温泉郷の古びた街並みを眺めながら、僕と美琴の間には言葉にならない静寂が横たわっていた。 あの陽気なおじいさんに投げかけられた「お似合いのカップル」という言葉が、意識の片隅で執拗に響いている。霧の中で無意識に握り合っていた手を慌てて離した後も、指先には彼女の小さく柔らかな掌の記憶が残り、それが心の平静を乱していた。あの時の温もりが、まるで僕の皮膚に焼き付いたように、今もなお鮮明に感じられる。 隣を歩く美琴もまた、普段に比べて口数が少ない。時折、白い頬に夕映えのような淡い紅が差すのを見るにつけ、それが単に夏の日差しだけが原因ではないことを僕は察していた。彼女のいつもの落ち着いた佇まいの中に、どこかそわそわとした気配が混じっているのも気になる。 *** 目の前に広がる温泉郷は、歳月を重ねながらも丹念に手入れされた木造建築が軒を連ね、悠久の時間がゆるやかに流れる美しい街並みを形作っていた。 川沿いには湯煙を立ち上らせる風雅な旅館や土産物屋が佇み、石畳の小径には色とりどりの提灯が夏の微風に穏やかに揺れている。遠方から響く下駄の音と、硫黄を含んだ独特の香りが、僕たちを日常から隔てられた世界へと誘っていた。古い木材の匂いと、どこかから漂ってくる花の香りが混じり合い、この場所の持つ独特の風情を演出している。 「せっかくの機会だし、少しこの街を歩いてみない?」 この微妙な沈黙を破るべく、僕が意図的に明るい調子でそう提案すると、美琴は一瞬僕の顔を見遣り、すぐに視線を逸らしながらも小さく頷いた。 「はい、先輩。そうですね、散策してみましょうか」 いつもの落ち着いた声音だったが、頬の紅はまだ引いていない。その様子が、なんだかとても愛らしくて、僕はまた意識が乱れそうになる。 僕たちは川沿いに延びる石畳の小径を、並んでゆっくりと歩き始めた。 足下の古い石が軽やかで懐かしい音を響かせる。コツ、コツ、という規則正しいリズムが、二人の歩調とともに温泉郷の静寂に溶け込んでいく。夏の強い陽光に照らされた川面は無数の宝石を散りばめたように煌めき、清流のせせらぎに混じって青い草の香りが風に運ばれてくる。 美琴と二人でこうした美しい風景の中を歩いていると、肌を焦がすような暑さも遠いもののように感じられた。時々、彼女の浴衣の袖が風に揺れて僕の腕に触れそうになると、なぜか心臓の鼓動が早くな
Last Updated : 2025-05-29 Read more