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咲きゆく彼岸花、そして散りゆく華

Author: 液体猫
last update Last Updated: 2025-05-24 20:03:00

 花や植物を|操《あやつ》る力の原理がここにあった。

 |全 思風《チュアン スーファン》はひとつの謎を解き明かし、ほっと胸を撫で下ろす。体力を使い切ってしまったであろう|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》を片腕に抱き、眼前に広がる美しい光景に目をやった。

 何もなかった、ただ、枯れた大地。それが数秒前までのこの場所だった。

 けれど今や、それすら|眉唾物《まゆつばもの》のよう。

 カラカラに乾いていたはずの大地には緑が|溢《あふ》れ、|木陰《こかげ》や|木漏《こも》れ日すら産まれていた。風に遊ばれる草木の|囁《ささや》く音、|蝶《ちょう》や|蜂《はち》などの虫の姿すら当たり前のように横切っていく。

 何よりも、地を|覆《おお》いつくさんとする花たち。|山茶花《さざんか》、|桂花《キンモクセイ》、|薔薇《チャイナローズ》など。美しく揺らめく花びらを|携《たずさ》えながら、そわそわと、そよ風にあてられていた。

「……すごいね」

 ふと、|彩《いろ》とりどりな花たちの中に一本だけ、まっすぐ天へと伸びた|蕾《つぼみ》がある。それは何かと指で軽くつついた。

 瞬間、|山茶花《さざんか》の幹《みき》がピンとはる。|桂花《キンモクセイ》は|橙《だいだい》色の花びらを、ハラリと落としていった。|薔薇《チャイナローズ》は開いていた花を閉じてしまう。

「これは、いったい……え!?」

 |驚《おどろ》く彼の目の前で、全ての花は|彩《いろ》を失っていった。枯れたわけではない。花びらや|幹《みき》も、|萎《しお》れているようには見えなかった。

 |華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》を抱く腕に力が入る。|瞬《まばた》きすら忘れたかのように、不思議な瞬間に魅入っていった。しかし……

「…………っ!

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  • 鳥籠の帝王   「お帰り」「ただいま」

     息をひき取った|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》を前に、|妲己《だっき》が庇いたてをする。悪女と呼ばれていた彼女の思わぬ行動に、|全 思風《チュアン スーファン》たちは|驚愕《きょうがく》を隠せなかった。 けれど|刻《とき》は彼らを待ってくれるはずもなく…… 再び、あの頭痛といった症状とともに、世界や景色がぐにゃりと曲がった。 前回同様、立っていられないほどの不快感を覚えた彼は片膝をつく。|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》をしっかりと抱えながら両目を瞑り、そのときが終わるのを待った── □ □ □ ■ ■ ■ ホーホーと、夜を現す野鳥の鳴き声がする。 |全 思風《チュアン スーファン》は頭痛が治まったのを確認し、ホッと胸を撫で下ろした。彼の腕の中で眠る銀髪の美しい少年、|華 閻李《ホゥア イェンリー》を見、ふふっと微笑する。「……やっぱり、|小猫《シャオマオ》だったね」 夜なのに|煌《きら》めき続ける銀の髪に触れた。少女と|見間違《みまご》うほどに整った顔立ちの子供の額に、優しく口づけを落とす。 すると子供の長いまつ毛が動き、ゆっくりと目を開けた。「……ふみゅう? ……|思《スー》?」「うん、|思《スー》だよ」 彼の膝を枕にして眠っていた子供は、寝ぼけ|眼《まなこ》で上半身を起こす。目をこすりながら小さなあくびをし、彼をじっと見つめた。「ふふ|小猫《シャオマオ》、大冒険の感想は?」 優しく、絶対的な笑みで|尋《たず》ねる。 子供は|顎《あご》に手をあて、うーんと考えこんだ。やがて|全 思風《チュアン スーファン》と目線を合わせ、|儚《はかな》げに

  • 鳥籠の帝王   咲きゆく彼岸花、そして散りゆく華

     花や植物を|操《あやつ》る力の原理がここにあった。 |全 思風《チュアン スーファン》はひとつの謎を解き明かし、ほっと胸を撫で下ろす。体力を使い切ってしまったであろう|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》を片腕に抱き、眼前に広がる美しい光景に目をやった。 何もなかった、ただ、枯れた大地。それが数秒前までのこの場所だった。 けれど今や、それすら|眉唾物《まゆつばもの》のよう。 カラカラに乾いていたはずの大地には緑が|溢《あふ》れ、|木陰《こかげ》や|木漏《こも》れ日すら産まれていた。風に遊ばれる草木の|囁《ささや》く音、|蝶《ちょう》や|蜂《はち》などの虫の姿すら当たり前のように横切っていく。 何よりも、地を|覆《おお》いつくさんとする花たち。|山茶花《さざんか》、|桂花《キンモクセイ》、|薔薇《チャイナローズ》など。美しく揺らめく花びらを|携《たずさ》えながら、そわそわと、そよ風にあてられていた。「……すごいね」  ふと、|彩《いろ》とりどりな花たちの中に一本だけ、まっすぐ天へと伸びた|蕾《つぼみ》がある。それは何かと指で軽くつついた。 瞬間、|山茶花《さざんか》の幹《みき》がピンとはる。|桂花《キンモクセイ》は|橙《だいだい》色の花びらを、ハラリと落としていった。|薔薇《チャイナローズ》は開いていた花を閉じてしまう。「これは、いったい……え!?」  |驚《おどろ》く彼の目の前で、全ての花は|彩《いろ》を失っていった。枯れたわけではない。花びらや|幹《みき》も、|萎《しお》れているようには見えなかった。 |華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》を抱く腕に力が入る。|瞬《まばた》きすら忘れたかのように、不思議な瞬間に魅入っていった。しかし……「…………っ!

  • 鳥籠の帝王   血晶石《けっしょうせき》の秘密、花の誕生

     |華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》の手のひらに乗るのは、|朱《あか》い宝石のように美しい石だ。しかしその石を、あろうことか|血晶石《けっしょうせき》と呼んでいた。 そのことに|全 思風《チュアン スーファン》と|爛 春犂《ばく しゅんれい》は|驚愕《きょうがく》し、互いの顔を見合せる。「──ちょっと待って。|血晶石《けっしょうせき》って……それは本当なのかい?」 彼は|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》の持つ石を凝視し、それを指差した。石は淡く光っている。 誰もがその石を見、続いて銀髪の美しい者へと視線を移した。「……はい。そう、呼んでいます。これはわたしの血液から作られた石です」「君の?」 どういう意味かと、|尋《たず》ねる。「えっと……わたしが小さかった頃、母がこれを作ったんです。この石に願いをこめれば、一度だけ力を発揮する。そう教えられました」 たた一度だけ。願いを叶え、それが後々に己の能力として固定される。これが石の力だと、|顏《かんばせ》に影を落とした。 |全 思風《チュアン スーファン》は目を細め、深く考えてみる。 ──もしも、本当にこれが|血晶石《けっしょうせき》というならば、|殭屍《キョンシー》化の元を作り出したのは他でもない……|小猫《シャオマオ》の|先祖《せんぞ》って事になる。ただそうなると、現代でも|血晶石《けっしょうせき》が動いているというのはおかしな話になる。 この|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》が作りだしたと仮定するならば、時間の流れ的に今もそれが作成可能とは言いがたい。なぜならこの者は|殷《いん》の時代の人間であり、|全 思風《チュアン スーファン》たちが生きる|禿《とく》とは重なるはずがなかったからだ。 |殷《いん》から|禿《とく》になるまで、|凡《およ》そ千二百年。 妖怪の血が混ざっているぶん、|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》の寿命が人間よりも多少長い可能性はあった。それでも、そこまで長く生きられるという保証すらない。 ──何よりも私は知っている。|禿《とく》王朝が設立されたとき、この人の子孫がいたから。本人は、もうとっくの昔に亡くなっていたからね。 隣でともに困惑する男に視線をやり、ふうーとわざとらしいため息をついた。|爛 春犂《ばく しゅんれい》ではなく、|眼前《がんぜん》にいる美しい者を見張る。「ねえ、

  • 鳥籠の帝王   王都の外

     |華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》の|脆《もろ》く、それでいて|蠱惑《こわく》な見目は、性別すらも|超越《ちょうえつ》するかのよう。 |全 思風《チュアン スーファン》のように肩幅が広くはない。むしろ線の細さが目立ち、|儚《はかな》げな印象を与えた。それに|拍車《はくしゃ》をかけるのは|容貌《ようぼう》で、男性ないし女性。|云《い》われなければどちらなのかさえわからない。 そんな中性的な|麗《うるわ》しさがあった。「……君が、妲己と紂王の子だというのはわかった。もしかしてだけど、その髪色も出自に関係してるのかな?」   門番など目に入らないようで、彼は|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》だけを直視した。ふむっと考えこみながら腕を組む。 ──ずっと、不思議に思ってた。|小猫《シャオマオ》や|あの人《・・・》の髪は、なぜこんな色なのかと。異国の人間なのかもと思った事はある。だけど……異国人であっても銀髪なんて、そうそういないはずだ。 「無理にとは言わない。だけど普通に考えたら銀の髪なんて……」「気持ち悪い、ですよね?」「え? いや、違……」 ──しまった。そんなつもりじゃなかったのに。今の言い方では、髪色が気持ち悪い。そう|云《い》っているように|捉《とら》えられても無理はない。 失言したなと、苦虫を噛み潰したように眉をよせた。 |眼前《がんぜん》にいる者を見れば、長い銀の髪を指にくるくると巻きつけている。少しすねたかのように口を尖らせ、頬を|膨《ふく》らませていた。「うっ、ぐぅ!」 意外と子供っぽい仕草をする|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》

  • 鳥籠の帝王   殷の実情

    「|謝謝《シェイシェイ》。また来てねー」 店員が、店を出ていく|全 思風《チュアン スーファン》たちに手をふっていた。 |全 思風《チュアン スーファン》は|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》という美しい者ともに、町の中を歩く。その後ろには|爛 春犂《ばく しゅんれい》がおり、食い殺すような目で銀髪の者を見つめていた。 それを看過できるはずもない|全 思風《チュアン スーファン》は、大きくため息をついて彼を睨む。「あんた、何なのさ? そんなにこの人の事嫌いかい?」 話の中心になっている|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》は、近くにある階段へ腰かけていた。|蝙蝠《こうもり》の|躑躅《ツツジ》たちと|戯《たわむ》れながら、無邪気ともいえる笑顔をふり|撒《ま》いている。 |牡丹《ボタン》が銀の髪を口に|咥《くわ》えると、痛いよと口にした。けれど言葉とは裏腹に頬は緩んでおり、とても楽しそうだ。頭の上に乗る|躑躅《ツツジ》の|顎《あご》を撫で、ふふっと美しく笑む。 周囲を飛ぶ|青龍《せいりゅう》の|鱗《うろこ》に手を伸ばし、ひんやりとした冷たさを|堪能《たんのう》した。 そんな美しい者を|凝望《ぎょうぼう》しながら、|全 思風《チュアン スーファン》は|愛《いと》し子を重ねていく。 ──先祖だけあって、本当にそっくりだ。大食いなところも、動物が好きなところだって。それに……「……ねえ|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》、君は|半妖《はんよう》って事でいいのかな?」 それが本当ならば、|華 閻李《ホゥア イェンリー》も妖怪の血をひくことになる。それ自体は目くじらを立てるほどではないのだろう。  答を待つかのように、動物と|戯《たわむ》れる者を見つめた。

  • 鳥籠の帝王   大食い

     相席になった|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》を見れば、とてつもない量のご飯を胃へと入れていた。美しい顔に似合わずな|豪快《ごうかい》な食べっぷりに、|全 思風《チュアン スーファン》と|爛 春犂《ばく しゅんれい》は絶句してしまう。 丸くて赤い机は二段構えになっており、上段が回る仕組みだ。その上段をくるくると回し、乗っている食べ物を次々と食していく。  |青椒《ピーマン》と肉を絡めた|青椒肉絲《チンジャオロース》、|鶉《うずら》の卵と白菜を|庵《あん》で絡めた|八宝菜《はっぽうさい》。白いご飯に卵を混ぜ、炒めた|炒飯《チャーハン》や、|鶏《にわとり》の唐揚げに甘辛タレをかけた|油淋鶏《ユーリンチー》など。 数々の定番料理などが、全てひとりの美しい人物によって、あっという間に消えていったのだ。 下段にある|包子《パオズ》や|小籠包《ショウロンポウ》、ごま団子など。それも全て瞬く間に、銀髪の者のお腹に吸収されてしまった。「あ、すみません! |胡麻《ごま》そばと、|麻婆豆腐《まーぼーどうふ》、それから|回鍋肉《ホイコウロウ》に|餃子《ギョウザ》。|棒々鶏《バンバンジー》もお願いしまーす!」 店員が来ては空になった皿を片づけていく。そして、できたての料理を置いていった。 |華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》は笑顔に華を咲かせ、箸を左手で持って食べていく。 当然、それを見ている彼らは言葉すら失っていた。|全 思風《チュアン スーファン》はそっぽを向き、ううっと|唸《うな》る。|爛 春犂《ばく しゅんれい》は口を押えながら青ざめた顔で、うぷっとなっていた。 そんな彼らの様子に気づき、|華 茗沢《ホゥア ミンヅァ》はきょとんとする。「あれ? おふたりは食べないんですか?」 せっかく来たのだから食べなきゃ損するよと、無邪気にも似た笑顔を浮かべた。 その微笑み

  • 鳥籠の帝王   動く歴史と交わる疑惑

     おずおずと。逃げ腰の男は顔をあげる。瞬間、老人が放つ空気が変わった。 姿勢は伸び、|毅然《きぜん》とした出で立ち。 口を|覆《おお》い隠すほどに長い|髭《ひげ》は、風によって揺らされた。「──|某《それがし》の名は、|姜子牙《きょうしが》、しがない仙人だ」 さざ波のような声が空を|駆《か》ける。「|姜子牙《きょうしが》? ……どこかで聞いたような気がするけど」 |全 思風《チュアン スーファン》は基本、物覚えはよかった。けれどそれは、愛する子に関することだけに限定されている。それ以外のことには基本、|無頓着《むとんちゃく》なほどに興味を示さなかった。  本人はそれでいいと思っているらしい。その|証拠《しょうこ》に、|姜子牙《きょうしが》という名前を耳にしてもすぐに興味を捨て去った。「で? その|姜子牙《きょうしが》という偉い仙人様が、私たちに何の用なのさ?」 ひらひらと、|鬱陶《うっとう》しそうに片手で|空《くう》を払う。 けれど隣にいる男、|爛 春犂《ばく しゅんれい》は違った。彼は瞳に真剣さを乗せている。物言いたげな表情にもなっていた。「……? 何、あんた。言いたい事あるなら言ってみれば?」 沈黙する|爛 春犂《ばく しゅんれい》を見、退屈そうにあくびをかく。それでも彼は口を開こうとはせずに、|姜子牙《きょうしが》と名乗る者を|見据《みすえ》えていた。 |姜子牙《きょうしが》は、|爛 春犂《ばく しゅんれい》の視線に苦く|笑《え》む。鋭く射抜く瞳に肩でため息をつき、軽めの|咳払《せきばら》いをした。「|某《それがし》は仙人

  • 鳥籠の帝王   木漏れ日の一族

     銀の髪がさらりと揺れる。 日に焼けてすらいない肌はとても白く、きめ細かい。|目鼻立《めはなだ》ちが整った人物は男か、それとも女か。どちらともとれる中性的な美しさをもっていた。 にこりと笑めば花が舞うかのように華やかで、とても|儚《はかな》げである。 白を中心とした薄紫の|漢服《かんふく》は、|袖《そで》が少しだけ長かった。|襟《えり》、|袖《そで》、腰には|濃《こ》いめの紫の花が|刺繍《ししゅう》されている。 女性が着るような色合いの|漢服《かんふく》ではあったが、着こなし方は男性そのもの。 それがより一層、この人物の性別をわからなくさせていく。 けれど身長は、百八十センチあろう|爛 春犂《ばく しゅんれい》よりも低い。「──どうしたんですか?」 声は意外と低く、少しばかり|嗄《か》れている。ただ、声質は|華 閻李《ホゥア イェンリー》に似ていた。「……いや。何でもないよ」 |眼前《がんぜん》に立たれ、彼は少し戸惑う。 ──|小猫《シャオマオ》が成長したら、こんな感じになるのかな? 優しくて、|慈愛《じあい》に満ちていて……それでいて、美しさを失わない。だけど何だろう。何かがひっかかる。 それを口にすることなく、愛する子供に似ている者へ笑顔を送った。「それよりも、君は誰かな? あ、私は|全 思風《チュアン スーファン》。で、こっちの目つきが悪い人が|爛 春犂《ばく しゅんれい》」 ともにいる男の紹介は雑そのもの。当然、そんな紹介を受けた彼は|怒《おこ》り、無言で|全 思風《チュアン スーファン》の足を|踏《ふ》んだ。 「いってぇー! ちょっとあんた、何するのさ!?」

  • 鳥籠の帝王   鏡

     パチパチと、|焚《た》き火の|焔《ほのお》が周囲を照らす。 |全 思風《チュアン スーファン》は|焔《ほのお》の形を瞳に映し、膝の上で横になる少年を見つめた。 |殭屍《キョンシー》の攻撃を受けた子供は足に|怪我《けが》をしてしまう。感染は|免《まぬか》れたものの、傷口は|化膿《かのう》が始まっていた。それを防ぐために彼は|焔《ほのお》で子供の傷口を焼き、何とか|阻止《そし》する。 |青龍《せいりゅう》の冷たい息と交互に|行《おこな》うことで|火傷《やけど》は食い止められた。 それでも子供にとっては、|地獄《じごく》のような|激痛《げきつう》であっただろう。口に無理やり|咥《くわ》えさせられた布が、悲鳴を封じた。痛みに耐えながら涙を流し、声が|嗄《か》れるまで泣き続ける。 ──どんなにつらかっただろうか。苦しかっただろうか。ごめんね|小猫《シャオマオ》、私が君を|護《まも》るって決めたのに。それなのに…… 彼の脳裏には、そのときの子供が見せた涙が焼きついて離れなかった。 瞳を細め、唇を強く|噛《か》みしめる。「君の側を離れなければよかったな」  |後悔《こうかい》だけが押しよせた。 宵闇に溶けこんだ子供の銀の髪は、いっそう美しく輝いて見える。長いまつ毛を伏せて眠る子供の額に手をやれば、|怪我《けが》による熱が出てしまっていた。 「……私が代わってあげられたら、どれだけいいか」 そんなことは到底不可能だなと、笑みごと望みを消す。膝の上に頭を乗せて眠る美しい子供の頬を撫で、ふっと|哀《かな》しみの表情を浮かべた。「──そのような事、|冥界《めいかい》の王である貴殿でも無理ではないか?」 |焚《た》き火の向こう側から声がする。 彼は声に応えるように顔を上げた。 視線の先には片腕の|袖《そで》部分がない、青い|漢服《かんふく》を着た男がいる。男は普段は|爛 春犂《ばく しゅんれい》と名乗っていた。けれど|責務《せきむ》など、地位が必要や場面では|瑛 劉偉《エイ リュウウェイ》という名前で通っている。 彼はそんなややこしい男を|凝望《ぎょうぼう》し、チッと舌打ちをした。|爛 春犂《ばく しゅんれい》という男を邪魔者扱いし、子供のように|威嚇《いかく》をする。「……いや、貴殿は子供か?」 はあーと、男の肩から大きなため息が|洩《も》れた

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