「今日は都合が悪くて行けそうにない......」そう言いかけた星の耳に、受話口から別の声が割り込んだ。「雅臣、清子の処置はもう終わった。早く来てやれよ」――清子?そうだ。星は思い出す。雅臣が約束を反故にする時、必ずそこには清子がいたのだ。もはや心は波立たない。星の声は冷えきっていた。「もう助かったんでしょう?午後なら時間があるから、その時に来てちょうだい。長引かせるつもりはないわ」だが言葉の途中、またしても勇の声が重なった。「雅臣、何をぐずぐず電話してるんだ!清子はずっとお前の名前を呼んでるんだぞ。早く行ってやれ!医者も今回の容態は危ういって言ってた。もしかしたら、これが最後になるかもしれないんだ!」「......すぐ行く」雅臣の声色は一変し、冷然と切り捨てた。そして思い出したように受話口へ。「今は忙しい。また後で掛け直す」通話を終えると、雅臣は勇を見やった。「清子の容態は?」勇は彼の手に握られた携帯を一瞥し、唇の端に一瞬ほくそ笑みを忍ばせる。だが顔には深刻さを貼り付けて言った。「芳しくない。医者は今の体では半年もたないって」雅臣の眉間がわずかに動く。「お前の言っていた名医は、まだ見つからないのか」「見つかった」「では、なぜ治療を頼まない?」その問いに勇は憤然とした。「葛西とかいう頑固ジジイが首を縦に振らないんだ!どんな条件を出しても、いくら金を積んでも動かない。腹が立って仕方ない!」「他の条件は提示されなかったのか?」「何も言わなかった」勇は首を振る。「隠居だと言うくせに、しょぼい漢方診療所を開いていて、客もいる。なのに俺が三度も頭を下げても駄目だ。世にも変わった奴だ」目を細め、勇は吐き捨てる。「明日もう一度行く。今度こそ無理やりでも連れて来てやる」雅臣の目が暗く光る。「清子を連れて直接会いに行ったことは?」勇は一瞬言葉に詰まり、口ごもる。「......ない」「彼は来るなとは言わなかったのだろう?」「まあ、確かに」「なら清子を伴って行け。もしかすると、他の患者も診たいから拘束されるのを嫌っただけかもしれん」勇の視線が泳ぐ。「実は......昨日
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