美琴の身体が横へ弾かれた。 静江の腕が、想像もしない力で美琴を押しのけている。理性の箍が外れた人間の力だった。痩せた腕の、どこにこれほどの力が潜んでいたのか——。 「っ! 静江さんっ!!」 美琴の声が鋭く跳ねる。制止ではない。悲鳴に近い響きだった。 悠斗は咄嗟に動いた。静江の腕を掴もうと、美琴の前に割り込もうと——考えるより先に身体が出ていた。 「待ってください! 彼女の言う通りに!」 だが、恐怖に駆られた人間の力は理屈を超える。 腕を伸ばした瞬間、衝撃が胸を打った。弾き飛ばされる。足が地面を滑り、背中がトンネルの壁にぶつかった。 「うわっ!」 肺の空気が押し出される。視界が一瞬、白く弾けた。 『かぁさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!』 ——声が、空間そのものを殴りつけた。 鼓膜が軋む。骨が震える。トンネルの壁面に反響した叫びが何層にも重なり、音という域を超えて、純粋な圧力として身体を叩く。悠斗の肺が、その音圧だけで潰されそうになる。 (まずい……! どうしたら……!) 思考が空転する。静江はもうトンネルの出口に向かって走り出している。あと数歩で外だ。光の境界線が、すぐそこまで迫っている。 ——その手を掴んだのは、竹中だった。 いつ動いたのか、悠斗には見えなかった。気づいたときには、竹中の手が静江の細い手首をしっかりと握っていた。 「は、離しておくれぇ!! あれは……! あれは詩織なんかじゃ……!」 静江の声が裏返る。身をよじり、振りほどこうとする。爪が竹中の手の甲に食い込んでいるはずだったが、竹中の指は微動だにしなかった。 竹中のもう片方の手が、静江の口元をそっと覆う。 「お義母さん……。あれは間違いなく詩織ですよ……! 彼女は本当にずっとここにいたんだ……!」 声が震えていた。竹中自身も怖いのだ。それでも、その震えの奥に、悠斗は確信の熱を聴いた。二十年という歳月をかけて、この人はずっとこの瞬間を待っていたのだ——と。 静江の抵抗が、わずかに弱まる。竹中の声が、恐怖で凝り固まったものを少しだけ溶かしたのかもしれない。 「見ていてください……」 竹中はそれだけを静江に残し、手を離した。 振り返る。 トンネルの闇の奥から、詩織が走ってくる。その足音は不規則で、つまずきながら、転びそうにな
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