All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 1141 - Chapter 1150

1339 Chapters

第1141話

忠は、わずかに眉を上げた。考えてみれば──悪くないどころか、上出来の筋書きだ。「……その案、いいな。そうしよう。今すぐQに連絡してみる」立ち上がろうとしたところで、怜央がふいに声をかけた。「忠。約束は忘れるなよ。全部片づいたら──明日香を支えてやれ」忠は、にやりと笑った。「心配すんなよ。明日香は俺の妹だ。俺が支えなくて、誰が支えるってんだ」軽口を叩きながら、部屋を後にした。……彩香が不在のあいだ、星の身の安全を守るため、仁志は彼女と共に、雲井家の邸宅に滞在していた。雲井家の人数自体は多くないが、邸宅はやたらと広い。各自が一フロア丸ごと好きなように使ってよく、書斎、ジム、シアタールーム、フラワールーム、ティールーム──用途は住む本人の自由だ。正道は、そのうち一フロアを丸ごと星に譲り、好きに使わせていた。星と仁志は、同じフロアにはいるが、部屋同士はかなり離れている。異性として最低限の距離を保つのは、けじめでもあった。夕食を終え、部屋で少し仕事をしていた星は、大切な資料を一つ、仁志のほうに置きっぱなしにしてきたことを思い出す。彼女は仁志の部屋の前まで行き、ノックした。「仁志、いる?」すぐに扉が開いた。ラフな部屋着に着替えた仁志が、当然のように身を引き、「入ってください。中で話しましょう」と促した。星は部屋に入り、用件を切り出した。「仁志、私……たぶん資料を一つ、持ってくるの忘れちゃって」仁志は、彼女に水を一杯手渡しながら、穏やかに言った。「少々お待ちください。公文バッグの中を見に行きます」「うん」彼が奥の部屋へ消えると、星はソファに腰を下ろし、なんとなく室内を見回した。仁志のことを、彼女は本当の友人だと思っていた。だからこそ、自分と同じ広さの部屋を、彼にも用意してある。窓辺のバルコニーには、いくつかの観葉植物。テーブルやクローゼットの上には、かわいらしい小物が並んでいた。それらは──仁志がZ国の家から持ってきたものだ。星はZ国を離れるとき、身の回りの最低限のもの以外、ほとんど持ち出さなかった。人にあげるか、捨てるか。どちらかしか選ばなかった。けれど仁志は、「捨てるくらいなら、全部俺にくれ」と言い、星も深く考えずに、すべてを彼に渡した。……そして、彼は本当
Read more

第1142話

三日後、仁志から連絡が入った。「社内ネットの復旧は全部終わった。これでもう、外部から破られる心配はない」っと。会社のセキュリティ網は完全に立て直された。これ以上、ハッキングされる心配もない。──ただし、一度奪われた情報や案件は、二度と戻ってこない。計画そのものはいくらでも組み直せる。けれど、各社との提携案はそう簡単に差し替えできるものじゃない。忠は、星が「次にどこと組もうとしているのか」を、ほぼ完全に把握していて、その相手先に先回りして契約をさらっていく。それを防ぐ唯一の方法は──最初からその案件を諦めること。だが、手放しても奪われても、結果は大して変わらない。そんな状況の中で、仁志がぽつりと言った。「いっそ、偽の企画書をいくつか作って、忠さんに盗ませてみませんか?向こうを思いきり失敗させてあげれば、自分の尻拭いで手一杯になります。そうなれば、こちらに構っている余裕なんかなくなります」その案自体は、星も一度は考えたことがある。ただ──一番の問題は、「どうやって信じ込ませるか」だ。忠は短気だが、馬鹿ではない。このタイミングでいきなり現れる企画案なんて、警戒しないはずがない。星が、その不安を正直に口にすると、仁志は唇の端をゆるく持ち上げた。「心配しないでください。そこは僕が考えます」ちょうどそのとき、星の携帯が大きく震えた。画面には「凌駕」の名前。通話ボタンを押すと、緊張を含んだ声が飛び込んできた。「星野さん……ニュースになってます」星の眉が、かすかに寄った。「……どんなニュース?」凌駕が、わざわざ電話をよこす。ロクでもない内容であることくらい、容易に想像がついた。「うちのトラブルについて書かれた記事です。かなり悪質な内容で……すぐ広報に連絡して削除依頼を出したんですが……向こうの技術担当から削除は不可能だと返されました。どうもかなり腕の立つハッカーが投稿したもので、プラットフォーム側でも強制削除ができないらしくて……」凌駕は一度息を吸い、続けた。「このまま放置すると、会社への影響はかなり大きいです。すでにいくつかの取引先から問い合わせが来ていて、中には契約を打ち切りたいと言っているところも……」星は静かに眉間を押さえた。「分かったわ。まずは内容を確認する」「分かりま
Read more

第1143話

さすがの星も、これ以上ここで戦っても意味がないと判断したのだろう。最終的に彼女は、SNSの投稿をすべて削除し、コメント欄も閉鎖し、アカウント自体を消してしまった。……司馬グループ。その知らせを聞いた瞬間、忠の胸の奥に、冷たい風が一気に吹き抜けたような感覚が走った。星が戻ってきてからずっと、喉の奥に刺さっていた棘。どこにもぶつけられずに溜まり続けていた苛立ち。それがようやく、すっきりと抜けていく。しかも今のところは、すべてが計画どおりだ。当然、彼の機嫌はすこぶるいい。「このネット炎上で、星の会社は広報的に完全に詰んでる。この調子なら、そう長くは持たないだろうな」満足そうにそう言ってから、横にいる怜央へ顔を向けた。「にしてもさ、あのQってやつ……高いだけあって、本当にすげえな。四十億円払った甲斐はあった」Qの報酬は、常識から外れている。これまで忠は数えきれないほどのハッカーを雇い、防壁を強化してきたが、ここまで吹っかけてくる人間は一人もいなかった。だが──結果だけ見れば、四十億円でも安いくらいだ。怜央は、カップのコーヒーを軽く揺らしながら言った。「ただ、星もそれなりに頭は回る。会社でいちばん重要な機密資料だけは、何重にも暗号化して隠していた。Qがもしかして他に高手を雇ってないかと気になって、念のためもう一度ちゃんと調べてくれなかったら……あれは見落とされていたかもしれない」そこで一度言葉を切り、少し声を落とした。「星が最初に雇ったT──あれも腕は悪くない」「なるほどな。最近彼女が妙に落ち着いてたのは、その切り札があったからか」もし、あの最重要の機密を見つけられなければ──忠が払った四十億円は、完全にムダになっていた。少し嫌な思いをさせただけで、実利は一つもない。さらに、星の取引先の注文を横取りしているせいで、自分の会社の資金繰りにも負担がかかっている。だが──星の会社をまるごと潰せるなら、その損失は全部取り返せる。失敗すれば痛い目を見るのは自分だが、成功すれば、見返りは途方もなく大きい。そして今は──成功が目前にあるようにしか見えない。忠の瞳には、期待と興奮がはっきりと浮かんでいた。今回星を叩き落とせば、林家の株を安値でかっさらえるだけじゃない。場合によっては──星の持つ
Read more

第1144話

仁志の口調は、拍子抜けするほどあっさりしていた。だが星には、それがどれほど危険な行為か、十分すぎるほど分かっていた。……そのあと、ほんの一週間。忠の会社の株価は、崖から突き落とされたように暴落した。M国のビジネス界は、一瞬で騒然となる。誰もが知っている。忠の会社の後ろには、雲井グループが控えていることを。たしかに、忠の会社は雲井グループ本体ほど巨大ではない。だが、決して並の中小企業ではない。仮に普通の企業だったとしても──ここまで一気に落ちるのは、常識では考えられない。航平の会社でさえ、司馬家に徹底的に狙われてもなお、一か月以上粘っていた。今も瀕死とはいえ、かろうじて息はしている。なのに──忠の会社は、この短期間で瀕死どころか、もはや崩壊寸前と言っていい状態だった。「この一週間で、一体何があったんだ?」誰もが首をひねるしかなかった。ニュースを見た瞬間、星も思わず目を見張った。以前、忠に機密を盗まれたときでさえ、実害がはっきり出てくるまでに一ヶ月近くかかった。ましてや相手は上場企業で、長年の経営で積み上げてきた信用と顧客を持っている。背後には雲井グループの信用まであるのだ。そんな会社を短期間で飲み込むなんて、普通なら不可能に近い。ところが──現実は、テレビの中で淡々と流れている。……本当に、ハッカーの力だけで、ここまでできるの?星が画面から目を離せずにいると、すぐに雅臣がオフィスにやって来た。彼もまた、嗅覚の鋭い経営者だ。今回の急落には、ただならぬ違和感を覚えていた。「忠の会社、内部で何か起きたのか?どうすれば一晩で、あそこまで致命的な穴が開く?」眉間に皺を寄せたまま、雅臣が尋ねた。星は、ニュース画面に映るチャートを見つめたまま、考えを巡らせていた。これが全部ハッキングのせいなら……うちの会社だって、同じように一瞬で潰されてたはず。彼女が黙り込んでいるのを見て、雅臣が問いかけた。「星。何か引っかかってるのか?」星は、ゆっくり顔を上げた。「……ただ、考えてただけ。忠の会社が、たった一晩であそこまで崩れるなんておかしい。もしかして……数ヶ月前から、内部で何か仕込まれてたのかもしれない」「今回のこれは、かなり危険なサインだ」雅臣は、言葉を選ぶように続けた。「このままだ
Read more

第1145話

「どいつもこいつも、うちの会社を好き勝手に荒らし回れるってわけか?それなのに、お前は無理でしたで済ませる気か?相手に勝てないとしても、まず今開いてる穴を塞ぐのが筋だろうが!俺が払ったあの四十億円……全部パーってことかよ?」しばらく沈黙が続いたあと、受話器の向こうで低い声がした。「その四十億円は……こちらから雲井さんの口座に返金す」「返したって意味ねえんだよ!」忠は、怒りで声を震わせた。「金が戻ってきたところで、会社が蘇るとでも思ってんのか?そもそも──お前が星の会社の極秘ファイルを見つけたなんて言い出さなきゃ、うちがこんな有り様になることはなかった!それなのに今さらそこまでは責任持てませんだと?ふざけるな。タダで逃げられると思うなよ!」さすがの相手も、そこでわずかに苛立ちを滲ませた。Qは、冷気を帯びた声で言った。「雲井さん。私はあくまでハッカーであって、経営者ではない。見つけたデータは、契約通りすべて渡した。それをどう判断し、どう使うかは、あなたの領分でしょう。結果の責任まで丸ごと押しつけられては困る」少し間を置き、淡々と続けた。「それに──会社が一夜にして崩れるなんて、内部が数ヶ月前から腐っていた証拠だ。私が商売を知らなそうだから、誤魔化せるとでも?」忠は、電話機を握りしめる手に力を込めた。指の関節が真っ白になるほどだ。怒りで胸は燃え上がっているのに──反論できない。Qは話題を切り替えるように、口調を少し落とした。「……ただ、私が相手の罠に気づけなかったのも事実だ。力量不足だった。そこは認める。もしよければ、あなたの会社のセキュリティは私が修復を試みる。相手の位置の追跡も続ける。結果の保証はできないが、やれるだけはやる」ここまで追い詰められてしまった今、Qは忠にとって、もう「最後の綱」だった。忠の声から、ようやく少しだけ棘が抜けた。「……悪かった。さっきは、ちょっと取り乱した」「お気持ちは分かる」Qはあっさりと言った。「進展があれば、こちらから連絡する」そこで通話は切れた。Qは携帯を置き、窓の外の青空をじっと見上げる。澄み切った空の色と対照的に、その瞳の奥には深い陰が落ちていた。透明なガラスに、女のシルエットが薄く映る。白くなめらかな肌。かすかな香りが漂って
Read more

第1146話

Tは、さらに目を見開いた。「お前みたいに、プライドの塊みたいなやつが、素直に褒めるとはね。そいつ、本当にただ者じゃないんだな?」Qは、かすかに笑みを浮かべた。「私はもう、向こうにIPを割り出されてるんじゃないかと疑ってる」Tは思わず声を荒げた。「……おい、それマジでシャレにならないだろ。今のうちに海外にでも逃げといた方が良くないか?」「必要ないよ」Qは軽く肩をすくめた。「むしろ、ちょっと興味が湧いたくらいだ。一度、直接会ってみたい」Tは呆れたように息を吐いた。「お前に興味持たせる人間なんてさ……たぶん、史上初じゃない?」Qは曖昧に笑い、肯定も否定もしなかった。Tは、少し真面目な声になって続けた。「でもよ……もし本当にそいつに正体掴まれたら──」「心配いらない」Qは落ち着ききった声で遮った。「もし本当にそこまでの腕があるなら、とっくに調べ終わってるさ。今さら慌てても、もう遅い」Tは小さくため息をついた。「……分かったよ。でも、何かあったら絶対すぐ連絡しろ。マジでな」「分かってる」……忠の会社が「倒産した」というニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡った。あまりにも話題になった理由は、ただ一つ。崩壊までが早すぎた。問題が表面化してから、正式に破産を申請するまで──たった二週間。立て直す時間も、策を練る余裕もない。ろくな反撃もできないまま、あっという間に瓦解した。誰にも理解できなかった。「忠の会社に、何が起きた?」「いくら雲井グループの傘下とはいえ、そんなに簡単に潰れるわけがないだろ」ニュース番組もネットも、憶測だらけだった。「前から内部で問題抱えてたんだよ。だから、こんなスピードで傾いた」「いや、あの謎の一族に逆らったのが原因だ。一瞬で企業を消せるのは、そこくらいだ」「星の案件を横取りした報いだろ。彼女が裏で手を回して、一気に反撃したんだ」さまざまな噂が飛び交う中で、世間の大多数が支持したのは、最初の説だった。──忠の会社は、元々内部崩壊していた。そうでなきゃ、辻褄が合わない。たとえ星が原始株を持っていようと、たった一人の力で、わずか数日で大企業を潰せる──そんな話、常識では信じられなかった。世間があれこれ言い合っている一方で、当の星本人は
Read more

第1147話

星の案件を次々と奪っていたのは、もちろん裏の動きだ。星自身は察していたが、外からは見えない。そして忠も、そこまで愚かではない。自分がやったことを公表するはずもない。靖は、疲れたように眉間を揉みながら続けた。「父さんと俺は、星の会社でトラブルが起きたと聞いても、てっきり競合に狙われたんだと思っていた」会社が大きくなればなるほど、敵も増える。まして星は、株を買い、原始株まで握っている身だ。羨望も妬みも一身に受けるのは当然だった。だから、星の会社がいずれ狙われることも想定内だった。ニュースを見ても、そこまで驚きはしなかったし、すぐに手を差し伸べる気もなかった。──あれもまた、彼女への「試練」の一つだと考えていたからだ。だがまさか、その敵が自分の弟とは、夢にも思わなかった。翔が、口を開いた。「兄さん、忠の会社を、このまま潰させるわけにはいかないだろ。助ける方法は、もうないのか?それか……」言いよどみ、それでも続けた。「星に、飲み込んだ案件や利益を全部返させるとか」靖は、呆れたように弟を見た。「お前なら、あれだけの利益を手に入れて、それをはいどうぞって返せるのか?」ときどき靖には、この二人の弟が呆れるほど幼く見える。「星は何か企んでいる」と警戒しておきながら、その一方で「全部返せと言えばいい」などと平然と言う。矛盾だらけだ。翔は、言葉を選びながら続けた。「兄さん……忠の会社がここまで一気に崩れたのは、どう考えても前から誰かに狙われてたからだ。タイミング的に見ても、星が雲井家に戻ってきたあたりで、もう布石を打たれていたとしか思えない。じゃなきゃ、忠が罠にかかって機密が漏れたくらいで、ここまで一瞬で崩壊するわけがない」そこで一度言葉を止め、目に陰を落とした。「新人の星が、これを一人で仕組めるとは俺も思ってない。……彼女の背後に、誰かがいる。あれだけの資金を動かせたのも、その人物の力だろう」翔の勘は、昔から鋭い。黙って聞いていた忠が、たまらず割って入た。「じゃあ、その誰かって誰だよ。影斗か?それとも雅臣が裏で組んでるのか?」翔は、即座に首を振った。「その線もゼロじゃないけど……俺の勘が否定してる。彼──やり口がもっと陰湿だ。罠にかかったふりをして、外にはわざと
Read more

第1148話

靖は、そこでいったん言葉を切った。「父さんは、度胸があって腕の立つ人間が好きだ。だからこそ、あそこまで明日香を重用してきた。お前が今さら父さんに泣きついたところで、失望されるだけだ。むしろ星のほうを、今以上に高く評価するかもしれない。忠、星だって父さんの娘だ。もし飛び抜けた能力を見せたら、父さんは必ず目をかける。原株の件さえなければ……父さんはきっと、最初から星を育てていた」忠の顔が、その場で凍りついた。言われなくても分かっている。兄の言葉が正しいことくらい、本当はとうに気づいていた。それでも──納得なんかできなかった。充血した目が、悔しさで真っ赤になった。「星あいつ、頭良くなんかないだろ!どうせ誰かに裏で知恵をつけてもらってるだけだ!」靖は、淡々とした口調で返した。「忠、誰についてもらうかも実力のうちだ。もし父さんが、星の背後にあれほど強力な人間がいると知ったら……きっと今よりもっと、彼女を重視するだろうな」忠は、完全に言葉を失った。そして、ようやく理解した──この勝負は、自分の完敗だ。崩れ落ちた弟を眺めながら、靖は少しだけ声をやわらげた。「忠、会社を失ったくらいで終わりじゃない。お前はまだ若い。やり直しはいくらでもきく。会社そのものはなくなったけど──雲井グループでのお前のポジションは残ってる。本体を大きくする道を選べば、自分の会社を持つのと大差ないはずだ」忠は、乾いた笑いをひとつこぼした。今の社会は、昔のように「成長の余白」なんてほとんどない。ゼロから立ち上げて、もう一度ここまで登ることがどれだけ難しいか──誰より自分が一番よく分かっていた。靖は視線を横にずらし、翔を見る。「翔、お前も忠を支えてやれ」翔は、静かに頷いた。「分かった」……その頃、怜央のオフィスには、明日香の姿があった。忠が怜央と組んでいることは知っていた。だが、細かい中身までは聞かされていない。星の件にあまり踏み込みすぎるのは良くない──そう思って、あえて距離を置いていたのだ。けれど、忠の会社が「一瞬で」崩れ落ちたと聞いては、さすがに無視できなかった。理由を確かめるために、彼女は急いで怜央のもとを訪ねた。怜央は、隠し立てをせず、一部始終を語って聞かせる。話を聞き終えると、明日香は眉をひ
Read more

第1149話

仁志についても、情報は意図的に潰されているようで、世の中に出回っている写真は一枚もなかった。けれど、本気で調べようと思えば──すぐに分かる。その隠し方は、彼自身と同じくらい隙がなかった。明日香は、どうにも納得がいかないといった顔で言った。「それでも、理解できないの。あの人が星のそばにいる理由って、いったい何?」今の時点でも、明日香は、仁志が星に恋愛感情を抱いているとはみじんも思っていない。星には離婚歴があり、子どももいる。見た目がいくらきれいでも、仁志クラスの男なら、女なんて選び放題だ。この点に関しては、怜央も全く同じ考えだった。彼もまた、「仁志が星を好きになる」なんて想定していない。数秒考えてから、怜央は静かに言った。「奴の野心は相当でかい。雲井家ごと、丸ごと飲み込むつもりかもしれない。今回の資金だって、タダで出すような男じゃない。星の持ってる株、もうとうに騙し取ってる可能性だってある。人を信用させるときは──最初に少し、甘い餌をやるもんだ」明日香は、ふと気になって問いかけた。「怜央兄さん……星って、今、自分のボディガードの正体を知ってると思う?」怜央は、即答した。「知らないだろ。知ってたらただの護衛扱いなんてするか。必死になって、その太いコネにしがみついてるはずだ」そこまで言って、怜央は、ある可能性を意識し、声を低めた。「仁志のターゲットは、雲井家だけとは限らない。司馬家も、奴の狙いに入ってるかもしれない。……そして現時点で、その半分はもう成功してる。優芽利は、完全に奴に心を持っていかれてる」その言葉と同時に、怜央の瞳に鋭い光が走った。「雲井家を呑み込みたいって言うなら──俺たちは今は動くべきじゃない。じっくり観察する。奴がどう牙を剥いてくるのか。そしてその瞬間に──こっちが一撃で仕留める。そうなれば、向こうには俺たちに噛みつく余力なんて残らない」薄く笑い、低く囁く。「せっかくだ。この機に、溝口家ごと乗っ取ってしまえばいい」明日香は、怜央の前では野心を隠さない。その提案は、彼女にとっても十分魅力的だった。そして、ふと我に返り、口を開いた。「父と兄たちには……知らせなくていいの?」怜央は、すぐに首を振った。「知ってる人間が多くなればなるほど、リスクも増える。
Read more

第1150話

一連の騒動が終わったあと、星の気分はこの上なく晴れやかだった。張り詰めていた神経も、ようやく少しずつ緩んでいく。彼女にとって今回の勝利は、ただ権力や利益を手に入れた、という話ではない。一番大きかったのは──あの男に、一生忘れられない教訓を叩き込めたこと。もう二度と、理由もなく目の前に現れては騒ぎ立てられないように。その意味でこそ、今回の勝利は価値があった。車の中。星は、隣の仁志を横目で見た。「仁志、今回は本当にありがとう。あなたの助けがなかったら、あんなふうに簡単に、彼の会社を買い叩くなんて絶対に無理だった」仁志は、穏やかに微笑んだ。「僕は、少し助言をしただけです。最終的にどう動かすか決めたのは、全部あなた自身ですよ。どれだけ手を貸しても、立てない人間は立てません。星野さん、あなたはまだ経験が少ない分、今回のことは、丸ごとこれからの糧になります」星は顔を横に向け、くすっと笑った。「でもさ、仁志って、私とそんなに年が離れてるわけでもないのに……どうしてそんな全部分かってますみたいな顔して喋るの?」「仕事柄、普通の人よりいろんな現場を見てきただけです」淡々と返され、星は「そういえば、あなたのことってほとんど聞いたことないな」と言いかけて、そっと飲み込んだ。本人が話したくなさそうなことを、わざわざこじ開けるつもりはない。そのタイミングで、仁志がふと思い出したように尋ねた。「そういえば雅臣さんと航平さんは、もう帰りましたか?」「航平は、もう帰国したよ。雅臣は、二日後に戻る予定」星は答えた。二人が長くM国に滞在していたのは、こちらで開かれるビジネス会議に出席するためだった。だが滞在中、星と航平に次々とトラブルが起きたせいで、帰国の予定がずれてしまったのだ。「翔太さんも一緒に戻りますか?」仁志がつづけて聞いた。「うん。向こうで授業があるからね。休みになったら、またしばらくこっちに呼ぶつもり」「そうですか」それ以上は深く踏み込まず、短く返すだけだった。車は市街地を抜け、郊外へ向かう。人も車も少なくなり、やがて住宅も見えなくなる。道はどんどん寂しくなり、人気がすっかり途絶えた。M国に長く住んでいたとはいえ、星でさえ、こんな場所に来たのは初めてだ。彼女は横の男をちらりと見る。だ
Read more
PREV
1
...
113114115116117
...
134
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status