Semua Bab 縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜: Bab 51 - Bab 60

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縁語り其の五十一:またいつか

僕たちが宿の古びた門前に着くと、陽菜さんはふわりと振り返った。 「陽菜さん、今日は色々と……本当に、ありがとうございました」 僕と美琴は、自然と二人で彼女へと深く頭を下げる。感謝の気持ちでいっぱいだった。 『いやいや、これくらい、いいって! アタイもアンタたちのおかげで、退屈しのぎどころか、腹の底から楽しませてもらったしねぇ!』 陽菜さんは、からりとした笑い声でそう言った。 「も、もうっ! 陽菜さんったら……!」 美琴がまたしても顔を真っ赤に染め、潤んだ瞳で陽菜さんを軽く睨む。その反応が、やっぱり可愛らしい。 『ふふふ、ごめんごめん。でも、アタイはもうそろそろ行くよ。夜はこれからが本番だけど、アタイの出番はここまでってね』 そう言って、陽菜さんは悪戯っぽく片目を瞑る。 『じゃあね、二人とも。またいつか、どこかで! おやすみ!』 その言葉を最後に、陽菜さんの姿が、陽炎のように揺らめき始めた。鮮やかだった浴衣の黄色が夜の闇に溶け、輪郭が淡い光の粒子へとほどけていく。次の瞬間には、その光もふっとかき消え、霧の中へと霧散した。 まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように、あまりにも静かに。 「……本当に、不思議な……でも、素敵な人だったな……」 陽菜さんが消えた空間を見つめながら、僕はぽつりと呟いた。隣で、美琴も静かに、けれど深く頷いているのが気配でわかる。僕たちはもう一度顔を見合わせ、名残惜しい気持ちを胸に宿の中へと戻った。 *** 「あらあら、おかえりなさい。ずいぶんと遅くまでお出かけだったのねぇ」 年季の入った玄関をくぐると、帳場から顔を出した女将さんが、夕方と同じ優しい笑みで僕たちを迎えてくれた。 「例の慰霊碑は、どうだった? 夜はまた格別な雰囲気だったでしょう?」 「はい。とても……言葉では言い表せないくらい、素敵で、神秘的な場所でした」 美琴が、まだ興奮冷めやらぬ面持ちで、敬虔な響きを声に込めて答える。 「そりゃあ良かったわ。あたしも、アンタたちに教えた甲斐があったってもんだよ!」 女将さんは満足そうに朗らかに笑い、からころと下駄の音をさせて奥へと戻っていく。 その気さくな物腰と、からりとした笑い声。僕は背中を見送りながら、先ほど別れたばかりの陽菜さんの姿を重ねていた。不思議なほど、二人の纏う温かい空気が似ている気
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-03
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縁語り其の五十二:星燦ノ礫

──人とは、誰しも、守りたいと願う者を持つもの。 そのとき、選ぶ道はさまざまであり、いかなる選択も、正しさと背中合わせにある。 命を賭して守るという誓い── それは、美しく、そして尊い。 だが、忘れてはならぬ。 その誓いが残された者を、癒えることなき悲しみの淵へと誘うこともあるということを。 想いは力であり、同時に呪いでもある。 ……それもまた、人の定め。 *** 温泉郷での、全てが夢のようだった出来事から数週間が過ぎていた。 肌を焼くような夏の熱気は姿を消し、森という名のキャンバスは、燃えるような赤や鮮やかな黄色に染め上げられていた。風が吹くたび、紅葉がはらはらと舞い散る。どこか物悲しく、それでいて心を揺さぶる美しい季節。 僕たちは、人っ子一人いない、忘れ去られたように静まり返った神社跡で、日課となった霊力の訓練に励んでいた。 「……はぁ……、はぁ……」 額の汗を拭い、荒くなった息を整える。美琴に教わっているのは、霊眼術の応用と、霊力の細やかな制御。今の僕にはあまりに難しく、訓練のたびに自分の無力さと焦りが胸を締め付ける。どうにか霊眼術を一人で発動できるようになったが、持続時間はせいぜい五分程度だ。 その力が、自分を守るためではなく、美琴を守るためにも必要なのだと思うと、余計に歯がゆかった。 ……そう、この力を僕は自分の為だけではなく、彼女の為にも使いたい。 そう思うようになった。 それだけでも、以前とは比べ物にならないくらい成長している……のではないだろうか。 「先輩! そんなところで立って何をしているんですか! 休む暇はありませんよ! 次は“礫《つぶて》”の練習です!」 秋の冷たい空気を切り裂くように、凛とした、それでいてどこか楽しげな声が背後から飛んでくる。 振り返ると、美琴が鮮やかな紅葉を背景に、結い上げたポニーテールを揺らしながらこちらへ歩いてくるところだった。その茶色の瞳は、いつもの穏やかな彼女とは別人のように、射抜くような強い光を宿している。 日頃の姿からは想像もできない、厳しい特訓の時だけに見せる“鬼教官”の顔。それは頼もしく、そして美しかったけれど――正直、かなり圧が強い。 「ちょ、ちょっと待って美琴……! 少し休ませて…!」 情けない声で懇願すると、美琴は一瞬戸惑った顔をしたが、すぐにいつもの穏やか
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-03
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縁語り其の五十三:紅葉に落ちる影

「ッ……!」 ギリギリまで振り絞った霊力が尽き、僕の身体がぐらりと傾ぐ。視界が急速に白み、平衡感覚がぐにゃりと歪んだ。糸が切れた人形のように、秋色の落ち葉が積もる地面へと大の字に倒れ込む。 「疲れたぁ……もう、指一本、動かせない……」 ぜぇぜぇと荒い息が切れ、目の前がチカチカと点滅する。全身から急速に力が抜けていく、あの嫌な脱力感。 (き。きっつ〜……!) そんな僕に、美琴が慌てて駆け寄ってくる足音がした。 「先輩、大丈夫ですか!?」 彼女の華奢な手が、僕の肩にそっと触れる。ひんやりとした心地よい感触と、奥底から伝わる確かな温かさ。疲弊しきった身体に、彼女の霊力がじんわりと染み込んでくるようだった。 僕はなんとか顔を歪めて、苦笑いを浮かべてみせる。 「あはは……なんとかね……」 「良かった…。ちなみに、今の星燦ノ礫ですが……」 「不意を突けば、弱い霊なら弾き飛ばせそうですね…」 美琴は心底ホッとした表情を見せたかと思うと、次の瞬間にはもう、いつもの冷静な調子で僕の渾身の一撃を淡々と分析し始めた。 (待って??切り替え早くない??) ……それに、この全身の血が沸騰するような疲労感で、たったそれだけ??? 心の中で落胆の溜息をつく。だが、そんな僕の気持ちを察したのか、美琴はふっと、柔らかく微笑んだ。 「でも……本当に、よく出来ましたね」 その声は、秋の夕暮れのようにどこまでも優しく、疲れ果てた僕の心をそっと包み込んでくれる。柔らかな日差しの中、彼女の慈愛に満ちた笑顔が美しく映え、僕はその眩しさに耐えきれず、照れ隠しにぷいと視線を逸らした。 「そういえば、美琴が使うこの術って……本当は、どれくらいの威力が出るものなの?」 ふと気になって尋ねると、美琴は少し考える素振りを見せた。 「私の……ですか? うーん、言葉で説明するより、見ていただいた方が早そうですね」 そう言うと、彼女は再び前方に、あの真紅の結界をこともなげに展開する。 そして―― 「星燦ノ礫」 凛とした、けれどどこか遊び心を含む掛け声。美琴が放った霊力の光弾は、僕のか細い碧色の光とは比べ物にならないほど鋭く、圧倒的に力強かった。 夜空を切り裂く流星のような、真紅の閃光。 それが結界に触れた、その瞬間――。 パァンッ!! 鼓膜を突き破るかのような、鋭く乾いた破
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-04
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縁語り其の五十四:血染めの系譜

ふと、父が「昔、こんなものがあった」と話しながら持ってきた、あの古びた家系図のことを思い出した。  ──そうだ。あれだ。僕と、美琴……そして巫女の血筋に纏わる謎の鍵が、あそこにあるかもしれない。 そう思って、僕は家の家系図を持ってきたんだ。 「美琴、ちょっと待ってて!」  僕は木の根元に置いていたバッグへと駆け寄り、チャックを急くように開ける。中から、丁寧に包んで持ち帰ってきた桐の筒を取り出し、その中に仕舞われた和紙をゆっくりと引き出した。  何代にもわたる名前が、墨で綴られている。 「これを……見てほしいんだ」  差し出すと、美琴は瞳を少し見開いた。 「これは……櫻井家の家系図……。先輩、こんな大切なものを私に……」 「うん。これが何かの手がかりになるかもしれないから」  僕は喉の渇きを覚えながら、美琴がその紙を見つめるのを黙って見守った。  彼女は和紙を広げ、細い指で一文字ずつ丁寧になぞるようにして読み進めていく。 「……ご先祖で最も古く記されている方は……櫻井沙耶、さん……」 「うん。その名前、何か心当たりある?」  僕の問いに、美琴はほんの少し困ったように首を横に振った。 「申し訳ありません……私の知る限りでは、聞いたことがありません」 「そっか……やっぱり、簡単には分からないか」  僕が力なく笑うと、美琴は和紙を丁寧に畳み、静かに語り始めた。その表情には、覚悟が滲んでいた。 「先輩……。私たちの血には、“古の巫女の血”と呼ばれる、ある特性が宿っています。逃れることのできない、呪いの性質です」  風に前髪を揺らされながら、彼女はそれをそっと押さえた。 「特性……?」  その言葉が落とす影に、胸の奥がざわついた。 「はい。──その血を色濃く継ぐ家系では、代々、女性しか生まれないのです。男性が生まれることは、決してないとされてきました」  秋の澄んだ空気が、途端に凍りついたかのように冷たく感じられた。 「……え?」  僕の声が、遠くに反響して聞こえた気がする。 「それは、“呪い”によるものです。とても古く、そして強大な呪い……」  その言葉に、温泉郷で耳にした不吉な記憶が重なった。胸の内を冷たい刃がなぞるような感覚が走る。 「じゃあ……僕は? 僕の存在は……?」  言いながら、気づけば拳に力が入りすぎて、
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-04
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縁語り其の五十五:静寂を裂く声

厳しい訓練を束の間忘れ、僕たちは大きな楠の根元に腰を下ろして息をついた。秋の柔らかな陽射しが幾重にも重なる葉を透かし、地面に光の斑点をきらきらと落としている。 「先輩、これをどうぞっ!」 不意に、隣に座る美琴が小さな、丁寧にラッピングされた箱を突き出してきた。その表情はどこか得意げで、それでいて少しだけ、頬が朱に染まっている。 「え? これは……」 「ふふっ、開けてからのお楽しみですっ!」 悪戯っぽく輝く茶色の瞳と満面の笑み。その屈託のなさに、僕の心臓がまた、どきりと小さく跳ねるのを感じる。ぎこちない手つきでリボンを解き、箱を開けると、目に飛び込んできたのは、鮮やかな色彩の宝石箱。 ――色とりどりの、サンドイッチだった。 目に眩しいほどの黄色のたまご、優しいピンク色のハム、瑞々しい緑色のレタス。まるで計算され尽くした芸術品のように美しく詰められていて、思わず「わぁ……」と感嘆の声が漏れた。 「有名なレシピ通りに作りましたから、お味の保証はありますよ」 美琴が小さな胸を張って、けれどやっぱり少し不安そうに僕の反応を窺っている。その健気な様子が、どうしようもなくなんだか可愛らしくて。 「い、いただきます」 一番手前にあった分厚いたまごサンドを手に取り、大きく一口。 その瞬間、信じられないほどの幸福感が、口の中いっぱいに広がった。 ふわふわのパン。絶妙な塩加減の、優しくて濃厚なたまご。そして、後から追いかけてくるマヨネーズの芳醇なコク。 とてつもなく……美味しい……! 「っ……! んん〜〜っ!」 美味しさのあまり言葉を失い、感動に打ち震える僕に、美琴が緊張した声で尋ねる。 「ど、どうですか、先輩……? お口に、合いましたか……?」 「……美味しい。美琴、これ、めちゃくちゃ美味しいよ!!!!!本当に!!!!!」 決して大袈裟じゃなかった。僕は夢中でサンドイッチを頬張る。今まで食べたどんな有名な店のものより、ずっと温かくて、優しい味がした。訓練の厳しさで鉛のように重かった心が、この味で少しずつ解けていく。 *** 「ごちそうさまでした」 心の底からの感謝を伝えると、美琴は花が咲いたような、本当に嬉しそうな笑顔を見せた。 「お粗末さまでした。喜んでいただけて、私も嬉しい」 その声は、木漏れ日のように明るく弾んでいる。僕はお腹も心も
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-05
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縁語り其の五十六:茜色の嘘

あれから、スマートフォンの画面に映る同じニュース動画を、僕は何度も再生した。 「……おかしい。  どうして、誰もあの声に気づかないんだ?」 でも、結果は同じだった。何度見返しても、あの耳を裂くような絶叫は……確かに、その映像の中に、不気味なノイズのように混じり込んでいる。しかし、動画のコメント欄やSNSをいくら探しても、誰もそのおかしな声のことには触れていない。まるで、僕にしか聞こえない音のような、不気味な現象だった。 「これは……ただの偶然なんかじゃない。」 。“何か”が、この映像を通して、何かを必死に訴えてきているんじゃないだろうか? そんな確信にも似た予感が、背筋を冷たくした。 僕はひとまず、この不可解な現象について美琴にも話を聞いてもらう為に、短いメッセージを送る。 〈お疲れ様。今どこにいる? ちょっと相談したいことがあるんだ。〉 三分後、ほとんど間を置かずに、美琴から返事が届いた。 〈中庭のベンチにいますよ。どうかしましたか?〉 〈ちょっと見てほしいものがあって。屋上まで来てもらってもいいかな?〉 人目につかない場所の方がいいだろう、と直感的に判断した。 〈分かりました。では、今から屋上へ向かいますね。〉 その短いやりとりを済ませ、僕はスマートフォンの画面を消す。胸の奥が、じわじわと嫌な感じでざわついていた。きっと美琴なら、何か分かるかもしれない。 僕は屋上の錆びついたフェンスにもたれかかり、彼女が来るのを待った。 空は、まるで血を流したかのように不気味な茜色に染まり、もうすぐ、全てを飲み込むような夜が訪れようとしていた。西の空の雲行きが、みるみるうちに怪しくなっていくのが見えた。 *** 数分後。屋上の重たい鉄の扉が、ギィ、と軋む音を立てて静かに開く。 「お待たせしました、先輩。」 そこに立っていたのは、いつものように落ち着いた佇まいの美琴だった。 「ううん、呼び出してごめんね、急に。」 「いえ、大丈夫ですよ。先輩から相談されるの嬉しいですから。……それで、相談とは何でしょうか?」 美琴は、その茶色の瞳で僕を真っ直ぐに見つめ、柔らかな笑顔を浮かべてくれる。その、いつもと少しも変わらない穏やかな彼女の様子に、言いようのない不安を感じていた僕の心が、ほんの少しだけ、けれど確
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-05
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縁語り其の五十七:同行の条件

「……私ひとりで、行きます。」 美琴は、どこまでも静かに、だがその奥に鋼のような決意を込めて、そう言い放った。 その言葉は、僕の胸の奥で澱のように溜まっていた、重たい感情を表面に浮かび上がらせた。 「……美琴にとって、僕は……やっぱり、足手まとい、なのかな……。」 実際に、廃病院でも風鳴トンネルでも、僕が本当に役に立てたことなんてほとんどなかった。ただ、彼女に守られていただけだ。それが、今の僕の、偽らざる本音だった。 でも―― 「そんなことは、決してありませんっ!」 美琴が、僕の言葉を遮るように、間髪入れずに、そして驚くほど強い口調で否定してくれた。 僕はそれでも俯いたまま、言葉を続ける。 「でも……詩織さんの件で、美琴が倒れた時……僕は本当に、何もできなくて……怖かったんだ。」 美琴は黙って、僕の言葉に耳を傾けている。その沈黙が、逆に僕の心を締め付けた。 「また、あんなことになるかもしれないって思うと……それに、見ての通り、星燦ノ礫も少しは使えるようになった。自分の身くらいは、なんとか守れると思うんだ。」 「だから……美琴が行くって言うなら、僕も一緒に行きたい。」 心のどこかで、これがただのわがままだと分かっていた。 けれど、彼女が言う「異様な気配」が渦巻く場所へ、たった一人で向かうと聞いて、黙って見送ることなんて、今の僕には到底できなかった。 それくらい、僕の中で、美琴という存在は、いつの間にか、どうしようもなく大きなものになっていたんだ。 「……はぁ……」 僕の必死の訴えに、美琴が、ふっと諦めたような、それでいてどこか困ったような深いため息をついた。 「本当に……私も、先輩が何を考えて、何を言いたいのか、なんとなくですけど、分かるようになってしまいましたよ…。」 苦笑いを浮かべたその声には、呆れた響きと、でも、ほんの少しだけ嬉しいような響きが混じっていたように感じられる。 「私は先ほど、あの廃工場には禍々しいものが渦巻いている、とそう言いましたよね?」 美琴が、諭すような目で僕を見る。 「うん……。」 「もし、それほど凄惨な事件があった場所なら、そこに残された無念や負の感情が、磁石のように悪霊や、もっと質の悪い何かを引き寄せている可能性も……十分に考えられます。」 美
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-06
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縁語り其の五十八:心に灯るは碧い焔

美琴の紅い結界に、僕の全力はまたしても弾かれた。焦りだけが、黒い染みのように心に積もっていく。膝に手をつき、荒い息を繰り返しながら、必死に活路を探す。 (どうすればいい……? どうすれば、あの壁を……美琴の守りを、僕は越えられる……?) 焦れば焦るほど、明確な答えは遠のいていく。 「っ……!!!星燦ノ礫ッ!!」 ほとんど叫ぶように、僕は再び光弾を放った。心の奥底で、ただひたすらに願う。 (頼む……! 今度こそ、届いてくれ!) だが、無情にも甲高い音を立て、結界がわずかに揺れるだけ。僕の放った碧い光は、またしても硬い壁に跳ね返されるように、あっけなく弾かれた。 「くっ……!」 立て続けの術で、霊力も体力も限界だった。膝が崩れ、僕はその場にみっともなく尻もちをつく。地面についた指が、悔しさに震えていた。 (くそ…っ!!!!このままじゃ美琴が一人で行っちてしまう…!) そんな僕に、美琴が静かに歩み寄ってくる。そして僕の前に立つと、どこまでも穏やかな、けれど芯の通った声で言った。 「先輩。……私たち古の巫女の術は、その根源にある“想い”の強さによって、発現する力がまるで変わってくるのです。」 「……想い……?」 僕は呆然と顔を上げ、彼女の澄んだ茶色の瞳を見つめ返した。 「はい。もし先輩が、この術をもっと強くしたいと願うのなら――その術に込める“想い”を、もっと、もっと強く……純粋な形で込めてみてください。」 その声は、僕の心の奥底に眠る何かを揺り起こすような、確かな力を持っていた。 ……想い。僕の、想い……。 僕は、震える足でゆっくりと立ち上がる。まだその言葉の本当の意味は分からない。でも、今の僕にできるのは、それを信じることだけだ。 勾玉に意識を集中させ、深く息を吸う。胸の奥に眠る熱い想いを、確かな形にしていく。 美琴の力になりたい。彼女と肩を並べて、一緒に戦いたい。そして何よりも―― (僕は……ただ、彼女の役に立ちたいんだ!!) その瞬間、手の中の勾玉が、心の叫びに呼応するように、今までとは比較にならないほど鮮烈な赤い光を放った。 「星燦ノ礫ッ!!」 僕のすべての想いを乗せた光弾は、明らかに一回りも二回りも大きく、目を焼くほど力強い。凄まじい衝撃音が、静まり返った秋の森に轟いた。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-06
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縁語り其の五十九:桜翁の声

美琴の「……支えられています」という言葉が、胸の奥底に静かに染み渡る。ただ一緒に行きたいのではない。彼女を“支えたい”からこそ、共に歩みたい。その想いが鮮明な輪郭を結んだ瞬間、僕の身体は自然と動き出していた。 勾玉を握る手に汗が滲み、無意識のうちに構えを取る。風が紅葉を揺らす音が、やけにクリアに聞こえた。 ──支えたい。 その切なる願いを心の核として、僕は叫んだ。 「……星燦ノ礫!!」 解き放たれたのは、碧と紅の霊気が完全に溶け合った、純粋な光の奔流。これまでのものとは比べ物にならない、圧倒的な力を宿した一撃だった。 轟音が森を貫き、空気が震える。美琴の結界が、ただ揺らめくだけでなく、内側から押し返されるように、ぐにゃりと大きく歪んだ。 「……っ、はぁ、はぁ……」 膝が震え、息が乱れる。全身から力が抜けていくようだった。 (や、やった……!美琴の……守りを押せた……!) その時、「……合格ですね」美琴の柔らかな声が、耳に届いた。見れば、彼女はどこか嬉しそうに微笑んでいる。秋の陽光に照らされたその顔が、ほんの少し眩しく見えた。 「……よかった……!これで……!」 張り詰めていた緊張が、ふっと溶けていく。 「先輩。体力をしっかり回復させて――次の休日に、廃工場へ向かいましょう。」 静かだが、まっすぐな言葉。その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。 「そうだね……流石にクタクタだよ……」 「ふふっ。先輩、お疲れ様でしたっ」 ――でも、ようやく、並び立てる。どうにか、彼女と一緒に、“あの場所”へ行くことが許されたんだ。巫女の力は、想いの力。僕はその言葉を、深く胸に刻んだ。 *** 数日が過ぎ、いつもと変わらない時間が流れた。翔太との他愛のない話。それを静かに見守る美琴の微笑み。教室の窓から吹き込む冷たい風がカーテンを揺らす、穏やかな午後。なんでもない日常が、どこか眩しく感じられた。 そして――決行前夜。 ベッドに横になり、天井を見つめる。時計の針は22時半を指していた。眠れない。 『危険です』――あの美琴が、真顔でそう言った。不安がないわけじゃない。むしろ、今こうして眠れないのがその証拠だ。怖い。でも、彼女が一人で行くくらいなら。僕も行かなければならない。それだけは、揺るがなかった。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-07
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縁語り其の六十:錆色の悪意

秋霖が洗い流した空は、どこか寂しげなほど澄み渡っていた。 カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋の塵を金色に照らし出す。鳴り響くアラームの無機質な電子音を、僕は夢現に手を伸ばして止めた。 「うぅ……っ」 瞼の裏に、昨日の残像が揺らめいている。 古びた桜の木に触れた瞬間、心の奥底で響いた、あの切ない祈りの声。誰のものだったのか。何を願っていたのか。答えのない問いが、朝靄のように思考にまとわりついて離れない。 (……美琴なら、何か分かるかな……。) その名が浮かんだ途端、意識が急速に覚醒する。僕は勢いよく布団を払い、冷たい空気に肌を晒した。 今日の目的地は、かつて凄惨な殺人事件の舞台となった廃工場。美琴が「尋常ではない」と告げた場所。胸の奥で、冷たい波紋がゆっくりと広がっていくのを感じる。僕は短く息を吐き、散らかった思考を振り払った。 (大丈夫だ。一人じゃない。) そう、心の中で何度も繰り返す。まるで、壊れかけたお守りに縋るように。 *** 待ち合わせ場所に指定された駅のロータリーには、すでに彼女の姿があった。 後ろで一つに束ねられた黒髪が、秋風にさらさらと揺れる。その凛とした佇まいは、雑踏の中でもひときわ静かな光を放っているように見えた。 「おはよう」 「おはようございます、先輩」 「ごめん、待たせた?」 「ふふ、大丈夫ですよ。私がせっかちなだけですから」 悪戯っぽく微笑む彼女の言葉に、張り詰めていた心が少しだけ解れる。この何気ないやり取りが、どれほど僕を救ってくれていることか。 だが、今日は違う。 いつもと違う。この穏やかな朝の空気のすぐ向こう側で、得体の知れない何かが、僕たちを待っている。 「では、参りましょうか」 美琴の静かな声に頷き、僕たちは並んで歩き出した。彼女の横顔は、すでに来るべき戦いを見据えているようだった。 バスに揺られること一時間。 移りゆく車窓の景色を眺めながら、僕は桜翁の一件を美琴に打ち明けた。 「声、ですか……」 「うん。はっきりとは聞き取れなかったけど……誰かが、必死に祈っているような、そんな声だった」 僕の話に、彼女は窓の外へ視線を向けたまま、僅かに眉をひそめる。その瞳には、僕には見えない何かを捉えているような、深い色が浮かんでいた。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-07
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