「よかった!」遥香の目に涙がにじみ、声が震えた。「これがあれば、きっと……」言葉を最後まで言い切る前に、別荘の外から突然騒ぎが起こり、鼻を突く煙の臭いとパチパチと燃え盛る音が一気に押し寄せてきた。「火事です!」外からボディーガードの慌てふためく声が響いた。修矢の顔色が一変し、遥香の腕を掴んだ。「逃げるんだ!」濃い煙が窓や扉の隙間から怒涛のように流れ込み、外では炎が天を赤く染めて燃えさかっていた。別荘の電気系統は瞬時に切断され、あたりは漆黒の闇に沈んだ。二人は手探りで外へ向かおうとしたが、主要な出口はすでに炎に閉ざされていた。熱波が肌を灼き、煙が喉を突く。遥香は煙に激しくむせて咳き込み、視界がどんどん霞んでいった。朦朧とする意識の中で、目の前の光景は、何年も前に修矢の母を呑み込んだあの大火と重なり合って見えた。修矢が燃え落ちた建材に直撃され、うめき声をあげて倒れるのを、遥香ははっきりと見た。「修矢さん!」遥香は悲鳴を上げ、考える間もなく全身の力を振り絞り、半ば引きずるようにして彼を比較的安全な隅へと運んだ。彼女の腕は炎に焼かれ、髪の毛も何筋か焦げていた。だが痛みなど感じる暇はなく、ただひとつ――彼を連れ出すこと、それだけが頭を支配していた。絶対に助け出すのだ。ほとんど限界に達しかけたその瞬間、消防士たちがドアを破って飛び込み、二人は救い出された。別荘の外の芝生に倒れ込み、遥香は焼け落ちて原型を留めない建物を見つめた。その視線の先、夜の闇に紛れて静かに走り去る都心のナンバーの黒い車があった。胸の奥に冷たいものが広がる。尾田政司だ――間違いない。彼は別荘を焼き払い、証拠の入ったUSBメモリまで灰にしたのだ。修矢は病院へ搬送されたが、検査の結果、大きな問題はなく、軽い外傷と軽度の脳震盪だけだった。意識が戻った修矢の目に映ったのは、ベッドの傍らに座る遥香の姿だった。腕には簡単な包帯が巻かれ、顔には煤がこびりついていたが、その瞳だけが異様なほどに明るく輝いていた。その瞬間、何年も心の奥に埋もれていた火災の記憶が鮮明によみがえった。彼女だった!あの時、自分を救ったのは柚香ではない。――遥香だった!ずっと胸の奥で疑っていたことが、ついに確信へと変わった。「遥香……」修矢はかすれた声で彼女の手を掴
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