All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 321 - Chapter 330

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第321話

彼女はいま、寄付者という立場を利用して、自身の注目度を一気に頂点まで押し上げていた。たとえネット上で全アカウントを封じられていようとも、二百億円の寄付ともなれば、必ず政府機関が報道する。国家機関のメディアアカウントを凍結するなど、誰にできようか。星にまつわるいわゆる黒歴史など、国営メディアにとっては取るに足らぬゴシップにすぎない。二百億もの巨額寄付は大々的に宣伝されるべきことであり、国としても人々が慈善活動に励むことを強く奨励している。その象徴として、星はうってつけの存在だった。彼女には無名のまま善行を積むこともできた。だが名前を出して寄付をする以上、相応の責任を背負わねばならない。公開の場での寄付は極めて厳粛な行為だ。いったん「どれほど寄付する」と明言した以上、その金額は必ず拠出しなければならない。しかもその資金が法に則った正当なものである限り、誰ひとりとして、その金に手をつけることはできない。たとえ本人であっても――もしそうでなければ、それこそ法律違反だ。星は警官に視線を向けた。「警察の方々、私はいったい何の罪に問われているのでしょう?」警官は答えた。「あなたが営業秘密を漏洩し、競合相手と接触した疑いがあると通報がありました。相手側は接触の証拠を提出しており、金額が巨額に及ぶため、厳正に処理する必要があります。......どうか調査にご協力ください」星は問い返す。「つまり、それだけでは私が犯罪者だと断定はできない、ということですね?」警官はうなずいた。「そのとおりです、断定はできません。ただ、通報を受けた以上、調査を行うのが私たちの職務です。ご理解いただきたい」「もちろん協力いたします。ただその前に、少し説明させていただけますか?」警官は周囲の記者たちに目をやった。今や星は公人同然の存在であり、多額の寄付もしている。冤罪を着せて名誉を傷つけるわけにはいかない。「捜査は非公開ですが、世間に対して弁明することは可能です」「ありがとうございます」丁寧に礼を述べた星は、先ほど質問した記者へと視線を向ける。「警察はあくまで調査のために私に協力を求めただけで、犯罪者だと断定したわけではありません。それなのに、なぜあなたは私を犯罪者だと決めつ
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第322話

ちょうど星が発言したその時、彩香のアカウントから一件投稿された。【私は星野星のマネージャー、中村彩香です。先日、私たちが運営していたすべてのSNSアカウントが、理由も示されないまま凍結されました。何度も運営側に問い合わせましたが、最後まで説明は得られませんでした。私たちは必死にアカウントを育て、コンテンツを作り続け、時間を費やし、ようやくいくつかの動画が注目を集め、幸運にも一千万を超えるフォロワーを得ることができました。これからもっと上を目指せると思っていた矢先、待っていたのは理不尽な凍結でした。到底受け入れられるものではありません。この間、私たちは各所を奔走し、もしかすると本当に規約違反をしたのかもしれないと、自分たちを疑いさえしました。そこで試しにサブアカウントを作りましたが、それすらすぐに凍結されてしまったのです。私にはわかっています。私たちは資本に逆らい、誰かが私たちを潰そうとしているのです。一介の素人にすぎない私たちが、巨大な資本家に太刀打ちできるはずがありません。この投稿もすぐに削除されてしまうでしょう。ですが構いません。私たちは最後まで闘い、決して諦めません。私たちは信じています。悪が正義に勝つことは決してないのだと】この長文の下には、アカウント凍結のスクリーンショットや、公式プラットフォームとの通話録音まで添付されていた。そのいくつかの録音では、相手があからさまに「あなたたちは人を怒らせた、アカウントは永久凍結だ」と口にしていた。星をめぐる話題の熱度は冷める気配もなく、この投稿も瞬く間にトレンド入りする。削除に入ろうとしたシステム担当者は異変に気づき、慌てて上司に伺いを立てた。「星野星関連のトレンド、削除しますか?山本マネージャー、この投稿、すでに百万以上リツイートされています」山本マネージャーは額に汗をにじませ、迷いながらも対応を決めかねていた。その時、電話が鳴った。応答した彼の顔は、相手の言葉を聞くや否や一変し、厳しい表情に変わる。「はい、はい、承知しました!問題ありません、すぐに対応いたします!」通話を切ると、山本マネージャーは待機していたスタッフに告げた。「この投稿は削除する必要はない。むしろ、トレンド一位に上げる方法を考え
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第323話

連中は金のために、日がな一日くだらぬ記事を書き散らす。芸能記者たちが警察に呼び出されたあと、場の空気もずいぶん落ち着き、穏やかになった。星は調査に協力するため、ラジオ局の記者たちに一声かけると、再び警察署へ入っていった。ラジオ局の記者たちは帰らず、そのまま入口に張り込み、第一報を得ようと待ち続けた。彼らにとってスクープのために一昼夜張るなど苦でもない。この程度の時間ならいくらでも耐えられるのだ。今回、警察の星への態度は前回に比べれば格段に良かった。彼女は勇に対する告発について、詳しい説明を行った。「事情はこうです。当時、私はまだ神谷雅臣と離婚していませんでした。相手の商業施設を訪ねたのも、商品の長所短所を学び取るためであって、企業秘密をこっそり漏らしたわけではありません。しかも、そこで購入した品々はすべて代金を支払っています。神谷雅臣の口座を調べれば分かるはずです。支払いはすべて彼の口座から行われています」警官は頷き、同僚に確認を命じた。やがて調査に出た同僚が資料を持ち帰る。「星野さんの言う通りでした。購入品はすべて支払い済みで、しかも全額が神谷雅臣の口座から出ています」星はさらに続けた。「神谷雅臣も先ほどまでここにいました。疑うのであれば、呼んで話をさせてください。お金を払ったのは彼ですから、当然その行き先も知っています」警官はしばし考え、外に人をやって雅臣がまだいるか確認させた。肯定の返事を得ると、すぐに彼を呼び入れた。そのころ警察署の外では。事態を把握した勇と清子は、糞でも飲まされたような表情を浮かべていた。「星が金も競売品も、全部寄付したって?彼女はいったい何を企んでいるんだ?」勇がまだ状況を呑み込めずにいると、電話が鳴った。相手は彼の助手だった。「山田さん。星野さんのスキャンダルを帳消しし、資本に立ち向かうヒロイン像をつくれとご指示なさったのは、あなたですよね?」勇はその言葉に激昂し、怒鳴り散らした。「星のスキャンダルを帳消しだと?良いイメージで仕立て上げろって?馬鹿を言うな!俺がそんなことを望むものか。彼女を持ち上げたいなら、最初から封殺なんてしないだろう!」助手はおずおずと答える。「ですが.....
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第324話

勇は怒りに震え、低く唸るように叫んだ。「俺がいつ星の好意的なニュースを出せと命じた!本当に頭のいかれた連中ばかりだな!今すぐ星に関する良い記事は全部削除しろ。代わりにスキャンダルを流せ、真偽なんて関係ない。それからネット工作員を雇って世論を操作しろ。くそっ、俺が潰せないはずがない!」助手はためらいがちに口を開いた。「ですが、今回の二百億の寄付で彼女は一気に支持を集めました。国営メディアですら賞賛している状況です。山田さん、国営メディアに逆らうのは......さすがにまずいのでは?」勇は顔を歪め、歯を食いしばった。「何度言わせる!とにかくスキャンダルを出せ!」助手はすっかり困り果てていた。彼は名門のメディア学部を卒業した身、状況がどう転んでいるかはよく理解している。今さらスキャンダルをばらまけば、世論を完全に敵に回すだけだ。「山田さん、今の星野星の人気では、スキャンダルは逆効果です。人々の反感を買うだけでしょう。それに、ネット上の評価はすでに一方的に彼女に傾いています。以前なら二百億の寄付と疑惑を結びつけて攻撃できましたが......先ほどのライブ配信で記者が仕掛けた意地悪な質問が、逆に彼女に弁明の場を与えてしまったのです。あの質問がなければ操作の余地は残っていました。ですが今は......完全に手が打てなくなりました。ですから、ここは一度立ち止まって長期的に考えた方がいいかと」勇は愕然とした。ライブで記者たちに星を徹底的に叩けと命じたのは自分だった。それが裏目に出て、逆に星の正当性を証明する舞台を用意してしまったとは――自ら石を持ち上げ、自分の足に落としたも同然だ。思わず自分の頬を張り倒してやりたい衝動に駆られた。「まずはマーケティングアカウントや大物インフルエンサーに流させる予定のニュースを全部取り下げろ」ようやく助手は安堵の息を漏らした。「はい、すぐに手配します」しかし、二分も経たぬうちに勇の電話が再び鳴る。今度の相手は、先ほども連絡してきた広報部のマネージャーだった。「山田さん、ご指示を頂くのが遅すぎました。星野星をイメージ回復させる記事は、十分前にはすでにもう配信されてしまったそうです......」「ふざけるな!」
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第325話

山田家はメディア業で成り上がった家系で、この業界の暗黙のルールは誰もが承知していた。一見、記者が叩いているように見えても、実は当事者に弁明の場を与え、より印象的に人々の記憶へ刻ませる――そんな手法も存在するのだ。星の準備もまた周到だった。提示された証拠は、どう見ても事前に用意されていたもの。今回の釈明によって、彼女の世間での評価は一気に反転した。広報マネージャーは思った。――勇は切れ者の経営者だ。だが、すぐに気づかされた。いや違う、自分の買いかぶりだった。勇はやはり浅はかで、先を読めない。こんな上司に仕えていては、将来は見えているし、むしろ災いを招きかねない。彼の心には、辞職という四文字が芽生え始めていた。カメラの前で、星野星は終始落ち着き払っていた。卑屈にならず、傲慢にもならず、堂々とした態度は視聴者の好感をますます高めた。普段あまりネットを見ない人々も、この騒動をきっかけに彼女に興味を持ち、フォローしようとした。だがアカウントが凍結されていると知り、経緯を調べるうちに彩香が投稿したものに辿り着く。――資本に狙い撃ちにされながらも、必死に抗っている。その姿は大きな波紋を広げた。かつて資本に逆らい、不当な理由でアカウントを閉鎖された大物インフルエンサーたちも次々に彼女を支持する声を上げた。星をめぐる熱量は衰えるどころか、ますます高まっていた。警察は改めて星と雅臣を詳しく調べ、彼女に企業秘密を盗む疑いがないと確認すると、深く頭を下げた。「星野さん、このたびはご迷惑をおかけしました」星は応じた。「構いません。調査に協力するのは、市民としての当然の義務です。ただ......」彼女の声がひときわ引き締まる。「もし今日、私が潔白を証明できなかったら、全国から罵倒され、人生を潰されていたでしょう。虚偽の通報をした者は悪意に満ち、動機も不純です。ぜひ厳正に対処してください」警官は彼女の意図を汲み取り、真剣に頷いた。「ご安心ください。虚偽通報をした者を、我々が見逃すことはありません」星がさらに言葉を続けようとしたその時、不意に手首をつかまれた。振り向くと、すぐそばに雅臣が立っていた。「神谷さん、何か?」先ほど調査に協力していたとき、彼は彼女
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第326話

星の言葉を聞いた瞬間、雅臣の胸の奥に微かな不快感がよぎった。彼女に教訓を与えるつもりではあったが、あの二百億を取り戻そうなどとは一度も考えていなかった。だが彼女の言い方は、まるで自分が約束を反故にする人間であるかのようだった。雅臣の眉間に冷ややかな影が差す。「星、考えたことはないのか。あの金をすべて寄付した以上、もしお前が俺との取り決めを果たせなければ、二百億の借金を背負うことになる」星は笑みを浮かべた。「ふふ、私があえて寄付に踏み切った時点で、借金など恐れていないってことよ」雅臣の剛直な眉が鋭く弧を描いた。「つまり、俺がお前に手出しできないと高をくくっているのか」星は一瞬きょとんとしたあと、吹き出すように笑った。「雅臣、あなたは自分を美化しすぎじゃない?私に何もできない?あなたたちは私のアカウントを凍結し、デマを流して名誉を傷つけ、挙げ句には牢屋に送ろうとした。それで何もしていないだなんて、いつからそんな厚顔無恥になったの?」雅臣の目の奥が暗く沈む。言葉を返そうとしたその瞬間、星が冷ややかに遮った。「自分じゃないと言いたいのでしょう。でも、あなたは止めもしなかった。勇が汚いやり方を仕掛けるのを黙認し、成り行きを静観しながら、最後に私へ致命的な一撃を加える機会を狙っていた。違う?」カップを置いた音が、テーブルに鋭く響く。「雅臣、あなたたちには心底うんざりよ」その瞳に一瞬、複雑な色がよぎった。――なぜ彼女は、自分よりも詳しく全貌を知っているのか。星は彼をまっすぐに見つめた。「あなたが私に話したいことはわかっているわ。勇を許せ、と言いたいのでしょう。でも、それは絶対にあり得ない。彼は何度も私を狙ってきた。それに、あなたは目をつぶり、何度も見て見ぬふりをした。その結果、自業自得に陥った彼を見て、今さら私に説得を試みるなんて......滑稽ね」唇に嘲りを浮かべる。「結局はあなたみたいな、どんなことも尻拭いしてくれる頼れる親友がいたからこそ、勇は好き放題できたのよ。いまの状況は、自分で蒔いた種の報い。勇が破滅に向かうのは当然のことよ」彼女の声は一層鋭くなる。「あなたほどの権力があれば、彼を無罪にすることも簡単でしょう。けれど私は構
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第327話

「今朝、彼女と話したときだ。俺ですら知らなかった細部まで、彼女は把握していた」航平の眼差しがいっそう深まる。「二百億を守り切れないと踏んでいたのかもしれない。だからこそ、最初から寄付に回して、自分の道を整えた。それに、勇の策は大して巧妙でもなく、綻びだらけだ」航平は続けた。「私たちは星を甘く見ていたのかもしれない。彼女は、思っているようなまぬけじゃない」もし雅臣と航平が自ら動いていれば、あんな穴だらけのやり口にはならなかっただろう。だが雅臣は卑劣な手段を嫌い、航平も人を傷つけるのを好まない。そのため二人とも関与しなかった。雅臣の黒い瞳が静かに沈む。「彼女はたしかにやり手で、頭も切れる。ただ......」航平は窓辺に立つ大柄な背中を見つめた。「ただ、何だ」雅臣の声が低く落ちる。「最近、彼女はいつも先手を打ってくる。まるで勇の動きを前もって知っているみたいだ。いくら賢いとはいえ、予知できるはずがない」航平はすぐに合点がいった。「雅臣、つまり誰かが内通しているということか」雅臣は答えず、思案げな表情を浮かべる。航平は眉を寄せた。「もしそうなら、勇以外だと......清子しかいない」雅臣の眉間がわずかに動き、思わず口をつく。「あり得ない」航平は茶をひと口含み、穏やかに言う。「この件はどこか腑に落ちない。誰かが情報を漏らした可能性が高い。清子が意図的に明かしたわけではなくても、無意識に口にした何かが彼女に察知されることはある。それに......清子はとても善良だ。勇が度を越していると思えば、止められないと感じて、星にほのめかしたかもしれない」ふと何かに思い当たり、航平は言葉を切って訝しむ。「それにしても雅臣、おかしくないか。勇と星の間に何がある。なぜあそこまで執拗に彼女を狙う」雅臣は少し黙し、答える。「清子のことが絡んで、勇は星を誤解しているのかもしれない」航平は首をかしげた。「それならなおさらだ。清子が理由なら、お前と星はもう離婚している。彼が彼女を追い詰め続ける理屈が立たない」雅臣は相手の含みを察する。長い睫毛がわずかに揺れた。「航平、言いたいことがあるなら、はっきり言え」航平はまっすぐ
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第328話

雅臣の薄い唇がきゅっと結ばれ、言葉を失った。航平はさらに続ける。「離婚しろとお前を焚きつけ、星に痛い目を見せて従わせろ――そうやって勇はそそのかし続けてきた。だが現実は逆だ。星は戻ってくるどころか、ますます遠ざかっている。余計なお節介だとわかっている。でもな、雅臣、私は親友が仲違いする姿を見たくないんだ」普段は口数の少ない航平が、今日はやけに多弁だった。雅臣の表情は暗く沈む。そのとき、オフィスの扉が唐突に叩かれた。「雅臣、大変よ!勇が警察に連れて行かれたの!弁護士が保釈を試みたけど、できなかったわ!」険しい面持ちの清子が駆け込んできた。眉間には焦りがにじむ。「雅臣、どうにかして勇を助け出して」言い終えて初めて、室内に航平の姿があるのに気づく。「......鈴木さんもいらしたのね」航平は軽く頷いた。「小林さん」彼は決して彼女を「清子」とは呼ばない。呼び方はいつも「小林さん」どこか距離を置いたその雰囲気が、彼女に「航平」と呼びかける勇気を奪っていた。このことを勇にそれとなく打ち明けたこともあったが、勇は気にも留めず、「あいつはそういう性格だ。誰に対しても同じだ、気にするな」と笑い飛ばしただけだった。雅臣の澄んだ声が彼女の思考を断ち切る。「なぜ保釈できないんだ」清子は答えた。「今ネットでは、星の投稿で描かれた資本家像に強い反感が広がっていて、勇が虚偽通報をしたうえ、誹謗中傷や陥れを行ったとして、徹底的に処罰すべきだという声が溢れているの。本来なら誤解だと説明できる余地もある。でも......」彼女は深く息を吸う。「ついさっき、勇の過去のスキャンダルが暴かれたの。暴走行為だけでなく、酒気帯びで人身事故を起こしたと......その証拠をもとに警察が再捜査に乗り出して、有罪となれば......」彼女の声には深い憂慮が滲む。「勇は重く責任を問われることになるわ」室内の空気は一気に張りつめた。星をめぐる騒動は、すでに手がつけられないほど膨れ上がっていた。雅臣の整った顔立ちが陰を帯びる。「弁護士は何と言っている」「交渉の余地はあるそうよ。いずれも過去の事案だから。でも、世論の怒りは頂点に達していて、人々は結果を求め
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第329話

「雅臣、何か他に勇を助けられる方法はないの?」清子の声は弱々しかった。だが雅臣の声音は冷ややかだった。「山田グループには協力し、星を持ち上げる宣伝をさせる。これ以上余計な問題を起こさせないためにも、しばらく勇には大人しく冷静になってもらうべきだ」清子は凍りついたように立ち尽くした。「雅臣......勇を助け出すつもりはないの?」雅臣は表情を崩さぬまま告げる。「勇に伝えろ。自分で後始末できないのなら、軽々しく騒ぎを起こすな。いつも誰かが尻拭いしてくれると思うなと」清子の瞳が揺れた。――雅臣の勇への態度が、変わった。命を救われた恩義があるからこそ、これまで彼は勇に限りなく寛容だった。それなのに、どうして急に?......そうだ、星だ。警察署を出たあと、二人きりでカフェに入っていた。きっとあの時、何かを言われたに違いない。――勇を、牢に閉じ込めておくわけにはいかない。彼がいなければ、星はますます得意顔になる。清子は心の奥で歯噛みした。勇は愚かだが、それでも切り札にはなる。一方その頃、彩香の胸中はこの上なく晴れやかだった。抱えていた窮地はすべて解決し、星の評判は見事に逆転した。レストランの個室で、彩香は思わず親指を立てた。「星、本当にすごいわ!あの二百億、価値ある使い方だった!」彼女らにとって二百億は信じられない数字だった。だが彩香も理解していた。あまりに大きすぎる金額は、手にしているだけで危うい。勇らが虎視眈々と狙い、あの手この手で取り戻そうとするだろう。星は静かに頷いた。「正直に言えば、勇のおかげでもあるわ。彼がいなければ、今の結果は望めなかった」彩香は声をあげて笑った。「勇のバカめ!撒き散らしたスキャンダルが、全部私たちの武器になったんだから!痛快すぎるわ!」これほど胸のすく思いをしたのは初めてだった。勇は完全に足をすくわれたのだ。彩香は続ける。「そうそう、今回は航平の情報にも感謝しないと。彼がいなければ、こんなに完璧な結果になることはなかった」そう言って、声を落とす。「勇があまりに悪事を重ねるから、見かねてあなたに知らせたのは理解できる。でも......酒気帯び運転で事故を起こしたなんて、
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第330話

星は微笑んで尋ねた。「どうしたの?」怜が口を開く。「翔太お兄ちゃんのことなんだけど」翔太の名が出た瞬間、星の笑みは少しだけ翳った。それでも静かに問いかける。「翔太がどうかしたの?」「翔太お兄ちゃん、星野おばさんと神谷おじさんが離婚したって知ったみたいで......すごく怒ってるの。本当に自分のことをいらなくなったのか、確かめたいって」星は何も答えなかった。怜は続ける。「さっき、翔太お兄ちゃんがずっと後をつけてきたのに気づいたの。今も外で待ってるみたいなの。星野おばさん、呼んでもいい?」それでも星は黙ったまま。彩香が彼女の表情を一瞥し、明るく笑った。「あら、私も翔太くんにしばらく会ってないわ。ちょっと会いたいかも。見てくるわね」星はその背を見送り、止めはしなかった。数分後、彩香は翔太の手を引いて戻ってきた。「さあ翔太くん、ここに座って」彼女は翔太を星の左隣に座らせ、怜は右隣に座った。星は何も言わず、そのまま受け入れた。翔太は一見いつもと変わらないように見えたが、以前より口数が少なくなっていた。彼が加わると、場の空気はどこかぎこちなくなる。その沈黙を破ったのは怜だった。「翔太お兄ちゃん、今日は星野おばさんのおごりだから、好きなものを何でも頼んでいいんだよ」小さな主人のような物言いに、翔太の胸に不快なものが湧き上がった。言葉にはしなかったが、小さな唇を固く結び、不機嫌さを隠しきれない。怜は慌てて問いかける。「翔太お兄ちゃん、どうしたの?何か気に障ることを言っちゃった?」その光景は、どこか既視感を伴って翔太の脳裏に蘇った。昔、家族三人と清子と食事をしたときのことだ。あの時も清子は、今の怜のように母に向かって、「食べたいものを遠慮なく頼んで」と優しく言っていたのだ。その気遣いを幼い彼は温かいと感じ、母を思いやる姿に感心していた。けれど母は決して受け入れず、いつも清子を敵視していた。今、その立場に自分が置かれると、胸の奥に嫌悪と不快が湧いてくるのを感じた。彩香が問いかける。「翔太くん、どうしたの?どこか気分でも悪い?」普段なら、彼が少しでも眉をひそめれば、母はすぐに心配して声をかけてくれるはずだった。だが今、母は
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