All Chapters of Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─: Chapter 51 - Chapter 60

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#50:夜の街に灯る祈り

 それぞれが一日を過ごし、翌朝。  一行は出立の準備を終え、夜の街の東出口に立っていた。  朝の光は、街の輪郭を薄く白ませている。夜にはあれほど濃く沈んでいた石畳も、今は淡い陽を受け、どこか別の場所のように見えた。 「さて、出立するぞ」  シイナが短く告げ、先頭に立って歩き出す。  その背へ、控えめな声がかかった。 「あの……」 「あっ! アンタら、無理すんなよ!」  グレンが振り返り、声を張る。  その奥に、住民たちの姿があった。何人も、何人も。陽の下に立つにはあまりに淡く、輪郭の透けた者たちが、東出口の手前に並んでいる。  誰もが穏やかな顔をしていた。 「あなた方はこの街の恩人ですゆえ、そうはいきません……」 「でも、辛いんじゃねぇのか?」  グレンの眉が寄る。  男はゆっくりと頷いた。朝日に晒された輪郭が、ほんのわずかに揺らぐ。 「ええ……。幽霊である我々にとって、陽の光は天敵です。ですが、また死ぬわけではございませんので……」 「出迎え、感謝します」  シイナが一歩前へ出た。  硬さのある声だったが、その響きはいつもより少しだけ柔らかい。 「ですが、我々はやるべきことをやったまでです。他の冒険者たちも言っていたでしょう。その時、力を持った俺たちがいた。それだけですから」  申し訳なさを抱えたままの住民たちへ、シイナの言葉が静かに置かれる。  気にするな、と。  そう言い切る代わりに、彼は淡々と事実だけを差し出した。 「ありがとうございます。では、私たちはここで、あなた方の来訪をまたお待ちしております……」 (幽霊にとって、陽の光は苦しいはずなのに……)  エレナの視線が、住民たちの顔を順に追った。  誰も、痛みに顔を歪めてはいない。透けた身体で朝の光を受けながら、それでも彼らは、旅立つ一行を見送ろうとしていた。 「皆さん、ありがとうございます」  エレナが深く頭を下げる。  その時、男がふと思い出したように口を開いた。 「そういえば……」  一行の足が止まる。 「皆さんのお仲間に、銀髪の女性はおりませんでしたかな……?」  沈黙。  エレナたちは互いに顔を見合わせた。  やがて、視線がひとつに集まる。エレナへ。 「もしかして……エレンのことかもしれません。彼女がどうかしましたか?」 「
last updateLast Updated : 2025-08-05
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#51:弾む川辺の一幕

 夜の街を出て数時間。  一行は、のどかな川辺の道を進んでいた。陽はすでに高く、緩やかに流れる水面が光を細かく砕いている。夜の街の冷えた空気とは違う。草の匂いと土の温度が、旅路に穏やかな色を差していた。 「シイナさん」  エレナが隣を歩くシイナに声をかける。 「どうしました?」 「私たちが向かっている場所は、記憶都市メモリスという場所でしたよね?」 「そうですよ。エレナ様は、あまり首都の外へ出たことがなかったのでしたね」 「オレも近くまでは行ったことあるんだけどよ、メモリスってどんな所なんだ?」  グレンの問いに、シイナが口を開くより先に、シオンがわずかに視線を伏せた。  風に揺れる黒髪の隙間から覗く横顔に、薄い影が落ちる。表情が崩れたわけではない。ただ、メモリスという名が出た瞬間、その端正な面差しにひと筋、静かな陰りが差した。すぐにいつもの無表情へ戻ったものの、その沈黙だけで十分だった。 「メモリスはですねー! もはや国と呼んでもいいくらいの都市ですよ!」  空気を跳ね飛ばすように、ミストが勢いよく割って入る。 「国……ですか? でも、夜の街も大きい街でしたけど……」 「夜の街は確かに大きい街でしたね。ですが、メモリスは比較にならないというか……」  シイナが言葉を継ぎ、ミストが待ってましたとばかりに身を乗り出した。 「そうですねぇ……! 夜の街は『街』の範疇ですが、メモリスはまさに『都市』なんですよ。独自の組織があって、独自の考え方があって。独自の秩序があります」 「故に、メモリスはベルノ王国の端に位置しながら、そのあり方はまるで一つの国のようなのです」  エレナは二人の説明を聞きながら、小さく瞬きをした。首都の外をほとんど知らない彼女にとって、街が国のようだという言葉は、それだけで遠い異国の話のように響いた。 「メモリスは我々科学者にとって非常に縁のある街でしてね。私たちもよく訪れる都市なんです。着いたら案内しますよ!」 「げ……」  グレンが露骨に顔をしかめる。  その声に、シオンが半眼になった。 「……なんですか、その反応は」 「シイナやミストが訪れる場所なんて、どうせ難しい単語ばっか並んでる場所じゃねぇか……」  シイナとミストが顔を見合わせ、そろって苦笑する。 「まぁ、確かにあなたには何より縁のない場所
last updateLast Updated : 2025-08-06
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#52:記憶を奪う村人たち

「おい! 止まれ!!」  橋を渡りきった、その先だった。  川辺の道を塞ぐように、四人の男が立っていた。顔は布で隠している。薄汚れた服の下には、ひどく痩せた身体が浮き、握った武器だけが不釣り合いにぎらついていた。 「と、盗賊……?」  エレナの声が小さくこぼれる。 「あんたら、少しツラを貸してもらおうか!」 「そ、そうだぜ!! 抵抗しようとか、くだらねぇこと考えてんじゃねぇぞ!」 「テメェらに許される答えは、はい、だけだ」  粗い声が、順に投げつけられる。  だが、様子がおかしい。恫喝の言葉は盗賊のそれでも、男たちの目は妙に血走っていた。獲物を見定めるというより、何かに追い詰められた獣のように、焦点の合わない光を宿している。 「……エレナ様。お下がりください」  シイナが前へ出た。  その一歩だけで、エレナと男たちの間に線が引かれる。腰のベルトへ伸びた手つきは静かで、すでに戦闘の準備は終わっていた。 「へへへ、盗賊ったぁ、昼間から盛況じゃねぇか!」  グレンが獰猛に笑う。  その隣で、シオンは何も言わなかった。ただ、両手のトンファーを抜く。金属が擦れる短い音が、川音の上に冷たく重なった。 「皆さん臨戦態勢ですねぇ! 念のため下がります!」  ミストが明るく告げ、するりとエレナの隣まで退く。  その動きは軽い。けれど、立ち位置は正確だった。前衛の邪魔にならず、エレナを庇える距離。いつもの調子の声とは裏腹に、目だけは男たちを見ている。 「ま、待ってください!」  エレナが声を上げた。  男たちのぎらついた目。痩せた身体。乱暴な言葉の奥に、ただの盗賊とは違う歪みが見える。けれど、その声はミストの静かな言葉に遮られた。 「エレナ様、分かりますよ。彼ら、何やら事情がありそうですよね」 「なら……!」 「シイナ君たちも、きっと気づいています。でも今は、彼らを落ち着かせないといけません」  エレナはもう一度、男たちを見た。  布の隙間から覗く目は、こちらを見ているようで見ていない。怒りとも恐怖ともつかない光が揺れ、指先は武器の柄を強く握りすぎて白くなっている。話を通すには、まだ遠い。 「宥めるのは、そのあとに」  ミストがそう言った瞬間、男たちが一斉に飛びかかった。  足音が土を蹴る。  シイナの片手が、低く払われた。地
last updateLast Updated : 2025-08-07
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#53:聖女見習いの采配

「これは……!」  村へ足を踏み入れた瞬間、エレナの声が細くこぼれた。  視界に飛び込んできたのは、暮らしの気配を失いかけた村の姿だった。土の道の脇には顔色を悪くしたまま倒れている者があり、石段には力なく腰を下ろした者がいる。家の戸口に寄りかかる老人も、井戸のそばで膝をついた若者も、みな等しく血の気が薄い。  人の声はある。けれど、活気ではない。呻きと、浅い呼吸と、誰かを呼ぶかすれた声が、低く村全体に沈んでいた。 「なんだぁ……こりゃあ……!」  グレンが眉をひそめ、言葉を失ったように周囲を見回す。 「これは、酷いですね……!」  ミストの声からも、いつもの跳ねるような明るさは消えていた。  二人の呟きが落ちたあと、シイナとエレナはしばらく何も言わなかった。石畳の上に倒れた影。壁に手をついたまま動けない村人。案内してきた男たちでさえ、その光景を前に肩を強張らせている。 「……一体、いつ頃からこのような事態に?」  エレナは静かに問いかけた。 「ひと月ほど前からですかね。俺たちは別の場所に仕事に出ていたので、どうしてこんなことになっているのかも分からなくて……」 「なるほど。となると……」  シイナがそこで言葉を切った。村を一望するその目だけが、忙しなく動いている。倒れた者、座り込んだ者、家々の様子、男たちの反応。ひとつずつ拾い上げるような視線だった。  何かが、噛み合っていない。  けれど、それを口にするより先に、エレナが一歩前へ出た。 「……ひとまず、私が皆さんに治癒を施します」 「ほ、本当ですか!? こ、この状況から、元に戻るんですか?」  男の声が裏返った。  エレナはすぐには答えなかった。瞼を閉じ、数秒だけその場に立ち尽くす。男たちの視線が、祈るように彼女へ集まった。誰も急かさない。ただ、息を詰めて待っている。  やがて、エレナは目を開いた。 「ええ。私はまだ聖女見習いです。それでも、未来の聖女として――この村の惨状を、必ず救ってみせます」  言葉は穏やかだった。だが、揺らぎはない。 「あ、ありがとうございます……」 「感謝は、この村を救ったあとに。いまは、彼らを救うことに専念しましょう」  静かな声だった。  けれど、その場にいた誰もが足を止めた。倒れ伏す村人たちを前にして、エレナの背筋だけがまっすぐに伸
last updateLast Updated : 2025-08-08
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#54:祈りはまだ終わらない

「動ける方は、こちらに!」 「動けない方は手を挙げてください! 我々が支えに行きます!」  シイナとミストも、すでに動き出していた。  ふらつきながら広場へ出てくる村人たちを、ミストが声で誘導する。足元のおぼつかない者には肩を貸し、座り込んだまま動けない者には、近くにいた男たちを呼んで支えさせた。小柄な身体のどこにそれだけの声量があるのかと思わせるほど、よく通る声が広場の隅々まで届いていた。  その中心で、シイナが片膝をつく。  掌を地面に押し当てると、鈍い金属音が土の下から響いた。鉄が骨組みのように立ち上がり、薄い壁となって広場を区切っていく。風を遮る小部屋。病人を座らせる椅子。寝かせるための簡易な台。ひとつ、またひとつと形を成すたび、周囲にいた村人たちの目がわずかに見開かれた。鉄が、まるで意思を持った生き物のように、必要な形へと姿を変えていく。 「……はぁ、はぁ」  シイナの肩が上下する。額には汗が浮き、息はわずかに乱れていた。 「シイナ君、大丈夫ですか?」  ミストが隣に駆け寄る。いつもの軽い調子は残っていたが、その目は彼の顔色をきちんと見ていた。  シイナは額に浮いた汗を片手で拭う。 「ああ。俺がここでへばるわけにはいかないだろ?」  そう言って、彼はエレナの方を見た。  白い衣の背中が、村の中心にある。倒れた者のそばに膝をつき、ひとりずつ状態を確かめていく姿は、まだ若い少女のそれだった。けれど、その場にいる者たちの視線は、自然と彼女へ集まっていた。すがるような目。祈るような目。あるいは、もう何も信じられないという目。それらすべてを、白い背中が静かに受け止めている。 「……あの人は、いずれ大陸が頼ることになる聖女になるだろうな」 「そうですねぇ。それは間違いないと思いますけど、まだ時期尚早ですよ」  ミストは薄く微笑んだ。否定ではない。むしろ、その未来を疑っていない者の声音だった。 「この村は小さいんです。だからこそ、今のエレナ様なら手を伸ばせる。全員を見て、全員に声を届けて、全員を救おうとできるんです」  ミストの視線が、治癒に向かうエレナの背中へ移る。 「でも、それがひとつの街になったら。国になったら。救いを求める人が、目の届かないほど増えたら――あの方ひとりでは、きっと届かない場所が出てきます」 「……そうだな」
last updateLast Updated : 2025-08-09
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#55:聖女が眠る間に

 仲間たちがエレナを抱え、休ませるための空き家へ移したあと。  広場には、先ほどまでとは別のざわめきが戻り始めていた。咳き込む声はまだ残っている。顔色も、決して良いとは言えない。それでも地面に座り込んでいた村人たちの背筋には、わずかずつ力が戻っていた。  そこへ、荷を抱えたシオンが戻ってくる。 「戻りました……おや? 皆さん、エレナ様はどちらに?」  買い物から帰ってきたばかりのシオンは、広場を見渡してからシイナたちへ視線を向けた。腕には、頼まれていた食材がまとめられている。 「エレナ様は、いま休憩中だ。だが……」  シイナは答えかけて、周囲へ目を向けた。  村人たちは、たしかに先ほどより動けるようになっている。完全に回復したわけではない。だが、倒れ込んでいた者が身を起こし、互いに肩を貸し合いながら呼吸を整えている。エレナの治癒が、彼らを死の淵から引き戻したのは明らかだった。 「……皆さん随分、調子が元に戻ったようですね」  シオンも同じものを見て、静かに言った。 「でも、まだ完全じゃないんだと。外からの熱と内からの熱、それらを合わせて現状が解決するらしいぜ」 「なるほど。それでエレナ様は……」 「具材を頼まれてましたよね?」  ミストが、シオンの抱えた荷へ目を輝かせる。 「ええ。シチューを作るみたいでした」 「シチューですか」  ミストは両手を胸の前で合わせると、ぱっと顔を上げた。 「では、やれることは私たちでやっておきましょう!! この厨房の妖精こと、ミスト! 腕によりをかけてシチューを作りますよぉ!!」 「自ら厨房の妖精なんて大袈裟なことを言っているが……料理も計算だからな。ミストの得意分野だろう。任せる」  シイナが短く頷く。 「オレはとりあえず薪を用意したから、焚き火を作ってくるぜ!」  グレンもすぐに踵を返した。  誰かが号令をかけたわけではない。それでも、役割は自然に決まっていく。シオンが食材を厨房へ運び、ミストがその横で腕まくりをする。グレンは村人たちの間を抜けて広場の中央へ向かい、シイナはその場に残って村全体の様子を見渡した。  ミストは厨房へ入るなり、台の上に食材を並べた。  動きは明るく、派手で、いつもの調子に見える。だが手元に無駄はない。野菜の泥を落とす。鍋の位置を決める。火加減を確かめ、器と水
last updateLast Updated : 2025-08-10
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#56:静かな護衛と預けられた物語

「ありがとうございます。身体も休めることができましたし、続きを……」  エレナは布団に手をつき、そのまま立ち上がろうとした。  だが、動き出すより早く、シオンの手がそっと前に出る。強く押さえつけるものではない。ただ、これ以上はまだ許せないと告げるように、エレナの肩の前で静かに行く手を塞いだ。 「お待ちください」 「シオンさん……?」 「あなたは、まだたったの数時間しか休めていません」 「す、数時間も……!?」  その言葉に、エレナの身体が逆に浮き上がりかける。  数時間。眠っていた時間の長さが、そのまま村人たちを待たせていた時間に置き換わったのだろう。小さな手が布団を握り、乱れた呼吸のまま腰を上げようとする。  シオンは、その動きを見越していたように、今度は肩へ手を添えた。 「ダメですよ。せめて目覚めてから三十分ほどは安静にしなくては」 「シオンさん……! 離してください……! 早くしなければ、また彼らの身に……!」 「大丈夫です」  シオンの声は、静かだった。  急かすような響きも、叱りつけるような硬さもない。ただ、揺れかけた水面を掌でそっと押さえるような、低く穏やかな声。 「大丈夫ですから、落ち着いて」 「で、でも……」 「まず、グレンさんが大きな焚き火を用意しました。村人たち全員が囲めるほどの炉です」  シオンは順を追って告げた。 「ただ火を焚いただけではありません。シイナさんが鉄で炉の枠を組み、熱が外へ逃げにくいよう、囲いと風除けを作っています。グレンさんの炎と、シイナさんの鉄。二人の属性を合わせた即席の大炉ですね」  エレナの動きが、そこでわずかに止まる。 「なので、少なくとも今現在、再発者はいません」 「……そう……ですか」  肩に添えられたシオンの手に導かれ、エレナは小さく布団の上へ戻った。抵抗はもうなかった。けれど、膝の上に置かれた指先には、まだ力が残っている。 「次に、ミストさんです」  シオンはその指先を一度見てから、言葉を続けた。 「ミストさんは、あなたがしようとしていたことを察したらしく、シチューを準備中です。食材の処理も、火加減も、すでに整えています。あなたが再開できるように、必要な手前までは済ませておくつもりなのでしょう」 「私が、倒れていても……皆さんは……」  エレナの声は、そこ
last updateLast Updated : 2025-08-11
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#57:焚き火の前の奇跡

  「お待たせしました!」  エレナの声が、広場に届いた。  焚き火を囲んでいた者たちが、一斉に顔を上げる。夜気の残る村の中央で、炎は大きく揺らめいていた。鉄で組まれた炉枠が熱を逃がさず、赤く照らされた村人たちは肩を寄せ合いながら、その温もりに身を預けている。  その輪の外側に、エレナはシオンと並んで立っていた。 「エレナ様、もう大丈夫なんですか?」  真っ先に立ち上がったのはシイナだった。  グレンも、ミストも、すぐにエレナへ視線を向ける。三人の目は、声をかけるより先に顔色を確かめていた。額に汗はないか。足取りは乱れていないか。無理に背筋を伸ばしていないか。  その傍らには、まだ治癒を受けていない三人が座っていた。  三十ほどのふくよかな女性。五十を過ぎた頃合いの女性。そして、若い男。三人とも背を丸め、焚き火の熱を浴びながら浅く呼吸を繰り返している。シイナとグレン、ミストはそれぞれの近くに寄り添い、背を撫でたり、身体が倒れないよう支えたりしていた。  エレナが眠っていた間も、成すべきことと思ったことを成しながら、彼らはその場を離れていなかったのだ。 「申し訳ございません」  エレナは三人の前へ歩み寄り、深く頭を下げた。 「これから、あなた方の苦しみを取り払います」  その言葉を受けて、シイナとグレンが静かに身を引く。ミストも最後に背中をひと撫でしてから、治療の邪魔にならない位置へ下がった。 「ここでできるのか?」  グレンが焚き火と三人を見比べる。 「はい」  エレナは炎の前で頷いた。 「私も成長しているのです」  最初の治癒には、長い時間がかかっていた。ひとりの身体に聖属性を流し込み、異物を探り、浄化し、残さず引き抜く。そのすべてに慎重さが必要だった。  けれど、数を重ねるごとに、手順は少しずつ洗練されている。迷いに費やしていた間が減り、力の流し方も変わっていた。無茶をして倒れた事実は消えない。だが、その間に積み上げたものまで消えるわけではない。 「……では、失礼ですが、もう少し近づいていただけますか?」  エレナが三人へ声をかける。  三人は困惑したように互いの顔を見た。それでも、拒む者はいなかった。膝を寄せるように、ほんの少しずつ場所を詰めていく。肩が触れ合うほどではない。けれど、すぐ隣に座る程度の距離まで、三人
last updateLast Updated : 2025-08-12
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#58:尾ひれの追いつかぬ少女

 拍手の音が、夜空にゆるやかに広がっていく。  その輪の真ん中で、エレナは小さく息を吸い、申し訳なさそうに眉を下げた。 「皆さん――まだ、喜ぶには早いです」  声音はやわらかい。けれど、響きには明確な区切りがあった。歓声を制するための強さではない。これだけは届けなければ、という芯のある柔らかさだった。 「皆さんの体内には、まだ、再発の根が残っています。あれを完全に取り除くことは、私の力では叶いませんでした。それほどに……皆さんの中に巣食っていたものは、強かったのです」  頭を、深く下げる。  拍手が止む。代わりに、村人たちの間から、また別の声がいくつも上がった。 「でも、エレナ様がなんとかしてくださるって――俺たちは、信じてますよ!」 「そうだとも! だって、あの聖女様だぜ!? こんな辺鄙な村にまで足を運んでくださって……噂に聞いていた通り、本当に聖母のようなお人だ……!」 「とは言うてもなぁ、まだわしらの孫らと年も変わらんやろうに……それで、こんなご立派な働きをなさるとは……」  誰かの言葉に、別の誰かが頷く。その頷きにまた、別の声が重なる。賞賛の波は、止める間もなく場を満たしていった。  ――エレナの噂は、王都ベルステラでは知らぬ者のほうが少ない。  誰よりも民に親身に寄り添い、悩みを聞き、解決のために自ら足を運ぶ。聖女見習いという肩書きが、いつの間にか実体を追い越してしまったほどに。  噂には、当然のように尾ひれがつく。けれどエレナの場合、その尾ひれの大半が、本人の手の届く範疇に収まっていた。盛られた逸話のほとんどが、実際に彼女が為してきたことの、ほんの少し先に過ぎない。  ベルノ王国において、エレナは見習いの位に留まりながら、すでに誰よりも聖女と呼ぶに相応しい存在になっていた。  今この瞬間、辺境の小さな村でも、それが証明されようとしている。 「み、皆さん……落ち着いて、ください……! 皆さんのことは、きちんと治しますから……ちゃんと、お話を……」  うろたえた声で、エレナが両手を小さく振る。  けれどその声は、四方から押し寄せる感謝と賞賛の波に、いとも容易くかき消されてしまう。  一方、賞賛の輪の後方では、また別の会話が交わされていた。  炉の光がぎりぎり届くか届かないか――そんな半影のなかで、四つの背中が肩を並べて
last updateLast Updated : 2025-08-13
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#59:継ぐ手、追う背中

ミストに導かれ、エレナは焚き火から少し離れた場所――炊事の場として整えられた一角へと案内された。  組み上げられた木の台。その上に、白い布が一枚。布の上には、火にかけられて湯気を立てる大鍋。その隣には木匙、木椀、塩、香草、それから処理を終えたばかりの肉と野菜が、几帳面な順序で並べられていた。  すぐ手前には、まな板と一回り小さな調理台までが用意されている。 「す、すごいですね……こんなに、整えてくださっていたなんて」  エレナが思わず目を瞠った。  もはや、為すべきことはひとつしか残されていない。下ごしらえも、火加減も、配膳の段取りまで――必要な手前のすべてが、彼女が再開できる一歩手前で、丁寧に止められていた。 「あの、ミストさん」  エレナがふと顔を上げる。 「シオンさんから、ミストさんが私のやろうとしていたことを察してくださった、と伺ったのですけど……どうして、お分かりに……?」 「あっ、それですかぁ?」  ミストが、ふふんと胸を反らした。 「実は私、ちょっと前に歴代の聖女様方の実話をまとめた本を読みましてねぇ! そこに、ばっちり書いてあったんですよっ」  誇らしげに指を立て、ミストは続ける。 「第百九十九代目、ベルノ王国の聖女――フリーナ・フィーレ・ヴィクトリアス様。あのお方は、かつて呪いの蔓延った地へ、ご自身の足で赴かれて、そこで奇跡を――」  ミストの語尾が、ふと揺らいだ。  まな板へ伸ばしかけていたエレナの指先が、宙で行き場をなくしている。視線が、ことりと落ちる。鍋の湯気の向こうで、エレナの肩が、息ひとつ分だけ細くなった。  ミストは気づいた。  気づいて、口の中で次の言葉を一度、転がした。  話の角度を、ほんの少し変えようとした。たとえば「すごい話ですよね」で締めるとか、「それをエレナ様もなさろうとしてたんですね」で切り上げるとか。そういう角度の変え方なら、いくらでもあるはずだった。  けれど―― 「料理に、ご自身の聖属性を込めて、村人たちに振る舞われたそうですねっ。内側から、ゆっくりと呪いを浄化していったとか。本当に、絵物語みたいなお話で……」  言葉の勢いに、押された。  いや、勢いだけではない。憧れていた聖女の話を、その聖女の娘へ向けて語っているのだという昂揚が、ミストの口を止めさせなかった。  明る
last updateLast Updated : 2025-08-14
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