All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する！: Chapter 411 - Chapter 420

ワーナー先生の言葉は、星の胸を鋭く突き刺し、彼女は居たたまれなくなった。反論の余地など、どこにもない。「おっしゃるとおりです......それは確かに、私の過ちでした」星は誠実な声で答えた。「いったん音楽を捨てたからこそ、私は二度と軽々しく手放してはいけないと悟りました。どうか、もう一度だけ機会をいただけませんか」しかしワーナー先生は淡々と首を振った。「星野さん、私はすでにあなたに機会を与えた。それをつかみ損ねたのは、あなた自身だ。都合がいい時だけ遊びに来るような場所ではないからな」「......私に機会を？」星の瞳がわずかに揺れる。「それは、いつのことですか？」ワーナー先生は深く彼女を見据え、ゆっくりと答えた。「つい先日だ。君の才能に目を留めて、直接会いたいと招いた。だが現れたのは君ではなく――君のご主人だった」ワーナー先生の視線が横に流れ、雅臣をとらえた。「彼は家庭を優先しなければならないと言って、君の代わりに私の誘いを断ったのだ」「......あなたが、私の代わりに？」星は信じられないものを見るように雅臣を見つめた。雅臣の目がかすかに揺らぎ、無意識に視線を逸らした。その態度だけで、すべてが事実であることを悟るには十分だった。星の胸に、怒りと失望が込み上げる。だが、いま問い詰めている場合ではない。彼女は息を整え、再びワーナー先生に向き直った。「申し訳ありません、ワーナー先生。私は本当にそのことを知らなかったのです。ですから――」だがワーナー先生は、手を軽く上げて彼女の言葉を制した。「私はもう老いた。残された力もそう長くはない。だからずっと前から、これが最後の弟子だと決めていた」そしてワーナー先生は穏やかに微笑み、清子へと目を向ける。「小林さん、君が私の最後の弟子になる」清子は優雅に一礼し、口元に笑みを浮かべた。「ワーナー先生」ワーナー先生も満足げにうなずく。「彼女は天賦の才では君に及ばないかもしれない。だが音楽への情熱は君よりも強く、努力も惜しまない。病を抱えながらも、決して演奏を手放さなかった。これこそが私の求める資質だ。私はこれまで才能ある者ばかりを選んできた。だが、どれほどの天才も、努力を

しかし、手が彼の顔に届く前に、その手首はぎゅっと掴まれた。暗がりの中で、彼の整った横顔が明滅する。「もう何度も殴られてやっただろう。いい加減にしろ」雅臣はしっかりと彼女の手首を押さえ、逃れられないように縛り上げるようにしていた。星は顔を上げ、これまでにないほどの激しい嫌悪と憎悪を瞳に宿して雅臣を見据えた。「あなたは、私のものだったはずの機会を、勝手に清子に与えたのね？もし私の見当が外れていなければ、あなたはワーナー先生の招きを断り、代わりに清子を連れて行ったんでしょ？そうして彼女はずっと努力してきた、病を抱えながらも諦めないって言って、私の代わりにそのチャンスを渡したんじゃない？私のためにあるべきものを、どうして人の勝手で決められるのよ。私の結婚も、私のネックレスも、今度は私のチャンスまで」声は問いかけの形をとっているが、その口調には確固たる確信があった。何を疑えばいいのか、もはや明白だった。彼女の結婚、贈られたネックレス、そして今また奪われた機会。すべてが、同じ図式で進んでいる。「雅臣、どうして私のものを何でも平気で清子に差し出せるの？私が彼女の家族を皆殺しにしたとか、先祖の墓を掘り返したとか、前世で彼女に借りがあったの？誰の権限で、私の人生の選択を代わりに決められるっていうの？」しばしの沈黙の後、雅臣は低く嗄れた声で答えた。「清子の病は、治るとは限らない。彼女は、お前よりも......この機会を必要としている」その言葉を受け、星の抑えられた手の一本が、雅臣の頬を強く打ちつけた。怒りの震えは激しく、指先はぶるぶると震えたが、それでも掌の痛みは二の次だった。彼女が打ったその一撃は、むしろ彼女自身の怒りの証だった。「で、次は何よ」彼女は冷笑を浮かべながら雅臣の目を見据えた。「スタジオを渡せって？バイオリンを差し出せって？ああ、そうね、考えてみるわ。まだ何があるかしら、彼女にあげられるもの」彼女の唇がひらき、不気味に笑う。「そうね、最後には私の命もよこせって言うのかしら？だって彼女は不治の病に冒されている、命は長くないっていうのに、私はピンピンしてるもんね。だから今、私が油断しているうちにさっさと殺して、私の命を奪って行けばいいのよね？

星は言った。「清子が不治の病を抱えながら必死に頑張っている――その一点だけでも、情のある人なら心を動かされずにはいられないでしょうね」彩香が眉をひそめた。「でも、あれは全部演技なのよ！」星の声は穏やかだった。「けれど、ワーナー先生はそのことを知らない」彩香は悔しさを隠せない。「じゃあ、あの人も物事の分からない老いぼれってことよ！清子のほうがあなたより優れているなんて、とんだ思い違いだわ。見てなさい、きっとそのうち後悔するから！」彼女は勢い込んで続ける。「星、今回のコンサートは絶対にしっかり準備して、清子とワーナー先生の顔を思い切り潰してやりましょう！」星は、最初こそ怒りと悔しさに揺れていたが、すでに冷静さを取り戻していた。「それでいいのよ。むしろ私たちとワーナー先生とは道が違うと証明できた。彼が世界的な巨匠でも、必ずしも私たちにふさわしいとは限らないわ」彩香はうなずく。「星、あなたの才能に先生なんて必要ない。あなたに足りないのは導きじゃなく、ただ機会だけよ」星は言った。「それに、今回はノアのおかげでもあるわ。招待状を送ってくれたり、ワーナー先生に紹介してくれたりして」彩香がにやりと笑った。「ノアね、どう見てもあなたに気があるみたい。少し考えてみたらどう？結婚する気がなくても、恋くらいなら悪くないでしょ」彼女はおどけてウインクした。星は笑って首を横に振った。「今は恋愛なんて考えたくない。ただひたすら仕事に打ち込みたいの」彩香は軽口のつもりだったので、それ以上は追及せず、視線を自分が手掛けたスタジオに巡らせた。「でも......私たちのスタジオ、本当に守りきれないのかしら」星は静かに答える。「守れるかどうかは分からない。けれど先手を打って備えておくべきよ。もし本当に清子に奪われたら、練習場所を失ってコンサートに支障が出る。まして雅臣が介入している以上、なおさら......」言葉を終える前に、扉を叩く音が響いた。塗料の匂いがきつく、ドアは開け放たれている。そこへ、端正なスーツを着こなした気品ある男が、長い脚でゆったりと入ってきた。「ここか？」彼は後ろに続く誠に視線を向ける。誠が笑みを浮かべる。「ええ、最

星の表情が冷えた。「もし私が断ったら？」「お前は翔太の母親だ。無理強いはしたくないし、醜い揉め事も避けたい」「これは脅し？」星は思わず笑った。「私が翔太の母親だと知っていながら、清子の専属作曲家になれって？あなたの愛人のために働けと？」雅臣はきっぱり否定する。「言ったはずだ。清子とは潔白だ。彼女は愛人ではない」――問題はそこではない。重要なのは、自分が受け入れる気もなく、清子の専属作曲家になるつもりなど毛頭ないということだ。星は怒りに笑みを浮かべた。「本来なら私に与えられるはずの機会を清子に渡し、本来なら私のものだったスタジオまで、清子に譲れと？そのうえで今度は、私に彼女の専属作曲家をやれと言うの？雅臣、どうして私から何もかも奪おうとするの？」雅臣の目が暗く沈む。「考える時間をやろう。よく考えてから答えればいい」星は即答した。「考えるまでもないわ。答えは決まっている。絶対にやらない」雅臣はしばらく黙り込んだまま、深く彼女を見つめた。その冷ややかな眼差しは感情を読ませず、ただ不思議な不安だけを呼び起こす。どれほど時間が過ぎただろうか。ようやく彼が口を開いた。「今なら条件はすべて飲む。だが次に話すときは、今日のようにはいかないかもしれないぞ」星は小さく笑い、その態度で拒絶を示した。それ以上、雅臣は言葉を重ねず、踵を返して出て行った。星は無表情のまま、彼の背中が去っていくのを黙って見送った。――清子の傍で三年も働けと言う。毎日、二人が親しげに寄り添う姿を見せつけられながら。それなら、雅臣との離婚に何の意味があったというのか。そのうえ、清子の指図まで受けろと？そんな条件を呑むくらいなら、自分は正気を失っている。星のスタジオを出てから、雅臣がふと口を開いた。「ここが、勇が荒らしたというスタジオか」先ほど目にした荒れ放題の室内が、まだ脳裏に残っていた。誠はわずかに驚き、すぐに答えた。「ええ、小林さんが欲しがっているのも、このスタジオです」清子が帰国してからというもの、何かと事が絶えなかった。彼は清子の用事に追われるか、清子に関する報告に走るか、その繰り返しだった。それに比べて、雅臣の妻であった星に

これほど下世話でドラマじみた騒ぎは、当然のように多くの人々の関心を集めた。通りすがりの野次馬たちは一斉にスマートフォンを取り出し、動画を撮り始めた。その光景を目にして、星は眉をひそめた。彩香がここに駆けつけるには、まだ時間がかかる。これ以上、女に騒がせるわけにはいかない。そう考えた星は、すぐに警察へ通報した。ほどなくして、警官が現場に駆けつけ、騒ぎを起こしていた一家を連れ出していった。だが――わずか一時間も経たないうちに、現場で撮影された映像はネットに流出し、瞬く間に拡散していった。今やネット上では、奏は無責任なろくでなしだ、刑務所送りにすべきだ、と罵声が飛び交っていた。ひとたび名が知られてしまえば、プライバシーなどほとんど存在しない。かつての星がそうであったように、今の奏もまた同じだった。そこへ、音楽界の若い女性ピアニスト数名までが名乗りを上げ、奏を非難した。彼女たちは口を揃えてこう告発した――川澄奏は自分の才能と容姿を笠に着て「指導」の名目で近づき、強引に関係を迫ってきた、と。そして心理的に追い詰められ、警察に訴えることもできず、彼の恋人という立場を受け入れざるを得なかった。だが結局、飽きた奏は次々に彼女たちを切り捨てていったのだ、と。立て続けに投下される暴露が、ニュースにさらに信憑性を与えた。奏はたちまち叩かれるべき悪人として標的にされてしまう。この一件は、音楽界全体に衝撃を与えた。国際的なコンクールで数々の優勝を勝ち取り、栄誉を手にしてきた彼の才能は誰もが認めるところだった。だが、その人間性は――あまりにも酷すぎた。当初は様子をうかがっていた取引先の企業も、次々と「事実」と「証拠」を目にして、公開の契約解除を発表した。それはすなわち、奏の行為を認めたに等しく、彼にとっては死刑宣告に等しかった。奏のマンションの一室で、彩香はスマートフォンでニュースを見ながら、怒りに震えていた。「まったく、恩知らずにもほどがある！当時、奏が助けてやったのに、今さら罪をなすりつけるなんて......最低の女！」思わず罵り言葉が口を突いて出る。あの日、奏はバーでアルバイトをしていた。偶然、個室の前を通りかかり、中から「助けて！」という声を聞いた。咄嗟にドアを蹴破ると、中で