บททั้งหมดของ 3年間塩対応してきた夫は、離婚の話をされたら逆に泣きついてきた: บทที่ 171 - บทที่ 180

たぶん――八雲は、私と浩賢の会話を聞いていたのだと思う。誤解されたら困る。そう思って、私は慌てて口を開いた。「仕事のことよ。唐沢――」「どんな『仕事』だ？麻酔科のインターンが、朝っぱらから神経外科の医者に会いに行くような仕事があるのか？」彼は荒々しく私の言葉を遮った。「言い訳をするなら、もう少しマシなのにしたらどうだ」その言い方に、私は一瞬息を呑んだ。少し沈黙したあと、逆に問い返す。「じゃあ、紀戸先生は……どういう理由だと思う？」八雲は、言葉を詰まらせた。ただ、黙ったまま私を見つめている。彼は昨夜と同じ白いシャツを着ていた。襟元のボタンが二つ外れ、ネクタイはだらりと首にかかっている。どこか疲れ切ったような、崩れた姿。それでも、その目だけは鋭く、容赦がなかった。まだ浩賢が待っていると思うと、これ以上、言い争っている暇はない。壁の時計に視線をやると――「水辺先生、ずいぶん急いでるようだな？」私の動きを察したのか、彼は皮肉っぽく言った。「紀戸先生に用がないなら、私はもう出るよ」率直に告げて、玄関へ向かった。だが一歩踏み出したところで、彼の腕が行く手を遮った。彼の体からはまだ酒の残り香が漂い、それが鼻をつくように押し寄せてくる。「行くな」命令のような低い声が耳元に落ち、私は驚いて目の前の男を見上げた。続けざまに、彼は冷たく言い放った。「言ったはずだ。浩賢には近づくな」「仕事だって言ったでしょう」押さえ込んでいた怒りが喉の奥までこみ上げる。拳を握りしめ、なんとか冷静を装って答えた。八雲は見下ろすように私を見据え、強硬な口調のまま言った。「仕事でも、ダメだ」その横顔を見つめながら、私は息を呑んだ。八雲は、まるで理屈の通らない子どものように、私の言葉を封じようとしていた。けれど、私ももう退くつもりはなかった。「たとえ普通の夫婦でも、紀戸先生には私の自由を縛る権利なんてない。それに……私たち、あと一か月で離婚でしょう？」そう――今日で、私と八雲の婚前契約が切れるまで、ちょうど残り一か月だった。「水辺先生の記憶力はさすがだな、と褒めるべきか？」八雲はまるで火がついたように声を荒げ、黒曜石のような瞳を私に向けた。「そこまで待ち焦がれていたか？一日でも早く契約が終わるのを？」そう言いながら一歩踏み

良辰は鬼のような形相で、「必ず真相を突き止める」と言い放った。どうやら、彼自身も唐沢家の裏の動きを詳しくは知らないようだった。「もしお前たちが凛の死を利用して、俺を挑発したり、彼女を穢そうとしているなら……」言葉の途中で、彼は手にしていた日本刀を突然振り下ろした。「ザクリ」と鋭い音が響き、横に置かれていた花束が一瞬で真っ二つになった。私は静かにうなずき、真摯な声で答えた。「唐沢さん、どうぞお調べください。ただ、私の知る限り、唐沢家は本日の午後、東市協和病院に対して正式な弁護士チームを送り交渉する予定です。どうかお急ぎください」良辰はじっと私を一瞥し、すぐに背を向けて短く言った。「……客を送り出せ」屋敷を出た後も、胸のざわめきは収まらなかった。一方、浩賢は妙に明るく、冗談めかして笑った。「いやぁ、さっきの水辺先生、なかなか肝が据わってたね。まるで『女傑』って感じだったよ」私は彼の立てた親指を見ながら、凛の件を思い返し、心配になった。「……唐沢さん、どうするつもりなんでしょうね」「もう全部話したし。あとは唐沢夫人が、彼の心の中でどれだけ大きい存在なのか――それ次第だよ」そうね。愛というものは尊くても、時間の試練にはなかなか耐えられない。……私はぎりぎりの時間で麻酔科に戻った。まだ席に着く前から、数人の同僚が掲示板の前でひそひそ話している。その中に、かすかに私の名前が混じって聞こえた。気になって近づくと、掲示板に貼られた一枚の紙が目に入った。――昨夜、豊鬼先生に提出した「反省文」だった。「まだインターン中の身で、もうあんな勝手な行動してるんだってさ。豊岡先生が怒るのも当然よ」「でもあの人、青葉主任に可愛がられてるじゃない。私たちとは違うの」「羨ましいよね。私たちなんて真面目に働いても、結局は何も得しないもん」聞けば聞くほど胸がもやもやし、その反省文を見ると、さらに複雑な気持ちが湧いた。――昨夜玉恵から急かされ、無断欠勤までして本家に帰った私を待っていたのは、医療ミスの責任を負わされることとは。皮肉なもんだ。胸の奥に酸っぱさが広がり、私はそっとオフィスを抜け出して洗面所に向かった。その数分後、外から薔薇子の通るような大きな声が響いてきた。「これが普通のプレゼントじゃないよ。東市で

唐沢夫人の名が出た瞬間、すでに会議室の扉を半分出かけていた良辰は、足を止めて再び中へ戻ってきた。室内の空気が、一瞬で凍りつく。八雲は厚労省の職員と視線を交わすと、黒いプロジェクタースクリーンに映像が浮かび上がった。そこに映っていたのは――なんと凛がこっそり病室を抜け出す姿。時刻は深夜二時。凛の病室はVIP仕様だ。そんな彼女が真夜中に病室を離れるなんて、いったい何をしに？「ご覧のとおりです。患者は生前、許可なく病室を離れました。しかも看護師の交代時間を狙って」八雲は冷静な口調で続けた。「そしてこのような行動、監視カメラの映像には五回も記録されています」彼がリモコンを押すと、映像には凛が五度にわたり病室を出ていく様子が映し出された。良辰は呆然と画面を見つめ、目を赤くしながら声を震わせた。「この数日ずっと彼女のそばにいたのに……こんなことがあったなんて、知らなかった……待て、彼女はいったい何をしに出たんだ？どうしてそんなことを？」八雲は沈痛な面持ちで彼を一瞥し、再びリモコンを押した。今度は一人の若い看護師がインタビューを受けている映像が流れた。彼女は、確かに凛の病室で見かけたことがある人だ。「偶然見たんです。唐沢夫人が薬をゴミ箱に捨てているのを。最初は見間違いかと思いました。だって、手術を終えたばかりで歩くのもやっとでしたから……でも、二度目に見たとき、これはただ事じゃないと……」看護師は怯えたように震えながら続けた。「その薬をゴミ箱から取り出して、すぐに紀戸先生に報告しようとしたんです。でも唐沢夫人に止められました。どうか言わないでって、必死に頼まれて……」カメラには、凛が服用すべき抗腫瘍薬が映し出された。多くは高価な輸入薬で、がん細胞の拡散を抑える重要なもの。それを捨てていたということは――つまり。「そうです。唐沢夫人は……自ら命を絶ったのです」八雲の言葉が終わると、会議室は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。入口に立っていた良辰は、信じられないというように顔を歪め、次の瞬間には八雲に飛びかかり、襟元を掴み上げて怒鳴りつけた。「ふざけるな！凛がそんな馬鹿なことをするはずがない！」彼の力は凄まじく、まるで八雲を八つ裂きにしようとしているかのようだ。全身から放たれる怒気に、私たちは思わず息

私と八雲は、ほとんど同時に家へ入ったらしい。けれど私は、加藤さんと義母の会話に気を取られていて、彼の存在にはまったく気づかなかった……まあ、構わない。どうせ私たちの「契約」も、あと一ヶ月で終わる。契約内容は秘密だとしても、離婚の手続きや報告は、両家の親に知らせなければならない。ここまでこじれた以上、紀戸家に追い出されるよりは、私の口から別れを告げたほうが、まだ体面が保てる。しかし加藤さんはまだ、状況を理解していないようだ。必死に私へ目配せをしながら、取り繕うように言った。「この子ったら、感情的なことばかり言って……」「本当にそうかしらね」玉惠はすました顔で冷ややかに言った。「ちょうど八雲も帰ってきたことだし、優月の口から聞かせてもらいましょうか。『もう終わりにしたほうがいい』って、どういう意味なのかしら？」そう言って私を一瞥し、勝ち誇ったように口角を上げた。私はもう、彼女と言い合う気力もなかった。そっと八雲の方を見やり、穏やかに言った。「私と紀戸先生は、話し合って決めました。穏やかに別れるつもりです」その瞬間、加藤さんの顔が凍りついた。まるで理解できないというように私を見つめ、次に八雲を見て、慌てて言った。「ちょっと、冗談よね？八雲くん、本気じゃないでしょう？」玉惠が鼻で笑った。「離婚を冗談にする人間なんていないわよ。そもそも二人がどうやって一緒になったか、紀戸家と水辺家なら誰より分かってるでしょう？無理やり結んだ縁は長続きしないものよ。早めに手放すのも悪くないわ」そう言うと、玉惠は静かにティーカップを持ち上げ、一口すすった。――まるで、「この離婚、私としても望むところだ」と言わんばかりに。確かに、彼女にとっては願ってもないことだろう。だって、すでに葵に贈り物のブレスレットまで渡しているのだ。それに、紀戸家は東市でも屈指の名家。ましてや八雲自身が優秀で、縁談を望む家などいくらでもある。彼女が傲慢になるのも無理はない。けれどその言葉が、どうやら加藤さんの逆鱗に触れたらしい。彼女は突然、玉惠の方へ体を向け、皮肉を含んだ笑みを浮かべた。「竹内さん、それは少し違うんじゃない？うちの優月が紀戸家に嫁いだのは、両家の話し合いの結果だよ。まるで水辺家が無理やり押し付けたみたいな言い方、ちょっと聞き

一晩のうちに冷たい空気が東市全体を包み込み、気温は氷点下十一度まで急降下した。厚手のダウンコートに身を包み、東市協和病院に到着した時には、空は鉛色に曇り、小雨がしとしとと降っていた。凍えるような冷たさだ。麻酔科に入ると、桜井さんと同僚たちが「どこですき焼きを食べようか」と話していた。私が入っていくと、すぐに声をかけられた。「水辺先生、昨日院長に褒められたって聞きましたよ。これはもう、みんなでご馳走してもらわないと！」こんなに早く噂が広まるとは思わなかった。視線を掲示板にやると、昨日まで貼ってあったあの反省文はもう消えていた。「みんな知らないでしょ、院長が優月さんを褒めた時、うちの麻酔科の株がどれだけ上がったなのか」桜井さんは誇らしげに胸を張った。「その場には森本院長も青葉主任もいたのだから」返事をしようとした瞬間、看護師長の厳しい声が飛んできた。「仕事はもう終わったの？朝から何をしゃべってるの？」看護師長は麻酔科の中でも一目置かれる存在で、その一言でみんな慌てて散っていった。けれど、なぜかその顔にはどこか険しい影があった。「こんな天気じゃ、滴る水さえ凍るわ」看護師長は窓の外を見つめ、曇った瞳にわずかな不安を宿らせた。「こういう時期こそ、病院が一番忙しくなるのよ」「一番忙しくなる……？」私は首を傾げた。「毎年この時期は、事故の件数が他の季節よりも多いのよ」看護師長はそう言って、真剣なまなざしで私を見つめた。「天候の影響で、いろんな形の事故が起きるの」その言葉に、医療従事者としての彼女の鋭い感覚を感じ取り、私は思わず身構えた。だが、まさかその十数分後に、すぐ試されるとは思いもしなかった。「至急、救急棟の下へ！交通事故の負傷者が七、八人、すぐに到着します！」私たちは一斉に駆け出した。雨の霞の向こう、担架に乗せられた傷だらけの人々が次々と運ばれてくる。迷っている暇などない、すぐに救助に入った。雨はまだ降り続いていた。数名の負傷者を救急室に運び終えた頃、看護師長が私を呼んだ。「水辺先生、この方をお願い」担架の上には中年の男性。半身を血の海に沈め、見ただけで下顎骨骨折と分かる状態だ。看護師長と目を合わせた瞬間、私は膝をついた。「気管挿管、私がやります」膝は血で濡れた紙のシーツに沈み、