All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 641 - Chapter 650

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第641話

目的地が近づくにつれ、天音の足は震え始め、頭の中は様々な考えでいっぱいになった。「もしかして、サンが急に来れなくなったり……それとも、これは全部嘘なんじゃないか?」サンに会えたとしても、うまく振る舞えるだろうか?そもそも、どうすればいいのかさえ分からなかった。天音が運転しているスポーツカーは、サンが昔乗っていた車と全く同じものだ。彼女にはそれだけ真剣にサンに憧れていたのだ。サンは、この車を見てどんな顔をするだろうか?想像もできない。そう思うと月子が来てくれてよかった。月子がいてくれたら、自分も少しは落ち着けるはず。天音は社交的な場を恐れたことは一度もなかったのに、憧れの人に会いに行くとなると、急に人見知りしてしまったのだ……くそっ。マップを見ると、あと1キロだ。もうすぐだ。心臓がバクバクして、手足がしびれてきた。バックミラーを見ると、桜はそれほど離れていない。天音は桜に電話をかけた。「どうしよう!緊張して手足が震えてる!こんなに緊張したことないよ!」天音は泣き叫んだ。「私も!」「ああ、もう無理!サンに会う準備なんて、全然できてない気がする!サンってどんな人かな?性格は?私のこと好きになってくれるかな?あああ、考えると余計怖くなってきた!」桜も天音と同じ気持ちだったが、落ち着かせようとこう言った。「大丈夫だよ。月子も来るんだから、知り合いがいれば心強いよ」「そうだ!月子がいてくれてよかった!」少し落ち着いた天音は、電話を切り、マップの距離表示を見つめた。500メートル、200メートル、着いた。別荘は緑豊かな郊外にあり、人通りも車も少ない。ここから少し離れた場所にサーキット場がある。天音がこの近くに別荘を建てたのは、いつでも気軽にレースができるからだ。しかも安全だから、両親にも心配させずに済むのだ。車を停めた天音は、外の様子を窺った。月子とサンはまだ来ていない。先に着いたことで、少し気持ちが楽になった。すくなくとも心の準備をする時間ができた。そう思っていると桜の車が、天音の車の隣に停まった。スマホを何度も見ていた天音のもとに、月子から電話がかかってきた。もうすぐ憧れの人に会えるというのに、どんな些細なことにも過剰に反応してしまう。「月子、着いた?」天音はスマホを握りしめた。「
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第642話

桜は驚きで固まり、言葉が出なかった。二人は沈黙したまま、見つめ合った。しかし、内心は喜びで震えていた。遠くから車の音が近づいてきて、ヘッドライトの光が闇を切り裂き、二人を照らした。天音と桜は、ハッとして顔を見合わせた。来た。ついに来た。天音と桜は車のほうへ目を向け、天音は緊張のあまり、思わず桜の腕を強く掴んだ。車のライトが眩しかったが、憧れのサンに会う瞬間を見逃すまいと、目を凝らした。月子は二人を見つけると、ライトを消した。遠くから見ると、天音と桜はまるで小さなフィギュアのように道端に突っ立っていて、間の抜けた様子だった。月子の知っている天音は、いつもわがままか、高圧的な態度だったので、こんなおどおどした様子は初めてだった。「すっかり見惚れてるみたいじゃない」月子は今日SYテクノロジーにいて、退社後、彩乃にこの話をした。すると彩乃も興味津々で、一緒について来たのだ。「彼女が私の正体を知ったら、どう思うかしら。がっかりする?それとも喜ぶ?」彩乃はいたずらっぽく笑い、「そりゃ喜ぶだろうけど、きっとビックリもするだろうね!」と言った。ランドローバーは路肩に停まった。天音と桜は、相変わらず身動きひとつせず、瞬きさえしていなかった。月子と彩乃が車から降りてきた。桜は興奮を抑えきれない様子で、小声で言った。「来た来た!」天音は答えた。「分かってる!」月子のことはもちろん知っている。彩乃のことは、紫藤家のチャリティーパーティーで会ったことがあった。月子は、なぜ他の人を連れてきたのだろう?サンに会うために、あんな怪我までしたのに、月子の友達は簡単にサンに会えるなんて、ずるい。天音は、興奮している反面、月子のこの行動が気に入らなかった。サンは、誰にでも会えるような存在ではないはずだ。まあ、いいや、とりあえずサンに会って、月子とはそのあと話そう。天音は待ち続けた。月子と彩乃は彼女の前に来たが、車から降りてくる人はもういなかった。天音は緊張と興奮で胸がいっぱいになり、息をするのも忘れそうだった。彼女は目を見開いて、「月子、サンはどこ?」と尋ねた。月子が答える前に、彩乃が口を開いた。「心配しないで、来てるよ」天音は不安そうに言った。「どこ?見えないんだけど」桜は、彩乃を見
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第643話

月子は、お尻が隠れるくらいの丈の薄手の黒いトレンチコートを着ていて、ベルトをきつく締めていたので、ウエストラインがすごく強調されていた。コートと同じ黒のパンツに、黒のショートブーツを履き、パンツの裾はブーツインしていた。月子は背が高いから、全身黒コーデが月の光と街灯に照らされて、スタイルの良さが際立っていた。クールな雰囲気とすっきりしたシルエットのコートがよく似合っていて、風が吹くと、黒髪が顔に掛かり、肌が白く透き通って見えた。まるで月のようにどこか神秘的な生命力を感じさせるものがあった。その姿はまるで映画のワンシーンみたいだ。そこに佇む月子は、シルエットのようにすらりと背が高く、凛とした雰囲気で、一見華奢なのに、内に秘めた強さを感じさせる。とにかく、かっこよかった。天音は、月子の雰囲気が変わって別人に見えた。月子が車に乗れと言ったのに、何も言い返さずに素直に従った。しかし、月子は運転席に座った。そして、自分は助手席。天音は頭が真っ白で、何が起こっているのか分からなかった。シートベルトを締めることさえ忘れていたら、月子が手を伸ばして締めてくれた。そして、月子はハンドルを握り、エンジン音を響かせた。天音は瞬きもできずに緊張したままいると、何か懐かしい感覚が込み上げてきた。月子の落ち着いた瞳には輝きとうっすら興奮が浮かび上がっていた。スポーツカーのエンジンが轟音を立て、まるで矢が放たれるように加速していった。あっという間にスピードが上がり、天音が自分で運転している時にはとても味わえない強烈な加速を感じた。月子は来る途中で近くの地図を調べてサーキットの位置を確認していた。天音から、サンが来たらここで少し走らせたいと聞いていたので、コースは封鎖済みで安全だと説明を受けて、サーキットへと向かったのだ。道中、天音はずっと黙っていた。いや、何が起こっているのか、どういう状況なのかを彼女はまだ状況を把握できていないのだ。そしてサーキットに着くと、月子が、「吐き気しない?」と聞いてきた。天音は振り返って月子を見た。月子の横顔は美しく、黒いトレンチコートがクールな雰囲気をさらに引き立てていた。表情は冷静で、感情が読めない。黒く澄んだ瞳からは、落ち着きと冷酷さが感じられた。天音は、月子のオーラに圧倒された。な
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第644話

天音は完全に魂が抜けたようになっていた。コーナーを華麗にドリフトで駆け抜けるまで、「あああああ」と叫び続けていた。そして、九死に一生を得たような感覚に襲われ、心の底から、生きててよかったと実感した。すると、クスっと笑い声が聞こえてきた。振り返ると、月子は口角を上げていた。街灯の光が彼女の顔に次々と照らされ、ハンドルを握る手の甲には数本の血管が浮き出ているのが見えた。かなりの力が入っているはずなのに、その姿は余裕綽々のようだ。「久しぶりにこんな感覚を味わった」月子はナビを見ながら言った。「この先は連続カーブが続くから、しっかりつかまって」天音は思わず月子の言葉に従った。車は速度を落とすことなく、次のカーブへと向かっていく。まだ胸のドキドキが止まらないのに、この先に連続カーブなんて?恐ろしすぎる。天音は逃げ出したくなった。後悔した。サンの運転する車になんて乗るんじゃなかった。サンは完全にイカれてる。しかし、今さら何を言っても遅い。天音はカーブへと進む車を見ながら、もはや考えることすらできない状態だった。極限のスリルに支配され、全身全霊でその狂気に身を委ねていた。天音の目から涙が溢れ出した。これが、ずっと求めていた感覚だった。そう、まさにこの感覚だ。ついに、完璧に味わうことができたんだ。最高。言葉では言い表せないほどの瞬間だった。「あああ――」天音は狂ったように叫んだ。顔は興奮で紅潮し、この至福の瞬間を誰にも理解することはできないだろう。「あああ――」最高に興奮する。最高に楽しい。天音は全身を震わせながら、叫び続けた。連続カーブを抜け、上り坂から下り坂へと差し掛かり、月子はスタート地点へと車を走らせ、停止させた。そこには桜と彩乃が待っていた。彩乃はもともと月子がサンだということを既に知っていた。だけど、桜はまだ状況を理解できていなかった。それも当然のこと、実際に一緒に乗っていた天音ですら全く状況を飲み込めずにいたのだから。車は止まった。月子はすぐには車から降りなかった。天音はまだ、あの刺激的な体験の余韻に浸っていた。極限の緊張、恐怖、危険。アドレナリンが一気に放出され、最高に気持ちよかった。しばらくして、ようやく天音は月子と向き合う勇気を取り戻した。今すぐにでも逃げ出したい。恥ずか
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第645話

天音は、今の心境を「仰天した」という言葉以外に適切な表現が見つからなかった。月子が運転席に座った瞬間、天音は彼女の正体に気づいていた。ただ、その事実に頭が真っ白になり、全く現実感がなかったのだ。事実を受け入れるには時間が必要だった。だから、サーキットに着いて、ようやく我に返り、月子に問いかけることができたのだ。言葉での返答は必要なかった。月子は行動で示した。天音を乗せて、サーキットを一周、猛スピードで駆け抜けたのだ。天音はずっと前から、憧れのサンと同じ車に乗ることを想像していた。もしかしたら、サンはもう何年も運転していないかもしれない。それでも、一緒にドライブできるだけで、この上なく幸せに感じるだろう思っていた。まさか、こんな刺激的な体験をするとは思ってもみなかった。今でも思い出すと、興奮と感動がこみ上げてきて、叫び出したくなる。天音はサンのことが知りたくてたまらなかった。まるでストーカーのように、サンが好きなものは何でも真似したかった。だから、サンの本当の姿がどんなものか、どうしても知りたかったのだ。しかし、サンは月子だった。月子がサンだったのだ。道理で、月子は誰も見たことのないサンの写真やトレーニングビデオを持っていたわけだ。だって、月子自身がサンだったんだから。天音はこの事実をじっくりと受け止めようとしていた。月子はかつて自分の義理の姉だった。毎月のように顔を合わせていたし、あの時は月子の手料理もよく食べさせてもらってて本当によくしてもらったのに、自分は感謝するどころか、気に入らないことがあると月子に八つ当たりしていた。心のどこかで月子を見下していたから、まるで召使いのように扱い、当然のように月子をいじめていたし、ろくに相手もしなかった。天音は初めて、自分の行いをひどく後悔した。どうして、憧れの人にこんなひどい仕打ちをしてきたのだろう?彼女は自分の愚かさを叩きのめしたくなった。同時に、目の前にいる月子が、急にすごく遠い存在のように感じた。なぜなら、今まで自分は一度も月子のことを理解しようとしたことがなかったからだ。というか、彼女は見下している人間のことに、時間や労力をかける気なんてさらさらなかったのだ。それが今、目の前の月子は、自分の憧れの人だった。よく知っているようで、実は何
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第646話

天音は、生まれてこのかた、こんなに恥ずかしい思いをしたことはなかった。穴があったら入りたい。なんでこんなにバカなんだ、自分は。そして、何よりも、自分があんなに偉そうにしていたことが恥ずかしくて堪らなかった。恥をかいたことは何度もあるけれど、今回は一番ダメージがデカい。しかし、憧れのサンに会えるなら、この程度の恥ずかしさは我慢できる。「エンジンの音が、本当に心地よかったんだ。初めて聞いた時、理由もなく、夢中になった」霞もサンの影響でレースをやっているが、彼女は、「カッコイイから」と言っていた。だけど月子は純粋に好きで学び、挑戦していたそこが本質的に違うところだ。天音のレースへの情熱も、同じくらい純粋なものだった。月子がどう思っているかは分からないが、自分は彼女と同じ気持ちだと信じていた。こうやって比べると、いつの間にか霞は、霞んでしまうように感じるのだ。「……どれくらい練習したら、そんなすごいテクニックが身につくの?」天音の瞳は、純粋な好奇心に満ちていた。月子は、謙遜することなく言った。「私は何でも習得するのが早いし、車との相性もバッチリだったから」「半年くらい?」「ちゃんと数えたことはないけれど、そんなに長くはない」天音は絶句した。月子が、どんどん知らない人みたいに思えてきた。天音はさらに質問を続けた。「どうしてレースを続けなかったの?その腕前ならプロレーサーだって目指せたはず」そうすれば、ずっと月子を応援し続けられたのに。「最初はスリルを求めていただけで、プロになるつもりはなかった。それに、有名になりたくなかった。だから、私のことを知る人が増えてくると、興味を失ってしまったんだ」天音は目を丸くした。「興味を失った?そんなはずないでしょ!あんなにすごいテクニック持っているのに!」「落ち着いて」月子は彼女の方を向いて、穏やかに言った。「ただ他のスポーツに転向しただけなのよ」天音の目は再び輝き、慌てて尋ねた。「どんなスポーツ?」「サーフィンとスキー」天音は尋ねた。「……何で何でもできるの?どれも簡単じゃないのに、どれもうまくこなせるなんて!」「何でもできるわけじゃないよ。興味を持って、時間をかけて練習したからこそできたの。私だってそんなにすごくないから」「それで、腕前はど
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第647話

月子は疑問に思った。こう見ると天音が、兄の静真を心底尊敬しているというのは全くの嘘だ。彼女は天音に尋ねた。「この2つの間に、何か関係があるの?」「あるわよ!もし私があなたみたいに何でもできていたら、どんな男だって眼中にないはずよ。一生独身貴族貫き通していたかもよ!」もともと天音は、どんな男も眼中に入れていなかったのだ。兄の静真でさえも。だから、かつて兄を好きなった月子をますます理解できずにいた。「もしかして生まれながら彼に何か借りがあったのかも」だって、どん底にいた月子を救ったのは、他でもない静真だったのだから。一目惚れだった。これが運命というやつなのか。月子は今、隼人が海が好きで、たくさんの海の写真を撮っていることを知っている。そして、あの日自分を助けてくれたのが隼人だったら、全てが変わっていたんじゃないか、とつい考えてしまう。だけど、人生に「もしも」はない。月子が今こうして、自分自身と全てを大切にできているのは、静真と過ごした3年間で得た教訓のおかげでもある。「もう降りよう」そういうと月子はドアを開けて、車から降りた。コース脇の地形は起伏している。風も少し強くなってきた。すっきりとしたクールな服装の月子の髪が風になびき、より一層かっこよく、そして凛とした雰囲気を漂わせた。そして落ち着き払った雰囲気は、見る者の心を安らげるのだ。もともと月子が好きだった桜は、今やさらに夢中になっている。好きどころか、もはや崇拝に近い。しかも、それを隠す必要もないのだ。それに月子の友達の彩乃も、何かが違う雰囲気を纏っているように感じるのだ。とにかく桜は、月子の全てが好きなのだ。「どうだ?感覚は鈍ってないか?」彩乃は月子に声をかけた。離婚してからというもの、月子の状態はどんどん良くなっていった。初めて会った時のギラギラした感じとは違い、今の彼女は柔らかさと強さを兼ね備え、まるで輝きを放つ宝石のようだった。見る者をより一層、惹きつけられるだ。月子は答えた。「すぐに慣れたよ」「さすがね、天才肌!」彩乃は言った。「それなら、私も一走り連れっててくれる?」せっかく来たんだし、彩乃の頼みを断る理由もない。月子は天音の方を向いて尋ねた。「あなたの車、もう一度運転させてもらってもいい……」
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第648話

桜は黙り込んだ。彼女から見れば、天音は今まで月子のことをまともに尊重したことが一度もなかったのに、今はすっかり変わり、それどころかビビってる始末だ。変わりようが尋常じゃない。桜は思わずクスッと笑ってしまった。「どうして黙ってるのよ?何かいい案はないの?」天音は桜を睨みつけた。「月子はすごい人なんだから、何とかして仲良くする方法を考えないと!」「……謝ってみたら?」「そんなこと、言われなくても分かってるわよ。月子に土下座して謝れって言われたそうしたって構わない」桜は何も言えなかった。天音は確かに、自分の欲しいものを手に入れるためには手段を選ばないタイプだ。サンにゾッコンの彼女は、ついに本人に会えたのだ。何としてでも、繋がりを作りたいに決まっている。たとえサンが洵だったとしても、天音が頭を下げることに迷いはないだろうと、桜はそう確信していた。「彼女の様子を伺ってみたら……」天音は怒って彼女の言葉を遮った。「様子を伺う?私が今まで彼女をどれだけ罵倒して、バカにして、いじめてきたか知ってるくせに、よくそんなことが言えるわね!謝るのは当然だけど、許してもらえるまでには時間がかかるだろうし、そもそも月子は私と関わりたくないと思ってるはずよ!」桜は笑いをこらえながら思った。天音も自分の性悪な性格は自覚しているようだ。今、彼女が頭を下げているのは、月子の圧倒的な実力に感服したからで、他の人に対しては、いつもの態度を変えるつもりはないだろう。「……とりあえず、あまり考えすぎないで、まずは謝ってみたら?最低でもまず許してもらってから、他のことを考えようよ」天音は、そうするしかないと悟った。「わかったよ」桜は羨ましさと好奇心に駆られて尋ねた。「さっき車に乗せてもらった時、どんな感じだったの?」天音は、その時のことを思い出すと、顔が輝いた。「まるで空を飛んでるみたいで、死ぬかと思った……本当に衝撃的で、私が夢見ていた通りだった……何て言ったらいいのか分からないけど、とにかくあなたには絶対わからないはずよ!」それを聞いて桜は羨ましくてたまらなかった。そんな彼女を見て、天音は急に警告した。「桜、調子に乗らないでよね。私の友達だからって、月子に失礼な要求をするんじゃないわよ。誰でも彼女の運転する車に乗せてもらえるわけじゃ
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第649話

月子がこの3年間姿を見せていなかったことは、当然、天音は世界中に言いふらすわけにはいかない。でも、静真には伝える必要があった。「お兄さん、月子と3年も一緒にいたのに、彼女の凄さに気づかなかったわけ?前にサンとの関係を調べてくれって頼んだ時も、何も分からなかったでしょ。それで私も今になって知ることになったじゃない!」天音は呆れながら言った。「本当にがっかりね!何も調べが付かなかったなんて!」静真の月子への無関心さは、目に余るものだった。とはいえ、天音も静真に伝えるだけで、長話するつもりはなかった。「月子はあなたに会いたくないって言ってるから、来ないで」そう言うと、天音は電話を切った。天音は月子とは特に大きな確執はない。しかし、過去にひどい態度をとってしまったことは事実だ。だから、今は月子との関係修復に全力を注ぎ、まずは彼女の意向を尊重することにした。サンが兄を嫌っているのに、わざわざ逆らうような真似はしたくなかった。天音は基本的に他人の気持ちなんて気にしない。周りの人間が彼女の意向に従うのが当然だと思っているわけだから、自分さえよければ、他人がどう思おうと彼女の知ったことじゃない。今でも、天音の態度は変わらない。しかし、月子は憧れの憧れの相手だ。憧れの相手は当然、最優先しないといけない。だから天音の頭の中は、どう憧れの相手に謝罪するべきか、そればかり考えていた。しばらくすると、エンジンの轟音が響いてきた。天音は緊張のあまり、桜の手をぎゅっと握りしめた。桜もまた、緊張していた。あっという間に、スポーツカーが目の前に停まった。月子は窓を開け、天音を見上げて言った。「一緒に帰ろう」車は、先ほど会った場所に停めたままだった。月子と目が合い、天音はさらに緊張した。やっぱり、アイドルのオーラはすごい。以前は月子のことなど眼中になかった天音は、今ではどうにも落ち着かず、おどおどするようになってしまていた。それは彼女自身も感じている変化だった。何か言いたげな天音を見て、月子は眉を上げた。「何か言いたいことがあるの?」そう。謝りたい。だけど、考えていた言葉が喉まで出かかって、どうしても口に出せなかった。天音はぎこちなく笑ってごまかした。「別に。さあ、行こう」月子は怪訝そう
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第650話

「え?私にそんな情けない時期があったの?」桜は天音を見ながら、「あなたのもう一人のお兄さんに会った時?」と聞いた。天音は隼人のことを考えると、すぐに顔が曇った。「……そう言われると、確かにそうね!」隼人も確かに実の兄だが、会うと怖い。それは子供の頃に植え付けられた恐怖心のせいだ。それに、隼人は静真よりもずっと厳しかった。とにかく、隼人の前では、天音は悪いことは何もできず、ただおとなしく言うことを聞くしかなかった。……路肩に車が停まり、天音と桜が到着するのを待って、月子と彩乃が降りてきた。天音もすぐに後を追って降りてきた。月子は彼女を見た。今の天音にはいつもの威圧的な態度はなく、目つきさえも「純真」なものになっていた。こんな天音に、月子は少し戸惑った。しかし、彼女もこんな大人しい天音の方が可愛げがあると思っていた。そして月子は言った。「天音、約束は果たしたからね。これから、何かあってもなくても、私と洵にちょっかい出すのはやめて」彼女の怪我をした手首を見ながら、月子は念を押した。「自分の怪我も忘れないで?揉め事を起こさなければ、自分だって面倒なことに巻き込まれないで済むんだから。でないと結局自分が痛い目にあうんだから」天音はとても素直に月子の忠告を聞いていたが、怪我の偽装のことを考えると、なぜか後ろめたくなった。しかし、このことは絶対に認められない。後でばれたらと思うと、これは一生、黙っているしかないのだろう。そもそも、洵のせいで「怪我」をしていなければ、月子は構ってくれなかっただろうし、自業自得だからだ。そうなると、洵は彼女に説明する必要もなくわけだし、病院で月子が来るのを待つ必要もなかった。結果的に、洵に付きまとう理由もなくなった。月子は月子、洵は洵だ。天音が今、月子を尊敬しているのは、月子が彼女の憧れの人だからだ。しかし、洵はただ気性の荒い男だ。彼は天音から尊敬してもらえるようなところがなにもないのに、生意気にも、彼女に逆らってくるのだ。天音はそんなクズに舐められるのは許せないと思った。クズはやっぱり目の前に跪かせて、自分の言いなりになってもらうのが一番だ。だから、怪我の偽装は一石二鳥だ。だけどこのことを絶対に月子と洵に知られてはいけない。そう思い巡らせていると「約束で
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