All Chapters of 【完結】縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜: Chapter 51 - Chapter 60

184 Chapters

縁語り其の五十一:またいつか

僕たちが宿の古びた門前に着くと、陽菜さんはふわりと振り返った。 「陽菜さん、今日は色々と……本当に、ありがとうございました」 僕と美琴は、自然と二人で彼女へと深く頭を下げる。感謝の気持ちでいっぱいだった。 『いやいや、これくらい、いいって! アタイもアンタたちのおかげで、退屈しのぎどころか、腹の底から楽しませてもらったしねぇ!』 陽菜さんは、からりとした笑い声でそう言った。 「も、もうっ! 陽菜さんったら……!」 美琴がまたしても顔を真っ赤に染め、潤んだ瞳で陽菜さんを軽く睨む。その反応が、やっぱり可愛らしい。 『ふふふ、ごめんごめん。でも、アタイはもうそろそろ行くよ。夜はこれからが本番だけど、アタイの出番はここまでってね』 そう言って、陽菜さんは悪戯っぽく片目を瞑る。 『じゃあね、二人とも。またいつか、どこかで! おやすみ!』 その言葉を最後に、陽菜さんの姿が、陽炎のように揺らめき始めた。鮮やかだった浴衣の黄色が夜の闇に溶け、輪郭が淡い光の粒子へとほどけていく。次の瞬間には、その光もふっとかき消え、霧の中へと霧散した。 まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように、あまりにも静かに。 「……本当に、不思議な……でも、素敵な人だったな……」 陽菜さんが消えた空間を見つめながら、僕はぽつりと呟いた。隣で、美琴も静かに、けれど深く頷いているのが気配でわかる。 「ほら先輩っ、いくら夏と言えどこの格好で長く風にあたっていては体調を崩してしまいますよ?」 「そうだね…。戻ろうか」 僕たちはもう一度顔を見合わせ、名残惜しい気持ちを胸に宿の中へと戻った。 *** 「あらあら、おかえりなさい。ずいぶんと遅くまでお出かけだったのねぇ」 年季の入った玄関をくぐると、帳場から顔を出した女将さんが、夕方と同じ優しい笑みで僕たちを迎えてくれた。 「例の慰霊碑は、どうだった? 夜はまた格別な雰囲気だったでしょう?」 「はい。とても……言葉では言い表せないくらい、素敵で、神秘的な場所でした」 美琴が、まだ興奮冷めやらぬ面持ちで、敬虔な響きを声に込めて答える。 「そりゃあ良かった!あたしも、アンタたちに教えた甲斐があったってもんだよ!」 女将さんは満足そうに朗らかに笑い、からころと下駄の音をさせて奥へと戻って
last updateLast Updated : 2025-06-03
Read more

縁語り其の五十二:星燦ノ礫

──人とは、誰しも、守りたいと願う者を持つもの。 そのとき、選ぶ道はさまざまであり、いかなる選択も、正しさと背中合わせにある。 命を賭して守るという誓い── それは、美しく、そして尊い。 だが、忘れてはならぬ。 その誓いが残された者を、癒えることなき悲しみの淵へと誘うこともあるということを。 想いは力であり、同時に呪いでもある。 ……それもまた、人の定め。 ────────── 温泉郷での、全てが夢のようだった出来事から数週間が過ぎた。 季節は夏から秋へと移ろい、世界は緩やかに色を変えていた。 誰からも忘れ去られた廃神社の境内に、紅葉が静かに舞い落ちている。朱に染まった葉が石畳を覆い、風に乗って宙を漂う様は、まるで炎の花びらが踊るかのようだった。鳥居の朱色は褪せ、社は傾き、それでもなおこの場所には、かつての神聖さの名残が薄く漂っている。 僕と美琴は、その境内の中央で向かい合っていた。霊眼術と霊力の扱い──二人が共に歩むために必要な力を、ここで磨くために。 「さぁ先輩、私と初めての霊力の特訓をしますよ」 美琴が凛とした声で告げる。いつもの真面目な表情だが、どこか楽しそうな光が瞳に宿っていた。その表情を見て、僕は少しだけ緊張が解けるのを感じた。 「霊力について、分からないことはありますか?」 「うーん…僕は元々霊が視えてたけどさ……」 僕は少し考え込むように視線を逸らし、それから苦笑を浮かべた。 「霊力とか、そもそもそんな漫画みたいな単語を実際に聞くことになるなんて思わなかったよ……」 「ふふっ。ですよね」 美琴が小さく笑う。その笑顔は柔らかく、僕の緊張を優しく解きほぐしてくれた。 「霊力というのは、実際は誰にでも芽生えるものなんです。ただ、その力の大きさは人によって異なります」 「そうなんだ…。ちなみに僕はどのくらいか、とかわかるの?」 少しだけ不安そうに尋ねると、美琴は一瞬だけ考え込むような仕草を見せた。 「そうですね…。先輩はまだ巫女の力が目覚めて日が浅いので、今は決して高いとは言えないのですが……」 一拍置いて、美琴は真っ直ぐに僕を見つめた。その瞳には、確信めいた光が宿っている。 「でも、力がお身体に馴染んだ場合——私と同じくらいまで到れる可能性があると、私は読んでいますよ」 「み、美琴と同じく
last updateLast Updated : 2025-06-03
Read more

縁語り其の五十三:紅葉に落ちる影

「……では、結界を張りますよ」 美琴の凛とした声が、秋の境内に響いた。 「幽護ノ帳」 紅い光が彼女の周囲に満ち、無数の紅葉が風もないのに舞い上がる。それらが渦を巻きながら広がり、薄紅色の膜となって僕の前に立ちはだかった。結界の向こうで、美琴の姿が朧げに揺らいでいる。 「すーっ…はぁー……」 僕は深く息を吸い込んだ。秋の冷たい空気が肺を満たし、心を研ぎ澄ませていく。そして、震える手のひらをゆっくりと前へと突き出した。 (この暖かいものを…放つ!!) 「星燦ノ礫!!!」 その瞬間—— 紅い光が、僕の手のひらから迸った。 だけど、予想をはるかに超える反動が腕を襲う。まるで見えない巨人に突き飛ばされたような衝撃。 「うわっ!?」 僕は背後へと吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。 放たれた紅い光は真っ直ぐに結界へと飛んでいき、激突する。バチィッという音と共に、結界全体が大きく波打った。 「いたた…」 尻もちをついた僕に、美琴が慌てて駆け寄ってくる。落ち葉が舞う中、彼女の心配そうな顔が覗き込んできた。 「だ、大丈夫ですか?」 「思ったより、放った時の反動が強くて…」 僕が苦笑すると、美琴の表情が和らぎ、小さく笑った。 「ふふっ、ですが…しっかり放てましたね」 美琴が結界を見上げ、満足気に呟く。結界には、僕の光弾が当たった箇所に、かすかな波紋が残っていた。 まさか、自分も光弾を放つ日が来るなんて——夢にも思っていなかった。 「ですが、今のは私の霊力を放っただけです」 美琴が振り返り、真剣な眼差しで僕を見つめる。 「これから先輩は、自らの霊力を放たなければいけません」 「……もう一度、やってみていいかな?」 光弾を撃てたという高揚感が、僕を突き動かしていた。 「ええ」 僕は勢いよく立ち上がり、再び構えた。美琴は優しい眼差しで、静かに見守ってくれている。 (あの暖かいものを…手のひらに…) 目を閉じ、体の奥底に残る温もりを探った。それは胸の中心から、ゆっくりと腕を通って手のひらへと流れていく。 「星燦ノ礫!!!」 今度は——先ほどよりずっと小さい、淡い碧の光弾が放たれた。 それは弱々しく宙を漂い、結界に触れた瞬間、まるで朝露のように儚く霧散してしまった。 (っ……!!!) その瞬間、想像を絶する疲労が全身を襲った。
last updateLast Updated : 2025-06-04
Read more

縁語り其の五十四:血染めの系譜

父という単語で、僕はある事を思い出した。 バッグの中に詰めてきた、筒。 その中には、櫻井家の家系図が入っている。 美琴は僕の力の源流がどこから来ているのかは定かではないが、恐らく巫女の家系だろうと仮説を立てていた。だから、何かの役に立つかと思って持ってきたのだ。 「そういえば、これを美琴に見て欲しくて……」 僕はバッグの中から筒を取り出し、美琴に手渡した。 「これは…?」 美琴が困惑気味に筒を見つめる。 「それは、櫻井家の家系図なんだ。もしかすると、僕の力がどこから来てるか分かるかなって思ってさ」 「えっ!? そ、そんな……見てしまってもいいのですか??」 美琴が驚いたように目を見開く。 「はは……。減るものじゃないからね」 「それにさ、これが何かの手がかりになるかもしれないから」 「そうですね……。では、失礼します」 美琴は筒を開けて、中から包まれた古い歴史を感じさせる紙を丁寧に取り出した。 黄ばんだ和紙が、秋の光を受けて淡く輝く。 「随分古い家系図ですね…」 「まぁ…実はさ、詳しい事は分からないけど、その家系図に書いてある人が桜織市の創設に関わってるみたいで」 「えっ!??」 美琴が驚いて顔を上げた。 「と言っても、もう遠く離れた人だから、僕たちには何の恩恵もないよ? 一般人と変わらない」 僕は慌てて、驚いた美琴をなだめるように告げた。 「そ、そうでしたか…」 美琴はもう一度家系図と向き合い、その名前を指先で優しくなぞっていく。 そして、一番先頭に記された名前——。 **櫻井沙耶** その名前に、美琴の指が止まった。 「……ご先祖で最も古く記されている方は……櫻井沙耶、さん……」 「ど、どう? 心当たりのある人物はいた?」 僕は少しだけ期待を込めて尋ねる。 「残念ながら…」 美琴が首を横に振った。 「そっか……まぁ、そんな簡単には分からないよね」 僕は肩を落とした。 家系図になら、どこから自身に巫女の家系の血が混ざったのか分かるはずだと踏んでいたのに。 「……そうですね。先輩に二つだけ、伝えておかねばなりません」 美琴が真剣な表情で僕を見つめる。 「えっ? なに?」 「一つ目、私たちの血、“古の巫女の血”にはある特性が宿っています。逃れることのできない、呪いの性質です」 「特性……?
last updateLast Updated : 2025-06-04
Read more

縁語り其の五十五:静寂を裂く声

久しぶりに翔太と過ごす昼休み——秋の陽射しが教室の窓から差し込み、ぽかぽかと頬を温めてくれる。最近は美琴と一緒にいることが多かったから、こうして親友と肩を並べて弁当を広げるのは、なんだか懐かしい感じがした。 「最近、美琴ちゃんとはどうなんだ?」 翔太が唐揚げを頬張りながら、にやにやとこちらを見てくる。 「ぶふぉっ…!」 飲みかけのお茶が、危うく噴き出しそうになった。慌てて口元を押さえる。 「ど、どうって?」 「はぁ〜? 付き合ってるのか付き合ってないのかに決まってんだろ?」 翔太の声が妙に大きくて、周りの視線が一瞬こちらに向いた気がする。 「なっ…!」 「ウブだねぇ…。で? 付き合ってるのか?」 「付き合ってる訳ないだろ……!」 僕は慌てて否定したものの、心臓がドキドキと高鳴っている。 (本当は、もしかしたらそういう未来もあるのかもしれない…なんて思うけど…) 「マジかよ!? あの仲の良さで!?」 翔太が箸を止めて、大げさに驚いてみせる。 「…翔太から見たら、僕たちってそんなに仲良く見えるの?」 期待と不安が混じり合った気持ちで、僕は翔太の顔を覗き込んだ。 「誰がどう見てもめっちゃ仲良いだろ。そもそも美琴ちゃんがあんな風に男子と喋ってるの、お前くらいらしいぞ」 (ほっ…良かった…) その言葉が、素直に嬉しかった。美琴が僕にだけ見せてくれる表情があるのかもしれないと思うと、胸の奥が温かくなる。 「でも、あんなに可愛い子だからなぁ…お前以上に良い奴が現れたら、盗られちまうかもしんねぇぞ?」 今度は違う意味で心臓が跳ねた。 「ぐっ……」 「だってあの子、アイドル顔負けってくらい可愛くねぇか?」 (実際に可愛いと思う……。正直、美琴ほど可愛い女の子を僕は見たことがない…) 茶髪のポニーテールが風に揺れる姿も、真剣な表情で霊と対話する横顔も、時折見せる無防備な笑顔も——全部が、胸に焼き付いて離れない。 「か、可愛い…と思う……」 思わず本音が漏れてしまった。 「だろぉ? だからちんたらしてると、誰かに盗られちまうぞ?」 その言葉が、鋭い針のように胸に突き刺さる。 もし、美琴に自分以外の好きな人ができたら? この関係性も、崩れてしまうのだろうか? 「……努力します」 そう呟いた瞬間——二人のスマホが同時に震えた。
last updateLast Updated : 2025-06-05
Read more

縁語り其の五十六:断末魔

僕は廊下を走りながらスマホを取り出し、美琴の番号をタップした。 コール音が二回鳴ると、すぐに繋がる。 『はい…月瀬美琴です。どうしました?』 いつもの落ち着いた声が、少しだけ僕の焦りを和らげてくれた。 「美琴、急にごめん…! 聞きたいことがあってさ、今どこにいる?」 『今なら、中庭でお昼ご飯を食べ終えて休んでいたところですけど……』 (良かった…食べ終えた後なら、話を聞いてもらえる) 「わかった。これから美琴のところに向かうね」 『分かりました。お待ちしてますね』 電話越しでも分かる、優しい微笑みが浮かんでいるような声だった。 *** 中庭に着くと、木漏れ日の下でベンチに座る美琴の姿が見えた。僕に気づくと、小さく手を振ってくれる。その仕草が、なんだか愛おしく感じられて、胸が温かくなった。 「ごめん、お待たせ」 息を整えながら、彼女の隣に腰を下ろす。 「いえ、そんなことより…珍しいですね。先輩がそんな風に私を探すなんて……」 美琴が少し不思議そうに首を傾げる。 「実はさ…」 僕は深呼吸をして、先ほどの出来事を細かく説明し始めた。スマホに映ったノイズ、歪む映像、そして——あの声。話しながら、あの凄まじい叫びが耳の奥で反響しているような気がした。 「なるほど……。その動画からそんな声が響いた……と」 美琴の表情が、みるみる真剣なものへと変わっていく。 「そうなんだ…。あの声…本当に辛そうだった。まるで、今も苦しんでいるみたいに……。あれってやっぱり、被害者の方の声なのかな……?」 「私はその動画を見てないので、詳しくは分からないのですが…」 美琴が細い指先を顎に当てて、少し考え込むような仕草を見せる。秋の風が彼女の長い黒髪を優しく揺らした。 「話を伺った限り、その可能性が非常に高いでしょうね……」 (そんな……! 十五年も前の出来事なのに…まだ縛られてるだなんて……) 胸が締め付けられるような感覚に襲われた。 「どうしたら、助けられるのかな…?」 自分でも驚くほど、真剣な声が出た。以前の僕なら、このまま知らないフリをしていただろう。 (霊は怖いだけじゃない…。迷って苦しんでる人たちなんだ…!) 美琴と過ごしてきた時間が、僕をこんなにも変えてくれたんだと実感する。 「…………」 美琴が大きく見開いた瞳で、じっと僕
last updateLast Updated : 2025-06-05
Read more

縁語り其の五十七:同行の条件

美琴の拒絶が、僕の胸に重く沈んでいた。 「……美琴にとって、僕は……やっぱり、足手まといなのかな……」 誰にも聞こえないかもしれないほどの小さな声で、そう呟く。実際、廃病院でも風鳴トンネルでも、僕が本当に役に立てたことなんてほとんどなかった。ただ、彼女に守られていただけだ。それが今の僕の、偽らざる本音だった。 「……足手まといだなんて、思ってませんよ」 不意に、美琴の静かな声が響いた。 顔を上げると、美琴が真っ直ぐにこちらを見つめている。その瞳には、拒絶でも憐れみでもない、ただ真摯な光が宿っていた。 「ただ……先輩を護れる保証がないんです」 美琴の声が、ほんの少しだけ震える。 「……危険なのは美琴だって同じなんだよね……?」 僕の問いに、美琴は静かに頷いた。 「だから……僕も行きたいんだ」 胸の奥から湧き上がる想いを、言葉にする。 「危険なのはよく分かったよ。美琴が今までそんな風に警戒心を表すなんてなかったからさ」 一拍置いて、僕は続けた。 「でも、美琴が危ない場所に一人で行くなんて……僕だって嫌なんだ」 美琴の目が、大きく見開かれた。 「困りましたね……」 美琴が本当に困ったような表情で、小さく眉を寄せる。 (確かに美琴からしたら困ると思うけど、引き下がる訳にはいかないんだ。美琴がまたあの時みたいに倒れたりしたら…) 考えるだけで耐えられない。 僕は覚悟を決めた瞳で、美琴を見続けた。 「そ、そんな目で見ないで下さい……」 美琴が少し視線を逸らしかけて、それでもまた僕を見つめ返す。 「……先輩、さっきの廃工場は本当に危険なんです」 美琴が言葉を選ぶように、ゆっくりと話し始める。 「今まで出会ってきた霊たちは、悪霊ではなく、地縛霊や浮遊霊でした」 美琴の声に、いつもにない緊張が滲む。 「ですが、あの場所にいるのは悪霊の可能性が高いんです」 その言葉の意味を、僕は理解していた。 (今までは、悪意を持って危害を加えてくる霊はいなかった。でも……悪霊というからには、明確な悪意や敵意があるのかもしれない……) でも……。 「自分の身は自分で守るよ。美琴から教わってる星燦ノ礫だってあるしさ」 僕は拳を軽く握りしめた。 「だからこそ、僕も行きたい」 今まで霊を避けてた僕が、こんな風に考え
last updateLast Updated : 2025-06-06
Read more

縁語り其の五十八:心に灯るは碧い焔

さらにそれから一週間。 霊眼術はどうにか安定して十分は超えるようになった。 学校が終わった後に美琴との特訓を続けたこともあり、星燦ノ礫も三発は安定して撃てるようになった。 そう考えると、確かに霊力を使えば使うほど僕の力が強まっているとそう実感する。 そして、いよいよ美琴に日頃の努力の成果を見せる時がやってきた。 「先輩、準備はよろしいですか?」 「う、うん…!」 その返事を聞くと、美琴は僕の前方に幽護ノ帳を展開する。 「幽護ノ帳」 静かな詠唱とともに、あの紅い護りの力が、僕の前に立ちはだかる。透き通るような膜が空気を震わせ、淡く光を放っている。 「少しでもいいので押してください。それができたら廃工場へ一緒に行きましょう」 美琴が優しく声をかけてくれる。 「よし…!!」 僕は自分の頬を両手で叩く。 そして、片手で勾玉を握り、もう片方の手を美琴の結界へと向けた。 「星燦ノ礫ッ!!」 そう術の名を紡ぐと、僕の手のひらから青い光が放たれ、一直線に美琴の結界へと飛んでいく。 そして、 バチィッ! という甲高い音が弾け、美琴の紅い霊力の膜が、ほんの一瞬だけ、水面のように激しく揺らめいた。 でも――本当に、それだけだった。 鉄壁の防壁は、まるで何事もなかったかのようにびくともしない。 「……くっ……!なんで……!」 確かに霊眼術を十分間発動できるようになった筈だ。 霊力の扱いに慣れれば、自然と星燦ノ礫の威力も上がる。 美琴はそう言っていた。 実際に、威力だけなら確かに上がっていたと思う。 でも、今の手応えから考えると、押すなんて不可能だと思ってしまった。 「くそ……! もう一回……!」 二発目。 僕はまた同じように、手のひらに全身の霊力を集めて、放つ。 「星燦ノ礫!!!」 でも結果は同じだった。 (そんな……! あと三発しか撃てないのに…!) 焦りが心を支配する。 このままでは…置いていかれてしまう。 僕は勾玉を強く握りしめる。爪が掌に食い込んで痛い。 そして、三度目の正直。 「星燦ノ礫……!!」 けど、また美琴の結界に吸い込まれるように消えていく。 「どうして……!」 声が裏返る。 「先輩、焦らないでください」 美琴の落ち着いた声が、焦燥に駆られる僕の耳に届く。 (そんなこと言われても、あと二
last updateLast Updated : 2025-06-06
Read more

縁語り其の五十九:桜翁の声

安心感から、どっと疲れが押し寄せてきた。膝から力が抜け、視界がぐらりと傾く。 最大五発の星燦ノ礫を一気に撃ち切ってしまったからだろう。全身の霊力が、まるで栓を抜かれた風船のように抜けていく。 とうとう足が崩れ落ちた。 背中から倒れる——そう思った瞬間。 柔らかな腕が、僕の身体を受け止めてくれた。 「っ……! み、美琴!?」 振り仰ぐと、美琴の顔がすぐ近くにあった。秋の夕陽が、彼女の頬をほんのりと朱に染めている。 「ふふっ、よく出来ました! ご褒美です!」 頬を赤く染めながら、少し照れたような笑顔でそう告げる美琴。その表情があまりにも可愛くて—— 「あ、あはは……!」 思わず笑みがこぼれてしまった。 「な、なんで笑うんですかっ!!」 美琴が慌てたように声を上げる。その必死な様子が、また愛おしい。 「ごめんごめん…。なんだか、恥ずかしさを誤魔化す美琴が可愛いと思ってさ」 (あっ) つい、心の声が漏れてしまった。疲労で、思考のブレーキが完全に壊れてしまっている。 「なっ……!」 美琴の顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。耳まで赤くなっているのが、なんとも愛らしかった。 「も、もう! そんなこと言って! 先輩を落としちゃいますよっ!」 「それは勘弁して欲しいかな…」 苦笑しながら答える。本当に落とされそうなのは、僕の方なのに。 「ふふっ。頭、失礼しますね」 美琴はそっと身体を屈めて、僕の頭を優しく持ち上げた。そして—— 柔らかな感触が、後頭部を包み込む。 これは…膝枕だ。 心臓が、さっきまでとは全く違う理由で高鳴り始める。美琴の温もりと、ほのかに香る花のような匂いが、僕を包んでいく。 ふと、翔太との会話が脳裏をよぎる。 『付き合ってないのか?』 (……うん。いつか、この想いは必ず伝えよう) でも、それは今じゃない。 廃工場での戦いを終えて、全てが落ち着いたら——その時こそ、美琴へ告白しよう。 柔らかな膝の上で、静かにそう心に誓った。 *** 気がつけば、僕は美琴の膝の上で盛大に寝てしまっていた。 薄く目を開けると、空はすっかり暗くなっている。時計を見れば、もう20時近い。 「ご、ごめん美琴…! いつの間にか寝ちゃって…!」 慌てて起き上がろうとする僕を、美琴が優しく見つめていた。 「可愛らしい寝
last updateLast Updated : 2025-06-07
Read more

縁語り其の六十:錆色の悪意

秋霖が洗い流した空は、どこか寂しげなほど澄み渡っていた。 カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋の塵を金色に照らし出す。鳴り響くアラームの無機質な電子音を、僕は夢現の中で手を伸ばして止めた。 「うぅ……っ」 瞼の裏に、昨夜の残像が揺らめいている。 古びた桜の木に触れた瞬間、心の奥底で響いた、あの切ない祈りの声。誰のものだったのか。何を願っていたのか—— (……美琴なら、何か分かるかな……) その名が浮かんだ途端、意識が急速に覚醒する。僕は勢いよく布団を払いのけ、冷たい朝の空気に肌を晒した。 今日の目的地は、かつて凄惨な殺人事件の舞台となった廃工場。美琴が「悪霊が巣食っている」と告げた場所。胸の奥で、冷たい波紋がゆっくりと広がっていくのを感じる。 悪霊—— でも、二人ならきっと大丈夫だと思えた。その確信だけが、僕を前へと押し出してくれる。 *** 待ち合わせ場所に指定された駅のロータリーには、すでに彼女の姿があった。 後ろで一つに束ねられた黒髪が、秋風にさらさらと揺れている。その凛とした佇まいは、雑踏の中でもひときわ静謐な光を放っているように見えた。 「おはよう、美琴」 「おはようございます、先輩」 振り返った彼女の表情に、いつもの優しさと共に、僅かな緊張が宿っているのが分かった。 「ごめん、待たせた?」 「ふふ、大丈夫ですよ。私がせっかちなだけですから」 悪戯っぽく微笑む彼女の言葉に、張り詰めていた心が少しだけ解れる。この何気ないやり取りが、どれほど僕を救ってくれていることか。 でも、今日は違う。 美琴曰く悪霊がいるとされる廃工場だ。いつもより緊張感を持って臨まないといけない。 「では、参りましょうか」 バスに揺られること一時間。 移りゆく車窓の景色を眺めながら、僕は桜翁の一件を美琴に打ち明けた。 「声、ですか……」 美琴が窓に映る自分の顔を見つめながら、静かに呟く。 「うん。はっきりとは聞き取れなかったけど……誰かが、必死に祈っているような、そんな声だった」 「祈っているような……ですか」 僕の話に、彼女は窓の外へ視線を向けたまま、僅かに眉をひそめる。その瞳には、僕には見えない何かを捉えているような、深い色が浮かんでいた。 「先輩が触れることで、まるで共鳴したかのような現象みたいですね。念の為、私も後で桜
last updateLast Updated : 2025-06-07
Read more
PREV
1
...
45678
...
19
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status