廃工場の内部は、時が凍りついたかのような深い静寂に満たされていた。 崩れた鉄骨が、墓標のように影を落とす。割れた天窓から射す光は弱々しく、錆びついた機械の残骸を不気味な輪郭で浮かび上がらせていた。足元で埃が舞い、鼻をつく鉄錆と黴の匂いが、この場所の永い死を物語る。 だが、それ以上に――この空間は、空気が異様に重い。 粘液のようにまとわりつく湿った空気が、肌を、呼吸を、思考までも鈍らせていく。まるで、見えざる“何か”が、今も壁や床にべったりと張り付いているようだ。 「……先輩」 美琴の囁きが、淀んだ空気の中を鋭く貫いた。 血のように紅い彼女の瞳が、迷いなく僕を見つめている。その眼差しには、この地の穢れを一身に受け止める巫女としての覚悟と、どこか儚げな哀しみが宿っていた。 「あそこに、強い残滓があります」 彼女が細い指で示した先。霊眼を凝らすと、視界が歪み、空間の一点が陽炎のように揺らめいていた。獲物を待ち構える蜘蛛のように、濃密な怨念が黒い靄となって渦巻いている。 美琴は静かに祈りを捧げ、その靄の一部を掬い取るように手の中へ集めた。そして、そっと僕の掌へとそれを移す。 ――その、瞬間。 氷の刃が心臓を貫いたかのような激痛が走り、指先から底知れぬ**“負の感情”**が奔流となって流れ込んできた。息が詰まる。あまりの濃密さに、意識が急速に色を失っていく。 記憶の源を辿ろうとした、その刹那――おぞましい暗闇が、僕をその深淵へと引きずり込んだ。 【歪な愉悦の追体験】 (なっ……!ひ、引きずり込まれた……!?) 地の底から響くような、粘ついた笑い声が耳にこびりつく。 暗闇の中、フードを深く被った男が、乾いた血で黒ずんだナイフを手の中で弄んでいた。腐臭と鉄の匂いが混じり合い、僕自身の胃の腑が持ち上がるような錯覚。 「ずっと……ずっと、てめぇをこうしてやりたかったんだよ」 男が、目の前で命乞いをするスーツ姿の上司を見下ろす。その顔には、純粋な愉悦が浮かんでいた。 (……!!これは……殺人鬼の……!) 「な……なにを……やめろ、黒崎……!」 懇願は、彼の耳には心地よい音楽のようにしか聞こえていない。 楽しげに傾けられたナイフの切っ先が、上司の喉元を、次いで心臓のあたりを、愛撫するようにゆっくりとな
Terakhir Diperbarui : 2025-06-08 Baca selengkapnya