伶の鋭い眼差しは正雄の背中を射抜くように見つめ、その声色はすでに静けさを取り戻していたが、その奥底にはなお冷気が滲んでいた。「悠良の母親には、かつて恩がある。ほかのことなら何だって譲歩できるが、この件だけは、話し合う余地がない」空気は再び、張り詰めた静寂に包まれた。しばしの沈黙のあと、正雄は何度も思案した末にようやく口を開いた。「史弥のことは俺が処理する。とにかく、お前はもうこれ以上首を突っ込むな」そう言い放つと、正雄はバタンと音を立ててオフィスの扉を閉めた。乾いた衝撃音が耳をつんざく。伶の肩がわずかに震え、唇の端が冷笑めいた弧を描く。「年のわりに、ドア閉める力はまだまだ健在だな」史弥の元へ正雄から電話が入り、彼は反射的に問いかけた。「そちらの件はもう片付いたんですか?伶さんはもう手を引くんですよね?」「もう話はつけた。だが前提として、お前は今すぐこの件を鎮めろ。悠良に不利な噂はすべて消させるんだ。会社のことは......自分で何とかしろ」史弥は思わず声を荒げた。「どうしてです?伶さんともう話し合いは済んだんじゃ......まさか折れなかった?それとも、本当に悠良と......」「黙れ!お前がしでかしたことの尻拭いを、誰がしてやってると思ってるんだ!」正雄は伶の前で飲み込んだ苛立ちを、ここで一気に史弥にぶつけた。伶は元来、誰よりも手強い相手だ。普段は彼が求めることには応じるが、この件に関してだけは絶対に譲らない。それが悠良本人のためなのか、それとも彼女の母の恩義ゆえなのか、正雄にもわからない。だがもし、それが前者だとしたら......正雄の老いた瞳が、わずかに陰りを帯びた。それは白川家にとって、半ば破滅を意味していた。史弥にしてみれば、今さら引くことなどできない。会社にはまだ山のように後始末が残っており、ネット上での暴露がなければ、とっくに世間の罵声に押し潰されていたはずだ。「伯父さん、わかってるでしょう?この世論がなきゃ、俺一人じゃネットの噂に太刀打ちできない。会社は白川家全員の血と汗の結晶なんです。このまま潰れてもいいって、本気で思ってるんですか?」正雄は息が詰まり、怒りと焦燥のまま吐き捨てた。「俺が知らないとでも?伶の性格は鋼鉄みたいなもんだ。お
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