Semua Bab 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜: Bab 41 - Bab 50

80 Bab

第41話 温もりの里

温泉郷の、どこか懐かしい街並みを眺めながら、 僕と美琴の間には、さっきからずっと、なんとも言えない微妙な沈黙が流れていた。 あの陽気なおじさんに、からかうように言われた「お似合いのカップル」という言葉が、 まるで頭の片隅にこびりついてしまったかのように、どうしても離れてくれない。 霧の中で、無意識に繋いでいた彼女の手を慌てて離した後も、 僕の指先には、まだあの小さくて柔らかな手の温もりが、じんわりと、そして確かに残っていて、 それが消えてくれないものだから、妙に意識してしまう。 隣を歩く美琴も、心なしかいつもより口数が少ないような気がした。 時折、彼女の白い頬に、ほんのりと、夕焼けみたいな優しい赤みが残っているように見えるのは、 きっと、夏の強い陽射しのせいだけじゃないのかもしれないな……なんて、 僕もらしくないことを考えてしまった。 僕たちの目の前に広がるこの温泉郷は、 古いけれど手入れの行き届いた木造建築が並び、 どこか懐かしさと、そして穏やかな時間がゆっくりと溶け合うような…本当に美しい街並みだった。 しっとりとした湯気を上げる川沿いには、 風情のある木造の旅館や、こぢんまりとした土産物屋が軒を連ね、 石畳で舗装された趣のある小道には、 色とりどりの可愛らしい提灯が、夏のそよ風に楽しげに揺れている。 遠くの源泉の方からだろうか。 硫黄の混じった独特の湯気の香りが、ふわりと僕たちの鼻先をかすめ、 そっと頬を撫でるように吹き抜けていく優しい風が、 じりじりと照りつける夏の暑さを、ほんの少しだけ和らげてくれる。 「と、とりあえず……せっかくだし、少しこの街を見て回ろうか、美琴?」 なんだか気まずいような、でもほんのり温かいような、 この沈黙を破るように、僕が努めて明るくそう提案すると、 美琴は、一瞬だけ僕の顔を見て、そしてすぐにまた視線を逸らしながらも、 静かに、そして小さく頷いた。 「はい、先輩。そうですね、せっかくですから、少しだけ散策してみたいです」 彼女の声は、いつも通り落ち着いていたけれど、 やっぱりその頬の柔らかな赤みが、まだ完全には引いていないような気がした。 僕も、なんだか照れくさくて、少しだけぎこちなく笑いながら頷くしかなか
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-29
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第42話 思い出のアクセサリー

さっきのお土産屋さんのおばあちゃんの言葉を思い出しては、 まだ少しだけ頬が熱くなるのを感じながら、僕たちは気まずさを誤魔化すように、そそくさとその場を立ち去った。 次に僕たちの目に飛び込んできたのは、 石畳の小道沿いに佇む、|趣《おもむき》のある一軒の茶店だった。 年季の入った木の看板には、掠れた墨文字で「休み処」と書かれている。 店先には、蒸篭からほかほかと湯気を上げる温泉卵や、 冷たい緑茶の入ったガラス瓶が涼しげに並べられ、 店の奥へと続く縁側には、腰を下ろして一休みできそうな、磨かれた木のベンチがいくつか置かれていた。 店番をしていたのは、柔和な目元が優しい、白髪頭のおじいちゃんだった。 僕たちに気づくと、|皺《しわ》だらけの顔に穏やかな笑みを浮かべて、ゆっくりと手を振ってくれた。 「おやおや、可愛らしい、若いお二人さんだねぇ。 よかったら、うちの名物の温泉卵でも、どうだい? 今できたばかりで、熱々だよ」 「温泉卵……食べる、美琴?」 隣の美琴に、僕はそう尋ねてみた。 すると、彼女の大きな茶色の瞳が、ほんの少しだけ、きらりと子供みたいに輝いたのが分かった。 「はい、先輩! 私、温泉卵が大好きなんです。ぜひ、いただきたいですね」 え、そうなの? いつも冷静で、大人びて見える彼女の、そんな意外な、そしてなんだかとても可愛らしい一面に、 僕も自然と頬が緩んで、笑顔になってしまう。 おじいちゃんから、まだ温かい温泉卵を受け取り、そっとその薄い殻を剥くと、 中からほんのりと独特の硫黄の香りが立ち上り、 つやつやと輝く白身の間から、とろりとした鮮やかなオレンジ色の黄身が、ゆっくりと溢れ出した。 美琴が、小さなスプーンでそれをそっと掬い、小さな口へと運ぶ。 すると、彼女の表情が、ふっと、どこか遠くの景色を見つめているかのような、そんな物憂げなものに変わった。 「……美味しいですね……。 なんだか、この温かさが、身体にじんわりと染みてくるようです……」 彼女の声が、最後のところで小さく途切れ、 そこには、どこか遠い日を懐かしむような、そんな響きが、確かに帯びていた。 僕も、促されるように温泉卵を一口食べてみる。 優しい塩気と、黄身の濃厚な旨味、そしてじんわりとした温もりが、口の中いっぱいに広がり── なんだか心ま
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-30
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第43話 予想外の出来事

夏の夕暮れが、ここ温泉郷の全てを、 優しい薄橙色にゆっくりと染め上げていく。 川沿いの、風情ある石畳の小道を歩く僕と美琴の影が、 まるで寄り添うように、長く、長く伸びていた。 軒先に灯り始めた提灯の柔らかな明かりが、木々の緑の間で淡く、そして温かく揺れている。 温泉特有の、硫黄を含んだ湯気の香りが、しっとりと夕暮れの空気に溶け込み、 時折そっと頬を撫でていく風が、汗ばんだ僕たちの首筋に、心地よいやさしい涼しさを運んできた。 美琴の白く小さな手には、さっき僕が贈った、 あの桜の形をした勾玉のアクセサリーが、大切そうに握られている。 傾きかけた夕陽の最後の光を受けたそれが、彼女の指の間で、 小さく、けれど確かに、きらりと光った。 その控えめな光を見つめながら、僕の胸の奥が、またほんのりと温かくなるのを感じる。 ……でも、それとほぼ同時に、どこか落ち着かない、 そわそわとした気持ちも、確かにそこにあった。 新学期に、あの桜の下で美琴と出会ってから、まだたった二ヶ月と少ししか経っていない。 それなのに── あの廃病院の、血の匂いがした冷たい廊下。 風鳴トンネルの、息が詰まるような静寂と恐怖。 彼女と過ごした時間は、およそ「日常」という言葉では到底語り尽くせないほどに、 あまりにも濃く、そして深かった。 時折、こうしてふと振り返るたびに思う。 ……まだ、そんなにも短い時間しか、僕たちは一緒に過ごしていないんだ、って。 「美琴、そろそろ、予約した宿に行ってみない? まだチェックインの手続きもしてないからさ」 僕が、少しだけ照れ隠しに早口でそう声をかけると、 美琴は、こくりと小さく頷いた。 「はい、先輩。そうですね、私も少し疲れましたし、お宿へ行きましょうか」 彼女の、どこまでも柔らかい声色が、 僕の耳に、そして心に、なんだかとても心地よく響いた。 *** 温泉郷の中心部へと、僕たちはゆっくりと足を進める。 そこかしこから立ち上る白い湯煙が、 美しいグラデーションを描く薄橙色の空へと、ゆらゆらと頼りなげに溶けて消えていった。 道の両脇には、風格のある木造の宿がいくつも軒を連ねている。 その軒下には、趣のある提灯がいくつもぶらさがり、 夕闇が迫る周囲に、やわらかな、温かい灯りをぽうっと灯し始めていた。 その中
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-30
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第44話 女将さんの勧め

宿の、あの気まずくもどこか落ち着く和室に戻った僕たちは、 小さなちゃぶ台を挟んで、しばし言葉もなく、窓の外へと視線を向けていた。 窓の外に広がる景色は、もうすっかり夕陽に照らされていて、 木々の緑や遠くの山々がきらきらと、まるで燃えるように輝いている。 どこか懐かしくて、そして物悲しいような、不思議な風情が、部屋全体を包み込んでいた。 その、静かで、でもどこか緊張感の漂う空気を破ったのは、障子戸が控えめに軋む音だった。 女将さんが、にこやかな笑顔で顔を覗かせる。 「失礼するよ、お二人さん」 穏やかな声と共に、お盆に乗せた湯呑みを二つ、ちゃぶ台の上にそっと置き、 またあの、太陽みたいに優しい笑顔を向けてくれた。 「お若いお二人さん、この温泉郷の街並みは、もう楽しんだかい?」 「はい、おかげさまで。すごく雰囲気が良くて、どこか懐かしい感じで……」 美琴が、少しだけ頬を赤らめながら微笑んで答えると、 女将さんは満足そうに頷いた。 「それは何よりだったねぇ。ところで、お二人さん、このあと何か予定は立てているのかい?」 「いえ、特にこれといっては……あ、そういえば…」 僕がふと何かを思い出したように言うと、美琴も「そうでしたね」と小さく頷いた。 「僕たち、実は、この温泉郷に古くから伝わるという、巫女の伝説について、少し調べに来たんです」 その瞬間、女将さんの表情が、ふっと興味深そうなものに変わる。 彼女は身を乗り出し、悪戯っぽく片目を瞑って言った。 「ほう、巫女様の伝説ねぇ……。それなら、行ってみるといいかもしれない場所が、ひとつあるよ」 そう言って、一度部屋を出ていった女将さんは、すぐに一枚の古びた手書き地図を持って戻ってきた。 「はい、これがその場所への、おおよその道順さね。ちょっと分かりにくいかもしれないけどね」 渡されたその和紙の地図には、温泉郷のさらに奥へ続く細い小道や、 古い石碑、変わった形の木など、特徴的な目印が丁寧に描かれていた。 「わぁ……ありがとうございます! こんなものまで……!」 美琴と僕がほとんど同時にお礼を言うと、女将さんはにっこり笑った。 「ちなみにね、その道中に、“陽菜の湯”っていう、ちょっと変わった名前の露天風呂があるんだけど……知ってるかい?」 「陽菜の湯……ですか?」 どこかで聞
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-30
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第45話 もう一人の美琴

ふわり、と湯気が優雅に舞い上がり、温泉特有の、どこか懐かしい硫黄の香りが僕の鼻腔を優しくくすぐる。 静かな湯面には、どこからか紛れ込んだのか、鮮やかな黄色い山吹の花びらが数枚、まるで小さな舟のように静かに浮かび、 夏の夕暮れの、淡く美しい橙色が、その水面にゆらゆらと映り込んで、幻想的な模様を描いていた。 男湯の、岩で作られた風情のある湯船に肩までゆっくりと浸かりながら、僕は、ふぅー、と深く安堵の息を吐き出す。 極上の湯の温もりが、じんわりと、そして確実に身体の芯まで染み込み、 昼間の長い道のりを歩き続けたことによる心地よい疲労感が、まるで薄紙を剥がすように、ゆっくりと消えていくのを感じた。 「……ああぁ……気持ちいい……」 誰に言うでもなく、思わずそんな小さな呟きが、僕の口から満足げに漏れた。 遠くの方からは、川のせせらぎが絶え間なく聞こえ、そして、夏の夕暮れを惜しむかのように、蝉の声がゆるやかに、そしてどこまでも優しく響いていた。 湯船のすぐそばに植えられた木々の葉が、時折そよぐ夜風に揺れて、さらさら、さらさらと、涼やかで心地よい音を立てる。 この露天風呂の周囲は、自然の大きな岩で巧みに囲まれていて、 そして、湯船全体を包み込むようにして、背の高い竹林が、まるで屏風のように立ち並んでいた。 そのおかげで、まだ残っていた西日や、外部からの視線は完全に遮られ、 立ちのぼる白い湯煙が、この空間にやわらかく漂いながら、僅かに顔を出し始めた月明かりに照らされて、美しく輝いている。 湯気と淡い月光が静かに交じり合うその場所は、まるでこの世のものとは思えないほど、どこまでも静かで、そして幻想的な雰囲気に満ちていた。 僕は、もう一度、湯の中に深く、深く身を沈め、そっと目を閉じる。 ──こんなにも穏やかで、心安らぐ時間なんて、一体いつぶりだろうか。 母さんのこと、呪いのこと、そしてこれから起こるかもしれない様々な困難のこと…。 そんな、いつも僕の頭を悩ませている全てのことから解放されて、 ただ、この身体の芯の芯まで温泉の優しい熱が浸透し、心の奥底から、ゆっくりと、でも確実に解き放たれていくような、 そんな至福の心地よさが、僕の全身へと広がっていく。 その、まさに至福の瞬間──。 不意に、竹の柵
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-31
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第46話 気まずい雰囲気

陽菜と呼ばれる、あの不思議な霊が、ふわりと湯煙の中に溶けて消えた後、夕暮れの空は吸い込まれそうなほど美しい薄紫色に染まり、桜織温泉郷の静かな露天風呂には、先ほどまでの|喧騒《けんそう》が嘘のような穏やかな静寂が戻ってきた。 僕は湯船の岩でできた縁に腰を下ろし、濡れたタオルを手に持ったまま、じんわりと熱い湯気の湿気を頬に感じていた。少し離れた女湯の側では、美琴も同じように湯に浸かっている気配がする。幸い、僕たちの間を|隔《へだ》てる年季の入った竹の柵は、その隙間こそあれ、互いの姿をはっきりと見ることはできないように視界を遮ってくれていた。 それでも、さっき目の当たりにしたあの光景――陽菜さんが化けた、偽物の美琴が、悪戯っぽく笑いながらタオルをずらし、夕陽の赤い光に照らし出された汗ばんだ白い肌――その鮮烈なイメージが、まるで焼き付いたように、頭の片隅にしぶとく、そして繰り返し再生されてしまう。 いけない、いけない。あれは美琴じゃないんだ。陽菜さんっていう霊の悪ふざけなんだから。 僕はぶんぶんと首を振って雑念を振り払い、湯船の湯を両手ですくうと、思い切りバシャッと顔にかけた。思ったよりも熱い湯の滴が頬を伝い、夏の夕暮れの気だるい暑さと混じり合って、少しだけぼんやりとしていた意識を覚醒させてくれるようだった。 「……ごめん、美琴。さっきは、その……」 僕は、気まずさから視線を湯面に落としたまま、湯煙の向こうにいるであろう彼女に向かって、小さな声で呟いた。 すると、ほとんど間を置かずに、くすくす、という楽しそうな笑い声と共に、美琴の返事がすぐに返ってきた。 「ふふっ、少し恥ずかしかったですけど、別に本気では怒っていませんから、大丈夫ですよ、先輩」 そのどこまでも穏やかで、優しい声の響きに、僕の胸の奥で硬くなっていた何かが、ほっと音を立てて緩むのを感じた。 ……でも、こうやって彼女に優しくされると、ますます申し訳ないというか、罪悪感みたいなものが、むくむくと込み上げてくる。 だって、まだ頭のどこかで、さっきの陽菜さんが化けた”彼女”の姿を、僕は思い出してしまっているのだから。 僕は、ごまかすように深く息を吐きながら湯の中に身体を沈め、首までゆっくりと浸かって、そっと目を閉じた。ちゃぷん、と立てた小さな波紋が、湯面に浮かぶ黄色い睡蓮の花をかすかに揺らす。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-31
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第47話 清き巫女の慰霊碑

「……行こうか」 込み上げる気まずさと照れ臭さを必死にごまかすように、僕はポケットから女将さんにもらった温泉郷の地図を取り出した。 少し湿気を吸ってしまったらしい紙の感触が、指先に柔らかく伝わる。 そう短く呟いて、僕たちは言葉少なに、川沿いの小道へとゆっくりと歩き出した。 *** 川の流れに沿って続く石畳の小道を進む間、沈黙が二人を包んでいた。 浴衣の裾が古びた石畳を擦る、さわさわという小さな音だけが静かに響き、遠くで鳴き続ける虫の声が、夏の夜の深い静寂を美しく彩っている。 湯上がりの肌に残る温泉の香りがまだ鼻先に微かに漂い、先ほどの露天風呂での出来事を思い出させる。この少しばかり気まずい空気をどう解せばいいのか分からず、僕はただ黙々と足を進めることしかできなかった。 すると、不意に、美琴が静かに口を開いた。 「先輩は以前、巫女の血について、少し気にされていましたよね」 その声は、昼間の快活さとは打って変わって、夜のしじまに溶け込むように真剣で、穏やかな響きの中にも、何か計り知れないほど深い想いが滲んでいるように感じられた。 どこか重みのある声音。 「うん。少しだけね」 僕は短く、けれど真剣に相槌を打った。 美琴は僕の返事を待っていたかのように、少し前方に視線を向け、まるで遠い過去の物語を|紐解《ひもと》くかのように、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。 「どれほど昔のことになるのか、正確な記録が残っているわけではないんです。ですが、私たちの間では、恐らく……今から約千年ほど前のことではないか、と言われているんです」 「その頃、巫女には『始祖』と呼ばれる方がいらっしゃいました」 「彼女は、その類稀なる力をもって、神々の御前で清らかな舞を捧げ、時に荒ぶる神々の怒りさえも鎮めたと……そう、言い伝えられています」 「神々を……鎮めた……? すごいスケールの話だね……」 「神々」とか、「始祖」とか。そんな、まるで神話の世界のような言葉が、隣を歩く美琴の口から静かに、けれど確かな現実感をもってこぼれ落ちるたびに、目の前に、気が遠くなるような、途方もない時間の流れが広がっていくような気がした。 頭の中では、現実と非現実の境目が曖昧になるような、不思議な想像がぐるぐると渦を巻いていた。 本当にこの話
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-01
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第48話 不思議な霊 陽菜

微かに、草を踏みしめる音がした。 カサッ……カサッ…… 湿り気をたっぷりと含んだ夏の夜気を、まるでそっと切り裂くように、小さな足音が、慰霊碑へとゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。 僕と美琴は、その音に導かれるように、同時に静かに振り返った。 そして―― 木々の影が濃く落ちる、林の奥から、予想もしていなかった人物が、ふわりと姿を現した。 鮮やかな黄色い浴衣に身を包み、左右に結んだ栗色のツインテールが、夜風に吹かれてふわりふわりと楽しげに揺れている。 髪の根元には、可愛らしい赤いリボンがちょこんと結ばれていた。 その姿は、夜の闇に溶け込むような慰霊碑の厳かな雰囲気とは対照的に、どこか無邪気で、妙に明るく、そして、僕たちに不思議な懐かしささえ感じさせる、そんな温かい光をまとっていた。 『やぁ。アンタたち、さっきの露天風呂では、アタイを楽しませてくれてありがとね?』 軽やかで、澄んだ声が夜の静寂を破る。その明るい声の響きに、僕は、聞き覚えのある温もりを確かに感じていた。 僕は思わず、目を大きく見開いてしまう。 「……もしかして、陽菜さん…?」 間違いない。少し前まで僕たちが浸かっていた温泉で、あの悪戯(いたずら)を仕掛けてきた張本人、あの不思議な霊――陽菜さんだった。 隣に立っていた美琴は、陽菜さんの姿を認めた瞬間、まるで時間が止まってしまったかのように、その動きをぴたりと止めた。 「っ~~~~っ!!」 そして、じわじわと顔を真っ赤に染めて視線を逸らし、陽菜さんからほんの少しだけ距離を取ろうとする。 昼間の露天風呂での、あの恥ずかしい出来事が、鮮やかな映像となって彼女の脳裏にフラッシュバックしているのだろう。 その、あからさまに動揺している美琴の様子に、陽菜さんはいたずらが成功した子供のように、ふふっ、と楽しげな笑みを漏らした。 『アンタたちがこの慰霊碑を見に来るって宿で聞いててね。ちょっとだけ、様子を見に来たのさ』 まるで、涼みにでも来たような、あまりにも軽やかな口調で、陽菜さんはそう言った。 「な、なるほど……?」 予想外の再会に、僕はどう返事をすればいいのか分からず、どこか戸惑いを含んだ声で、曖昧に応じるしかなかった。 その、ときだった―― 「な、なんてことしてく
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-01
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第49話 古の巫女

『こっちさ!』 陽菜さんの弾むような声が、深い闇に吸い込まれるように響き、僕と美琴はその小さな背中を必死に追って駆けた。 道は獣道のように細く険しく、人の手が加えられた痕跡はまるで見当たらない。 両側から覆いかぶさるように生い茂る木々は、月明かりさえも遮り、まるで異界へと誘うトンネルのようだ。 張り出した枝々が闇の中で不気味な影絵のように絡み合い、それまでかろうじて続いていた石畳の感触はやがて消え、湿った土と、岩肌のごつごつとした、足場の悪い急な坂道へと変わっていった。 先導する陽菜さんの、慣れた足取りで暗闇を進んでいくその後ろ姿を見つめながら、僕はなんとも言えない不思議な感覚に胸を掠められていた。 彼女は、間違いなく霊のはずなのに、その振る舞いは、まるで“今、この瞬間を確かに生きている”人間そのものだったからだ。 顔に木の枝が当たらないようひらりとかわし、不安定な足場に注意深く足を運び、時折、風に揺れる黄色い浴衣の裾を、そっと小さな手で抑える―― その一つ一つの仕草が、あまりにも自然で、生き生きとしていた。二百年という時をこの場所で過ごしてきたという彼女の言葉が、妙な現実味をもって迫ってくる。 やがて、陽菜さんがふっと足を止め、振り返らずに小さく呟いた。 『ここだよ』 息を切らして追いついた僕たちの目の前に現れたのは、深い緑色の苔にその全身を覆われた、小さな、古びた祠だった。 切り立った岩壁に半ば埋もれるようにしてひっそりと存在し、複雑に絡まった太いツタが、まるで祠を守るかのように、その小さな屋根を飲み込もうとしている。崩れかけた軒の奥には、どんな神仏が祀られているのか、あるいは何かの慰霊なのか、風化した小さな石像が、深い影の中でじっと息を潜めるように鎮座していた。 空気はひどく湿っていて、まるで地の底へと続く洞窟の奥深くに迷い込んでしまったかのような、重苦しいまでの静けさが支配していた。 陽菜さんが、僕たちの方をじっと見つめる。その大きな瞳は、先ほどまでの快活な光とは違い、どこか遠くを見ているような、言いようのない切なげな色を宿して揺れていた。 その祠を目にした瞬間、美琴の表情が明らかに変わった。 「ここ……は……」 彼女の声は、まるで霧が立ち込める|朝靄《あさもや》のように微かにかすれ、
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-02
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第50話 霊眼術

「古の巫女とは――遥か悠久の過去、まだ霊と神と人が、今よりもずっと近しく交わっていたとされる時代に現れた、巫女の始祖、琴音様の血を確かに継ぐ者のことを……そう指すのです」 美琴が、まるで古文書を読み解くように、一つ一つの言葉を丁寧に選びながら説明をしてくれた。その声は低く抑えられ、どこか厳粛な響きを帯びていた。 『へぇ……。ちなみに、それってのは……どのくらい大昔の話なんだい? アタイも結構長くここにいるけどねぇ』 陽菜さんが、興味深そうに、しかしどこか試すような眼差しで静かに問いかけた。 美琴は一度、何かをこらえるように小さく息をのむと、重い真実を告げるかのように答えた。 「……おおよそですが、私たちの知る歴史よりもさらに古く……千年以上も前のことだと、そう伝えられています」 『な、なんだってぇ!? せ、千年!?』 陽菜さんが、それまでどこか余裕を漂わせていた表情を一変させ、素っ頓狂な声を上げて文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。結んでいた赤いリボンが、その勢いでふわりと大きく揺れた。 『そ、それじゃあ、アンタたちは――千年の長きにわたる歴史の重みを、継いできてるってことなのかい!?』 「……はい。そういうことに、なります」 美琴の肯定は、静かで、けれど重みを持っていた。 僕の頭は、もう完全に真っ白だった。 千年の歴史? 巫女の始祖? そんな壮大すぎる話、まるで現実感が湧いてこない。けれど―― 目の前にある、この何百年もの風雪に耐えてきたであろう古びた祠の圧倒的な存在感と、美琴の言葉に宿る、嘘偽りのない真実の響きが、信じたくなくても、信じざるを得ないと僕に告げているようだった。 「……そろそろ、宿に戻りましょうか。」 不意に、美琴がそう切り出した。彼女の言葉で、僕たちは強張っていた身体の力を少し抜き、今来たばかりの暗い山道を、再び引き返し始めた。 夏の夜の温泉郷は、昼間の賑わいとはまるで違う、しっとりとした静謐な表情を見せていた。 川のせせらぎは、闇の中でその音色を一層澄ませ、足元で揺れる睡蓮の花が、夢の中の景色のようにゆらゆらと|揺蕩《たゆた》っていた。時折、雲の切れ間から覗く月明かりが、濡れた石畳や川面に淡い銀色の光を落とし、涼やかな夜風が、火照った頬をそっと優しく撫でていった。 けれど
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-02
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