공유

六十四話:桜を模した勾玉

작가: 渡瀬藍兵
last update 게시일: 2025-06-09 19:00:00

 花守温泉郷の通りには、小さな店が途切れることなく並んでいた。

 土産物屋、甘味処、湯上がり客向けの雑貨店。昼の光を受けた石畳の道は明るく、行き交う人々の声もどこかのんびりしている。悠斗と美琴もそんな通りを歩きながら、気になる店をひとつずつ覗いていた。

 今、二人が足を止めているのは、小物や髪飾り、着物が並ぶ呉服店だった。店先には色とりどりの布小物が揺れ、硝子戸の向こうには繊細な細工の簪や帯留めが並んでいる。和の意匠で統一されたその空間は、見ているだけでも楽しかった。

「先輩っ。見てください、これ」

 控えめではあるものの、弾んだ声。

 悠斗が振り向くと、美琴が小走りに近づいてくる。差し出された手のひらの上には、桜の形を模した勾玉がひとつ、やわらかな光を受けて静かに艶めいていた。

「へぇ。ここも桜がモチーフなんだね」

 そう言って覗き込むと、薄紅色の石を削って作られたそれは、小ぶりながら不思議と目を引いた。花弁を思わせる丸みがあって、ただ可愛らしいだけではなく、どこか凛とした空気もある。

「そうみたいですね。なにやら、ここ花守温泉郷で語り継がれている偉人が、非常に桜を愛していたらしくて」

「そうなんだ。あっ」

 そこで悠斗は、ふと別の勾玉の感触を思い出した。

 バスに乗ったとき、美琴から受け取った紅い勾玉。あれを持っていたおかげで、霊眼術は驚くほど自然に発動できた。あのときの美琴の声も、妙にはっきりと耳の奥に残っている。

 ――私の故郷では、勾玉というものはとても神聖で大切なものとして古くから伝わっていて、多くの人々がお守りとして身につけたり、大切な人へ贈ったりする習慣があるんですよ。

 そこまで思い出したところで、悠斗はもう一度、美琴の手の中の勾玉に目を落とした。

「気になってるの?」

「そうですね……。はい。でも少し高いですし。他のも見てみようと思ってます」

 そう答える美琴の声はいつも通り穏やかだったが、視線だけはもう一度、名残惜しそうに桜の勾玉へ落ちていた。

「美琴」

「はい?」

「あっちにさ、桜のモチーフのエリアがあるから、見てきてもらえないかな。それは僕が戻しておくよ」

 店の奥を指さしながら言うと、美琴は素直にそちらを見た。

「分かりました」

 美琴は手の中の勾玉を悠斗へ渡し、そのまま言われた通り桜の意匠が集められた棚の方へ歩いていく。髪飾りや小さな巾着の並ぶ一角へ視線を向けたその横顔は、もうすっかりそちらに引かれているようだった。

 その後ろ姿を見送り、悠斗は手の中の勾玉をそっと握り直す。

「今のうちに……」

 小さく呟いて、カウンターへ向かった。

 店員の前に立ち、勾玉を差し出す。年若い女性店員はにこやかにそれを受け取り、手元の札を確かめた。

「いらっしゃいませ。こちら一点、七千円になりますね」

(…勾玉にしては確かに高いな)

 思わずそう考える。口には出さなかったが、内心ではかなり率直な感想だった。

 ただ、それをそのまま値踏みのように扱うのは、たぶん違う。美琴にとって勾玉がただの飾りではないことは、もう分かっていた。神聖で、大切で、想いを込めるもの。その意味まで含めれば、これは単なる石ではないのだろう。

 悠斗は財布を取り出しながら、気持ちを決める。

「すみません。それを、プレゼント用に包んでもらえますか?」

「かしこまりました」

 店員はすぐに笑顔を深め、勾玉を丁寧に小箱へ収めた。薄い和紙で包み、桜柄の細い紐を結ぶ手つきは慣れていて、見ているうちに、さっきまで商品だったものが、きちんと誰かのための贈り物へ変わっていくのが分かった。

 包みを受け取ると、掌にちょうど収まるくらいの大きさだった。それなのに、妙に存在感がある。

「ありがとうございました!」

 店員の明るい声に、悠斗は小さく会釈を返した。

 視線を上げると、店の奥では美琴が簪をひとつ手に取って眺めている。まだこちらには気づいていないらしい。

 悠斗は包みをそっと鞄の中へしまい、何事もなかったような顔で、美琴のいる方へ歩き出した。

「お待たせ」

 何食わぬ顔で声をかけると、美琴は並んでいた簪や巾着から顔を上げた。

「いえ、こちらの桜のモチーフを見ていたのですが……。なにやら花守の巫女という巫女さんが、いらっしゃったみたいですね。先程の偉人とは、彼女のことを言っていたのでしょうか……」

 そう言って、美琴は棚の一角へ視線を戻す。小物や反物のあいだには、桜を意匠にした品が思っていた以上に多い。そのどれもが、ただ可愛らしいだけではなく、この土地にとって桜が特別な意味を持っていることを静かに物語っていた。

「花守の巫女……か。どんな人だったんだろうね」

「看板などには、おおらかで、とても強い人だったと書いてありますね。ただ、その巫女さんはなにやら数百年前にこの温泉郷に滞在したらしくて……。詳しい話はあまり残ってないみたいです」

「そうなんだね」

 美琴の隣に並びながら、悠斗も店内を見回す。

 商品の棚には、土地の伝承を簡単にまとめた小さな案内板や札が添えられていた。そのひとつに、薄い紙のパンフレットが何枚か差し込まれている。花守の巫女の伝説、と題されたそれには、ぜひお持ち帰りくださいと小さく書かれていた。

「気になるから見てみようかな」

 独り言のようにそう言って、悠斗はごく自然な手つきで一枚を抜き取る。美琴に勘づかれないよう、あくまで何気なく。手に取った紙の軽さに対して、書かれている内容は妙に重みを持っている気がした。

 そのまま折りたたんで鞄へ滑り込ませる。中には先ほど包んでもらった桜の勾玉も入っていて、二つの存在が重なるようにそこに収まった。

「あっ、美琴。もうすぐ夕方だしさ。一度宿に行ってみない?」

 声をかけると、美琴は名残惜しそうに小物の棚から目を離し、悠斗の方へ向き直った。

「そうですね。どんな宿にしますか?」

「実はもう予約してあるんだ。なにやら、ここ花守温泉郷ではかなり有名な旅館らしくて、滅多に予約が取れないんだって。でも、今回たまたま取れちゃったからさ」

 そう言った瞬間、美琴の目がわずかに丸くなる。

「そんな……。すみません。私、何もしてないですね……」

 少し肩をすぼめるようにして言うその声に、悠斗は小さく笑った。

「いいんだ。僕がしたくてしてることだから」

 言ってから、喉の奥がわずかに熱を帯びる。けれど不思議と気まずさはなかった。むしろ、その言葉は思っていたよりも素直に口から出ていた。

 美琴は一瞬だけ言葉を失ったように悠斗を見て、それからふっと表情をやわらげる。

「……ありがとうございます」

 その声は小さかったが、きちんと届いた。

 店先の暖簾が風に揺れる。外からは、温泉郷を行き交う人々の話し声や、どこかの店先で鳴った鈴の音がかすかに聞こえてきた。昼の名残を残した光はまだ通りを明るく照らしているが、山あいの空気には少しずつ、時間が傾きはじめる気配が混じっている。

「それじゃあ……行こっか」

「はいっ」

 今度は美琴が先に歩き出した。

 悠斗もその隣に並ぶ。呉服店を出ると、通りには相変わらず穏やかな賑わいが広がっていた。土産物屋の軒先を渡る風、遠くに立ちのぼる湯気、石畳を踏む足音。旅先の空気はどこまでものどかで、けれどこの土地には、その穏やかさの奥に、まだ知らない何かが静かに息づいている気がする。

 鞄の中にしまった小さな包みが、歩くたびにわずかに揺れた。

 その重みを確かめるようにしながら、悠斗は美琴とともに、宿のある方へ足を向けた。

이 작품을 무료로 읽으실 수 있습니다
QR 코드를 스캔하여 앱을 다운로드하세요

최신 챕터

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜    読者の皆さまへ

    ### 作品をより良くするための挑戦 この作品は、**物語の良さを最大限に引き出すため**に、大きく二つの改訂を行います。 一つ目は、視点の変更です。 当初は一人称で書いていましたが、**三人称一元視点(悠斗の内面に寄り添う視点)** に変更しました。これは、読者の皆さまにより深く物語の世界に没入していただくための選択でした。 一人称では表現しきれなかった、**静かな空気感**、**日常に滲み出る異常**、そして**じわりと背筋を這い上がる怖さ**。それらを、より豊かに、より美しく描くことができたと感じています。 二つ目は、内容のテコ入れです。 物語の核心は変えず、展開やシーンの構成を見直します。より自然な流れで、より緊張感のある展開で、悠斗と琴音の物語が読者の心に届くように。 ### でも、変わらないもの どれだけ手を加えても、**絶対に失いたくなかったもの**があります。 それは、**この物語が持つ温かさと切なさ**。 春の桜、夕陽の茜色、風に揺れる髪。そんな美しい日常の中に、静かに、でも確かに存在する「この世ならざるもの」との繋がり。 **悠斗の優しさ**と**美琴の儚さ**。二人の間に流れる、言葉にならない想い。 それらは、最初に書いた時から、ずっと変わらず、この物語の心臓として脈打っています。 ### 最後に この物語が、皆さまの心に、少しでも残るものであれば幸いです。 怖さの中にある優しさ。日常の中にある奇跡。そして、縁が結ぶ不思議な物語。 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   裏設定

    皆さん、物語を読んでいただきありがとうございます! ここでは、物語をさらに深く楽しんでいただくために、いくつかの裏設定を少しだけ解説したいと思います。 Q1. 迦夜(かや)って、結局何だったの? 第七章で悠斗たちを苦しめた《迦夜》。彼女たちは、琴音の呪いによって生まれた「歴史への怨嗟の集合体」です。 しかし、琴音が戦いの最中に言ったこのセリフ、気になりませんでしたか? > 『ぐぅ……! 吸収し損ねた迦夜の残骸か……! はみ出し者の分際で、妾に逆らうとは……っ!!』 実は、琴音はこの千年もの間、自らが振りまいた呪いが生み出す怨念を、その身に吸収し続けていました。 迦夜の力も怨みも。 つまり、悠斗たちが戦った迦夜は、その巨大な器から**ほんの少しだけ溢れ出してしまった「残骸」**にすぎません。 Q2. なぜ沙月(さつき)の血筋だけが、他の巫女より長生きできたの? 美琴の血筋をはじめ、多くの巫女たちが二十代という若さで命を落とす中、なぜ沙月の子孫だけは比較的長く生きられたのか。 その答えは、**沙月が呪いの元凶である琴音の「実の妹」**だったからです。 力の源流に最も近い血を持つ沙月は、琴音の力を扱える器でした。 (もちろん、全く呪われていない訳ではありません) 例えるなら、他の巫女たちの呪いの進行速度を「2倍速」とすると、沙月の子孫は「等速」で進む、というイメージです。 それ故に、他の巫女よりは長く、三十代~四十代まで生きることができました。 悠斗に一切呪いがないのは、沙月の子孫への強い想いから繋がった、祈りという名の奇跡なのです。 Q3. 忘れられた創設者・沙月の歴史 桜織市の創設者である沙月の歴史は、あまりにも長すぎるため、そのほとんどが人々の記憶から忘れ去られています。 温泉郷にかすかに「清き巫女の伝説」が残るのみで、その全貌を知るのは、桜織神社の墓守である藤次郎の一族だけです。 なぜ歴史が忘れられたのか? それは、沙月自身がそう望んだからです。 彼女は、自分の子孫たちが過酷な宿命に縛られず、自由に生きてほしいと願い、藤次郎の祖先に「真実を語り継ぐ必要はない」と伝えていました。 ちなみに、沙月には**《葵(あおい)》**という娘がいました。 白蛇様の分身体を封印する覚悟を決めた沙月は、その少し前に、娘を父方の家系へと

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の結び

    あれから――さらに、百年もの歳月が流れようとしていた。 悠久の風がこの白蛇山の山頂を吹き抜ける中、妾は静かに見守り続けていた。悠斗に遺した妾の血を媒体に、彼と美琴、そしてその子孫たちが紡ぐ、すべての記憶と感情を。 それが、妾が自らに課した最後の贖罪であったから。 二人は、実に満ち足りた生涯を送った。 まるで失われた時間を取り戻すかのように、笑い、愛し合い、時には些細なことで喧嘩をしながらも、固く手を携えて歩んだ。やがて、その腕に新しい命を抱き、慈しみ、育て、そして次の世代へと縁を繋いでいった。 霊砂や百合香たち、古の巫女たちもまた、穏やかに天寿を全うし、安らかな眠りについた。 その最後の魂が天へと昇ったのを見届けたとき……妾の役目も、ようやく終わったのだ。 あぁ……なんと壮大で、愛おしい記録であったことか。 妾の呪いが彼らを、そして多くの者を苦しめてしまった事実に変わりはない。 だが、妾の血を引き継いだ彼らの子孫たちが、この先も数多の物語を紡いでいく。かつてあれほど憎らしいとさえ思ったその事実が、今ではむしろ……誇らしく、喜ばしいとさえ感じるのだ。 そんなことを想いながら空を仰いでいた、その時だった。 『……姉上……』 ふと、天から懐かしい声が聞こえたような気がした。 いや、気のせいではない。魂に直接響く、凛として、それでいて慈しみに満ちた声。 『む……?』 『姉上……』 見上げると、雲間から柔らかな光が差し、天からひとつの人影が、静かに舞い降りてくる。 妾の記憶にある、ただ一人の姿。 『……沙月……!』 『迎えにまいりました』 地に降り立った妹は、以前と何ひとつ変わらぬ、穏やかな微笑みを浮かべていた。 かつては、その清廉さが息苦しくもあった。だが……それがいまは、どうしようもなく心地よい。 『ふふ……そなたの蒔いた種が、見事な花を咲かせ……こうして、妾を解放するに至った。感謝するぞ、沙月』 そう告げると、彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして、そっと妾の手を取った。 差し出されたその手は、記憶にあるどの温もりよりも柔らかく、そして、暖かかった。千年の時を超え、ようやく妹の手に触れることができたのだ。 さぁ、天へと上がろう。 悠久の時を、今度こそ二人で。 そして、この地に生きる、まだ見ぬ愛しき子孫たちよ。

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の最終話:縁が結ぶ光

    あれから――十六年が経った。 月日は慌ただしく流れ、私の日常も大きく姿を変えた。 私は今、この桜織市で『結び屋』という名の霊媒処を営んでいる。 古の巫女である霊砂さんたちとの交流は続き、私の方から「一緒に霊媒師をやらないか」と声を掛けたところ、彼女たちも快く受け入れてくれた。今では、皆が『結び屋』の正式な仲間だ。 皆の助けもあってか、いつしか「よく当たる」などと評判になり、かつてのような無名の存在ではなくなった。 けれど、やっていることは昔と何も変わらない。 ただ静かに、迷える霊たちの傍に寄り添い、その”想い”と向き合い――癒すだけ。 かつて、彼女がそうしてくれたように。 *** バスの車窓から、ふと紅い影を纏った霊を見つける。すぐに停止ボタンを押し、運賃を払ってバスを降りた。 いた。あの霊だ。 「こんにちは。何か、お困り事でも?」 私は、路地裏に佇むその霊に、臆することなく声をかける。 『あんた……私が見えるのね……』 「ええ。何か抱えている想いがあるはずです。私でよければお聞きしますよ」 『……なんで……なんで私が死ななきゃいけなかったの!? あいつが……あいつが悪いのに……!』 胸の内に渦巻く、未練と怒り。それはまだ”すれ違い”の最中なのだろう。 「よければ……あなたの話を、聞かせてくれませんか。私にも、力になれることがあるかもしれません」 これまで、幾度となく見てきた。怒りに呑まれ、世界を恨んだ霊たちも――きちんと”言葉”を交わせば、癒えるのだと。 *** 『……ってわけがあってねぇ……』 先ほどまで荒れ狂っていた霊は、今ではすっかり落ち着き、赤く禍々しかった気配も、まるで嘘のように消えていた。 「なるほど……それは、とてもお辛かったですね」 そう伝えると、彼女の身体が透き通り始める。成仏の兆候だ。 「あとは私が、あなたの想いを引き継ぎましょう」 『……ほんとに? いや……なんだか、あんたは信用できる気がするよ……』 彼女は、誤解の果てに彷徨っていた。だが、その誤解はいま解けた。約束通り、後日、彼女の言葉を伝えるために”その人”へ連絡を取るつもりだ。それが、私の仕事。私が選んだ、生き方。 『……あぁ……なんだか……心地がいいや……』 彼女の姿がさらに透け、やがて光の粒子となり、静かに――天へと昇っていっ

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の百八十:おかえりとただいま

    僕は車の中で、輝信さんと……琴乃さんの話をしていた。 彼女は、魂を賭して美琴を、そして僕を守ってくれたのだ。 美琴の言葉を借りれば──魂が攻撃されて死んでしまった場合、その魂は浄土へ昇れず、消滅してしまう。それを知っていながら、琴乃さんは迷わず僕たちを守ってくれた。その事実を思えば、あの山頂での自分の行動は……あまりにも愚かだったと、今更ながら胸が痛む。 この命は、琴乃さんと美琴、ふたりの魂に支えられて今、ここにあるのだ。 琴乃さんの想い人であり、彼女を同じように深く愛していた──輝信さん。彼がどんな反応をするか、正直、不安だった。 けれど、返ってきた言葉は……想像していたものとは違っていた。 「そうか、琴乃がふたりを守ってくれたのか……なら──ちゃんと、生きないとな。きっと琴乃も、それを望んでる」 その声は、努めて明るく振る舞う中に、微かな震えが混じっていた。ほんの一瞬だけ、その瞳の奥に深い悲しみがよぎる。でも彼は、変わらず優しく微笑んでくれた。 「……はい」 僕は深く頷いた。 *** 車内の空気は、しばらく静寂に包まれた。それでも、輝信さんは黙って僕を自宅まで送り届けてくれた。 「元気でな、悠斗君!」 別れ際、彼は笑顔で手を振った。 「俺はこれから琴乃の亡骸を弔ってくる。……また気が向いたら、あの家に来てくれ!」 その言葉を聞いて、僕は彼に尋ねた。なにか、自分にもできることはないかと。 だけど彼は、そっと首を横に振った。 「これは俺が、一人でやりたいことだから」 彼の瞳は、どこか遠い空を見つめていた。 そして、こうも言った。呪いが消えた今、琴乃さんが住んでいたあの家に住むつもりだと。そこに、彼女のための大きな墓を建てるつもりだと── (……僕も、ちゃんとお墓参りに行かないと) そう心に誓った僕に、彼は大きく手を振って車に乗り込んだ。 「じゃあな、悠斗君! 達者でなぁ!!」 その声が遠ざかっていく。 僕は、ただ静かに頭を下げて、その車を見送った。 *** 輝信さんと別れた僕は、その足で――久しぶりに、母さんのいる病院へと向かった。 バスの振動に揺られながら、窓に映る自分の顔が、やけに強張っていることに気づいた。もう何度も来ているはずの場所なのに、今日は心が落ち着かない。大切な報告があるからか、それとも、これまで

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   縁語り其の百七十九:終幕のその先へ

    「……よく戻ったな」 長老の家の前に立ったとき、あの慈愛に満ちた声が出迎えてくれた。 琴音様のことを村人たちに伝え終え、僕はひとり、この家を訪れていた。理由はふたつ。ひとつは――琴音様が告げた、美琴の転生の話を伝えるため。この人にとっても、美琴はきっと、大切な存在だったから。 「長老……琴音様から、美琴についてのお話がありました」 「ふむ……聞こう」 僕は、琴音様が語った言葉をそのまま伝えた。十数年後、美琴は再びこの世に生を受け、僕のもとへ還ってくる、と。 「琴音様が……そんなことを……?」 長老は、にわかには信じがたいといった表情で目を細めた。だが、その深く刻まれた皺の奥で、小さな希望の灯火が宿るのが見えた。 僕は静かに頷く。 「はい。あのとき、琴音様は力強くそう言ってくれました。……あの瞳に、迷いはありませんでした」 ゆっくりと、深く頷いた長老の目から、ひとしずく涙がこぼれ落ちた。 「そうかぁ……そうかぁ……」 何度も繰り返されるその声に、どれほどの想いが込められていたのか――僕は、その涙の重みを、ただ静かに見守った。 そして――もうひとつ。 「長老、もうひとつ……お願いがあります」 「ほう? なんじゃ?」 「沙月さんの情報を……すべて、正しく書き直してほしいんです」 しばしの沈黙の後、長老は目を閉じて静かに問い返す。 「それは……構わんが、なぜ今になって?」 「沙月さんのこの村での記録は、偽られたままです。本当のことが、何ひとつ残されていない……。千鶴さんが、彼女の子孫である僕達を守るためにそうしたのは分かります。でも、今はもう――その呪いも、終わったから……」 かつて琴音様が残した呪いは、もう祓われた。今の村には、彼女を知る人もいない。それなら、もう……彼女の人生を”真実”として刻んでもいいはずだ。 「ふむ……。では、文献を作り直そう」 そう言って、長老は真っ直ぐ僕を見つめ、力強く頷いてくれた。その声に、ひとかけらの迷いもなかった。 「ありがとうございます」 知らず知らずのうちに詰めていた息が、そっと吐き出された。 「して……その沙月様について詳しく話してくれるか?」 「もちろんです」 そうして、僕は語りはじめた。あの人が歩んできた、千年の祈りの軌跡を。温泉郷で呪われた霊たちを鎮めたこと。僕に呪いが宿って

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   二十八話:揺らぐ境界

    「先輩…! どうされました!?」  美琴が悠斗の目を覗き込む。その瞬間——彼女の表情が凍りついた。見開かれた瞳、引き攣る口元。息を呑む気配だけが、暗いトンネルの中に張り詰める。 「先輩……、その目……その目は……!」 「目……?」  悠斗の指先が、おそるおそる自分の頬へと伸びた。触れた肌は冷たく、濡れている。何かが伝い落ちている——絶え間なく、とめどなく。 「あれ…どうして僕…こんなに……」  涙だった。堰を切ったように溢れ出し、自分の意思とは無関係に流れ続ける透明な雫。理由が分からない。悲しいのかどうかさえ、判断がつかなかった。  そして、もうひとつ——悠斗は奇妙なものに気づい

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   二十七話:記憶の残滓

     真っ白に染まった視界——色彩という概念そのものが消失した、純白の世界が広がっている。  重力さえ失われたような浮遊感の中で、悠斗は完全に身動きを封じられていた。手足に力を込めても、見えない拘束が全身を絡め取り、指先ひとつ思うように動かせない。 「身体が動かない……!」  必死に視線を巡らせるが、前回と同様、どこまで見渡しても何一つ存在しない。果てのない白が、ただ無慈悲に続いているだけだった。  音もない。気配もない。虚無だけが冷たく横たわる世界。  だが——その静寂を裂くように、悠斗の耳へ、たった一つの確かな音が届き始める。 『お母さんっ!』 『ぼちぼちかな!』 『お腹空いた

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   二十五話:届かない声

     薄暗いトンネルの中、悠斗と美琴の前に姿を現したのは——漆黒の髪を持ち、血に染まったコートを纏った女性だった。  異様な存在感。二人は同時に息を呑んだ。  女性は両手で顔全体を覆い隠している。細い指の隙間から鮮血が絶え間なく滴り落ち、湿った音を立てて地面に染みていく。  そして——周囲の空気が一変した。鼻の奥を焼くような、鉄錆びた血の臭い。じわじわと辺り一帯を侵食するように広がっていく。 「っ……く……!」  あまりの臭気に、悠斗は思わず顔をしかめた。だが美琴は——そんなことなど意に介さぬ様子で、女性の霊へと歩み寄っていく。 「み、美琴!?」 「……もう大丈夫ですよ」  ゆっく

  • 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜   二十三話:待ち合わせの鼓動

     さらに数日後——。  桜織駅のホーム。悠斗は改札の前に立ち、スマートフォンで時刻を確認していた。 (約束の十五分前……。早く来すぎたかな)  そう思いながらも、視線は自然と身だしなみへ向かう。 「別に変じゃないよね……」  小さな呟きが唇から零れた。何度目かの確認。襟元、袖口、髪の流れ——鏡がないから、ガラス越しに映る自分の輪郭を頼りに指先で整えるしかない。  今日は私服だった。  制服でしか顔を合わせたことのない美琴と、初めて——私服で会う。  その事実が、じわりと胸の奥で重みを増していく。心臓の鼓動がいつもより一拍だけ早い。襟元に触れる指先の、かすかな震え。気づかないふり

더보기
좋은 소설을 무료로 찾아 읽어보세요
GoodNovel 앱에서 수많은 인기 소설을 무료로 즐기세요! 마음에 드는 작품을 다운로드하고, 언제 어디서나 편하게 읽을 수 있습니다
앱에서 작품을 무료로 읽어보세요
앱에서 읽으려면 QR 코드를 스캔하세요.
DMCA.com Protection Status