。玲子は詩の頭を小突き、「慕美を変な方向に育てないでよ。慕美は真面目でいい子なんだから」慕美はぎこちなく微笑み、皆に食事を促した。そして、持ってきた1982年の赤ワインを開けた。他の社員は価値を知らなかったが、玲子はひと目でわかった。――この一本、どう安く見積もっても三百万円はする。普通の事務員が買える代物ではない。となれば、彼氏は相当な人物なのだろう。玲子は表情を崩さず、しれっと半瓶ほど飲んだ。百五十万円に値する赤ワインが喉を通っていく。宴会はにぎやかで、慕美の心も少しずつほぐれていった。食事の後半、女性社員に腕を引かれ、「立都市のランドマークビルをバックに写真撮ろう!」と窓際へ連れていかれた。みんなで賑やかに写真を撮ったあと、同僚たちは窓の外の建物を眺めて言った。「いつかお金に余裕ができたら、ミシュラン五つ星の泰洋レストランで食べてみたいね。一人五万円くらいなんでしょ?」社長が笑いながら言う。「慕美と仲良くしてれば、食べられるかもよ」言われた意味が分からない子もいたが、詩は気づいた。――慕美の彼氏、多分相当な人。その瞬間だった。慕美の視線が、ふと止まった。そこには――澪安の姿があった。泰洋レストラン。ここから一通り先の、全面ガラス張りの店内。照明に照らされる澪安の横顔は、誰よりも端正で、すぐに見分けがついた。彼の隣には恬奈。向かいには六十代ほどの学者風の男性。三人は和やかに談笑していた。時折、澪安が恬奈のほうへ顔を向け、柔らかく笑う。――その表情を、慕美は知っている。かつて、自分だけが向けられているのだと思っていた。けれどそれは、彼が誰といても向けられる顔なのだと、この瞬間理解した。
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第803話

「うん。やっぱり、出ていこうと思う」慕美がもう一度そう告げると、澪安の表情が一瞬で冷たくなった。幼い頃から誰にも逆らわれず、恋愛でも常に追われる側だった男。そんな彼に、ここまで正面から反抗する女はほとんどいない。澪安にとって、社交の範囲を守っている限り、自分は十分誠実だという自負があった。恬奈との付き合いも礼の一環。一線を越えるなんて、ありえない。なのに。――なぜ、そこまで理解しようとしない?苛立ちのまま、彼は慕美の手首をつかみ、強引に立たせた。そして低く問い詰める。「じゃあ教えろ。お前は一体何がそんなに不満なんだ?あの二兆円規模の案件――お前に取れるか?できるのか?できないなら……」汚い言葉を吐きそうになったその瞬間。慕美は、彼を遮った。「もう、ぐだぐだ言わないでくれる?」わざと、荒い言葉を使った。澪安は、信じられないものを見るように目を見開いた。「本気で出ていくつもりか?」彼の声は、驚きと怒りと、少しの焦りで震えていた。慕美は、枯れた声で答えた。「うん。本気」澪安は乾いた笑いを漏らした。「へぇ……たいした根性だな。いいぞ。じゃあ出ていけ。出て行くなら――二度と戻ってくるな」「つまり……別れようってことだよね?」「ああ」「分かった。じゃあ、別れよう」……威嚇したのは澪安のほうなのに、最後に追い込まれているのは彼のほうだった。けれど一度吐いた言葉は、もう引っ込められない。プライドがそれを許さない。慕美は二階へ向かっていった。澪安はクリスタルのシャンデリアの下で立ち尽くした。華やかな光の中にいても、胸の奥がひどく空虚だ。――何を望んでいるんだ?――どうして、こうなる?追いかけたい。腕をつかんで引き留めたい。好きだと、言ってしまえばいい。しかし、男のプライドが喉を塞いだ。……二階の部屋で、慕美は黙々と荷物をまとめた。持っていく物は少ない。周防家の人々が贈ってくれた高価な品も、澪安が選んでくれた服やアクセサリーも、すべて置いていった。彼女が詰めたのは、自分で買った服と日用品だけ。最後に、澪安から渡されたプラチナカードを、そっと枕元に置いた。全部合わせても、小さなスーツケースひとつだ。階段を降りる
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第804話

さすがに、いつまでも一緒にはいられない。男女には、越えてはいけない一線がある。京介はテーブルに鍵を置くと、それ以上部屋には留まらず、静かに出て行った。だがその足で周防本邸に戻ることはせず、まっすぐ息子の住む別荘へ向かった。夜更けの訪問に、別荘の使用人たちは大慌てで出迎える。京介は片手を軽く振った。「もう休んでいい。澪安と、ちょっと話すだけだ」使用人たちは顔を見合わせながらも、ぞろぞろと下がっていった。リビングは明るく照らされている。澪安はグラス片手にソファに沈み、いかにも機嫌の悪い男の背中をしていた。京介は向かいのソファに腰を下ろし、空になったボトルを手に取って軽く揺らしながら、息子を見て笑った。「ずいぶん落ち込んでるな。そこまで落ちるってことは、本気で惚れてるんだろ。なのに、どうして自分で追い出すんだ?お前の母さんなんか、さっき電話でちゃんとしないなら離婚するって怒鳴ってたぞ。澪安、お前のせいで離婚なんかになったら、マジで許さないからな」澪安はグラスの酒を飲み干し、ソファの背にもたれかかった。見上げた先には、天井から下がるクリスタルのシャンデリア。「俺は、追い出してなんかない。自分で出ていくって言ったんだ。父さん、俺には本当に分からない。俺、そんなにひどかったか?十分大事にしてきたつもりだ。なんでいちいち仕事のやり方にまで口出しされなきゃいけない?なんであんな些細なことで責められる?もし俺が恬奈に気があったなら、とっくに結婚してる。今まで独身でいるわけないだろ」京介はくすっと笑った。「やっぱり、原因は恬奈か」澪安は黙って視線を落とした。京介は自分のグラスにワインを注ぎ、ひと口飲んでから口を開いた。「芸能界くぐってきた人間は、見るところが違うんだよ。慕美は、まっすぐな子だ。いい意味で不器用でな。一方で恬奈は、一見おとなしくて可愛い顔してるが……ああいう子ほど、場の流れを操るのがうまい。冷静に考えてみろ。あの喧嘩、恬奈が絡んでなかったら起きてたか?それに、栄光グループの仕事に、本当に恬奈が不可欠か?昔のやり方が抜けてないだけじゃないのか。はっきり言うぞ。お前はまだ、慕美を自分の女として心の真ん中に置ききれてない。その自覚がないまま、昔どおり女たちと付き合ってる。お前
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