All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 51 - Chapter 60

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第50話:戦士の怒り

──────エレンの視点──────「な、なんだ!!!この化け物はぁ!!!?」「こんな……!!こんな戦い方があるか……!!」通路の先で、研究員たちが恐怖に歪んだ顔で叫んでいる。化け物、か。そう見えるだろうな。「はぁっ!!!!」俺は、目の前でたじろぐ男の頭を掴むと、その顔面へと、容赦なく強烈な膝蹴りを叩き込んだ。ゴシャッ!!!鼻骨が砕け、前歯が弾け飛ぶ感触が、膝を通して伝わってくる。「がはぁ……っ……!」男の身体を、そのまま前方の集団へと蹴り飛ばす。それは、まるで肉の砲弾。「ぐわぁ!!!」蹴り飛ばされた男は、後方の研究員たちを巻き込み、もんどりうって弾け飛んだ。その一瞬の隙を突き、背後から俺の首を狙う、殺気の気配。振り下ろされる剣の軌道を、紙一重で見切り、その剣を持つ腕を内側から掴む。そして、そのまま、肘の関節を、くの字の反対側へとへし折った。ゴキャッ!!!!「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!お、俺の腕がァァ!!!」ありえない方向に曲がった腕から、剣が滑り落ちる。俺は、その落下位置を予測すると、こちらへ向かってくるもう一人の男目掛けて、つま先で蹴り上げた。「がっ……!!!」宙を舞った剣が、男の太ももに深々と突き刺さり、その場に縫い付ける。俺が歩いた道は……血と悲鳴で彩られた、地獄と化していた。もう、50人は軽く無力化しただろうか。あれほど耳障りだった無機質なアナウンスも、いつの間にか聞こえなくなっていた。***そして、俺ははたどり着いた。施設の最奥、ひときわ大きな鉄の扉の前へと。中から、微かな呻き声が聞こえる。躊躇なく、扉を蹴り破る。そこは、先程の牢屋よりもさらに広く、薄暗い空間だった。壁一面に並んだ檻の中には、虚ろな目をした、数多くの人間が捉えられている。その中に、見覚えのある小さな姿を、私は見つけた。「おい」一番近くの檻にいたソウコに、声をかける。「うわぁぁぁ!!!!!!!!」
last updateLast Updated : 2025-08-05
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第51話:紛い物

──────エレンの視点──────「お、お姐さん……とんでもなく強いんだね……」背後から、ソウコの呆然とした声が聞こえる。「いやはや……本当にお強くて」ラムザスは、吹き飛んだ衝撃でついたであろう服の汚れを、優雅に払いながら立ち上がった。「骨が折れますよ」その言葉を合図に、私とラムザスは、一瞬で互いの間合いをゼロにした。「そらそらそらそらぁ!!!!!」「ふっ!はっ!せいっ!!!」激しい火花が、薄暗い通路を閃光のように照らし出す。互いの剣がぶつかり合う度に、金属の悲鳴が甲高く木霊する。振り下ろされる炎の斬撃を、二本の短剣で受け流し、弾き、いなす。何度も、何度も、私たちは剣を打ち合った。私は、この打ち合いに、純粋な興奮を覚え始めていた。(この男……まだ何かを隠しているな。攻撃のひと振りひと振りに、妙な余裕を感じる)だが、甘い。お前の剣筋、呼吸、重心の移動……その全てを、私の魂が記憶していく。ラムザスが、今までで一番の大振りで剣を振り下ろした、その瞬間。私は、二本の短剣をX字に交差させ、その一撃を正面から受け止めた。ギィンッ、と耳障りな音が響き、足元の石畳に亀裂が走る。「ぬぅ!?」「詰めが、甘い!!」私は、受け止めた力を利用し、奴の剣を勢い良く上へと弾き飛ばした。がら空きになった、その胴体。私は、その腹部と膝に、寸分の狂いもなく、短剣の柄を叩き込んだ。「がはっ……!!!」くの字に折れ曲がったラムザスの身体。私は、そのまま押し出すように、その腹に強烈な膝蹴りを叩き込む。きりもみ回転しながら吹き飛んだラムザスの身体は、私たちが目指していた出口の壁を、轟音と共にぶち抜いていった。「えぇ……。あの人が、まるで相手になってない……」誰かが、信じられないといった様子で呟く。「ソウコ。お前に頼みがある」「えっ? なに??」「お前は、動きが速い。その脚なら、容易くは捕まらないだろう。エレナの仲間を呼んでくるんだ」「あっ…! あの人たちだね……! わかった……!」「よし、行け!!」その言葉を受け、ソウコは身体に雷を纏って駆け出した。だが、その刹那。壁の瓦礫の中から、ラムザスが猛烈な速度で飛び出し、ソウコの前に立ちはだかる。妙だ。急に動きが変わった。さっきまでの、どこか芝居がかった大振りな動きじゃない。
last updateLast Updated : 2025-08-06
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第52話 :戦士の矜恃

──────エレンの視点──────「はぁっ!!」恐ろしく速い踏み込み。Sランク冒険者の記憶とやらが、ラムザスの身体能力を限界以上に引き上げている。だが、足りない。浅い。ラムザスは私の背後へと回り込み、必殺の間合いから剣を振り下ろす。私は、無駄な動きを一切せずに、ただ、一歩、横にずれた。それだけで、奴の攻撃は、空しく私の隣を通り過ぎていった。「なっ…!」振り下ろされた剣が、床に叩きつけられる、その一瞬。私は、その剣の腹を、踏みつけた。「ちぃ!!」獣のような唸り声を上げ、ラムザスは筋力に任せて、剣ごと私を振り上げようと試みる。床が砕け、重い剣が持ち上がる。だが、その程度で私の均衡を崩せるとでも?私は持ち上げられる力に逆らわず、むしろ利用する。踏みつけた脚を軸に、コマのように鋭く回転。宙に舞い上がった身体は、重力を感じさせないまま、しなやかに宙返りを描いた。そして、ラムザスが目を見開く先、数メートル離れた場所に、音もなく着地する。一滴の埃すら立てずに。「その、人を馬鹿にしたような目!! 気に入りませんね!!!」また、獣のように真っ直ぐ突っ込んでくる。私は身体を逸らし、肩を揺らし、首を傾けるだけで、ラムザスが振り下ろす剣の嵐を、その全てを回避してみせた。「な、なぜ当たらないのです!?」困惑したように、ラムザスが呟く。余程、不思議でならないのだろう。身体能力で劣るこの身に、なぜ自分が追い詰められているのか。私からすれば、そんなものは問題にさえならない。だが、戦士の記憶を持っただけで、本物の戦士と同等と思い込んでいるその傲慢さは、戦士という存在そのものへの、耐え難い侮辱だ。記憶はない。だが、私の魂と本能が、誰よりも戦士としての経験を覚えている。故に、こんな紛い物に負けることは、万が一にもありえない。「お前には、戦士の矜恃が、誇りが、本物の死線をくぐり抜けてきた経験が、存在しない」「くぅ!!! 馬鹿にして!!!」顔を真っ赤に染め上げたラムザスは、完全に冷静さを失っていた。Sランク冒険者の記憶を持つ、ただの男じゃない。その強大な知識と能力を持て余した、ただの愚か者だ。「おおおおぉ!!!!!」ラムザスの絶叫と共に、再び剣の嵐が私に襲いかかる。だが、その太刀筋は、相手の二手三手先を読んでいない。ただ、借り物の力を、がむ
last updateLast Updated : 2025-08-07
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第53話:約束

──────エレンの視点──────「それで……エレンさん、あなたがどうしてこのメモリスに?」シイナが、冷静な、しかし探るような目で、私にそう尋ねてくる。ふむ……どう答えたものか。そして、数秒の思考の末に、私は最も合理的な答えを口にした。「私も、エレナの護衛だ。君たちとは違って、影ながら……ではあるがな」「なるほど……」だが、シイナの瞳は、まだ完全には納得していない。「エレナは、次期聖女だ。そんな彼女の身に、万が一にも危険が迫らないように、私がいる」(そう言ったものの、私の判断ミスで、彼女をあの苦痛の中に置き、深い眠りにつかせてしまったのだが……)いかん。己の未熟さに、腹が立ってきてしまった。「なるほど、そうでしたか。確かに……エレナの安全を考えると、それが一番確実でしょうね」シイナが納得したように頷いた、その時だった。「なぁなぁ」グレンが、私とシイナへ、気の抜けた声を掛けてくる。「聖女って、そんなに重要なのか?」その言葉に、シオンはおろか、私を除く全員が、呆気に取られた顔で固まった。「…いいですか、グレン。聖女様というのは本来、ベルノ王国では国王と並ぶ…いえ、それ以上の権力を持つのですよ」「へぇ〜?」「あなたは、もう少し、ご自身の国の歴史について勉強してきなさい」シオンが、心底呆れたように、辛辣な言葉をグレンへ向けて言い放つ。「えーっとですね、グレンさん!」見かねたように、ミストが割って入った。「ベルノ王国において、聖女とは、幾度も国の危機を救ってくださった、偉大な存在なのです!」「お、おお?」「つまり! ベルノ王国において、聖女とは、国の“象徴”なんですよ! 騎士にとっての“剣”……みたいなものです!」その言葉に、なるほど!!と、グレンがようやく理解を示す。ミストも、随分と分かりやすい例えを引っ張り出したものだ。「めっちゃ重要じゃねぇか!???」「……ああ。だから、本来なら俺たちのようなパーティに加わる……というのは、例外中の例外な
last updateLast Updated : 2025-08-08
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第54話:ラムザスの手記

────── エレンの視点 ────── 記憶の塔を捜索していたのだが……おかしい。 あれほどの激闘を繰り広げたというのに、ラムザスの気配を、まるで感じない。 (どこに隠れている……?) 私たちは、同じ階を手分けして探していた。 そして私は、この階で最も重要な場所であろう、ラムザスの私室と思われる部屋の前に、たどり着いた。 扉を開ける。 部屋は、驚くほど整然としていた。だが、そこには人の生活の温かみというものが、一切感じられない。 まるで、標本が並べられた、冷たい研究室のようだ。 そして、机の下に、一冊の古びた手記が落ちていた。 (焦って落として行ったのか?) 私は、その日記を手に取り、ページをめくる。 > ……ようやく、この計画を実現可能なラインにまで持ってくることができた。 > あの国から追い出され、惨めな思いもしたが……これはかえって、幸運だったのかもしれませんね。 > 記憶の抽出、及び注入装置が、ついに安定して起動した。 > これにより、人は、どんな可能性をもその手にすることができる。 > 叶えたい夢を、叶えることができる。 > 私は、その手助けをすることができたのだ。 > ……まあ、もちろん、それ相応の代償は払ってもらいますがね。 > この装置を完成させるには、人体実験は必要不可欠なのですから。 > 私は、一人の人間に、限界まで他者の記憶を流し込む実験を行った。 > さらに、全ての記憶を抜いた上で、様々な人物の記憶を継ぎ接ぎのように入れてみた。 > ツギハギの記憶は、人格に、どんな影響を与えるのか……。 > 結果は、上々。 > あまりに膨大な記憶を流し込まれた人間は、思考の海に溺れ、廃人と化す。 > ツギハギの記憶を与えられた人間は、自我が崩壊し、まともな会話さえ成り立たない。 > そこで私は、精鋭チームを立ち上げた。 > そのチームは、被験者の廃人化を防ぐ、という重要な責務を担っている。 > それは、**“拷問”**である。 > 意識をこの現実に縛り付けるには、痛みこそが、最も有効な錨となる。 > 彼らも、偉大な研究の礎となれるのであれば、本望でしょう。 > 「…………イカれてるな」 私は、奴の歪んだ思考の一端に触れ、思わずそう呟いていた。 記憶の実験。 これほどまでに、残酷なも
last updateLast Updated : 2025-08-09
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第55話:器

──────エレンの視点──────「もう来てしまったのですか……。ですが、一足遅かったですね」ラムザスは、誰かをカプセルに押し込みながら、静かに、しかし確かな狂気を瞳に宿して、こちらを振り返った。なに……?「エレンさん。あなたの考えは、正しかった」「なんだと?」「研究者が、強者の記憶を持っても、それは紛い物に過ぎない……」「なら……逆は、どうでしょうねえ……?」「っ……!」「屈強な戦士の身体、経験を積んだその魂……。その上に、私という天才的頭脳の思考を加えれば……一体、どうなってしまうのでしょうか……」「ふふ……ふふふふふ……!」「あぁ……! 私の記憶の全てを……貴女に捧げましょう!!」そう言って、カプセルに付いていたレバーを、ラムザスが力強く引いた。その刹那、中央にある巨大な装置から、ラムザスへと向けて、眩いばかりの光が放たれる。「うっ……!!!うぉぉぉぉぉ!!!!!どうか!!!見ていてください!!!私の、研究の成果をぉぉぉぉ!!!!!」そして、強烈な光が、地下研究室の全てを、白一色に染め上げた。数秒後、ようやく、焼けるような痛みから解放され、視界が戻ってくる。「くそ……! 奴め……なにをした!?」私は、忌々しそうに吐き捨て、ラムザスがいた方へと目を向けた。だが、奴の姿は……どこにもない。まるで、光の中に溶けて消えてしまったかのようだ。奴が立っていた足元には、プスプスと、焦げ付いた跡だけが残っている。「……!!!まさか……! 自分の存在そのものを、記憶として……!?」ミストが、驚愕に目を見開いて、そう呟いた。そして……奴の傍にあったカプセルから、一人の女が、ゆっくりと起き上がる。衣服はボロボロで、もうずっとこの場所に囚われていたのだということが、その見た目からして、想像に難くない。黒く、長い髪の、その女が、虚ろな目でこちらを見た、その時だった。「アイナァ!!!!!」シオンの、魂からの絶叫が、白い空間に木霊した。「なに!?」「えっ……!!?」「マジ……かよ……!」仲間たちが、次々と驚きの声を上げる。……そういう事か。あの者が、シオンがずっと探し続けていたという……パーティの相棒。……シオンは、熟練の傭兵だ。その彼が、命を預け合った相棒もまた、かなりの強者であったことだろう。その、屈強な戦
last updateLast Updated : 2025-08-10
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第56話:絶望と光明

──────エレンの視点──────ゴッ、と、肉と骨が砕ける嫌な音がして、シイナの身体が壁に叩きつけられ、糸が切れたように崩れ落ちた。「ぐっ……ぁ……」「シイナ君……!!」ミストの悲鳴。だが、その声に反応するように、アイナの背中から生えた異形の腕が、ミスト目掛けて振り下ろされた。「っ……!!させるものか……!!」私が、二人の間に滑り込む。振り下ろされる腕を、二本の短剣を交差させて受け止めた。金属が軋む悲鳴。凄まじい衝撃が、腕から全身を駆け巡り、足元の石畳に亀裂が走る。「エレン様!!ありがとうございます!!」「感謝はいいが、油断するな!」そのやり取りの直後、「アイナ! やめてください!!!」シオンが、アイナの背後から、その身体を抱きしめるように覆い被さった。「アァァァァァ!!!!!!!!!」暴れ狂う、かつての相棒。「は、離しません……!!! ずっと……! ずっと、探していたんです……!!!」シオンは、がっしりと、その両腕でアイナを押さえつけていた。その瞳には、涙が浮かんでいる。だが、あの恐るべき膂力の前では、熟練の傭兵の力など、あまりに無力だった。アイナが、まるで鬱陶しい虫を振り払うかのように、後ろへと跳ねる。そして、その背中にいるシオンごと、壁へと叩きつけた。「シオン!!」「ぐっ……!!! うぉぉおぉ!!!! アイナ!! 正気に、戻ってください!!!!」壁に叩きつけられ、血を流しながらも、シオンは決してその腕を離そうとはしなかった。その声に、戦士の雄叫びはなかった。ただ、愛しい人の名を呼ぶ、魂からの悲痛な叫びだけが響いた。だが、その想いを嘲笑うかのように、アイナは煩わしげな様子を見せ、その巨大な右手で、シオンの頭を鷲掴みにした。「がぁ……っ!」「シオン……!」私は、シオンとアイナ目掛けて、床を蹴る。通り過ぎざま、その巨大な腕を、二本の短剣で切り裂いた。ザザザザッ、と、石畳をブーツの踵で削り、火花を散らしながら急停止する。そして、反対方向へ、再び跳躍。今度は、宙を舞いながら、アイナの背中に生えた、もう一本の腕を、根元から断ち切った。『ギャァァァァァァ!!!!!!!!!』アイナの、人ならざる絶叫が響き渡る。その腕から力が抜けたシオンが、ぐったりと床に落ちていく。私は、シオンのすぐ側へと着地
last updateLast Updated : 2025-08-11
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第57話:窮地

──────エレンの視点──────「どうにか、封じ込めたみたいですね????」「ふぅ……夜の街では、この牢獄が一度破られているからな。正直、ハラハラしたぞ」シイナが、緊張の糸を緩めずに、そう呟いた。「まあ、捕まえられたなら、結果オーライじゃねぇか!」まるで、太陽のように、グレンが笑う。「皆さん……ありがとうございました」シオンが、パーティの皆に深く頭を下げて、感謝を伝えた。だが、仲間たちの安堵の空気に反して、俺の魂が、けたたましく警鐘を鳴らしていた。静かすぎるのだ。本来、魔物が捕らえられれば、暴れ狂うだろう。ミストの水があったとしても、いくらなんでも、静かすぎる。それに、奴の中には、ラムザスの狡猾な知性もあるはずだ。俺が、そう口を開こうとした、その時だった。ミストが、不意に、鉄の牢獄へと近づいていった。「馬鹿者!!! 迂闊に寄るな!!!」「えっ!??」俺の警告は、正しかった。ミストが傍に寄った、その直後。鉄の牢獄が、内側から、ベコッ、と不気味に膨れ上がった。俺は、即座にミストを抱え、後方へと跳躍する。だが、こいつは……甘くなかった。さっきの初速を、遥かに上回る速度で、俺たちの頭上へと、それは現れた。「っ……!!!!!!」俺は、空中でミストの身体を、シイナの方へと投げ飛ばす。だが、そのせいで、俺自身の防御が、コンマ一秒、遅れた。「がっ……!!」アイナの背中から生えた異形の拳が、俺の全身を、撃ち抜いた。勢いよく吹き飛んだ俺の身体は、壁を突き破り、地面へとめり込む。「エ、エレン!!!」「私の薬が、全く効いていないなんて!?」……いや、正確には、効いている。これで奴に、薬の効果がなかったら……俺は、即死だった。「げほっ……ごほっ……!」口から、鉄の味のする、熱い血が溢れ出す。「エレン様……! すみません……! 私を、助けたばかりに……!!」「馬鹿者め…!……迂闊……に、近……付くな……!」まずい。俺の意識が、朦朧とし始める。あまりに強烈な攻撃に、この身は打ち砕かれた。「はい……! はい……! 私が……私が、愚かでした……! ですから、どうか、死なないで下さい……!!」俺は、虚ろな目で、アイナの方を見やる。すると、シオンが、トンファーを構え、応戦していた。だが、いくら仲間を庇った
last updateLast Updated : 2025-08-12
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第58話:二つの翼で

軋む骨、悲鳴を上げる筋肉。砕かれた身体の破片を一つに集めるように、ずしりと重い上半身を起こす。朦朧とする意識の中、鼻腔を突くのは乾いた土埃の匂い。その向こうで、甲高い剣戟の音と網膜を焼く灼熱の閃光が、狂ったように弾けていた。霞む視界に叩きつけられたのは、仲間達の死闘だった。「うぉぉぉぉっ! 紅蓮剣ッ!!」「風牙!!」グレンの絶叫に応え、緋色の流星が空間を切り裂く。対するシオンは、見えざる風の盾を構え、獣と化したアイナの猛攻を悲痛な防御で弾き返していた。……あの二人も、ちゃんと連携できているじゃないか。「アイナ……ッ! 君を傷つけなければならない私を……どうか、許してください……!」シオンの魂の叫びが、この冷たい空気を震わせる。充満した血の鉄錆の匂いに、彼の深い絶望が霧のように混じり合い、立ち込めていた。シオン……。ああ、そうだな。お前の気持ちは、痛いほどわかる。……ならばせめて、早く楽にしてやろう。(待ってエレン。私のこの力なら……なんとかなるかもしれない)その声は、あまりに唐突に、しかし、確信を持って響いた。(…なんだと??)この可能性を否定したいわけじゃない。シオンの心を思えば、むしろそうであって欲しいと願う自分がいる。だが、ラムザスの狂気と謎の秘薬によって魔物と化してしまったあの存在を、元に戻す……。そんなことが可能なのだろうか?(本気か、エレナ? 君の聖なる力をもってしても、前例のないこの事態を覆せるという保証は……)(うーん……理屈は私にも分からないんだけど……何故か、『できる』気がするんだ)エレナの、勘。その一言で済ませるには、彼女のそれはあまりにも異質だった。昔からそうだ。エレナが「そんな気がする」と呟く時、まるで運命の方がねじ曲るかのように、あり得ないはずの結果が彼女へと引き寄せられる。摂理さえ歪めるようなその確信を、私はこの目で何度も見てきた。(君の、聖女としての本能がそう告げているのか?)(うん……)それならば、話は別だ。(……わかった。信じよう。君がそう言うのなら。)(うん! でも待って、もう少しだけ回復に時間が掛かりそう……!)エレナの言葉が合図だった。堰を切ったように、温かい黄金の潮流が体内に流れ込んでくる。魂の芯が熱を帯び、引き裂かれた筋肉が繋がり、砕けた骨が癒合していく。生命そのものが再
last updateLast Updated : 2025-08-13
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第59話:私たちの戦い方

「さぁ……行くぞ」(うん!)私の静かな宣言が、冷たい地下の空気に溶ける。粘度を増したかのような静寂の中、私とアイナは、互いの呼気だけが聞こえる距離で睨み合った。均衡を破ったのは、獣。アイナの膝がわずかに折れ、床を押し潰す背中の異形の腕が、遠雷のように低く響く。次の瞬間、その巨体は砲弾と化していた。空気を圧縮して押し寄せる質量の塊、右腕の薙ぎ払い。常人ならば、その風圧だけで骨まで砕かれる一撃。私はその嵐を顔の寸前まで引きつけ、コンマ一秒で腰を捻り、衝撃の全てを膝から石畳へと逃がす。刃の腹で重さを受け流し、力の奔流が生み出す僅かな“死角”へと、影のように滑り込んだ。だが、アイナの猛攻は止まらない。懐に潜り込んだ私を圧殺せんと、四本の腕が、圧倒的な暴力の嵐となって襲いかかる。(なんて動きなの……!)(ああ、だが……!)ここからが、本番だ。私は、その嵐の中心へと、さらに踏み込んだ。右の拳を、短剣の腹で受け流して軌道を逸らす。左の薙ぎ払いを、最小限の身のこなしで潜り抜ける。背後の腕による突きを、相手の関節を蹴ることで体勢を崩させ、狙いを逸らす。そして――アイナが必殺の意思を込め、その指先を黒曜石の鉤爪へと変貌させた。五指から放たれる、斬撃の豪雨。私はその死線を、正面から迎え撃つ。短剣の鎬(しのぎ)の、その一点で、鉤爪の先端を弾く。力を受け止めず、殺意の軌道だけを逸らす。キィン! キン、キン、キン、キンッ!火花がダイヤモンドダストのように乱れ飛び、耳鳴りのような金属音が空間を切り裂く。柄を通じて、骨にまで響く衝撃を、全身のバネで殺し続ける。一瞬でも読みを誤れば、腕ごと引き裂かれる、まさしくナイフの刃の上での舞踏。その刹那。四本の腕による猛攻の、僅かな死角から迫った第五の爪が、私の防御を掠めた。左肩に、肉が抉れる、灼けるような激痛が走る。「ぐぅっ……!」だが、好機だ……!痛みと引き換えに生まれた、嵐の中の、ほんの一瞬の凪。私はその隙を逃さない。即座に右肩に蹴りを叩き込む。『…………!!!!』肉がぶつかり、異形の肋骨が軋む鈍い感触。ゼロ距離。私は左手に携えていたもう一本の短剣を、背中の腕の付け根にある歪な関節へと、深く突き立てた。『ォォォォォ……!!!!』傷口から聖なる光が溢れ、浄化の匂いが肉の焦げる異臭に混じる。アイナが怯み、
last updateLast Updated : 2025-08-14
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