All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 471 - Chapter 480

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第471話

南渓館に着いた綾は、中に入らず彩に電話をした。彩は、冷却シートを額に貼った安人を抱っこして出てきた。音々も一緒にいた。綾は彩から息子を受け取った。息子の頬を触ると、まだ少し熱があった。「安人、辛いの?」彼女は心配そうに息子を見つめた。安人は静かに首を横に振った。「母さん、心配しないで。お医者さんが、薬を飲めば治るって言ってたよ」息子が素直なだけに、綾は胸が締め付けられた。彼女は「お母さんと家に帰る?」と優しく尋ねた。安人は頷いた。「うん」綾は音々を見た。だが綾が切り出すのよりも早く、音々が先に口を開いた。「二宮さん、今週お忙しくなければ、安人くんを預かって頂けますか?」綾は願ってもない申し出だったが、音々の言葉に少し引っかかるものを感じた。「私は安人の母親ですから、彼の面倒を見るのは当然なので、特に面倒くさいってことはありません」それを聞いて、音々は微笑んだ。「誤解しないでください。ただ、あなたにもお仕事があるでしょう。誠也と私は、お預けする前に相談すべきだと思ったまでです」まるで女主人のような口ぶりだった。綾は音々を見ながら、文子があの日言っていた言葉を思い出した。この様子だと、どうやら、音々が息子の義理の母になるのは決まりのようだ。綾は少し複雑な気持ちだった。誠也と音々はまだ若い。結婚すれば、きっと自分たちの子供もできるだろう。それなのに、彼は何故安人にこだわるのだろうか。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。息子が病気なのだ。まずは息子の容態を第一に考えなければ。「私は安人の母親です。彼のためなら、いつでも時間を作れます」そう言うと、綾は安人を抱きかかえ、自分の車へと向かった。音々は綾の後についてきて、後部座席のドアを開けてくれた。綾は毎日優希を幼稚園に送迎しているので、車には常にチャイルドシートが設置してある。綾は安人をチャイルドシートに乗せると、シートベルトを締めてあげた。「二宮さん、少々お待ちください。安人くんの薬をお持ちします」と音々は言った。綾は軽く返事した。音々はくるりと背を向け、急いで中へと戻っていった。車の横に立っていた綾は、ふと視線を向けると、一階の大きな窓際に立っている男性の姿を見かけた。男性は黒いスーツ
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第472話

「分かっているなら、中島さん、今後、子供の前では言葉遣いに気を付けてください。私は何が会っても安人の母親であることは変わらないから。たとえ私が安人の親権を取れなくても、彼に愛情を注ぐのは、母親としての私の責任であり権利です。あなたに心配してもらう必要も、同意を得る必要もありません」それを聞いて、音々は少し眉を上げた。綾は車の正面を回り込み、運転席のドアを開けた。彩は音々に別れを告げ、振り返って車に乗り込んだ。車はエンジンをかけ、南渓館を出て行った。音々は振り返り、家の中に入った。そこに立つ大きな窓から、誠也がずっと車の後ろ姿を見送っていたのを目にした。真夏だというのに、彼は左手に黒い手袋をしていた。「まだ見足りないの?」音々は隣に歩み寄り、冷たくて彼の痩せた横顔を見やった。「今、彼女に嫌味を言われたんだけど。子供を守ろうとする母親っていうのはちょっと怖いよね!」「子供のことで彼女を刺激するな」誠也は冷淡な声で言った。「彼女は子供たちの為に多くの苦労をしてきた。特に安人は、一度失って再び取り戻した子供だ。誰よりも大切に思っている」「彼女が誰よりも子供を大切に思っているってことを分かってるなら、なんで安人くんを奪おうとするのよ!」音々は面白おかしく言った。「今日でよく分かったよ。彼女はあなたをひどく恨んでるんだね!」誠也は唇を閉ざしたまま、何も言わなかった。「誠也、女は女を一番よく知っているのよ」音々は眉を上げて、目の前の男を見つめた。「二宮さんは、一見穏やかで平和そうに見えるけど、だけど彼女ののような女性こそ一度見切ったら、なにがあっても後戻りしないはずさ!よく考えた方がいいよ。もし本当に計画通りに進めたら、もう本当に後戻りはできないんだからね」しかし、誠也は彼女をちらりと見て、「分かっている」とだけ言った。それを聞いて、音々もあきれたように「本当に......」と言葉がうまく出なかった。......一方で、家に着くとすぐに、綾は要に連絡した。すぐに要が到着した。彼は安人にマッサージをして、解熱作用のある漢方薬を処方した。処方された薬を受け取ると、綾は安人を優しくなだめながら飲ませた。漢方薬は苦かったが、それでも安人は言われた通り素直に飲んだ。漢方薬を飲んでしばらくすると、安人は汗
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第473話

婚約?綾は、目の前に差し出された招待状を見つめた。だが、彼女はそれを受け取ろうとはしなかった。「中島さん、結構です」綾は音々を見つめて言った。「誠也と私は、離婚後も関係を続けるような間柄ではありません。招待状をもらっても、お祝い金を包むのが面倒ですから」「二宮さん、そんなに警戒しないでください」音々は優しく微笑んだ。「私は子供を産めない体なので、誠也には安人くんだけしかいません。碓氷家は今後、安人くんが継ぐことになりますし、私も安人くんに頼って老後を過ごすつもりです。本当の息子のように大切に育てていきますので、あなたとも仲良くできたらと思っています」綾は眉をひそめた。音々は子供を産めないのか?「受け取ってください。義理の母になるのは新米だから、実の母親であるあなたの協力が必要なんです」音々は招待状を綾に押し付け、安人の手を引いて車に乗り込んだ。綾は車が走り去るのを見送った。輝が近づいてきて、綾の手から招待状を取り、広げて中身を確認した。「誠也はなかなかやるな。離婚協議書には、君は3年間再婚できないって書いてあるのに、自分はすぐに再婚するなんて!」輝はますます腹を立てた。「まったく、あんな奴は地獄に落ちればいいんだ!」「安人は、中島さんと仲良くしているみたいね」輝は動きを止め、綾の方を見た。「どういうことだ?」「安人は感受性が強い子だから、中島さんが誠実でなければ、決して懐かない。それに、山下さんからそれとなく聞いたんだけど、中島さんは普段、安人に厳しく接しつつも、一緒に過ごす時間を作っているらしい。だから、安人も自分から懐いているんだ」輝はまだよく理解できなかった。「それで?」「婚約発表に私は出席しないから、代わりに祝儀を渡しておいてくれる?」「祝儀を渡すのかよ!」輝は眉をひそめた。「元夫の婚約発表に、元妻が祝儀を渡すなんて聞いたことがないぞ!綾、優しすぎてるんじゃないか!」「安人は、あちらで暮らす時間のほうが長いから」その一言で、輝は完全に言葉を失った。なるほど、綾は元夫のためではなく、息子のために祝儀を渡すのか。子は鎹だな。息子があちらにいる以上、この悔しい思いも我慢するしかない。......誠也と音々の婚約発表は盛大に行われた。宴会は北城最大の式場で行わ
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第474話

綾はそれを面倒だと思った。「自分で送り迎えできますので、わざわざ運転手さんに頼むことありませんよ」「それならそれで、後で運転手さんに言っておきます」音々はすかさず了承した。電話を切ると、綾はスマホをしまい、家の中に入った。今日は土曜日で、子供たちは学校が休みだ。二人の小さな子供たちは、すでに一緒に遊んでいた。仲睦まじく遊ぶ兄妹の姿を見て、綾も心の中でほっとした。安人も以前よりずっと明るくなり、よく話すようになった。特に今回は、2週間ぶりに会ったら、少しふっくらしたようにも見えた。夜、二人の子供たちをお風呂に入れていると、綾は息子の変化をはっきりと確認することができた。確かに少し太った。以前は肋骨がはっきり見えていたのに、今では小さな体つきは優希とあまり変わらなくなっていた。誠也と音々は、安人を本当によく育ててくれている。お風呂の中で優希と楽しそうに笑っている安人を見て、綾は複雑な気持ちになった。お風呂に入り、二人を寝かしつけた後、綾は静かに起き上がった。そして、彼女は隣の部屋にいる彩を訪ねた。通常、安人の日常生活の世話は、彩が担当しているからだ。しかし、安人が短期間でこれほど大きく変化したのは、彩だけの功績ではないはずだ。彩から話を聞くと、初めて音々は合気道の心得があり、毎日安人を連れてトレーニングをしていることや南渓館から幼稚園までは、毎日一緒に徒歩で送迎していることが分かった。1キロほどの距離を、他の子供たちは皆車で送迎されているというのに、音々は自ら歩いて送迎しているのだ。夜、家では、音々は安人を連れて縄跳びもしているそうだ。綾は話を聞いて、しばらく黙っていた。彩は、綾がまだ心配していることを見抜いた。「実は私も最初は、中島さんが安人くんに優しくしないんじゃないかと心配していたんです」と彩は言った。「だから本当に心配で、中島さんが安人くんを連れて出かけるときは、こっそり後をつけていました。安人くんは繊細な性格だから、誰もいないところで中島さんが彼を脅したり虐待したりするんじゃないかと心配で、こっそり安人くんに中島さんのことをどう思っているのかと聞いてみたんです。そしたら彼、なんて言ったと思いますか?」「なんて言いましたか?」「中島さんはかっこいいし、悪い人を追い払っ
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第475話

「うん」安人は嬉しそうに言った。「母さんとお父さんと中島おばさんと優希ちゃんがいて、それと輝おじさんと彩おばさんと、幼稚園にはルナ先生と友達もいるし......」綾は、楽しそうに名前を挙げる息子の声を聞きながら、心が軽くなっていくのを感じた。午後、葛城弁護士から訴訟について問い合わせの電話があった。綾は葛城弁護士に、訴訟は一旦見送ると伝えた。今の状態も悪くない。誠也とは別々の生活を送り、子供を共同で育てている。一番大事なのは、子供たちが両親から十分な愛情を注いでもらえていることだ。それに越したことはないのだ。......一週間後、学生たちは夏休みを迎えた。綾が出資したアニメ制作会社による、初のオリジナルアニメ映画が公開された。興行収入は好調だった。わずか一週間で、このアニメは大ヒットとなった。伝統楽器の要素を取り入れたことが、話題を呼んだ。綾自身もこのアニメの制作に参加しており、伝統楽器を描いたシーンはすべて彼女が手掛けたものだ。制作担当の署名には【植田絵美】の名前が載っている。これは、今の彼女の業界内でのペンネームだ。制作者一覧に【植田絵美】の名前が現れると、たちまち新たな話題を呼んだ。公開3週目、興行収入は予想を上回る好成績を記録した。これは会社にとって、非常に強力な基盤となるだろう。「JCアニメーション」は一躍有名になり、責任者の渡辺卓(わたなべ たく)は、この朗報を綾に伝え、祝賀会を開くことを提案した。社員は皆、若く、成果を出したことでやる気が高まっていたのだ。綾も出資者として、彼らの熱意をもみ消すようなことはしたくなかった。だから、彼女は卓の提案に同意した。了承をもらった卓は、綾に祝賀会への出席を強く求めた。綾は、表に出るのが好きではないので、本当は行きたくなかった。しかし、二人の子供たちのことを考えると、考えが変わった。綾が会社の出資者として祝賀会に出席すると聞いて、輝は驚いた。「どうしたんだ?急に」「絵美のペンネームはまだ伏せておくけど、私自身の社会的地位を徐々に確立させていく必要があると思ったからよ」しかし、輝は理解できなかった。「なぜ急にそんな地位を確立させたいと思うようになったんだ?」「子供たちはいつか大きくなる。誠也と共同で育てる
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第476話

綾と卓は舞台に立ち、息の合った掛け合いで、形式的な挨拶をしていた。その間、綾は常に微笑みを浮かべ、美しい瞳で時折客席を見渡していた。その視線を浴びせられた来客達は皆その姿に感嘆した。誠也と音々が到着したのはこの時だった。舞台上で堂々と話している綾を見て、誠也は立ち止まった。音々は誠也の様子を横目で見て、赤い唇を少し歪めながら、低い声で皮肉った。「離婚後、二宮さんはすっかり輝きを取り戻したようね。やっぱり、よくない結婚生活から抜け出したほうがもっと若々しくなれるみたいね!」誠也は目を細め、冷たく音々を睨みつけた。音々は口笛を吹いた。「見て、イケメンが彼女を舞台からエスコートしているじゃない!わあ、あの人、脚が長くてタイプだな」誠也は冷ややかに言い放った。「彼は男が好きだ」「まさか、嫉妬?」音々は笑った。「雲水舎で彼に会ったことがあるけど、そんな風には見えなかったよ。だって、彼が二宮さんを見る目、完全に男の視線そのものだったもん!」誠也は絶句した。一方で、綾は輝に紳士的にエスコートされて舞台から降りた。そして、舞台から降りた途端、綾はほっと一息ついたかのように、輝に寄り添いながら、低い声で尋ねた。「大丈夫だった?私、変じゃなかった?」輝は笑った。「心配するな。完璧だったぞ!」それを聞いて、綾はようやく安心した。輝は綾をビュッフェコーナーに連れて行った。誠也と音々は、二人の後を目で追っていた。輝は綾のためにジュースを取りに行った。彼が離れると、すぐに誰かが綾に近づいてきた。それは柏だった。卓が柏を連れてきたのだ。「二宮さん、こちらは北城桜井グループの桜井社長です」柏は綾にシャンパンを差し出し、「二宮社長、ぜひお近づきになりたいのですが」と言った。綾は一瞬動きを止め、目の前の男を見上げた。彼女は桜井家の人間とは、関わりたくなかった。しかし、柏が卓と知り合いだったとは、綾にとって意外な展開だった。綾は唇の端を上げて微笑み、「申し訳ありません。お酒にアレルギーがあります。彼氏がジュースを取りに行ってくれているんです」と言った。そう言っていると、輝がジュースを持って戻ってきた。「パッションフルーツかオレンジのジュースしかなかった」輝はオレンジジュースを綾に渡した。「オレンジ
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第477話

宴会場を出て、輝はすぐに手を離した。彼は首元のネクタイを緩めながら、「はぁ、こんなにフォーマルな服は慣れないな。ネクタイが喉につっかえて苦しくてたまらないよ」と言った。綾は、まるで弟を見るように輝を見ていた。「今のよく反応できたわね」柏の視線が露骨だったから、彼女はとっさに輝を彼氏役にしたのだ。「あの桜井社長は、どう見てもろくな人じゃない!」輝は鼻を鳴らした。「ジュースを取りに戻るときに見かけたんだ。眼鏡をかけて上品ぶっているけど、変態だってことくらいお見通しだ!とにかく、桜井って名乗る人はろくなもんじゃない!」輝は怒りを込めて付け加えた。綾は輝の言葉に深く同意した。「彼と渡辺さんは知り合いみたいね」綾は真剣な表情で言った。「機会を見て、渡辺さんにどうやって知り合ったのか聞いてみないと」「ああ、それは聞かなきゃな」輝は言った。「彼とは仕事上の付き合いはしないように、渡辺さんに忠告した方がいい」綾は頷いた。そう話しながら、二人はエレベーターホールへと向かった。もう夜も遅いので、二人はホテルで部屋を取り、翌朝北城へ戻ることにした。エレベーターの扉が開くと、綾と輝は順番に乗り込んだ。誠也が宴会場から出てきた時には、エレベーターの扉はすでに閉まっていた。音々が追いかけてきて、彼を引き止めた。「何やってるの!柏さんはまだここにいるのよ。落ち着いて!」誠也は閉まったエレベーターの扉を見つめ、「綾は輝と付き合ってるんだ......」と呟いた。「付き合っていてもおかしくないでしょ」音々は低い声で言った。「岡崎先生は4年以上も二宮さんのそばに付き添っていたんだし、今彼女はもう離婚したんだから、当然の結果よ」それを聞いて、誠也はその場に立ち尽くした。音々はそんな彼の様子に我慢ならなかった。「もういい、ただの冗談よ。二人は別々の部屋を取ってる!確認済みよ!」誠也は音々を見た。音々は呆れたように言った。「もしかして、死んでも二宮さんにつきまとうつもり?」誠也は唇を固く結んだ。何も答えないということは、黙認しているということにもなる。「それは......」音々は真面目な顔で言った。「本当迷惑なもんね」「俺にそんな資格がないのは分かってる」誠也は目を閉じ、嗄れた声で言った。「だけど、綾が他の男と
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第478話

綾は、音々がそんな質問を突然してくるとは思っていなかった。少し考えてから、優しく微笑んだ。「付き合い始めたばかりですよ」音々は眉をひそめた。「本当ですか?」「あなたは、私がまだ誠也に未練があると思っていますか?」音々は言った。「......そんなことないですけど」彼女がこれを聞いたのは、誠也のためでもあり、もちろん自分のためでもあった。彼女から見ると、輝は確かに綾に気があるようだった。しかし綾の方は......今のところ、よく分からなかった。「安心してください。私と誠也は完全に終わりました。あなたたちを心から祝福します」音々は言った。「......ありがとうございます!」あなたは本心からそう言ったのだろうが、誰かさんはそれを聞いてたら傷つくでしょうね。音々は安人を抱き上げ、綾に別れを告げると、車に乗り込んだ。...南渓館に戻ると、彩が安人を連れてお風呂に入り、寝かしつけた。音々は書斎のドアをノックした。「入れ」了承を得ると、音々はドアを開けて入っていった。書斎では誠也はデスクの前に座り、書類に目を通していた。音々は近づいてきて、書類に視線を向けながら言った。「さっき、二宮さんに聞いてみたよ」それを聞いて、誠也は動きを止め、顔を上げた。「何て言ってた?」「岡崎先生と付き合い始めたばかりだって」それを聞くと、誠也の表情はみるみるうちに強張ってきた。「あなたとはもう無理だって。私たちが末永く幸せになるようにって、心から祝福してくれたんだけど!」「出て行け」誠也はそれ以上聞きたくないと思った。音々は言った。「ちょっと!あなたに言われて聞いただけでしょ!伝言しただけなのに、どうして私に怒るのよ!」誠也は目を閉じて深呼吸した――「ゴホッ!」息を吸い込んだ拍子に、激しい咳に襲われた。血を吐いた。音々は言った。「......怒りすぎよ!もうびっくりさせないでよ。安心して。女の勘だけど、二宮さんは岡崎先生のことは好きじゃないと思う。きっと、まだあなたに未練があると思われたくなくてわざと言ってるんじゃないかしら......」誠也の顔色は悪く、ハンカチには大量の血がついていた。音々はすぐに事の重大さに気づいた。これはただの吐血ではない。明らかに病状が悪化している
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第479話

綾は数日考えた末、北城に残ることに決めた。しかし、輝もいずれ結婚して家庭を持つだろうし、いつまでも雲水舎に住んでいるわけにもいかないと思った。輝とは姉弟のように仲が良いとはいえ、血の繋がりはないため、周りの人に誤解される可能性もある。輝の将来の結婚相手のことを考えても、自分の住まいを持つべきだと考えた。梨野川の川沿いの別荘は、4年前に購入して以来、ずっと空いていた。そこはアトリエにも、優希が通う幼稚園にも近くて、子供の送り迎えや通勤に便利だ。綾は早速、リフォームの準備に取り掛かった。今は6月だから、工事を急げば半年で完成する。来年9月には入居できるはずだ。綾の計画を知った輝は、少しがっかりした。しかし、綾の心配も理解していたので、何も言わず、信頼できるデザイナーやリフォーム業者を探してあげた。梨野川の別荘は敷地が広く、地下室を含めると五階建てで、リフォーム費用もかなりかかる。しかし、綾にはお金の心配はなかった。離婚の際、誠也から200億円の現金と、アトリエであるビルの所有権を譲り受けていたのだ。さらに、それまでに貯めたお金もあるため、今や綾は正真正銘のお金持ちだった。とはいえ、子供を育てなければならない綾は、多くの親と同じように、できるだけ沢山稼げるように頑張るようになった。子育てにはお金がかかる。だから、もっとお金を稼がなければ。以前、圭と一緒に買収した芸能事務所は、遥と千鶴の事件で多少の影響を受けたが、二人の違約金で十分にカバーできた。さらに、事務所はその違約金を使って、これを機に新たに新人とも契約を交わした。一方で、若美もバラエティ番組『輝け!伝統楽器』で遥を批判したものの言いがブレイクし、今や事務所を支える看板女優となったのだ。今まで遥に与えられた仕事も全て若美のところに舞い込んだのだ。これは綾の決断だった。前回の収録でも、ハッキリと物言いをする、頭の回転が速い若美は、綾にとても良い印象を与えた。さらに、収録後、若美は自ら綾にライン交換を申し出た。綾もまたそれに了承し若美とラインを交換したのだ。しかし綾は、自分が事務所の大株主であることは若美に隠していた。それ以来、二人はよくラインでやり取りするようになった。若美は頭が良く、理解力も高く、演技力もあった。綾は、若美
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第480話

「私は元気よ、心配しないで」「それで、いつ古雲町に帰ってくるつもりだ?」綾は少し間を置いてから言った。「北城に残ることにしたの」「残るのか?」要は明らかに驚いた様子で、少し戸惑いながら言った。「どうして急にまた残ることにしたんだ?」綾は要を友人として見ていたので、安人のことは包み隠さず話した。話を聞いた要は沈黙した。しばらくして、彼は尋ねた。「つまり、安人くんのために北城に残ることにしたのか?」「ええ」綾は言った。「今は安人の戸籍は碓氷家にあるからね。誠也と彼の今の婚約者も安人によくしてくれているし、安人に聞いてみたけど、今の生活を気に入っているみたい。それに、誠也は私と安人が会うことを制限しないから、今は共同で子育てをしているってことね」誠也と音々の婚約式はとても派手だったため、北城では誰もが知っていた。しかし、古雲町にいた要は、そのことを知らなかった。だから彼は今、誠也が音々とすぐに婚約したと聞いて、とても驚いた。しかし、誠也が新しい恋を見つけたことよりも、要は綾のことを心配していた。「気にならないのか?」要は尋ねた。「あなたが安人くんと再会したばかりなのに、碓氷さんはさっそく彼に義理の母を探してあげたなんて。明らかにあなたを困らせようとしているじゃないか。本当に少しも気にならないのか?」それを聞いてなぜか、綾は今日の要の様子が少し違うように感じた。彼は機嫌が悪いようだった。そして、誠也に対して強い敵意を持っているようだった。しかし彼女は思った。要は自分を友人として見てくれているのだから、友人の立場からすれば、要が誠也を嫌うのも当然だろう。輝もずっと誠也を嫌っていた。綾は落ち着いた声で言った。「もちろん、安人の親権はこちらにあった方がいいんだけど、葛城先生に相談した結果、誠也から安人の親権を取り戻す可能性は非常に低いと言われたの。だから、揉めるよりも、安人が穏やかな環境で安心して成長できる方がいいと思ったの」「あなたは安人くんの事しか考えていない」要の声のトーンが低くなった。「自分のことは考えていないのか?」綾は驚いた。「碓氷さんに本当に未練はないのか?」「私と誠也にはとっくに何の情もないさ。この結婚だって、彼がずっと執着していたから、離婚がこんなにも長引いたのよ」綾はきっぱ
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