僕は…夢を見ていた。 それは、まるで漆黒の湖の底からゆっくりと浮上してくるかのような、それでいて網膜に焼き付くほど鮮烈な、封印された記憶の断片。 ──あの日の、記憶。 ─────────────── 夜の神社は、異常なほど静かだった。 風はなく、木々の葉が擦れる音も、夏の終わりを告げる虫の声すらも聞こえない。まるで世界から音が消え去ってしまったかのような、底なしの静寂が、境内を支配していた。聞こえるのは、母さんと僕が落ち葉を踏みしめる、乾いた足音だけ。 ザッ、ザッ──。 その音だけが、この静寂を侵す異物であるかのように、やけに大きく、そして不気味に響き渡る。 僕は母さんの手を握っていた。あたたかいはずなのに、その指先はどこか冷たく、僕の掌に伝わるその温度は安堵ではなく、張り詰めた緊張そのものを物語っていた。 その時だった。 ──バリバリッバリバリバリッ!! 背後から轟いたのは、耳を裂くかと思うほどの凄まじい音だった。 それは雷鳴でも、何かが砕ける音でもなく、まるで”空間そのもの”が内側から歪み、ひしゃげるかのような……そんな不気味な音としか言いようがない。 その音がおよそこの世のものとは思えない理解不能な響きを伴って、僕の鼓膜だけでなく脳髄の芯まで直接揺さぶる。 その音に反応し、母さんがはっと表情を歪ませて僕を強く抱き寄せた。 そして、僕をまるで何かから隠すように、背へと隠す。 そんな母さんの背中から伝わってくるのは、これまで感じたことのないほど純粋で、濃密な恐怖の気配だった。 『……ハハハ……』 低く、湿った笑い声が響く。 それは、まるで地の底から這い上がってきたような、不気味で粘りつくような響きで僕の心を凍り付かせる。 『ヒヒヒ…ハ……ハハ……ア……ハァ……』 笑っている、のだろうか。それとも泣いているのか。 怒りや、苦悶、そして愉悦、狂気といった、相反する感情が何層にも重なり合ったような、おぞましい音の塊のせいか、それが判別することが出来なかった。 しかも、その声はひとつじゃない。二重、三重……数えきれないほどの声が混ざり合いながら、ゆっくりと、しかし確実に、こちらへ近づいてくる。 ぺたっ…ぺたっ……。 と何
Last Updated : 2025-06-18 Read more