夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する! のすべてのチャプター: チャプター 1121 - チャプター 1130

1339 チャプター

第1121話

正道が、腕を組んだまま口を開いた。「星が原株を売れず、こちらにも助けを求めに来ないとなると……考えられるのは一つだな。雅臣たちが、資金を出したか?」靖は、静かにうなずいた。「その可能性はある。それに――雅臣なら、やると決めたことは本当にやる男だ。もし本当に星のために資金を用意したのなら……忠と翔は、すぐに第二段階の計画を動かすはずだ」第二段階――それは、彼らの会社への攻撃だった。星のために流動資金を大量に回した企業を、星が小林グループの買収を終えたタイミングで、一斉に叩く。資金繰りが乱れれば、経営は一気に傾く。持ちこたえられなければ、その場で破綻。たとえ持ちこたえても、資金の穴を埋めるために株を売らざるを得ず、企業体力は大きく削られる。うまくいけば、その会社を乗っ取ることもできるし、株価を操作して空売りで儲けることだってできる。星は、情に厚い。自分を助けてくれた相手が窮地に陥るのを、黙って見ていられる性格ではない。だが――買収を終えたばかりの星に、その穴を埋められるほどの資金はない。そのとき、残される選択肢はただ一つ。――原株の売却。追い込まれた状態で交渉に出れば、主導権は完全に相手側に移る。一歩譲れば、二歩、三歩と譲ることになる。売却価格も、今より確実に下がる。今ならまだ、立場をある程度守りつつ、感情面での駆け引きも使える。靖は、深く息を吐いた。「どうか……星が愚かな選択をしないように」雲井家にとってベストな展開は、こうだ。星が小林家の買収を完了したタイミングを狙って、雅臣ら星を助けた企業を一斉に攻撃する。原株を手に入れてもいいし、神谷グループごと買収してもいい。星の後ろ盾を消せば、彼女を掌の上で転がすのは簡単だ。だが、星にとっては地獄でしかない。本物の絶望と痛みを味わわされることになる。星は新人で、しかも身内だ。一度潰してしまえば、二度と立ち上がれないかもしれない。だからこそ、靖としても、本音ではそこまでやりたくはなかった。――三つの利益を同時に狙える策。あとは、星がどの道を選ぶか。もし星が、助けてくれる人さえいれば、なんとかなると考えているなら――それは、若さゆえの甘さだ。正道が言った。「もし星が小林家の買収を諦めるなら――小林家の二十パーセント
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第1122話

星が小林グループの買収を狙ったのは、短期的な報復のためではない。もっと長いスパンで見たときに、「最初に押さえておくべき一手」だと判断したからだった。小林グループの株を一部でも持っていれば、この先の道は格段に歩きやすくなる。将来、雲井家に入ることになったとしても、誰かの顔色をうかがいながら動く必要はなくなる。名義だけ株を持たされ、実権は抜き取られ、気づけば中身が空の看板役になっていた――そんな未来を避けることができる。これが、雅臣も仁志も、星の小林グループ買収に賛成した理由だった。星の判断は、筋が通っていた。たとえ原株の一部を手放すことになっても、見返りは十分にある。……契約式の会場は、すでに人であふれていた。M国で名の知れた企業のトップたちがずらりと顔を揃え、それだけで場の熱量が違う。小林家の政治力が、ここでもはっきりと表れていた。契約式開始まで、あと十分。会場のあちこちで、ひそひそ声が飛び交う。「小林グループが株を手放すなんてな。相手は一体誰だ?雲井家ですら、一割欲しいって言って断られてただろう」「相手は星だよ。この間正道に、ようやく娘だって認められたっていう、あの子」「雲井家の中でも、原株を握ってる一人だろ?今の最先端テック企業をいくつも動かしてるって噂の」「今、世界トップ5のバイオテック企業のうち三社は、雲井家の持ち株だ。あそこは特許の宝庫で、毎年の特許料だけでとんでもない額になるらしい。ほとんどを次の研究開発に回してるらしいけど……向こう十年の勢力図は、もう決まったようなもんだな」「そりゃ小林グループも、売却を受け入れるわけだ。完全に、そっち側の将来性込みで見てるってことだろ」「ここ数年、小林グループは右肩下がりだったし、このままだと先細りする一方だったからな。買収を受け入れて、新しい道を作るのも悪くない」「あとは……雲井家が、どんな顔して来るかだな」「だな。小林グループは雲井家からの買収には首を縦に振らなかったくせに、その雲井家の娘には売るんだ。プライド、ボロボロじゃないのか?」「雲井家の看板よりも、その娘本人のほうが信用できるってことだろ。面白い話だ」そんな好奇の視線と、含み笑いの囁きの中――雲井家の面々が、会場へと姿を現した。とはいえ、星は雲井家の人間だ。今
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第1123話

小林父の目が、かすかに光った。「害した犯人?忠さんの言い分だと、星が浩太をどこかに監禁している――そういうことかな?」忠は、表情ひとつ変えずに言い返した。「星が事件に遭って倒れた直後に、浩太は姿を消したんです。誰が一番怪しいかなんて、言うまでもないでしょう?」もちろん、証拠がなければ星を罪に問うことはできない。だが、それで十分だった。星と小林家の間に疑いさえ芽生えればいい。契約さえ潰せれば、それで目的は達成だ。――思い知れよ、星。雲井家が首を縦に振らない限り、何ひとつ成し遂げられない。原株を握ってる?だから何だ。そんなもの、死ぬまで持っていけばいい。小林父は、淡々と口を開いた。「調べたところ、あの日、星はずっと病院で救命処置を受けていて、意識もなかった。たとえそんなつもりがあったとしても、動ける体力も時間もないはずだ。彼女が目を覚ましたときには、浩太はもう消えていた。最初は、俺も星を疑わなかったと言えば嘘になる。だが今、こうして忠さんが自分の妹が犯人だとでも言いたげな顔で話しているのを見ると……余計に、星じゃないように思えてきたよ」視線が鋭くなった。「もし本当に星が犯人なら、雲井家にとっても不利益のほうが大きいはずだ。なのに、忠さんはこうして平然と言い切ってみせる。証拠がないと分かったうえで、我々の関係に楔を打ち込み、今日の契約を壊したい――それが狙いだろう?」小林父は、意味ありげに忠を見つめた。「忠……お前は、まだ若い」年季の差は歴然だった。小林父もまた、正道に引けを取らぬ老獪さを持つ男。忠の浅い策など、見抜けないはずがない。忠の表情が、一瞬で固まる。そこで正道が一歩前に出て、場をなだめるように笑った。「小林、子どもの冗談に本気にならんでくれ。忠はちょっとふざけただけだ」小林父も、すぐに笑みを浮かべて応じる。「もちろん分かっているさ。俺は年長者だ。子供っぽい冗談なんかを言うわけがないだろう。ただね、忠の事情を知っている者なら笑って済むが、何も知らない者が聞けば――実の妹をここまで貶める兄がいるのかっと、裏で面白おかしく噂するだろう。正道、しっかり目を配ってやりたまえ。妙な噂が立てば、忠にも、雲井家全体にもいい影響はない」正道は笑顔を崩さず、こくりとうなずいたが―
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第1124話

誰だって、そんな危ない話を自分から吹聴したりはしない。やるなら、気づかれないようにやる――それが普通だ。そのとき、翔が口を開いた。「こういうことは、きっちり調べておいたほうがいい。もし星の資金が、本当に雅臣や影斗のものじゃないとしたら?あの二人の資金繰りに余裕がある状態で、俺たちが軽率に動いたら――逆に足をすくわれかねない。雅臣も影斗も、簡単に見くびっていい相手じゃない。隙を見せたら、こっちが大怪我をする可能性だってある。それに……星との関係を、決定的に壊すことにもなりかねない」忠は、じろりと翔をにらんだ。「翔、お前がそこまで腰が引けるなんて珍しいな。雅臣の金じゃないなら、星がどこからそんな大金を手に入れたっていうんだ?」翔は、眉を寄せて考え込んだ。「前に星は、投資家をひとり接待していただろ?もしかしたら、その投資を受けたのかもしれない」忠は、心底バカにしたように笑った。「ああ、あの投資家か。俺も会ったよ。名前は……謙信とか言ったな。素性は不明、調べても何も出てこない。で、一番笑えるのが――お前ら、ちゃんと聞いて驚けよ?あいつ、星に一兆円投資したいなんて言い出したんだぞ?」肩をすくめ、大げさに続けた。「見ず知らずの相手に、いきなり一兆円の出資だぞ?そんな話、真に受けるやつがいるか?」忠にとって、謙信は論外だった。「どう見ても詐欺師だ。星でさえ信用してなかったんだぞ?まさかお前、本気で信じたのか?」翔は、静かに言った。「彼が詐欺師だったとしても、別の投資家がいる可能性は消えない」忠は、すぐさま押し切ろうとした。「翔、お前……星に何度もやられて、逆に過大評価してないか?投資がつくにしたって、誰がそこまでの金を出すんだよ。しかも、たった三日で動かせる規模の家なんて、限られてる。星ごときに、そこまでの顔があると思うのか?」そんなやり取りをしているうちに――星と小林父は、とっくに署名を終えていた。互いに契約書を交換し、固く握手を交わす。カメラのフラッシュが一斉にまたたき、会場に大きな拍手が鳴り響いた。雲井家の父子の顔は、いっせいに険しくなった。星は、彼らに一切頼ることなく資金を用意し、小林グループの二十パーセントの株を手に入れてしまった。たった三日という短い期間で、この
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第1125話

忠は短く聞き返した。「……で、何の話だ」怜央は、ためらいなく核心に触れる。「優芽利の件だよ。前にお前も見てたはずだろ?明日香を助けに行ったあの日、優芽利が誘拐されて……結果的に、ひどい目にあったんだ。今、あの映像を盾に脅して、司馬家の商売のチャンスを奪おうとしてる連中がいるんだ」忠は、優芽利そのものには、これっぽっちも興味がなかった。「……で?」怜央は続ける。「優芽利をさらったのは、おそらく星の人間よ。具体的に誰か、まだ断定はできないけど」そこで声を落とし、自分の考えている仕掛けを、順序立てて説明していった。最初こそ、忠は気のない相づちしか打たなかった。だが話が進むにつれ、その目の奥がだんだん鋭く光り始める。大した手間もリスクもなく、星に痛い目を見せられる――そんな話、乗らない理由がない。しかも、星が一度でも判断を誤れば、雲井家の株主たちの信頼は揺らぐ。そうなれば、星の原株を買い叩く隙が生まれる。忠は、口元を歪めた。「星が小林グループの原株を買えたのは、どうせ雅臣と影斗が裏で支えたからだ。だったら、この機にあいつらにも手を打っておくべきだな。うまくいきゃ、大ダメージを与えられる。場合によっちゃ、会社ごとまとめて買えるかもしれない。星は、あいつらの援助がなくなった瞬間に終わりだ。翼をもがれた鳥なんか、もう威張れやしない」少し前にも、父と兄に同じ提案をした。だが二人の答えは、どこまでも歯切れが悪かった。「星の資金が、本当に雅臣たちからのものかどうか分からない」――理由はそれだ。忠には、それがただの言い訳にしか聞こえなかった。父も兄も、結局は上っ面の情だの、見栄だの、体裁だのを気にしているだけだ。そのくせ、きれいごとだけは一人前に並べる。他がやらないというなら――自分がやるだけだ。悪役になるのは、今回が初めてでもない。……契約式は、何事もなく幕を閉じた。最後の最後まで、星の中にはどこか夢見心地な感覚が残っていた。まさか本当に、小林グループの株権を手にしてしまうなんて。帰りの車の中で、仁志が横から問いかけた。「一兆円から七千四百億円ほどお使いになりました。残りは二千億円ぐらいです。あとのお金は、どうされるつもりですか?」星は窓の外に目をやりながら答えた。「長期
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第1126話

司馬家――つまり、怜央だ。星の瞳が、かすかに揺れた。「司馬家が、どうして急に鈴木グループを攻撃するの?」航平が自分を助けたから、その腹いせに怜央が動いた――そんな単純な話だとは、星は思っていなかった。怜央は冷酷だが、感情だけで突っ走るタイプではない。彼は星を嫌っている。だが、理由もなく航平を狙う男ではない。星を助けたのは航平だけじゃない。むしろ、雅臣や影斗のほうが、はっきりと星の味方についた。もし怜央が報復するにしても、二人を飛ばして、わざわざ航平だけを標的にするだろうか。――まさか、雅臣のほうにも、何かあった?その考えがよぎった瞬間、星はすぐ内線を取った。「凌駕。最近のビジネスニュースをまとめて、すぐ持ってきて」十分ほどで、凌駕が資料を抱えて戻ってきた。さすがプロのアシスタント、というべきか。情報は分かりやすく整理され、ポイントもきっちり押さえられている。星は、凌駕が実は雲井家側の人間なのでは――と疑っている。それでも、「優秀だ」という事実だけは否定できなかった。ページを開いた瞬間、真っ先に目に飛び込んできたのは、鈴木グループの「経営判断ミス」を報じるニュースだった。そして――怜央が攻撃を仕掛け始めたのは、そのミスの直後。一方で、神谷グループや榊グループには、目立ったニュースはない。株価も安定している。大きく揺れているのは、鈴木グループだけだった。そのとき、陽太の声が、再び耳に届いた。「星野さん……どうか鈴木さんを説得していただけませんか。この一か月、毎日三、四時間しか眠れていません。食事もほとんど喉を通らなくて……このままじゃ身体がもちません。それに……星野さんのためじゃなければ、鈴木さんがこんな状態になることも……」そこまで言って、陽太はハッと口をつぐんだ。星は顔を上げ、その視線をきつく射抜いた。「……今、なんて言ったの?」余計なことを口にした――と気づいたのだろう。陽太の顔に、はっきりとした動揺が走る。目が泳ぎ、呼吸も浅くなっていく。星は、一歩も引かない声で問い詰めた。「陽太。早く話して。何があったの?」この人には隠し通せない――そう悟ったのか、短い沈黙のあと、陽太は観念したように、低い声で語り始めた。「ビジネスで判断ミスが出ることなんて、珍しくもありませ
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第1127話

胸の奥に芽生えた疑念が、じわじわと広がっていく。星は立ち上がった。「……彼のところに連れて行って。直接、様子を見たい」陽太は、ようやく安堵の息をついた。「本当に、ありがとうございます。星野さん」……鈴木グループ本社。社長室。航平は、疲れたように眉間を指で押さえていた。まともに休んでいないのだろう。整った顔立ちに、隠しきれない疲労の色がにじんでいる。そこへ、秘書の佐倉心音(さくら ここね)が資料を抱えて入ってきた。「鈴木さん、ご依頼いただいていた資料です」航平は軽くうなずき、資料を受け取った。「そこに置いてくれ」心音は、しばらく迷うように彼を見つめ――意を決したように口を開いた。「鈴木さん……少しお休みになったほうが……」航平の表情が、すっと冷たくなる。「いい。お前は下がってくれ」「でも――」「心音」声が、鋭く空気を裂いた。「下がれ」心音は、胸の奥に刺さるような痛みと、言いかけた想いを飲み込み、静かに頭を下げて部屋を出た。……しばらくして、再びドアがノックされる。航平は眉をひそめ、顔も上げずに言った。「今は食事を取る気分じゃない。用がないなら入らないでくれ」短い沈黙。だが、ドアの向こうの人物は立ち去ろうとしない。不機嫌そうに顔を上げ――そのまま固まった。「……星?どうしてここに?」言葉にした瞬間、何か思い当たったのか、彼の目に影が差した。「……もしかして、陽太が、何か余計なことを?」星は、まっすぐ彼を見つめた。「彼が言ってた。ここ一か月、ろくに寝てないって。ご飯もちゃんと食べてないって」航平は、あからさまに不機嫌そうに眉を寄せた。「お前は自分の仕事で手いっぱいだろ。余計な心配をさせるなって、いつも言ってるんだが」星は、そのまま核心に切り込んだ。「何があったの?怜央が、どうして急にあなたを狙うの?」航平の視線が、一瞬だけ揺れた。彼は以前、優芽利の写真をカードとして使い、司馬家から機密を盗み出させようとしたことがある。星のために、怜央へ致命的な一撃を与えようとして――結果的に、自分が仕掛けた罠に自分で落ちた。優芽利が持ち出した情報自体に問題はなかった。ただ、そのやり口自体が、既に怜央に読まれていたのだ。兄妹そろって、彼
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第1128話

今に至る――優芽利を利用した一件は、あくまで「彼個人の暴走」であり、会社の誰も事情を知らない。だから周囲の秘書やアシスタントは、全てを「星のために資金を動かしたから」と解釈したのだ。航平は、すぐに否定しようとした。だが、その言葉は、喉の奥でなぜか止まる。……もし星が、「鈴木グループは自分のせいで危機に陥った」と思い込んだら?きっともっと罪悪感を抱き、もっと自分を頼ってくれるかもしれない。もし星が、この一兆円を「自分のために彼が株を売って作った金」だと思えば――彼が何か願いを口にしても、きっと断れないだろう。しかし同時に、彼は理解していた。ここで「そうだ」と認めれば、いつか必ず化けの皮が剥がれる。本物のRさんが姿を現した瞬間、築いてきた信頼も、好意も、一気に崩れかねない。逡巡の末、航平はふっと笑った。肯定も、否定もしない。ただ、話題をそっと側へ押しやった。「大丈夫だ、星。鈴木グループは、必ずこの危機を抜ける。お前が心配することじゃない」……航平のオフィスを出たとき、星の胸の中には、重たいものが沈んでいた。廊下を歩き、角を曲がったところで――弁当を提げた心音と鉢合わせになる。心音は、星の顔を見た瞬間、露骨に表情を硬くした。冷ややかな声が飛んだ。「小林グループの株を買う力もないくせに、人の懐を当てにして。怜央に目をつけられなければ、鈴木グループが資金不足で危機になることなんて、あり得なかったわ。あなたのせいよ。自分が誰を敵に回そうが勝手だけど――どうして鈴木グループまで巻き込むの?鈴木さんも本当にお気の毒。こんな女と関わったばかりに」星は、ちらりと彼女を見ただけだった。「鈴木グループから借りたお金は……必ず返すわ」心音は、一歩も引かない。「お金は返して終わり?じゃあ、その後に起きた連鎖的な被害は?鈴木さんが三年以上かけて築き上げたネットワークが、あなたの思いつきの買収ひとつで揺らいでるのよ。まさか、お金を返せば全部チャラなんて、思ってないわよね?」……その頃、仁志は、別件の電話を終えて戻ってきたところだった。廊下の窓辺で、星がぼんやり外を眺めている。いつもの彼女からは想像できない、弱い横顔だ。仁志は、横に立って声をかけた。「思ったより早かった
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第1129話

仁志が、よく分からない調子でぼそっとつぶやいた。「……ほんとうに、タイミングが悪いというか、妙なものですね」星はそれには何も返さず、視線を落として考え込む。しばらくして、仁志が口を開いた。「もし航平さんが本当にRさんだとしたらですね、今、航平さんがあのような状態になっている以上、放っておくという選択肢はないでしょうか」星は横を向き、仁志を見た。「あなたは……航平がRさんだと思ってるの?」仁志は肩をすくめた。「さあ、分かりませんね。ただ、あなたがそこまでストレートにお聞きになったのに、はっきりと否定されませんでした。あれは、ほぼ認めたのと同じですよ。本当に違うのであれば、普通は事情を説明するでしょう。それに、さっきの秘書の方々の態度もそうです。もし航平さんじゃないのであれば、あなたにそこまで敵対的な態度をとるでしょうか?あなたは、航平さんのお金を一円も使われていないのにですよ」そう言われても、星の胸のモヤモヤは消えなかった。一兆円──そんな額を、勘違いで済ませていいはずがない。星の迷いを察したのか、仁志は続けた。「Rさんが誰かということは、ひとまず置いておいてもよいですが、航平さんがあなたのために動いてくださったのは事実です。このままでは、そのうち秘書の方々だったり、部下の方々だったりが、道徳の盾を振りかざして、あなたを責め立ててくるのが目に見えています。面倒になる前に、借りは早く返しておいたほうがよいです。これからあなたは雲井家に入られるのでしょうか?気にしなければならないことは腐るほど出てくるでしょう。鈴木グループに何かあった際に、気を回してあげる余裕など、そのうちなくなるでしょう」言われてみれば、その通りだった。航平がRさんかどうかはさておき、自分がきっかけで怜央に目をつけられたのは間違いない。見て見ぬふりをして済ませられる話じゃない。星は息を整え、決意を込めて言った。「……もともと私は、原株の一パーセントを売って資金をつくるつもりだったの。でも、雲井家の人たちに邪魔されて頓挫しただけ。数日遅れるかもしれないけど、永遠に売れないわけじゃない。まずは原株を売って、そのお金で鈴木グループの資金の穴を埋める」雲井家の原株は、雲井家が「外に売るな」と言ったところで、市場が言うことを聞
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第1130話

雲井家みたいな巨大な商業帝国を底値で買い叩くなんて、普通に考えたら不可能だ。まして、星自身も雲井家の一員だ。本体に致命傷が入れば、自分にも必ず火の粉が飛んでくる。ただ――本体には手が出せなくても、忠の傘下にある会社なら話は別だ。雲井家の三兄弟は、みな雲井家で役職についているが、裏ではそれぞれ複数の大企業を実質的に動かしている。グループ全体のリスク分散のためでもあり、彼ら自身の資産づくりのためでもある。当然、それらは三兄弟の私有資産扱いで、雲井家本体の売上には入らない。今後、星と明日香が任される会社も、同じように個人企業としてカウントされる。上場させるも、育てきれずに潰すも、その人間次第。どれだけ伸ばせるかは、肩書きじゃなく実力で決まる。三兄弟がこの街の社交界で名を轟かせているのは、彼らが抱える会社の多くがすでに上場し、相当な規模まで成長しているからだ。親の七光りだけじゃないと、数字で証明している。星は、仁志の提案に一理あると感じ、横顔をじっと見つめた。「仁志……なにか具体的な案があるんでしょ?」仁志はあっさり頷いた。「まあですね。ただ、その前にやることがあります。まずは鈴木グループがここまでこじれた本当の原因を洗い出す必要があります。どこに問題があるのか分からないままでは、どのようにテコ入れをするかも決められません」「じゃあ、あとで凌駕に調査を頼むわ」そう言いかけて――すぐに首を横に振られた。「凌駕さんにやらせるより、雅臣さんに聞いたほうが早いです。雅臣さんと航平さんは親友です。鈴木グループに何かあったら、何もせず黙って見ているタイプではありません。今、航平さんの状況を一番把握しているのは、ほかでもない雅臣さんです」たしかにその通りだ。鈴木グループが揺れている今こそ、私情は横に置くべきだった。星は素直にうなずいた。「わかった。オフィス戻ったら、すぐ雅臣に電話してみる」そこでふと、前から気になっていたことが頭をよぎり、星は仁志を見た。「そういえば仁志、前に言ってたよね。昔、ビジネス関係の仕事をしてたって。どうしてそんなに詳しいの?何をやってたの?」最近の星は、毎日ビジネスの本や資料を読み漁っている。だからこそ、仁志がただのボディーガードで済むわけがないと、ようやく自
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