そう思いながら、天音は数歩前に出た。桜は彼女を引き止めた。「何よ」天音は言った。「やめておいた方がいいよ。この前、郊外でもこてんぱにやられちゃったじゃない」桜は言った。本当は、月子と天音の仲が悪く、向かい合えば月子を不機嫌にさせるだけだということは分かっていたからだ。この前のことを持ち出され、天音の顔色はさらに悪くなった。彼女は元々気が短く、負けず嫌いだったため、桜の言葉はかえって彼女の怒りに火をつけた。「あの時は、彼女のことをよく知らなかったから、悔しい思いをしたのよ!もう一度チャンスがあれば、あんなふうにやられっぱなしにはならないから!」そして、鼻で笑って言った。「あなたもそんなんで怯むなよ!」今までだってこんな悔しい思いはしたことないんだから、結局最後には相手が謝罪することになるんだし。この前、ファッションウィークでショーを見に行った時、つけ上がってきたアイドルだって、結局は、彼女に謝罪したじゃないか。天音をこれほどまでに悔しがらせたのは、月子が初めてだった。「彼女の隣に男がいるのが見えないの?」天音は、月子が兄と離婚したことは知っていたけど、それでも、月子が他の男と一緒にいるのを見ると、なぜか、気に食わなかった。それは実に奇妙な気分だ。実際、天音はずっと、月子は兄にふさわしくないと思っていた。離婚したんだから、兄にとっていいことだと思っていたはずだ。なのに、離婚したばかりで、月子はもう他の男と親しくしているのを見ると、あんまりにも展開が早すぎたせいか、天音は受け入れられず、なぜか嫌な気分だった。理不尽なのは分かっている。だけど、天音はどうしても納得がいかなかった。だから、彼女ははっきりさせたいと、どうしても様子を見ておかないと気が済まなかった。そうしないと、気掛かりで、多分一晩中眠れなくなるだろう。ついでに、兄から頼まれたことも済ませておきたかったし。桜は、天音がいつも気まぐれで、これ以上説得しても無駄だと悟った。……月子はずっと月に一度、やすらぎの郷を訪れるようにしてきた。前回はまだ離婚届を受け取っておらず、気持ちの整理がついていなかった。しかし、今は手続きも済み、吹っ切れたので、心境も違っていた。やっぱり、時間さえあれば、どんなに辛いことも乗り越えられるのだ。洵も一緒なので、
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