Semua Bab 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜: Bab 81 - Bab 90

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縁語り其の八十一:呼び覚まされる悪夢

夢を見ていた。 それは、まるで漆黒の湖の底からゆっくりと浮上してくるかのような、それでいて網膜に焼き付くほど鮮烈な、封印された記憶の断片。 ──あの日の、記憶。 夜の神社は、異常なほど静かだった。 風はなく、木々の葉が擦れる音も、夏の終わりを告げる虫の声すらも聞こえない。まるで世界から音が消え去ってしまったかのような、底なしの静寂が、境内を支配していた。聞こえるのは、母さんと僕が落ち葉を踏みしめる、乾いた足音だけ。 ザッ、ザッ──。 その音だけが、この静寂を侵す異物であるかのように、やけに大きく、そして不気味に響き渡る。 僕は母さんの手を握っていた。あたたかい、はずなのに、その指先はどこか冷たく、僕の掌に伝わるその温度は安堵ではなく、張り詰めた緊張そのものを物語っていた。 その時だった。 ──バリバリバリバリ!! 背後から轟いたのは、耳を裂くような悍ましい音だった。それは雷鳴でも、何かが砕ける音でもなく、まるで“空間そのもの”が内側から歪み、ひしゃげるかのような、およそこの世のものとは思えない理解不能な響きを伴って、僕の鼓膜だけでなく脳髄の芯まで直接揺さぶる。 その音に反応し、母さんが僕を強く抱き寄せると同時に振り返る。その小さな背中から伝わってくるのは、これまで感じたことのないほど純粋で、濃密な恐怖の気配だった。そして、僕が何かを見るよりも早く、その温かい掌が僕の視界を闇で覆い隠した。 『……ハハハ……』 低く、湿った笑い声が響く。 それは、まるで地の底から這い上がってきたような、不気味で粘りつくような響きだった。 『ハ……ハハ……ア……ハァ……』 笑っている、のだろうか。それとも泣いているのか。 いや、どちらでもない。怒りや、苦悶、そして愉悦といった、相反する感情が何層にも重なり合ったような、おぞましい音の塊。それが、ひとつじゃなかった。二重、三重……数えきれないほどの声が混ざり合いながら、ゆっくりと、しかし確実に、こちらへ近づいてくる。肌で感じる冷たい気配が、僕の背筋を這い上がった。 「……!!悠斗!! 逃げなさい!!」 母さんの叫びが、僕の耳元で弾けた。 その声には、僕が今まで一度も聞いたことのない、純粋な恐怖と絶望が混じっていた。 けれど、僕の足は、まるで地面に縫い付けられたかのように動かない。 怖くて。なにも分
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-18
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縁語り其の八十二:夜明けの誓い

「はぁ、はぁ……っ、くそ……!」 びっしょりとかいた汗が、寝巻きをじっとりと肌に貼り付かせる。まるで真夏の炎天下を、終わりのないマラソンのように走り続けた後のような、不快な疲労感。呼吸は浅く、速く、心臓が肋骨の内側で警鐘を鳴らすように、うるさく脈打っている。まだ、夢の残像に、身体が怯えていた。 あの“夢”──いや、“記憶”。 どうして、今になってあんなにも鮮明に蘇ったんだ。まるで昨日の出来事のように、肌で感じるほどのリアリティを持って。 ……違う。忘れていたんじゃない。 思い出すことが、ただ怖かったんだ。恐怖に、感情の全てに蓋をして、心の奥底の一番暗い場所に、無理やり閉じ込めていただけ。 それにしても──あれは本当に、霊だったのか? 姿も、声も、これまでに出会ってきたどの存在ともまるで違っていた。何重にも重なったおぞましい声。顔の半分を覆う、血の涙を流す様子…。あの異質な存在を前に、意思疎通なんて、できる気がしなかった。 ──迦夜。 (美琴は、アレを祓おうとしているのか?) ……無理だ。 脳裏に焼き付いたあの光景が、全身の細胞に叫びかけてくる。あんなものを祓える未来なんて、僕にはまるで想像できなかった。それは、希望という言葉すら飲み込んでしまうほどに、圧倒的で、絶望的な存在だった。 美琴が「一人では祓えません」と言った、その言葉の意味を、今、僕は本当の意味で理解した。 いや、思い出したという方が正しいだろう。 だから……だからこそ僕も強くならないといけない。 ただ美琴に守られているだけの、足手まといのままじゃいられない。あの強大な存在を前に、彼女一人に全てを背負わせるわけには、絶対にいかない。 *** ──次の日の朝。 けたたましい目覚ましの電子音よりも早く、僕は目を覚ました。 夢の中の迦夜が、頭から離れない。その異質な姿。狂気の笑い声。そして、母さんを襲った“あの光景”が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。 「………。」 (もう、守られてばかりじゃいられない。ちゃんと隣に立つんだ。) 布団を跳ね飛ばして立ち上がると、僕は迷うことなく制服に着替え始める。 僕も、強くなる。 幽界の力──“霊眼術”を使っても、以前のようにぐったりすることは減ってきた。霊の記憶に直接触れれば流石
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縁語り其の八十三:琴乃

学校の校門をくぐり、僕は集合場所へと向かう。 ……いや、向かっていたというより、もう到着している。約束の時間より二十分も早く着いたはずなのに、そこにはすでに──柔らかな冬の日差しを浴びて、美琴の姿があった。 「美琴、おはよう」 声をかけると、彼女はぱっと笑顔で手を振る。ポニーテールを揺らしながら振り返るその姿は、どこか子供のようにはしゃいで見えて、僕の心まで温かくする。 「悠斗君、おはようございます!」 その声も、いつもより心なしか弾んでいるように聞こえた。 「……相変わらず早くない? 今回は僕も、かなり早く来たつもりだったんだけどな……」 僕が苦笑しながら言うと、美琴は「ふふっ」と悪戯っぽく笑った。 「楽しみすぎて……つい、早く来ちゃいました」 彼女のその言葉と笑顔に、僕までつられて笑ってしまう。 「そういえばさ、琴乃さんってどの辺に住んでるの?」 僕が尋ねると、美琴の表情が、ほんの一瞬だけ、ふっと曇った。しかし、すぐにいつもの柔らかな笑みに戻る。そのわずかな翳りに、僕は何かを感じ取ったが、深くは追及しなかった。 「実は……少し訳ありで。つい最近、この温泉郷に住み始めたんですよ」 「温泉郷……」 その言葉に、陽菜さんの人懐っこい笑顔が蘇る。 「陽菜さんを思い出すね」 「はい。陽菜さんにも、帰りに会っていきましょう」 美琴も、優しい目をして頷いた。 *** 前回と同じように、バスに揺られて数時間。 今回は霧もなく、窓から見える温泉郷の景色は、冬の澄んだ空気の中で、まるで一枚の絵画のように美しかった。 「住所は……こっちですね」 スマートフォンを片手に、美琴が前方を指さす。彼女の足取りは、心なしか軽やかに見えた。 「あと五分ほどで着きますよ」 その言葉に、僕の心臓が、とくん、と少しだけ速く脈打った。 琴乃さん──美琴が姉のように慕う人。一体、どんな人なんだろう。 でも……きっと素敵な人に違いない、という謎の確信があった。 (大丈夫、挨拶の練習もした。礼儀もわきまえてる。……よし、いける) 僕は、内心一人で小さく気合を入れた。 *** そして、僕たちは琴乃さんの家の前に到着した。 そこにあったのは、古いながらも手入れの行き届いた、大きな平屋の一軒家だった。丁寧に剪定された庭には、苔むした石畳が静かに続いている
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縁語り其の八十四:託された想い

「怨霊と呼ばれる中でも……迦夜は、一線を越えているわ」 琴乃さんの声は、深く沈んだ静けさの中に落ちていった。その言葉には、誇張も演技もない。ただ、凪いだ湖面のような静謐さと、それとは裏腹の底知れぬ重みをたたえていた。彼女の瞳には──絶望という名の闇を、一度はくぐり抜けた者だけが持つ色が宿っている。迦夜という存在の輪郭が、言葉の奥から立ち上がり、僕の胸の奥に冷たく刻まれていく。 「……それでも、私は諦めることができないの……」 琴乃さんの目が、静かに美琴へと向けられる。その眼差しには、誰よりも彼女の過去と苦しみを知る人だけが宿せる、深い慈しみが浮かんでいた。母が子に手を伸ばすような、あたたかく、優しい視線だった。 「はぁ……。美琴、話は分かったわ。ちょっと珈琲を淹れてきてくれないかしら。急に飲みたくなっちゃって」 琴乃さんは、ふっとため息を落とすと、張り詰めた空気にそっと緩みを与えるように、そう言った。 「うん。砂糖とミルクは?」 「いつも通り。……両方、たっぷりね」 そのやりとりの中に、ごく自然に微笑みが混じる。クールで理知的な彼女の、どこか子どもみたいな甘さに、僕は思わず頬を緩めてしまった。 美琴が小さく頷いて、音もなく部屋を出て行く。 足音が遠のいたあと、琴乃さんの視線が僕の方へと向いた。深く澄んだその瞳が、まるで僕の魂の重さを静かに測っているように感じられた。 「悠斗君……美琴は、あなたを巻き込んでしまったのね?」 その言葉は、鋭くも優しく、胸の奥を突く。そこにあったのは、彼女を想う深い愛情と、部外者である僕を気遣う誠実な思い。どちらも、嘘のない眼差しに宿っていた。 思い返す。 廃病院での出会いと恐怖、風鳴トンネルでの霊の囁き。陽菜さんとの別れ、そして……あの、命をかけて挑んだ廃工場での死闘。あの時──美琴は僕を置いていこうとした。でも、どうしても彼女を一人にはさせたくなかった。あの背中が、たった一人で戦おうとしていたことが、何よりも怖かったから。 「……いいえ。違います。むしろ、僕の方から一緒に行かせてほしいって……頼んだんです」 決して巻き込まれたわけじゃない。誰かに強いられたのではなく、自分の意思で彼女を追いかけた。 琴乃さんは、ゆっくりと頷いた。その仕草は、僕の言葉を確かに受け取ったと、優しく教えてくれるようだった。
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縁語り其の八十五:陽菜との再会

冬の名残を溶かしたような、透明な空気が肺腑を満たした。 風に揺れる木々の葉擦れが、まだ眠る世界の静寂をそっと撫でる。夜明け前の清澄な気配とは裏腹に、俺の胃の腑には昨夜の残滓が冷たい鉛のように澱んでいた。 「……うっ。あれは、さすがに……」 脳裏を掠めるのは、美琴が「珈琲です」と言い張って差し出した、生クリームの雪山。あれを珈琲と呼ぶなら、雪崩はきっと優しいそよ風の親戚だ。一口すするたび、味覚を麻痺させる甘さの衝撃が脳髄を揺さぶった。断れなかった俺の人の良さと、完食という名の責務を果たした達成感。その代償として、今も胃の奥で渦を巻く不快感が、思考を鈍らせる。 寝床を抜け出し、軋む廊下を歩く。障子越しに差し込む光は、まだ白に近い柔らかな色合いで、床板に淡い光の帯を描き出していた。その穏やかさが、沈んだ気分をわずかに慰めてくれる。 その光を背負うように、廊下の向こうから現れた人影があった。 丁寧に一つ結びにした濡れ羽色の髪。白磁の肌。朝の光の中に佇む美琴の姿は、まるでこの世の清らかさだけを集めて形にしたかのようだった。 「おはようございます、悠斗君」 「……おはよう、美琴」 自然と口元は緩む。だが、今の僕にとってその笑顔は、あまりに眩しすぎた。胃の不快感が、彼女の清廉な輝きに焼かれるような錯覚さえ覚える。 「だいぶ、暖かくなったね」 「はい。……もうすぐ、桜も咲くかもしれませんね」 美琴はそう言って、縁側の向こうへ目を細めた。彼女の言葉に含まれる温もりが、まるで春そのもののように感じられた。 数時間後。僕の直感は、けたたましく警鐘を鳴らしていた。 ──朝食の準備を美琴に任せるのは、自ら奈落に歩み寄るようなものだ、と。 そして、その予感は寸分の狂いもなく現実のものとなる。 「手伝うよ」と隣に立った僕の目の前で、彼女の手はこともなげに塩と砂糖の容器を取り違え、醤油は器の中で小川ではなく滝を形成しようとしていた。 以前、奇跡のように美味かった彼女のサンドイッチ。あれはきっと、三百年周期で訪れるハレー彗星のような、稀有な天体ショーだったんだ。 僕の必死の介入により、なんとか「可食レベル」に落ち着いた朝食を終え、片付けをする時間。シンクに向かう美琴の背中が、雨に打たれた子犬のようにしょんぼりと丸まっていた。 「うぅ……ごめんなさい、悠斗君……」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-20
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縁語り其の八十六:満開の花びら

僕たちは、白く煙る霧の中、陽菜さんのあとをゆったりとついていく。 以前と違うのは、これが帰路であること。そしてもう一つ──目の前を歩く彼女の姿が、陽炎のように揺らめきながらも、はっきりと輪郭を結んでいることだった。まるでこの霧そのものから生まれた、気高い精霊のようだ。 「そういやアンタたち、あれからどうしてたんだい?」 霧の静寂を破る、気さくな声。 僕と美琴君は顔を見合わせ、廃工場での出来事をぽつり、ぽつりと語り始めた。黒崎という殺人鬼の霊。命を削るような戦い。僕が受けた傷、そして美琴君が霊力を使い果たして倒れたこと──。 一部始終を語り終える頃には、陽菜さんの周りの空気が、ぱちぱちと火花を散らすように張り詰めていた。 「なんだいそのクソ野郎はッ!? アタイがその場にいたら、魂ごと塵にしてやったのに!!」 普段の陽気さからは想像もつかない、激しい怒気。存在しないはずの袖をまくり上げるその姿は、本気で怒ってくれているのだと、痛いほど伝わってきた。 「はは……本当に、大変だったんですよ」 乾いた笑いを漏らす僕に、陽菜さんは「そうかいそうかい」と大きく頷く。 「でもまぁ、二人とも無事でよかったよ! アンタたちに何かあったら、アタイがそいつを輪廻の輪から蹴り出してたからね!」 その真っ直ぐな言葉が、冷え切っていた心の芯をじんわりと温める。 隣を歩く美琴君が、そっと僕に囁いた。 「陽菜さんなら、本当に可能だと思いますよ」 「……え、そんなに強いの?」 「はい。彼女の霊力は、この温泉郷一帯を覆うほど強大ですから……」 その言葉を聞いて改めて背中を見ると、彼女の歩く姿が、ただの陽気な霊ではなく、この地を守る偉大な守護者のように見えた。 やがて、霧がゆっくりと晴れていく。 まるで舞台の幕が上がるように、目の前にバス停が静かに姿を現した。 「じゃあ、気をつけて帰りなよ!」 陽菜さんはひらひらと手を振り、あっけらかんと笑う。その笑顔には、別れの湿っぽさなど微塵もない。 「はい。……道案内、本当にありがとうございました」 僕が深く頭を下げると、陽菜さんは「いいってことよ」と返した。 「温泉郷は、いつでもアンタたちを歓迎する。またおいで!」 琴乃さんに続き、今日二度目のその言葉。 特に、霊へ
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縁語り其の八十七:桜祭り

宵闇がゆるやかに空を染め、街に春の訪れを告げる桜祭りの日が、始まった。 桜織の街は、淡い灯篭の光でやさしく彩られている。一つ一つの灯篭には、亡き人への祈りや、叶えたい願いが丁寧に記され、やがて打ち上がる夜空の花火が、この街を一年で最も幻想的な空間へと変える。 ……僕と美琴が出会ってから、まもなく一年。 不思議なほどに早く、そして濃密だったこの一年で、気づけば彼女は僕の世界の多くを占めるようになっていた。 『二人で回れよ!』 昨日の翔太の言葉に背中を押され、そして何より、僕自身が心から彼女と「一緒に過ごしたい」と願った結果……僕は、思い切って美琴を桜祭りに誘った。 数秒の沈黙が永遠に感じられたけれど、彼女は静かに、でも、とても嬉しそうに頷いてくれたんだ。あの瞬間、内心でガッツポーズをしたのは言うまでもない。 そして今、僕は胸の高鳴りを感じながら、紺色の浴衣に袖を通す。 これは、父さんが母さんと出会った桜祭りの日に着ていたものだと、ずいぶん前に聞かされていた。何気なく聞いていた話が、今になって特別な意味を持って胸に響く。父さんと同じ場所で、同じ祭りの夜に、大切な人と一緒にいる。そんな都合のいい偶然に柄にもなく期待している自分に気づき、一人で顔が熱くなった。 そんな時、スマートフォンが短く震えた。美琴からのメッセージだ。 《今から出ますね。》 たった一言で、心臓が馬鹿みたいに跳ねる。僕は一度、大きく深呼吸をして逸る心を無理やり落ち着かせ、震えそうな指で短い返事を打ち込んだ。 《了解!気をつけてね》 外はすでに、灯篭の光がぽつりぽつりと瞬き、淡い橙色が夜を迎えようとする街を優しく照らしている。 *** そして── 「お待たせしました」 聞き慣れた、けれど今夜はどこか特別に響く声。 振り返ると、桜色の浴衣に身を包んだ美琴が、そこに立っていた。 彼女の浴衣姿を見るのは二度目だ。だけど……どうしてだろう。今日の彼女は、以前にも増して、息を呑むほど綺麗に見えた。 「っ……素敵だよ。すごい……似合ってる……」 「似合ってる」だけで済ませるつもりが、心の声がだらしなく漏れ出てしまう。 「っ……あ、ありがとうございます……! 悠斗君も、すごく素敵です……!」 顔を真っ赤にして応える美琴が、またたまらなく愛おしくて、僕は言葉を失った。 「さ、
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-21
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縁語り其の八十八:浄化の舞い

「うわっ……」 突然の和太鼓の重低音に、思わず肩が跳ねた。空気を震わせるその響きは、身体の奥深くまで直接届くかのようだ。隣を見ると、美琴も驚いたように目を見開いている。 始まった。……桜祭り恒例の“桜踊り”。 毎年、この夜にだけ披露される、神に祈りを捧げるための舞いだ。五人ほどの現代の巫女たちが、力強く、そしてどこか儚く舞う。その所作の一つ一つに、何かを伝えようとする“祈り”が滲み出ている気がした。 たった五分ほどの舞いだったが、時間が止まったかのように、僕はその美しさに目を奪われていた。 (何度観ても綺麗だな……) *** 舞いが終わる。ふと隣を見ると、美琴は口元に手を添えたまま、固まっていた。その瞳は、先ほどまで巫女たちが舞っていた場所に釘付けになっている。 「美琴……?」 数秒の沈黙ののち、彼女は静かに口を開いた。 「悠斗君……さっきの舞い……あれは、なんて呼ばれていますか?」 「えっと、桜踊りって言われてるよ。神様に祈りを捧げる舞い、って聞いたことがあるけど……」 その瞬間、僕の身体に電気が走った。 ……神様に祈りを捧げる、舞い。 (あれ…?どこかで……聞いたことがあるような……) 「…………間違いありません。あれは、浄化の舞です」 美琴が、確信に満ちた声でそう言った。 「浄化の舞……?」 まさか。琴音様が、神を鎮めるために舞ったという、あの“浄化の舞”が、こんな現代の、この街であるなんて。 「細かい動きは違います。ですが……原型は、間違いなく“琴音様の舞”です。……悠斗君、今――悠斗君の“ご先祖”が、誰だったのか、はっきりと分かりました」 その言葉に、思わず息を呑む。 「えっ……?」 「あの舞いを知る可能性があるのは、ほんのわずか。琴音様はもちろん、彼女と親しかった千鶴様、琴音様の想い人だった清隆様……そして、沙月様だけです」 僕の視線が、夜空の下で静かに揺れる桜翁へと向けられる。あの古木が、僕の血の秘密を知っているかのようだった。 「その中の誰かが、村を出たってこと…なのかな?」 「はい。今の村でも、あの舞いを知っているのは……私と、村の長老だけです」 つまり、あの“舞い”は、村の中でも限られた人間しか知らない秘められたものだということだろうか? 「ってことは……この街に踊りが根付いてるのは、その中の
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-21
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縁語り其の八十九:桜織神社の管理人

──翌朝。 アラームの音で覚醒した思考は、すぐに昨夜の出来事に引き戻された。 琴音様の呪い。この街に渡ってきた可能性のある、沙月という巫女。解けたはずの謎は、さらに大きく、複雑な形の問いとなって、頭の中で渦を巻いている。パズルのピースは増えたのに、完成する絵はますます見えなくなっていく。 そんな思考の迷宮を彷徨っていると、スマートフォンの通知音が、現実へと僕を呼び戻した。 《おはようございます。すみません、悠斗君。今日もし大丈夫であれば学校を休んで、私の所に来てくれませんか?》 美琴からのメッセージだった。彼女が自らこんな風に連絡してくるのは、よほどのことに違いない。 《おはよう。わかった、どこに行けばいい?》 《学校から近くてすみません……桜翁の前にお願いします》 (学校を休むのに、待ち合わせが学校の目の前か……!) 思わず込み上げるツッコミを飲み込み、僕は急いで支度を済ませた。 *** 「悠斗君、こっちです」 桜翁の裏手。その巨大な幹の影に立つ美琴が、そっと手招きをした。 「今日は急にどうしたの?」 僕が尋ねると、彼女は何かを言おうと口を開きかけた。だが、その声より先に、別の声が背後から響いた。 「儂が呼んでもらったんじゃ」 振り返ると、やはり桜織神社の管理人、藤次郎さんが静かに立っていた。 「……藤次郎さん?」 「すまんな。ちいとばかし、君たちに話しておきたいことがあってな。続きは神社で話そうか」 藤次郎さんの言葉に、僕たちは無言で頷いた。 神社の奥、静まり返った一室に通される。 *** 藤次郎さんは何も言わず、年季の入った急須で、手際よく茶を淹れてくれた。湯呑みから立ち上る白い湯気と、香ばしい緑茶の匂い。部屋に満ちる古びた木の香りと混じり合い、張り詰めた空気をわずかに和らげる。 「……いただきます」 僕と美琴は同時に頭を下げ、湯呑みを手に取った。優しい苦みが、これから始まるであろう重い話の前に、乾いた喉を静かに潤していく。 やがて、藤次郎さんが口を開いた。 「さて……君たちに来てもらったのはな……」 だが、それを遮るように、美琴が凛とした声で言った。 「私が、藤次郎様に無理をお願いいたしました」 藤次郎さんは頭をぽりぽりと掻き、やれやれと肩をすくめる。 「そこのお嬢さんに、桜織市の歴史を根掘り葉掘り
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-22
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縁語り其の九十:櫻井沙耶

「途方もない尽力ですね……」 美琴が、どこか遠い目をしてそう呟いた。 「ふふ、儂もそう思う。だがまぁ、これが桜織市の始まりだ」 藤次郎さんは、千年前の光景を懐かしむように、僅かに微笑んだ。 部屋に、再び濃密な静寂が落ちる。湯呑みから立ち上る湯気だけが、意味ありげに揺れていた。 その沈黙を破ったのは、美琴だった。 「藤次郎様。一つ、確信したことがあります」 彼女は、試すような、それでいて迷いのない声で問いかける。 「この桜翁の樹齢は、おおよそ千年。……それは、この桜織市が生まれた時期と、ほぼ重なります。間違いありませんよね?」 「……そうだな。おおよそ千年前、一人の『旅の女』がこの桜の苗を植えた、とそう記されている」 藤次郎さんの静かな肯定に、美琴はさらに一歩、核心へと踏み込んだ。 「そのお方は……“清き巫女”と呼ばれていませんでしたか?」 その言葉が、部屋の空気を変えた。 藤次郎さんは、驚きに目を見開いた。だがそれは、不審がるようなものではない。むしろ、自らの予想を遥かに超えた答えにたどり着いた者への、純粋な感嘆だった。 「ほう……! まさか、遠く離れた温泉郷に語り継がれる“清き巫女”の伝説と、この土地を創ったお方が、同じ人物であるという答えに行き着くとはな……!」 彼は、美琴の瞳の奥にある確かな光を見つめ、深く頷いた。 「お嬢さん、あんたは一体何者だ? いや……もう、聞くまでもないか」 藤次郎さんは、全てを悟ったように、ふぅ、と長い息を吐いた。 「いかにも。この街を創り、桜翁を植えたお方は、人々から“清き巫女”と呼ばれていた」 「その方の……お名前は?」 美琴が、息を詰めて尋ねる。 藤次郎さんは、僕に視線を合わせ、告げた。 「──櫻井 沙耶様だ」 その名が響いた瞬間、僕の身体は硬直し、思考が停止した。 サクライ、サヤ。 家の仏壇の奥、古びた家系図の一番上に、ただ一つだけ記されていた名前。 「あまりに長すぎる歴史故にな。櫻井沙耶様という、偉大な最初の先祖の名前だけが、儂らにはかろうじて引き継がれておる。その間のことは、もう誰にも分からんが」 藤次郎さんの言葉が、僕の混乱をさらに加速させる。 「そんな……歴史のある家柄だったなんて……」 声が、震えた。
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