美果は駅前に車を乗り捨て、まだ営業している居酒屋の中でも明るい店を選び入って行った。「いらっしゃいませ ! 」「一人。空いてる ? 」「どうぞ ! 」 何となく、人のいる明るい場所へ身を置いた。あのまま一人暮らしのアパートに帰るのが怖かったのだ。「それでさぁ。盆には帰省するからぁ、お袋がすげぇ息子に玩具とか買うんだよぉ」「分かるわぁ。嫁がうるせぇのなんの……無限オヤツとかなぁ。俺に言うなっつーの」 泥酔したサラリーマン達が、目前に迫る長期休暇を想像し不貞腐れていた。 些細な日常的の会話だ。 小さな個室に通された美果は、襖を隔てた隣の会話を耳に流し、落ち着きを取り戻していった。 少しのお通しと、冷や奴にレモンサワー。 全く酔わない頭で、空になったグラスを置き再びメニューに目を通す。 少しほろ酔いになった頃、ようやく周囲を見る余裕が出てきた。 手描きのメニューのデザイン文字。よく洗練されている味のある書体だ。 壁に貼られたビールのキャンペンガールの水着。清楚なイメージはそのままにセクシーに大胆に、ビールの色合いとマッチした色調。 狭いテナントでありながら、所狭しと並ぶ個室と賑やかなカウンター席の共生空間。ユニークな間取りと窓の数。仕切りを襖にして音が漏れるのも悪くない。路上からでも、繁盛さが分かる明るい接客の声。 美果の目には全てがデザインの世界で映る。 そして冷静になった時。 ふと思い出し、疑問を抱いてしまったのだ。 ──涼川 蛍の作品は本当にアートだっただろうか ? 壁に画鋲で付けられ垂れ下がっただけの物が、パーティルームとは笑わせる。 空間を使うアートならば、縦も横も、奥行も全てが審査対象。 蛍の最初の部屋は天井や、画鋲の使えない窓際は手薄だった。 使えるアイテムは言えば黒服が持ってくる。 パーティ用のリボンでもオーナメントでも、用意されたはずなのだ。 既製品なら時間の短縮にもなる分、もっと豪華に仕上げられたのでは無いか ? 異常な状況で、感覚が鈍っていたのか ? 同じ作業をするならば、自分の方が上手く飾れたはず。 だが、その発想が出てこなかったのは事実だ。 でも、やはり。 涼川 蛍の三世界。 あれは総合点での評価。 一部屋ずつ見れば、何の
Last Updated : 2025-04-24 Read more