僕たちが宿の古びた門の前に着くと、陽菜さんはふわりと振り返った。 「陽菜さん、今日は色々と……本当に、ありがとうございました」 僕と美琴は、自然と二人で彼女へと深く頭を下げる。感謝の気持ちでいっぱいだった。 『いやいや、これくらい、いいって! アタイもアンタたちのおかげで、退屈しのぎどころか、腹の底から楽しませてもらったしねぇ!』 陽菜さんは、変わらぬ様子で笑い飛ばす。 「も、もうっ! 陽菜さんったら……!」 美琴が、またしても顔を真っ赤に染めて、潤んだ瞳で陽菜さんを軽く睨む。その反応が、やっぱり可愛らしい。 『ふふふ、ごめんごめん。でも、アタイはもうそろそろ行くよ。夜はこれからが本番だけど、アタイの出番はここまでってね』 そう言うと、陽菜さんは悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。 『じゃあね、二人とも。またいつか、どこかで! おやすみ!』 その言葉を最後に、陽菜さんの黄色い浴衣姿が、まるで陽炎のようにぼんやりと輪郭を失い始め、次の瞬間には、ふぅっと淡い光の粒子となって、夜の闇と周囲の霧の中へと完全に霧散していった。 まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように、あまりにもあっけなく、そして静かに。 「……本当に、不思議な……でも、素敵な人だったな……」 僕は、陽菜さんが消えた空間を見つめながら、ぽつりとそう呟いた。美琴も隣で、静かに、けれど深く頷いているのが気配で分かった。 僕たちは、もう一度顔を見合わせ、どこか名残惜しいような気持ちを胸に、宿の中へと戻っていく。 *** 「あらあら、おかえり!ずいぶんと遅くまでお出かけだったねぇ!」 年季の入った旅館の玄関をくぐると、帳場から顔を出した女将さんが、夕方と同じく優しい笑みを浮かべて僕たちを迎えてくれた。 その声には、どこか親しみが込められている。 「例の慰霊碑は、どうだった? 夜はまた格別な雰囲気だったろう?」 「はい。とても……言葉では言い表せないくらい、素敵で、神秘的な場所でした」 美琴が、まだ少し興奮冷めやらぬといった面持ちで、けれど静かに、そして|敬虔《けいけん》な響きを声に込めて答える。 「そりゃあ良かったねぇ。アタイも、アンタたちに教えた甲斐があったってもんだよ」 女将さんは、満足そうに朗らかに笑いながら、からころと
Terakhir Diperbarui : 2025-06-03 Baca selengkapnya