地の底から響くような、腐った汚泥のような笑い声が耳奥にこびりついて離れない。 暗闇の中、フードを深く被った男が、乾いた血で黒ずんだナイフを指先で愛おしげに撫でていた。腐臭と鉄錆の匂いが混じり合い、僕の胃袋が裏返りそうになる。 「ずっと……ずっと、てめぇをこうしてやりたかったんだよ」 男の声には、長年溜め込んだ憎悪が滲んでいた。 「な……なにを……やめろ、黒崎……!」 懇願の声は、彼にとって心地よい旋律でしかない。 楽しげに傾けられたナイフの切っ先が、上司の喉元を、次いで心臓のあたりを、恋人の肌を愛撫するようにゆっくりとなぞっていく。 「どこからがいいかなぁ?」 次の瞬間、ひときわ強い力が込められ—— ずぶり。 肉を裂く湿った音が、僕の鼓膜を震わせた。 「ぐ…あっ……ぁ…」 (これは……! この記憶は……殺人鬼の……!) 「あっははははははは!!!! 俺の事をさんざん見下しやがって!!!!」 「クソどもの前ではよく恥をかかせてくれたよなぁ!? おい!!」 黒崎と呼ばれた殺人鬼は、倒れ込む男性の顔を鋼鉄の先を履いた安全靴で蹴り上げた。 ぐしゃり。 鼻梁が砕ける音。それでも黒崎は止まらない。何度も、何度も何度も何度も、まるで壊れた機械のように同じ動作を繰り返す。 声にならない呻き。噴き出す血飛沫が描く赤黒い放物線を、黒崎は恍惚とした表情で見つめていた。生温かい血の匂いが、僕の肺を満たしていく。 (もうやめろ……!) 目の前で繰り広げられる惨劇を止めたい。そう思って、僕は男を掴もうとした。 でも、当然のことながら、ここは過去の記憶の中だ。 僕の手は虚しく宙を切るだけ。 ——っ……! 突然、場面が切り替わる。 今度は、錆びた機械の前で震える若い女性が黒崎と対峙していた。恐怖で顔面が蒼白になっている。 黒崎の手にあるナイフからは、先程の男性の血がぽたぽたと床に滴っていた。 「や、やめて! こっちに来ないで!」 その悲鳴が、黒崎の口元を三日月のように歪ませた。 「『黒崎さんって優しいですよね』……そう言ったのは、誰だったかなぁ?」 ねっとりとした声で囁きながら、彼は傍らにあった錆びついた鉄パイプを拾い上げる。重量感のある金属音が、空気を震わせた。 女性の顔が絶望に染まる。
Last Updated : 2025-06-08 Read more